061.守るもの

「エクレールが……この学校に入学?」

「はいっ!!」


 口の端を引きつらせながら問いかける言葉に、眼の前の少女は迷うことなく大きく頷く。

 嘘偽りのない表情。楽しげに、そして嬉しさ全開で発する彼女に否定の言葉を失ってしまった。

 この国の継承権第一位王女、エクレール。彼女が安々と貴族のみとはいえ学校に入学することは許されるのだろうか。チラリと横を見ればマティが呆れた表情で頭を抱えている。ポツリと聞こえてきた単語は『型破りだわ……』という言葉。もしやなにか知っているのかと問いかける。


「マティ、王女様が学校に入学って普通あり得ること?」

「……昨日、いくらエクレールでもそれはないだろうと思いながら調べたのよ。結果は代々王族は学校に行くことなく家庭教師をつけるって書いてあったの。当然よね。第一王女だもの、身の周りくらいは警戒するわ。それを……それを……」


 溜めるように、フツフツとこみ上げる何かを抱えながらマティは顔を伏せる。

 ボソボソと隣の俺にさえ聞こえないなにかを呟く彼女。次に顔を上げた時には勢いよく立ち上がってそのつり上がった目をエクレールへと向けていた。


「それを何のためらいもなくこの子は入学したの!いくらなんでも型破りがすぎるわよっ!!」

「ま、まぁまぁマティ。落ち着いて。そもそもなんでそんなに怒ってるの?」


 まるで怒りをぶつけるような。そして溜まりに溜まった堤防が決壊するように端を発したマティはキッと怒りを浮かべた目をこちらに向け、おもむろに一枚の紙を見せつけた。


「これは……部屋割り?」

「あたしの部屋割りよ」

「これがどうしたの?」

「よく見てみなさい。相方のとこ」


 見せつけてきたのは俺にも渡された部屋割について記された紙だった。

 寮はそれぞれ二人部屋。相方というとこれから部屋を共にする人のことだろう。

 俺の相方は安定のシエル。まるで策略のようなパーフェクトな部屋割り。男女分けとか気にしなくていいのかと思うほど。

 俺のことはさておき、シエルの相方は誰なのだろうと言われるがままに覗き込むと、そこに記された名前に首を傾げる。


「『????』……。なにこれ?名前書いてないんだけど」

「えぇ。おかしいと思って受付にも確認したけどわからないって……。でもようやく理解したわ。エクレール、あなたね。学校に掛け合ってこんなことできるのはこの子しか居ないもの」


 『????』それは文字通り名前が書かれていなかった。

 そんな中マティはすべての謎が解けたかのようにエクレールへと目を向ける。


「――――そのとおりです!さすがはマティ様!よくお気づきになりましたわね!」

「『よくお気づきに……』じゃないわよ!ここまであからさまな真似されちゃ嫌でも予想できるわ!そもそも寮は男女別!スタンとシエルちゃんが一緒なのはおかしい上、あたしと隣の部屋!ここまで作為的にされたら誰だって予想がつくわよっ!!」


 肩で息をするマティに俺は一種の同情さえも覚えた。

 彼女のいうことはもっともだ。そこまでお膳立てされたら部屋割りを弄れる者……王族、つまりエクレールを疑うのは当然だろう。

 そして王女様と同室はマティでさえも緊張諸々で気が休まらなさそうだ。


「スタン様はシエル様といつも一緒に眠ってらっしゃるとお聞きしたので、寮でも一緒がいいかなと。そして私とマティナール様が一緒になって隣同士になれば完璧じゃないですか!気がついたときにはまるで雷に撃たれたような衝撃でしたわ……。文字通りお父様にタックルしましたもの!」


