第4章 なにもできない少年、武器を手に入れる
第20話 陰キャ脱出作戦×甘え
VTuberになる決意をしたものの。
家に帰って、あらためて考えてみた。
僕は陰キャ特有のボソボソした抑揚のない話し方だ。ささやき声が強みだと言われたが、自分では良いと思っていない。
そこで。
買い物の翌日。日曜日。
「愛里咲さん、ボイストレーニングまでできるんだね」
「元子役だしね。劇団にもいたから、それなりに練習をしたよぉ」
僕は愛里咲さんに頼んで、ボイストレーニングのレッスンを受けることになった。
先生は、ほめて、ほめてと言いたげだ。
彼女の意図を汲んだ僕は、頭を撫でてみる。
本日の愛里咲嬢はTシャツにショートパンツ姿というラフな姿。動きやすさを重視しているはずなのに、かわいい。太ももがまぶしくて、さっきから視線のやり場に困っていた。
「まずは、腹式呼吸から。ありさがお手本を見せるから」
「お願い」
「ゆっくりと口から息を吐き出します」
愛里咲さんのお腹がへこんでいく。おへそあたりに手を添えていて、動きがわかりやすい。
徐々に、高い双丘との落差が大きくなり、巨乳が強調される形に。
「そしたら、鼻から息を吸います」
今度はお腹が膨らんでいく。
「以上で見本は終わり」
「愛里咲さん、すごい」
どこがとは言わない。
「じゃあ、詩音ちゃん、やってみて」
「わかった」
愛里咲さんを参考にやってみる。
息を吐く。お腹がへっこんだのを確認する。
「ゆっくりと息を吸って~」
空気がこんなにおいしいとは。
「いったん、息を止めて………………吐いてぇ」
『すぅ~』という音とともに肺から空気が抜けていく。
お腹にも力を入れたせいか、腹筋が軽く痛い。
「詩音ちゃん、えらい、えらい」
「呼吸を1回しただけだよ⁉」
「だって、まずは努力を褒めなきゃだもん」
愛里咲さん自分が甘えるだけでなく、甘やかすのも上手いかも。両刀づかいか。
「そのうえで、アドバイス」
「お願いします」
「息を吸うとき、肩を動かさないでね。姿見を確認しながら、やってみて」
事前に、両親の寝室にあった姿見をリビングに移動していた。
アドバイスを意識して呼吸の練習をしていると。
――ふにゅっ。
背中に柔らかいブツが当たっていた。姿見には、僕の背中に密着する愛里咲さんが映っていた。鏡があると明確に接触しているのがわかって、恥ずかしい。
「ありさが肩に手を置くね。肩を動かさないように意識してみよぉ」
「がんばってみる」
男子的には背中に意識が向いてしまう。
集中できないでいると。
「詩音ちゃん、お腹で呼吸するぐらいのつもりで」
指摘されてしまった。まさか、変なことを考えていたとは言えない。
愛里咲さんが僕を指導してくれているんだ。迷惑をかけたくない。
腹へ意識を全集中する。
「すぅ~」
肺にあった空気を吐き出す。
「はい~吸って」
鼻から息を吸う。腹が膨らんでいくのが自分でもわかった。
「よくできました~はなまる満点でちゅよ」
愛里咲さんは僕の前に来ると、僕の後頭部をつかみ。
自分の方に引き寄せてきた。
「うわっ」
埋まった。僕の顔が愛里咲さんの谷間に埋まった。
「ご褒美にいい子、いい子ちまちょー」
頭を撫でられ、頬に女の子を感じ、甘酸っぱい匂いもして。
めちゃくちゃ落ち着く。たまには甘やかされるのもいいかもしれない。
軽く休んだ後。
「じゃあ、次は発声練習。声を斜め前に投げるようなイメージで、『あ~』と伸ばしてみようか」
「斜め前?」
「野球のボールを投げる感じ。放物線を描いてボールを投げるイメージをして」
言われたとおりにやってみた。
「ボールが声だと思って、声を出してみて」
すんなりイメージできた。
「あ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
10秒以上、声を出して、息が続かなくなる。
「おぉぉっ!」
愛里咲さんが拍手する。
「声が明るくなったよぉ」
「そうなの?」
