それはギルティではないんじゃないのか?

 翌日の土曜日……そう翌日だ。

 水瀬と藍沢に出かけないかと提案され、俺は結局頷いてしまった。いや、頷いてしまったというよりは頷かされてしまったという方が正しいか。


「ま、ただの言い訳か。でも断れない空気だったんだよ分かってくれよぉ」


 誰に向かって言ってるんだって話だけど、二人に見つめられながらのあの空気感は絶対に断れない雰囲気だった。

 俺だけでなく、きっと他の人だって同じことになるはずだ。

 とはいえ、そんな風に迷いながらではあっても頷いた時の二人の笑顔は本当に脳裏に焼き付くほどに綺麗で……何より可愛かった凄く。


「まあでも、絶対に二人と間違ったことはないと思えるだけマシかな」


 何があっても俺が二人とこれ以上親しくなったり、或いはこれ以上の何かを望めないと分かっているからこそ気が楽だった。

 愛し合う二人の間に入らないのはもちろんとして、彼女たちのような美少女とそういう関係になりたいと心の片隅では思いつつも、絶対にあり得ないという大前提が本当に心が軽い。


「それは俺がダメとかじゃなくて、単純に二人が愛し合ってるからだな!」


 自分のことよりも、目の前で繰り広げられる二人の絡みを見れるだけで満足だ。

 さて、そろそろ二人との待ち合わせ場所だが……って、昨日の帰りに二人と連絡先を交換できたのもある意味で奇跡だった。


『ふふっ、これでいつでも連絡できるわね♪』

『早速今日……は急だけど、一応メッセージでどこに集合か送るねぇ♪』


 俺の連絡先は別に女子の影がないわけではないが、決して多くないのも確かでそこにあの二人が加わったというのは不思議な感覚だった。

 昨日のやり取りを含めて歩いていると、分かりやすいオーラを放つ二人が居た。


「……今からあそこに行くんか俺は」


 思えば女性とのお出掛けは妹を除けば委員長以来だもんなぁ。

 服装も普通だし何かアクセサリーなどを凝ってるわけでもなく……それに比べて二人のなんと対比のある美しさか。


「……………」


 正直、かなり二の足を踏んでおります俺っちは。

 そろそろ夏が近いということで二人ともラフな格好だが、水瀬は大人しめのワンピーススタイルで、藍沢は派手な見た目に合った……いかん、ここで女性の服に対する知識の無さが露呈している。


(オフショルダーとはまた違うのか? でも……あの肩を出すタイプの服は中々に良いモノだなぁ。しかもパイスラっておま!!)


 パイスラ、鞄の紐が胸の間を通ることで素晴らしい景色を生み出す至高の光景……ちょっと拝んでおこう。


「何してるの?」

「伊表君?」

「はひっ!?」


 手を合わせて南無阿弥陀仏……は違うか、とにかく拝んでいたら俺に気付いたらしい二人がすぐ傍にやってきていた。

 何をしているのか、二人の素晴らしい姿につい……とは言えず、俺は何でもないと何とか平常を装った。


「改めて、おはよう伊表君」

「おはよ♪」

「おう……おはよう二人とも」


 今となってもこれは夢なんじゃないかと思うような光景だ。

 しかし……これが女性と初めて出掛けることはでないにしても、美少女二人を連れて何をすれば良いのかと少し悩みどころだ。

 どこに行こうか、何をしようか、何を提案しようか、色々と悩んでいるとまさかの発言が藍沢からされるのだった。


「ねえ伊表君。今日さ、思った以上に暑くない?」

「え? あぁまあ夏が近いしな。それにしては一気に暑くなったけど」


 確かに僅かに汗を掻く程度には暑かった。

 それがどうしたのかと思っていると、ニヤリと笑った藍沢はこう言葉を続けた。


「だからさ、色々と考えたんだけど今日は是非にうちに来てくれないかな?」

「……なんて?」

「だからうちに来てよ。色々とブラブラするのは今度にして、今日はうちでゆっくりお話でもしよ? 昼食も簡単に作るから大丈夫だし!」

「えっと……えぇ?」


 それはあまりにも急展開過ぎないだろうか。

 ジッと動けなかった俺の手を彼女は握り、そのまま歩き出していく。


「ちょ、ちょっとまてぃ!! それは流石に……ね? 流石にどうかと思いますよ」

「どうして敬語?」

「あははっ、このやり取り前もしたねぇ。はいはい、行きますよぉ♪」

「あ~れ~!?」


 意外と力が強いぞこの二人は……!!

 それから俺は抵抗空しく、見るからに高そうなマンションに着き、場違い感を感じつつも一つの部屋に通された。


「どうぞ、入って」

「異性のお客様は伊表君が初めてだよ。どうぞどうぞ」

「……………」


 水瀬に手を引かれ、藍沢に背中を押されて部屋に入った。

 心なしか美少女二人が住む部屋ということで良い香りが漂っているような気がしないでもないが、流石に変態すぎるだろうと自重した。


「そんなに緊張する?」

「それは……はい」


 するに決まってるだろうだからさ!

