百合!百合は全てを解決する。

 座る位置のせいで少し水瀬が不機嫌になるという出来事はあったものの、それよりも遥かに大変なことに俺は直面していた。


「……なあ」

「どうしたの?」

「この状況でどうしたのって聞くの逆に」

「うふふ♪」


 俺の言葉を聞いて水瀬はクスクスと笑った。

 どうして彼女がこんな風に笑っているのか、その原因は俺の膝の上にあった。


「……むにゃ……ゆかぁ」


 そう、藍沢が俺の膝の上に頭を乗せて寝ているのである。

 直にではなくツッキーの着ぐるみ越しだが、どうも普通の枕よりよっぽど気持ちが良いらしく、藍沢は頭を置いてすぐに眠ってしまった。


(……いくら着ぐるみ越しとはいえおかしいだろ)


 着ぐるみの感触が気持ち良いねと言い出した藍沢が流れるように俺の膝の上に頭を置いたのだが、そしてそのまま……というのが流れである。

 別に俺の仕事は終わったわけではなくただの休憩なのだが、今のこの状態の俺をおっちゃんが見つけてそれはもうニヤニヤと微笑ましそうに見つめ、もうしばらく時間をやると言われてこうなっているわけだ。


「ねえツッキー」

「うん?」

「あの時、どうして助けてくれたの?」

「うん? 助けることに理由は要らないだろう?」

「……………」


 俺の言葉に水瀬はポカンとした。

 まああの時は百合の園の守護者とか云々言っていたが、流石にこうして気分が落ち着いている時に言える言葉ではなかったので当たり障りのないことを口にした。


「……あの時、実は少し怖かったわ」

「だろうな。女の子からしたら大人のナンパほど怖いものはないだろ」

「えぇ。でも……あなたが現れてくれた。その背中、とても大きかったわ」

「まあな。今の俺、めっちゃデカいし」


 ツッキーの着ぐるみの時点でそこそこ大きいからな。

 よく子供たちもそうだけど、同年代くらいの学生も俺の陰に隠れたりするようなこともあるので、本当にそこそこに大きいのだ。


「つっきぃ……」

「あら、ツッキーが出てくる夢でも見てるのかしら」

「どんな夢だよ」


 それはきっと碌な夢じゃないなと俺は着ぐるみの中で苦笑した。

 眠っている藍沢の頭を優しく撫でる水瀬の姿、それはまるで女神のような美しさを思わせる。

 もちろんそれだけではなく、明らかな百合の波動を放っていた。


「二人は……」

「どうしたの? 何か聞きたいことがある?」


 思わず付き合ってるのかと聞きそうになったが、流石にそれはいくら彼女たちを助けたとはいえ踏み込み過ぎだろうと思い、なんとか踏み止まった。

 それにいくら助けたとはいえ、ただ間に割って入っただけだしあれくらいは誰だって出来ることだ。


「ねえ、言いかけて何も言わないのはダメじゃない?」

「……聞きづらいことだからさ」

「そうなの? 大丈夫だから是非聞いてちょうだい」


 やけにグイグイ来るなと思いつつも、俺は意を決して聞いてみた。


「二人はさ……その、やけに仲が良いじゃないか」

「えぇ。だって私たち、付き合ってるもの」

「そうだよな。付き合って……むむっ?」


 今、彼女は付き合っているとそう言ったか?

 それはつまり女性同士での恋愛を意味しており、俺の予想が当たっていたわけだがまだ喜ぶのは早い……何故なら彼女が揶揄っている可能性もあるからだ。


「流石に驚いた? でもこれは本当のことよ? 私はこの子を……舞を心の底から愛しているの。ずっと幼馴染だったこの子をね」

「……………」


 水瀬の表情は明らかに真剣そのもので、声からしても嘘を吐いた様子はなく俺を揶揄うようなものも感じられなかった……どうやら本当のようだ。


(マジかよ……リアルで百合だと!? そんなことが起こるのか……って実際に目の前に起きているんだけどさ! しかも同じ学校! 同じクラスメイト! とびっきりの美少女と来た!)


 別に百合なんてものは漫画やゲームで満足しろよって話なんだけど、リアルだからこそ俺はとてつもない興奮を覚えていた。

 ちなみに学校でもあくまで噂でそのようなことが囁かれているだけで、真相はずっと闇の中だったわけだが……これでようやく判明したというわけだ。


「そうか。良いじゃないか、素晴らしいことだと思うぞ」


 今にも小躍りしそうな自分を抑え込んでいると、俺の言葉に驚くように目を見張った水瀬はこんなことを口にした。


「……気持ち悪くないの?」

「うん? なんで?」


 気持ち悪い? そんなことがあるかバーロー。

 俺からすれば尊さしか感じないし、美しい女性同士に恋愛なんかそれはもうご褒美だしずっと見ていたいくらいだ。

 流石にこの感情を全て言語化して伝えるとドン引きされるのは分かっているため、あくまでこう呟くのは心の中だけだ。


「……以前に友達に伝えたことがあったの。その時はおかしいよって、気持ち悪いって言われたわ」

「なに?」

「その子もずっと一緒に居た友人だったから……かなりショックだったわ。その時は咄嗟に舞と機転を利かせて冗談よと笑って有耶無耶になったけど、あれが普通の感性なのだとその時に知ったのよ」