にわかには信じられない。
「普段の詩音ちゃん、声が沈んでいってる感じなんだよね。そうすると、暗く聞こえちゃうの。さらに、口の中でもごもご言ってるから、陰キャの印象が強くなるわけ」
今までの自分がいかにダメだったか。
「今みたいな感じで、普段から話せれば最高だねっ❤」
「ああ。がんばってみるよ」
褒められて、モチベーションが上がってきた。
「けど、そしたら、詩音ちゃんがモテちゃって……ありさ的には複雑かなぁ」
不意打ちにやられかけた。深い意味はないとわかっているから、勘違いしないけど。
「次は、滑舌をしたいけど、その前に筋トレをやってみよっか」
「筋トレ? 声を出すのに腹筋が必要とか?」
「うーん、腹筋も大事なんだけど、詩音ちゃんの場合は表情筋の方が先かな」
「表情筋って、なに?」
表情に筋肉があるように聞こえるが。
「笑ったり、泣いたりすると表情が変わるよね?」
「うん」
「表情が変わるということは、顔を動かすための筋肉が必要なの」
「たしかに」
筋肉がなかったら、表情が固定されるはず。
「表情を動かすのが、表情筋なの」
僕はノートにメモを取る。
「表情筋を鍛えると、表情が豊かになるし、滑舌もよくなるの。だから、表情筋の筋トレは必要なんだ」
「……陰キャは表情が最大の弱点だしね」
「詩音ちゃん、最底辺からの成長ってドラマになるんだよ」
僕の自虐プレイにも前向きに答える愛里咲さん。
同居を始めたばかりの頃だったら、彼女の前向きさは毒だったろう。
しかし、今の僕にはありがたかった。
「じゃあ、さっそく。口を『い』の形で横に開いて」
言われたとおりにする。
「つぎに、『う』にして唇を尖らせる」
唇を前に突き出した。
「『い』と『う』の動きを連続でやってみて」
何度かやっているうちに、顔が疲れてきた。
「最初は動きが硬いけど、だんだん柔らかくなっていくから」
愛里咲さんのお手本が始まった。
『い』のときに目元に思いっきり皺ができた。いわゆる、変顔だ。せっかくの美少女がお笑い芸人みたいになった。
「……練習を積むと、目の方まで動くようになるの。だから、笑わないで」
「顔にも筋肉があるってよくわかったよ」
僕のためにやってくれているんだし、茶化すつもりはない。
「今の筋トレを毎日やって。ありさを膝抱っこしてテレビ見てるときにやればいいから」
「わかった。ながらでいいなら、どうにかできるな」
レッスンを始めて、30分ぐらいしか経っていない。それなのに、疲労を感じている。
「じゃあ、最後に滑舌をやるよ」
愛里咲さんが1枚の紙をテーブルの上に置く。
『あいうえお いうえおあ うえおあい えおあいう おあいうえ』と書いてある。
「愛里咲が見本を見せるね」
愛里咲さんは深く息を吸い込むと。
「あいうえお、いうえおあ、うえおあい、えおあいう、おあいうえ、あいうえお、いうえおあ、うえおあい、えおあいう、おあいうえ、あいうえお、いうえおあ、うえおあい、えおあいう、おあいうえ、あいうえお、いうえおあ、うえおあい、えおあいう、おあいうえ」
早口言葉で、呼吸もせずに、まったく噛まずに言い切った。
「途中で呼吸をせずに4回繰り返すことが目標ね。いきなりは無理だろうけど、今日のトレーニングを続けていけば、大丈夫」
「…………そうなんですかぁ」
(僕にできるのだろうか?)
不安になっていると。
「たった30分のトレーニングでも、詩音ちゃん、成長してるよぉ」
「そうなの?」
「だから、大変だけど、少しずつがんばってみようね❤」
愛里咲さんが手を握ってきた。
「わかった。やってみる」
「その調子だよぉ。ホントにいい子なんだからぁ」
またしても、愛里咲さんは甘やかしてきた。
(甘やかされると、やる気になるんだなぁ)
いつもと真逆のことをしてみて、発見した。
愛里咲さんをもっと甘やかしてもいいかもしれない。
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