 一方で笑顔を絶やさないエクレールは悪意0パーセントの純度だった。

 ただ一緒にいたいというだけの100パーセント善意。無邪気に笑う彼女に毒気を抜かれたのかマティは大きく肩を落としながら息を吐く。


「ハァ……。エクレール、あなた警護はどうするつもり?自慢じゃないけどあたしはスタンと違って、誰かを助けられるような度胸も実力もないわよ」

「そちらについても心配ありませんよ。――――出てきてください」

「…………?」


 パンパンッ!と、いつかを思い出すように手を叩いてみせるエクレール。

 それはいつかの謝罪の日を彷彿とさせるような仕草。あの時と同じようにレイコさんが登場するのだろうか。

 そう思って待っていたが、しかし今回は5秒、10秒と経っても姿を現す気配がない。

 もしかして警護失敗か……?そんなことを思いながらベッドから降りて辺りを見渡す。


「――――呼びましたか?王女様」

「うわぁっ!!!」

「きゃぁっ!!」


 見渡しても何も無い。

 どうやら失敗だったと気を抜いたその瞬間、突如足元から声が聞こえてきた。

 そこにいたのは俺が居たベッドの下から顔を見せるレイコさん。


 反応を見せず何もない。そう思わせてからの虚を突いた登場。

 それはまさにホラーだった。あまりの突然の登場に俺は声を上げ、同時に隣りにいたマティも飛び上がって互いに抱き合ってしまう。


「こらレイコ、皆様を驚かせてはいけませんよ」

「申し訳ございません王女様。御三方とも親睦を深まってきたのでちょっとしたドッキリをと思いまして」

「まったくレイコってば。……とまぁ、このようにレイコが控えてますので問題ありませんよ。お二人とも大丈夫ですか?」

「……驚きすぎて明日の入学前に心臓が止まるところでしたよ」


 一体レイコさんはいつからベッド下に潜り込んでいたのか。

 そう考えたもののすぐに理解を放棄する。普段から天井上に張り付いたり一瞬のうちに眼の前の登場したり。理解の外にいる……まさしくニンジャだ。ニンジャの仕組みに理解を求めるほうが無理筋というものだろう。


 レイコさんへの思考をかなぐり捨てながら未だにヒシっと抱き合っていた俺は、彼女から距離を取ろうと力を込める。


「……あれ?」


 マティと離れる。離れようとしたが……離れない。

 俺がいくら引き離そうとしても彼女は一向に離れようとしなかった。

 一体どうしたのだろうと覗き込もうとしたところで、胸に顔を埋めていたマティはその目をエクレールに向ける。


「アンタ……こんな目に遭わせてくれて……恨むわよ……」


 その声は涙声だった。きっと向けた目には涙が浮かんでいるのだろう。

 向けられた表情に驚きの顔をみせたエクレールは慌てたようにこちらへ駆け寄ってくる。


「申し訳ございません。マティナール様。後ほど特性のプリンをお持ちいたしますので許していただけませんか?」

「…………」

「マティナール様?」

「……プリンとジュースも。それなら許す」

「はい。もちろんご用意いたします」

「ん……じゃあ許す」


 スッと俺から離れたマティはそのままスライドするようにエクレールとギュッと抱き合う。

 知らなかった。マティが怖いもの苦手だったなんて。仲直りした二人が抱き合う姿にホッとしながらベッドに座り直すと、ふと眼の前に小さな手が伸びてきた。


「エクレール?」

「もちろん、レイコにも守ってもらいますがスタン様にもなにかあった時には私を助けていただきたいのです。構わないでしょうか?」


 それはエクレールの手だった。

 まるでダンスの誘いのように差し出された手。マティと離れた彼女の真摯なお願いに対する答えはもちろん決まっていた。


「もちろん。できることは少ないけど、ボクも全力でエクレールを守るよ」

「まぁ……!!ありがとうございます!」


 彼女の誘いに乗るようにそっと差し出された手を取る。

 当然だ。身の危険ならレイコさんが活躍するだろう。しかし細々としたもの、特に生徒間でのイザコザは当人と周りでしか解決出来ないこともある。そんなこと王女様相手に起こるとは思えないが、俺も全力を出すことを手を取り誓う。


「えっ――――?」


 すると、眼の前の彼女がふと俺の前から消え去った。

 いや違う、彼女は突然その腰を下ろし、ベッドに座る俺へと距離を詰めた。

 ギュッと握られた俺の手。不意を突いた一瞬。手を引っ張るように近づいていき、数十の距離をゼロにしてしまう。


 チュッと、本当にわずかにだが触れるだけの感覚が頬に残った。そっと触れた箇所に手をやり目を丸くしながら離れていくエクレールの赤い顔を見ると、何をされたのか俺でも理解する。


「なっ……!」

「えっ、エクレール! アンタ一体なにを……!?」

「これから守ってもらうのですから信頼の証です。もちろんレイコにもしましたよ?」

「で、でも……だからといってスタンは男の子で……!」

「はい。さすがに私でもちょっと恥ずかしかったです。うふふ……」


 エクレールから……王女様から…………。


 マティの荒ぶる声が耳に届くがまるで遠くにいるかのように俺の脳には入ってこない。

 そんな混乱の只中、俺は他3人の混乱が自然と落ち着くまで、その場でフリーズしまうのであった。

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