第7話

 『強制執行班』の腕章をつけた生徒に取り囲まれた俺が連れてこられたのは風紀委員会強制執行班本部だった。

 そしてこの本部にはなんと取調室が存在した。ご丁寧に鏡まである。だが部屋の作りからしてマジックミラーではないだろう。雰囲気作りと身だしなみを整える以上の用途がない鏡だ。

「初めまして、私は風紀委員会強制執行班班長の天崎だ。君の取調べを担当する。以後よろしく」

 天崎と名乗ったのは、ラグビー部が似合いそうな大男だった。グラウンドにいれば爽やかかもしれないが、狭い取調室では威圧のために生まれてきた男のように感じる。

「西之原だ。話すことは何もない」

 風紀委員会に捕まった時の対応については、ミナミとの間で話したことがあった。風紀委員会に捕まったとして何が原因で捕まったのか心当たりが多すぎてわからないような活動を日常的にしているのだから当然だ。

「話すことがないってことはないだろ。お前が禁止物資を売ろうとしているところは押さえているのだから。お前は現行犯で逮捕されたんだ」

 スポーツマンの肉体をした天崎がスポーツマンとは程遠い、弱者を追い詰める笑みを浮かべた。

 そう、天崎が言う通りこの学校の校則では違反者を逮捕できるのは現行犯が原則だ。他の方法もないではないが、手続きの煩雑さから取られることはまずない。

 だから、ミナミ曰く風紀委員会対策その1は『危ないことは全部キミがやってボクに危害が及ばないことにする』である。この状況はまさにミナミの狙ったことだが、今の状況の打破には役立たない対策だ。

 なかなか返事をしない俺に苛立ったのか、天崎が手に持ったボールペンで机を叩き始めた。

「俺は水を買っただけだ」

 余計なことを決して言わない。これはミナミの風紀委員会対策その2だったか?

「まだそんな戯言が通用すると思ってんのか?こっちはお前の手口なんぞわかってんだよ!」

「手口ってなんだ?」

「自販機の釣り銭で金とブツを交換してんだろ?あそこの自販機を取引場所に指定したって証拠もあるんだよ」

 天崎はスマホを取り出して突きつけた。

 そこには確かに俺が送った取引場所指定のメールが表示されていた。

 なるほど、囮捜査をやり返されたわけだ。

「今日はたままたあの自販機で水を買いたかったんだ。取引場所だったなんて知らなかった」

「じゃあ、お前から押収したこのガムはなんだ?」

 天崎はビニール袋に入れられたチューイングガムを取り出した。

「お前!勝手にカバンを漁ったのか?」

 いくら風紀委員といえども原則は外の世界の法律の枠内で行動する。勝手にカバンの中身を改めるのは明らかにやりすぎな行為だ。

「議事録上は自主的に提出してもらったことにするさ。で、どうなんだ?」

「個人的な持ち物だ。拾ったから自分で使うためにに持ってた」

 これは事前に用意していた苦肉の言い訳だ。この学校の校則ではチューイングガムは

有償販売>無償譲渡>公共の場での投棄>使用>個人使用が目的の単純所持

の順番で罪の重さが変わってくる。

 つまり、ガムを持っていても売るためではなく単純所持だったことにすれば最悪のケースは防げる。そのために、ガムを販売するときは1個や2個といった個人所有の範囲内で持ち運ぶことにしている。

「お前が、単純所持を主張することは分かっていた」

 天崎が静かに続けた。「だが、この量は流石に単純所持は通用しないだろ」

 机の上に次々と並べられるチューイングガム。意味がわからなかった。

「どう言うことだ?こんなに持ち歩いていないぞ?」

「どのタイミングでお前のカバンに入ったかは知らないが、これは全てお前のカバンの中から出てきたものだ」

 そうか、迂闊だった。これは全て風紀委員会が事前に準備していた茶番だ。

 作戦変更、ミナミの風紀委員会対策その3『時間稼ぎ』だ。どうしようもないときは時間を稼いで、生き残った方がもう片方を助ける。ただ、この話をしたとき、ミナミは「気が向けば助けるよ」という頼りないことを言っていきた気がする。

「そんなに大量に持ってきた記憶はないが、それは全て俺が自分で使うために持っていたものだ」

「そうかそうか、じゃあ食え。今すぐ食え!全部食え!」

「それで食ったら禁止物資の使用で罪状がワンランクアップか?」

 風紀委員に強要されて校則を破ったと言うのも証明ができればゆすりのネタにできそうだが、この感じじゃ証拠を掴ませてはくれないだろう。

「俺だって鬼じゃない。そんなチマチマ罪状を引き上げたりしないさ。それにお前は必ず違反物資の売買で検挙する」

 一応言質は取ったので、ガムの一つを手に取る。売り言葉に買い言葉ではあるが、ガムを噛んでいる間は質問への返答を遅らせられる。つまり時間稼ぎになる。

 紫色の塊を口に入れて、硬い外皮を奥歯で砕いた。

 ぶどう味の果汁が、しなかった。酸っぱかった。思わず口から吐き出す。

「どうした?」

 天崎がニヤついている。パッケージを見ると賞味期限が去年になっていた。

「汚ねえぞ」

「お前の持ち物なんだろ?食えよ。食わないなら風紀委員会の本部でガムを吐き出したって罪を追加してやってもいいぞ」

 この大男は自分で言ったことも覚えていられないらしい。だが、目的は時間稼ぎだ。吐き出したガムと、もう一つのガムを手に取り口に放り込んだ。

「でだ、ガムを不特定多数に有償で販売した場合の罪状はどのくらいだと思う?」

 酸っぱいガムで顔を歪める俺を面白そうに眺めながら天崎が聞いてきた。

「さあな。教えてくれよ」

 本当は知っている。最悪のケースを知らずにリスクを取る奴は馬鹿だ。

「教えてやる。放校処分だ。これがどう言う意味かわかるか?」

「ばかにするな。学校から追い出されるって意味だろ」

「それは表面的な現象だ。放校処分の痕跡は公的な経歴データベースにハッキリと残る。この記録は一生消すことができない。高校を放校になった人間が社会でどう扱われると思う?そんな人間が一般社会でやっていけると思ってもらえるか?」

 天崎は俺を脅そうとしている。だが、困ったことに天崎が言っていることは真実だ。この国で高校を放校処分になった人間が暮らすのは少しばかりハードルが高い。

「何が言いたい?」

「過去にいたガムの売人は確かに放校処分になってきた。だがそうなっていないケースもある。情状酌量の余地があるんだ。例えばそうだな、命じられてガムの売人の手さきとして働いていた、と言うケースでは3ヶ月の謹慎で済まされている」

 話が見えてきた。つまりこいつはミナミのことを売れと言ってきているのだ。俺の証言で直ちにミナミが検挙されることはないだろうが、俺はミナミにとって致命傷になりかねない隠し金庫の場所や開け方といった情報を持っている。

「なあ、西之原。お前の仲間を捕まえるのを手伝ってくれればお前の罪は多めに見てやってもいい。このガムを全部食う必要もない」

 そう言いながらこれ見よがしにガムを一つひっくり返して賞味期限表示を眺めた。どうやら賞味期限切れのガムは一つや二つではなさそうだ。

「魅力的な提案だが、俺は自分で使うためのガムを持ってただけだ。そんな売れるような仲間はいない」

「そうか、そこまで言い張るならこっちにも考えがある」

 何をする気だ?と身構えたが、なんてことはない。

 監禁されただけだった。

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