「……………」


 ……まあ確かに、よくよく考えれば同性同士の恋愛というのは世間からすれば少しばかり異様のモノであることは間違いない。

 その友人の反応は間違いでもなければ正しくもなく、どちらが悪いとも言えないかこればかりは。


「それならどうして今あなたに伝えたのかって思うかもしれないけど……何となくこの人なら流れで言ってしまっても大丈夫かなって思ったのよ。大きな体、助けてくれる優しさ……勝手にそう思い込んでしまったの」

「……なるほどな」


 大きな体に関しては完全にツッキーとしての俺だろうけど……まあ彼女の抱いた思い込みは決して間違いではない――俺はそれを伝えねばなるまいて。

 百合を愛する人間として、百合の伝道者として。


「恋愛の形は自由だ。そこに誰かの意志が介在する余地はない……君たち二人がそうでありたいと思うのであれば、胸を張ってその関係を続ければ良いと俺は思う」

「……………」


 自分でも歯の浮くような台詞を言ってると思うけど、今の俺は咲夜ではなく白クマのツッキーだ。

 だからこそ、俺はどんな言葉でも口にすることが出来る着ぐるみに成りきることが出来る。


「そもそも、俺は君たちの関係というか……百合が大好きだ」

「え?」


 彼女を怖がらせることがないように、俺は水瀬の肩に手を置いた。


「もう一度言う、俺は百合が好きだ。女性同士の恋愛というのが確かに普通ではないことは理解している。しかし、それでも俺はその恋愛に尊さを感じるからこそ百合が好きなんだ。こう見えて、ガールズラブ系の漫画やゲームは網羅してるんだぜ?」

「えっと……え?」


 ヤバい、オタク特有の好きなことを話すと止まらなくなる病が出てる……でもここまで来たら止まれねえ、止まるわけにはいかねえんだ。


「最近になってこうして話すようになったばかりの俺がこんなことを言ったところで気休めにしかならないだろうが……それでも言わせてくれ。俺は君たち二人の仲を心から祝福するぞ?」

「……あ」

「ここでツッキーとしてバイトをする中、君たちの仲の良さを見れると俺自身元気が出るし、何よりもっと頑張ろうって気分になれるんだ。だから、是非とも自分たちのことに自信を持ってくれ」

「っ……」


 しかし……これ大丈夫かな?

 流石に傍には彼女たちしか居ないから大丈夫とは思うけど、これでツッキーのキャラ性に百合好きが追加されたりしたらおっちゃんやデパートの人が泣くぞこれ。


「……親にも認められなかったのに……こんな」

「……………」


 どうやら色々とあったようだな。

 ポンポンと肩を叩き、流れるようにクマの柔らかい質感の手で頭を撫でてあげた。

 すると水瀬はスッと身を寄せて着ぐるみに頭を押し付けてきた。


(……美少女が抱き着いてやがる。でもこれ、着ぐるみ状態なのよね)


「俺はここでバイトをしてる。何かあったら相談とかには乗れる。だから好きな時に来てくれ。それでその仲の良さをこれからも見せてくれ」

「……えぇ!」

「分かったよ♪」

「っ!?」


 水瀬とは別の声に俺は思いっきり驚いてしまった。


「もう! いきなり足を動かさないでよビックリしたじゃん!」

「いやいや、狙ってたにしては性格悪いぞ今のは!」

「……狙ったつもりはないよ。だってあんな話をされてる時に動けないし、そもそも口を挟めないし?」

「……そりゃそうか」


 起き上がった茶髪のお姫様は水瀬を抱きしめ、ニコッと俺に微笑んだ。


「ツッキーって凄く優しいんだね。すっごくときめいちゃった♪」

「……クサすぎるとは思ったけど言わせてもらったわ」

「あはは、でも凄く心に響いたよ。そうだよね由香?」

「えぇ。とても励まされたわ」


 取り敢えず、水瀬の様子も元に戻って良かった。

 それにしても……本当に付き合ってたとはなぁ、それを知れたのことは本当に幸運だったし、何より俺の言葉が少しでも響いてくれたのなら良かった。


「……?」

「どうしたの?」

「いや……」


 なんだ?

 今、着ぐるみの中からも感じる強烈な視線を感じたような……ま、気のせいか。

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