第19話 状況悪化

 一方リクとカイトは森の中を徒歩で移動していた。二人に挟まれるように歩くのは五人の男女。リクが見つけてしまった再生人類である。どうにかして安全な場所へ連れて行かなくてはならない。


「右前方ガンキッカー3! 後方から暗殺者アサシンの斥候隊が来てる!」

「ちっ!」


 リクが警告を発し、咄嗟にカイトは大剣を構えて飛んできた光線を弾いた。ガンキッカーは『SOO』のエネミー。口からビームを吐いて攻撃してくる。撃ってくる方向に向き直り、カイトはもう一本の光線も剣でガードした。攻撃を受けたのを見て、何人かが悲鳴を上げて身を縮めた。カイトは彼らをかばって射線の前に立ちふさがる。


「大丈夫! 全部止める!」


 カイトは怒鳴る。ガンキッカーはあちらからは近づいては来ない。ビーム攻撃も三体なら対処可能。最悪、体でかばっても自分なら十分耐えられる。


「先に片付ける!」


 言い置いてリクはバトルアックス片手に後方へ駆けた。森の中を歩くなら飛竜はかえって邪魔になるので送還している。追ってくるのは暗殺者アサシンの部隊だ。戦略マップで位置はわかるが、保護対象に接近されたくない。先手を取って襲い掛かったリクは、邪族の斥候を次々と倒していく。


「後ろ片付いた!」

「らじゃー!」


 リクが戻ってきたので、カイトはさっきから光線を連射してくるエネミーの排除に飛び出した。これ以上撃たせないためにも速やかに近接戦に持ち込まねばならない。カイトは秒で敵前へと迫った。接近されてビームを吐くのをやめたそいつは、カエルに似た生き物だ。ぴょんぴょんと跳び、カポエラよろしく足技で応酬してくる。


「うざい! 消えろ!」


 一匹は地面スレスレ、一匹は中段蹴り、もう一匹は飛び上がってのラ〇ダーキック。カイトは足をすくおうとするキックをかわして逆に胸を踏み抜き、腹へと伸びてきた足をつかんで止めた。上から蹴りを放ってきた奴は真正面から切り捨てる。最後に足をつかんでいた奴を地面に叩き付けた。


 エネミーを排除した一行は再び早足で進み始めた。


「もうすぐ海に出る。……っ!」

「リク?」

「あっちにもう一人発見した……!」

「わかった!」


 カイトがうなづくとリクは一人で走って向かう。カイトは背後を振り返った。手を取り合って震えている男女は『クラフトオーダー』ステが二人、残りは『紋章』だ。生産系と見習い未満ノービスなので、どちらも実戦に出せる状態ではない。


「御使い様……」

「大丈夫だ。もうすぐ開けた場所に出る」


 大丈夫の根拠はないが笑って見せる。自我を取り戻した人々が、デフォルトで自分たちを御使いと認識しているのは困惑しきりだったが、今の状況ではありがたい。あれこれ言わなくても従ってくれるからだ。






 事の始まりは三日前。海岸を一周回ってここが大きな島であることを確認した二人は、夜が明けるまで待って帰路につくつもりだった。しかし朝目覚めて周囲を見るなり、リクが頭を抱えて呻いたのだ。


「どしたの?」

「しまった……! 迂闊だった!」

「ほえ?」


 カイトは何かあるのかとあたりを見回した。草原だったはずの場所にわらわらと木が立っているのを見て首を傾げ、随分育ったなと思ってカイトもハッと気づく。その時にはもうリクは戦略マップを開いてチェックを始めていた。


「もしかして!?」

「ああ。俺たちの影響だ。長居しすぎたんだ」


 ここは拠点からまっすぐ西に進んだ場所だ。海を発見して、その時はちょっと調べて帰還した。そして今回の調査の起点にしたのもここだ。初日にここで休憩して、一周回ってきて夜を明かした。


