第44話 トイレ掃除

 ルークが無事に王国領に辿り着くとすぐにバルベリに呼び出され説教を受けていた。上官であるバルベリの言葉を無視した単独先行を行い軍の規律を乱した事を咎められていた。まだ学生の身分であるルークに重い罰が下ることはなくトイレ掃除とバルベリからの説教だけであった。


 こっぴどく怒られた。ルークはバルベリから拳骨を落とされた頭を摩りながら汚れたトイレの掃除をしている。トイレの個室に入り頑固な汚れを落とすため必死に擦っていると騎士達が何名かトイレに入ってくる。


 ルークはトイレ掃除の傍ら入ってきた騎士達の会話を聞き耳を立てる。


「知ってるか? 教国が魔族に領土を奪われたらしいぜ?」


「知ってる、知ってる。今、教国から救援の依頼が来てるらしいな。とはいえ、うちも他国へ救援に出せるほど人は余ってあないしな」


「そうだよな。ゼルパ砦は死守できたが魔族の脅威が無くなった訳ではないしな」


「ただ、魔族に落とされた場所が問題だよな。塔の遺跡には大量破壊兵器が残されてるって噂もあるし。王国としても教国の依頼を突っぱねる事もできないだろう。けど、誰が救援に行くかだな」


「あの教国の遺物使いアダムが苦戦してるらしいしただ適当な人を送るわけにも行かないだろう」


「だよなぁ」


 トイレを済ませたのか騎士達の会話はそこで終わり足音が過ぎていく。ルークはトイレ掃除の手がいつのまにかとまっていた。しばし、考え込む。


 何かを決めたルークは再び手を動かしてトイレ掃除を始めた。






 言い付けられたトイレ掃除が終わり、ルークは再びバルベリの元へやってきた。バルベリはルークの方を見ずに淡々と書類仕事をこなしている。いつもより眉間に皺を寄せて難しい顔をしているバルベリにルークは話しかけた。


「教国から救援依頼が来ていると聞きました。俺をそのメンバーに入れてください」


 書類作業をしていたバルベリの手が止まり、眉間に指を当てて大きなため息を一つつく。ルークはその長いため息の間じっとバルベリを見つめている。


「馬鹿かお前は?」


 呆れが混じったバルベリの言葉が発せられるがルークはそれでもじっと真剣にバルベリを見る。


「命令無視するお前を他国の救援に向かわせれる訳ないじゃろ。取り敢えず掃除が終わったら待機しとれ」


「救援に向かわせてください!」


 救援に向かわせれないと答えたバルベリに再び救援に向かいたいとルークは懇願する。バルベリはもう一度深くため息をつき今まで書類に目を落としていた顔を上げてルークの目を見据える。いつもおおらかな彼の表情だが今回はいつに無く真剣であった。


「なぜじゃ? なぜそこまでして救援に行きたい?」


「教国には助けられた恩があります。それを返したいのです。それに大量破壊兵器を魔族に渡す訳には行きません」


 ルークの話を聞きバルベリは一度目を瞑り顎へ手を当てる。バルベリの言葉を固唾を飲んでルークは待つ。


「……大量破壊兵器は噂じゃがな。まぁ、お主がそこまで言うならわかった上へ掛け合ってみよう」


「ありがとうございます!」


「上が了承するかは別じゃぞ? 全くお主は一度言い出すと頑固じゃからのう」


 話も終わりバルベリは再び書類を片付けるために作業を再開する。そのバルベリに深く一礼をしてからルークはその場を後にする。


 ルークがバルベリの執務室を出たタイミングで前が見えないほど大荷物を持ったハラルトと遭遇する。


「ハラルト大丈夫か? 俺も半分持つよ」


「ん? ルークかありがとう」


 いつもと変わらない笑顔をルークに向けながらハラルトはお礼を言い、荷物の半分をルークへ渡す。

 ハラルトから荷物を受け取り彼と共に荷物を運んで行く。


「そういえばルーク、お前また無茶したらしいな」


「その件なら師匠にこっぴどく怒られたよ。今はその罰で暫くトイレ掃除させられてるよ」


 ルークは苦笑いを浮かべながらそう話す。ハラルトは真剣な表情で苦笑いするルークを見つめる。


「あんまり無茶するなよ。ルークが居なくなったって聞いて心配したんだからな」


「すまん」


 真剣なハラルトにルークはただ謝るしかなかった。ルークが謝るとハラルトは再び笑顔になり「もう心配かけんなよ」と言い前を向く。


 暫く無言で歩き、目的の倉庫へと辿り着き荷物を下ろす。持ってきた荷物を各棚に収めて行く。


「ルークって何か変わった?」


 棚に荷物を収めていると突如ハラルトが質問をしてきた。突然のハラルトの質問にルークは手が止まってしまう。


 自分では何かが変わった気はしないがもし変わったのならばエリザベスの影響かも知れない。そう思うとルークの口が勝手に動いた。


「ハラルトは魔族事憎い? 滅ぼしたいと思うか?」


 質問を質問で返してしまいしまったと思ってしまったが、ハラルトは気にしていないのか作業を続けていた。


「憎いかって聞かれたら俺はそうでもないかな。実際魔族の脅威を感じたのだってここ最近だし若い世代は同じ考えの人が多いと思うよ。滅ぼしたいかについてだけど平和になればどっちでもいいかな」


「そうか……」


 ハラルトが魔族に憎しみを感じていないと聞いてどこかホッとしてしまう。その気配を感じてかいつの間にかハラルトに見つめらられていた。


「魔族と何かあったのか?」


「少しな」


「……まぁ、いいけど。前も言ったけどあまり魔族の事を気にし過ぎるなよ」


「わかってる……」


 ハラルトの言いたい事は分かっている。次に魔族と対峙した時剣が鈍らないかは今のルークには分からなかった。


 ただ言えるのは今も昔もルークは平和を願っている。


 


 

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