 まさか外をブラブラするだけかと思いきや、いきなり二人の愛の巣に突撃するとは思っていなかったので、ソファに座った今となっても心臓がバクバクだ。


「はい、紅茶よ」

「あ、ありがとう」


 コトンと小さな音と共に、丁寧な所作で紅茶が目の前に置かれた。

 香りも色も良く、見るからに美味しそうで……俺はそれじゃあとカップを手に持って口元に運んだ。


「……美味しい」


 飲んだ感想としてはシンプルに美味しかった。

 あまり紅茶を飲むことがない俺でも、また是非機会があれば飲みたいなと思ってしまうほどに口当たりが良かった。


「良かったわ♪」

「由香の入れる紅茶は本当に美味しいんだよ。あたしも随分飲んできたけど全然飽きないしねぇ」

「これを飽きるは罰当たりじゃないか? 午後のお菓子と一緒に出てきたら最高すぎんかこれ」

「そ、そこまで言ってくれるのね」


 いや、冗談でもなんでもなくて本当に美味しいからこその言葉だ。


「それじゃあ午後のお菓子も堪能してもらうために、そこまではここに居てもらわないとねぇ?」

「……なあ二人とも、今更だけど本当に良かったのか?」


 俺は恐る恐るそう聞いた。

 一応二人の境遇は聞いており、二人の仲を認めてくれず、逆にあり得ないと一蹴しただけでなく、互いの大切な存在をこき下ろした家族に嫌気が差して別居しているのは聞いているが……つまり、本当の意味でここは二人の愛の巣ということになる。


「もう中に入った俺が言うのもなんだけどさ。二人の空間を汚すゴミだろ俺」

「ちょっと伊表君、なんでそんなに自分のことを酷く言うのよ」

「そうだよ。伊表君がゴミなら他の男はなんて言うの?」


 それは……いや、百合に挟まるもしくは近づく男は平等にゴミだ。

 そう伝えると二人はクスッと笑い、藍沢がこんなことを言い出した。


「色んな言葉があるよね。ねえ伊表君」

「うん?」

「百合に挟まろうとする男が許されないのであれば、百合が逆に挟もうとしてくる男はダメなの? ギルティなの?」

「……えっと」


 それは……それはどうなんだ?

 そのことについては考えたことはなかったけど……まあ確かに、そういう題材の漫画も無きにしも非ずだが、しかしこれは永遠の課題ともいうべき問題だ。


「あたしたちが逆にそうしようとしてるのなら良くない?」

「そうね。まあ挟もうとしているは少しオーバーな例えだけど、少なくとも私と舞は当然迷惑に思っていない。なら難しく考える必要はないわ」

「……そっか、なら良いのか」


 ふっと沸いた疑問を流されてしまった気がするが……。


「ねえ伊表君」

「なんだ?」

「伊表君はどうして百合が好きなの?」

「改めて聞きたいかなって」

「……ほう?」


 俺になぜ百合が好きだと、君たちはそれを聞くのか。

 ならば答えてあげるが世の情けというやつだ……それから一時間、十一時くらいまで俺は百合について語り続けた。

 正直、女子相手に語る内容じゃないだろうとは思ったが止まらなかった……趣味について話すオタクは早口にもなるし言葉が止まらないんや。


「……申し訳ねえ、キモい姿を見せて申し訳ねえ!」


 なので俺はすぐに二人に謝罪した。


「ふふっ、謝る必要なんてないのに」

「そうだね。そっかぁ、そこまで伊表君は百合を愛してるんだねぇ」


 この感情、正しく愛である。

 というか思いっきりオタク全開だったのに二人とも変わらない様子で安心した。


「私たちが付き合ってることを……その、気持ち悪いとか本当に思わないの?」

「……………」


 それは真剣な声音だった。

 実際に口にした水瀬だけでなく、藍沢もジッと俺の言葉を待っている。

 俺は二人に見つめられながら、自信を持って頷いた。


「もちろんだ。その……百合が好きとか、他のオタク趣味を抜きにしても俺は全然良いと思ってるよ。気持ち悪いなんて思わない、ツッキーとしても今の俺も二人を見てこう思う――綺麗だって、二人が仲の良い姿は本当に俺の元気に繋がるんだ。もしも気持ち悪いとかあり得ないとか、言ってくる奴が居たら俺に教えてくれ。俺がどうにかしてやるからさ!」


 どうにかするのはその時だけど、そう伝えると二人は笑ってくれた。


「……本当に初めてなのよ。異性の理解者は」

「うん。本当に……本当に優しくて良い人だよ伊表君は」

「照れるからやめてくれって。俺はただ、好みを口にしただけだぜ」


 ふぅっと息を吐き、改めて残りの紅茶を喉に通す。

 変わらない美味しさに気分が落ち着き、何を言ってんだと急激に恥ずかしくなってしまった。


「……その、なんだ」

「なに?」

「なになに?」


 俺はカップをテーブルに置き、二人を見つめてこう締め括った。


「二人で居る内は自信を持ってくれよ。誰も二人の世界を邪魔する奴は居ないんだからさ。ツッキーの時もそうだけど、こうして二人で寄り添っている今だってそう、俺は仲の良い二人を見れるのが好きだよ本当に」

「っ!」

「……っ」


 百合を愛する者として、それだけは真理だった。









 後押しをしてしまったなぁと、何かが口角を上げた。

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