 最近はずっと拠点で暮らしていたから忘れていたのだ。自分たちの存在がいかに【コトワリ】を与え再生を促すのかということを。最初の頃は一晩で湖ができたり森が生えたりしていたというのに。


 周囲を回る間、一日移動するごとに一泊しているが、その時はここまでの変化はなかった。アマネがいない分影響が少なかったのだろう。しかしこの場所には回数で言えば三回訪れている。累計すれば滞在時間はそれなりに長い。


「人がいる!」


 リクがマップの反応を見つけて天を仰いだ。人がいるということは、エネミーも発生している。放っては置けない。


「とりあえず保護しよう!」

「ああ!」


 そして最初の一人を保護したら次を見つけてしまい、移動先でまた新たな対象に気付くというわんこそば状態に二人は陥った。もちろんエネミーも襲ってくるし、二人だけでは厳しい状況だ。


 仕方なくせめて見晴らしのいい海岸に保護した人々を集めたが、食料も生活環境も何もかもが足りない。アマネは余分に食料を持たせてくれていたが、こうなっては足しにもならない。


 やむなく食料確保のために出掛ければ、また新たな保護対象を見つけてしまう。二人がここにいること自体が状況を加速させているのはわかっているが、見捨てて去ることもできなかった。






 リクが回収してきた一人を足して、新たに保護したのは六人。先に保護した人々と合わせると二十人を超える。食事も満足に取れず、夜も安心して眠れない。誰も彼も疲労と不安でぐったりしていた。


「どこかで援軍を呼びに行かないと……」


 今のところ海にはエネミーがいない。なので海岸は比較的安全だとは思うが、楽観はできない。屋根も防壁もないのだ。雨でも降ればそれだけで詰む。かといってたった二人で、無力な彼らを連れて拠点まで戻るのは難しい。このままではジリ貧だ。


「カイトはこの人たちの護衛に残ってくれ。明日夜が明けたら出る。拠点まで全力で飛ばすが、ペガサス隊を使ってもおそらく戻ってくるのは翌日……」

「リク」


 カイトはリクの言葉を遮った。


「途中で誰か見つけたらどうするつもりだ?」

「……それは……」


 カイトは理詰めではなく感覚で動くタイプだが、さすがにこれは気付く。リクは戦略マップを見ながら飛ぶはずだ。高度を取りすぎると大型の飛行エネミーに見つかってしまうし、弓兵やガンキッカーのような、遠距離攻撃をしてくる敵を避けて最速で拠点に向かうために。


 もし救うべき誰かがいた場合、当然それもマップに表示される。敵を警戒していれば見てしまうだろう。今までも救えなかった人がいるのかもしれないが、知らずにいたのと知っていて見捨てるのは話が違う。


「軍師ってのはプラスとマイナスを計算して作戦を決めるものだろう?」

「お前なあ!」


 平坦な声で言ったリクに、カイトはつかみかかった。カイトだって理屈はわかっている。だがそれをリクが背負うのは納得したくない。この友人はきっと消えた光点の数をしっかり数えてしまうのだ。


 カイトの手首をつかみ返して、リクは言い放つ。


「俺の責任だ。もっと早く割り切るべきだった」

「リク!!」

「他に対案があるのか!?」


 睨み合う二人の頭上に不意に影が差した。翼が羽ばたく音がいくつも重なる。


「ペガサス……?」


 見上げた二人の目に天馬騎士ペガサスナイトの隊列が映った。先頭の一騎が急降下してくる。背にまたがる亜麻色の髪の女騎士が嬉しそうに破顔した。


「先生っ! カイト様!」

「エーファ! どうしてここへ……?」


 リクは驚きの声を上げた。捜索隊が派遣されるとしても、もっとあとだと思っていた。水や食料も余分に渡されていたので、それも考慮に入れると考えていたのだ。


 ペガサスが着地すると、エーファの後ろから小柄な影が飛び降りた。してやったりといった笑顔で、アマネはリクとカイトに向かってサムズアップで胸を張る。


「工兵隊、到着よ!」

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