終.刹那の死闘


 ◆


 店の廊下を闇集団の五人が歩いている。

 闇バイトリーダーを先頭に、闇バイトの双子、闇正社員、そして暗黒騎士。

 暗黒騎士は暗黒より派遣されし非正規の闇雇用存在であったが、正式に闇落ちして闇正社員にならないかという話も来るほどに優秀な男であった。

 鎧の総重量は80キログラム程度――ほぼ、人間一人を纏いながら動いているようなものであったが、戦場での動きは軽やかで、おそらくTik tokで流行のダンスを鎧を着たまま平然と踊って見せることだって可能ではないかと思われる。

 寡黙で一見すると付き合いづらい男のように見えるが、誰よりも仲間思いであることを闇集団の四人は知っている。


 その暗黒騎士が今、素顔を顕にして悶絶していた。

 顔面を完全に覆っていたヘルムは完全に破壊され、あらゆる攻撃に対し平然としていた平時の様が嘘のように口から泡を吹き、白目を剥き、唸っている。


「あっ、暗黒騎士ィーーーーーーーッ!!!!!」

「らっしゃっせぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!」

 見事な不意打ちである。

 最後尾を歩く暗黒騎士は前方の警戒を仲間に任せ、自身は背後からの攻撃に備えていた。だが、現れた店員は暗黒騎士がヘルムの仕様上、どうしても視認しづらい天井に張り付き、上部から暗黒騎士の頭部に攻撃を見舞ったのである。


「こちらの一撃は当店からのサービスとなっておりますううううううううう!!!!!」

 暗黒騎士に攻撃を見舞うと同時に、店員は床に着地。

 その手に杵を持って四人に相対する。

「美味い」

 杵に付着した血を、店員は舐め取って言った。


「ご注文はああああああ!!!!!」

 その言葉と共に店員は杵を横薙ぎに振るい、暗黒騎士を甲冑ごと吹き飛ばした。

 暗黒騎士の体重と合わせて二百キログラムに達しようかという質量攻撃である。


「肉団子でよろしかったでしょうかあああああああ!!!!」

 咄嗟に暗黒騎士を受け止めた闇正社員であったが、既に店員は駆けていた。

 杵を振るい、闇正社員のがら空きの頭部を吹き飛ばす心算である。


「それともハンバー……なにィッ!?」

 杵が闇正社員の頭部に触れんとした瞬間、店員の動きが止まった。

 止めたのではない――本人の浮かべた動揺の表情がその何よりの証左である。


「暗黒騎士を……テメェッ!!」

 闇バイトリーダーの両手から発せられた闇オーラが、店員の身体に纏わりついてその動きを止めていた。目に見える念動力のような働きである。

「グッ……ウ……オオオオオオオ!!!!」

 その闇の圧力が徐々に増していき、店員の身体をプレス加工のように圧縮した。

 どれほどの密度か、肉も骨もあらゆる全てがビー玉サイズの球形に収まっている。


「暗黒騎士……!!」

 店員の死体を一瞥することもなく、四人が暗黒騎士に呼びかける。

「こんなところで死なないでくれ!!俺……アンタにどれだけ助けてもらったことか!!」

「すまない、闇バイトリーダー、闇バイト双子、闇正社員、拙者はどうやらここまでのようだ……」

「そんなこと言うんじゃないヤミ!正社員になるって約束はどうしたヤミ!そろそろ一つのところに腰を据えたいって言ってたヤミ!アナタの人生はこれからヤミよ!」

「そうでヤンスよ暗黒騎士さん!派遣元の暗黒の金庫から盛大に金を抜いて暗黒騎士さんを歓迎するバーベキューパーティーを開く予定はどうするヤンスか!?」

「殺人人数だって九八人で、あとちょっとで百人斬りだなって……そしたら祝ってくれるか?って言ってたダス!幾らでも祝うから、そんなこと言わないで欲しいダス!!」

「……振られた腹いせで故郷の村を燃やし暗黒騎士になってから十二年……拙者のような暗黒騎士の死を悼んでくれる者がいてくれたとは……拙者の人生……少しは報……わ……れ…………」

「暗黒騎士ィーーーーーーーッ!!!!!」

 不意打ちからの呆気ない死であった。

 このような職業の人間である、まともな死に方が出来るとは思っていない。

 いや、仲間に見守られて死んだのだから幸福な死に方と言っても良い。

 それでも、闇集団には納得ができなかった。


「暗黒騎士さんは本当に優しい人で……オイラが襲撃先を隣の家と間違えた時、両隣ごと燃やせば誤魔化せるって……優しく言ってくれたでヤンス……!!」

「オラの腹が減ってる時、内緒だぞって……通行人の財布をスって、オラにたこ焼きを奢ってくれたダス……なんで……」

 イヤな思い出の一つも思い出せればこの悲しみはマシになるのに、こういうときに限って死んだ人間の好きだったことばかりを思い出してしまう。

 何故、このようなことになってしまったのだろう。

 ただ、打ち上げをしようとしただけなのに。

 命が――安い。


「危険ヤミな……」

 闇正社員がボソリと呟いた。

 そよ風にすら吹き飛ばされてしまいそうなか細い声である。

 その言葉をはっきりと聞き取って、闇バイトリーダーは返す。


「引くんすか……?」

 その言葉には隠しようのない怒気が籠もっていた。

 例え上司であろうとも、ここで臆すようならば闇ることを辞さない。

 闇バイトリーダーにはそのような決意があった。


「私達は危険に手ェ突っ込むのが仕事ヤミ」

 とは言っても、と闇正社員は言葉を続け、獣の顔で笑った。

「この復讐は仕事じゃねぇヤミがな……」

「闇正社員さん!」

「奴らの血肉で打ち上げするヤミ……覚悟はいいヤミ!?」

「っす!」「ヤンス!」「ダ……スゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!!!!!!!」

 決意を固めた瞬間、闇バイト双子の弟、略してヤミウトの足にタコ糸が絡みつき、暗黒の廊下の奥へとその身体を引きずって行った。


「ヤミウト!」

 闇バイト双子の兄、略してヤニが叫ぶ。

「待て!」

 制止の声は届かない、その先に待っているものが、たとえ――ではない、待ち受けているものは確実に罠である。それでも弟が攫われた以上、兄は行かずにはいられない。


「……っす!俺行きますよ、どうせ全員ぶっ殺すんだ!」

 一目散に駆け出したヤニを追って、闇バイトリーダーも走り出す。

 しょうがない――二人を追おうとした闇正社員が、今まさに入店した邪悪なるオーラに気づいた。


 闇を超えた闇。

 利益を度外視した純粋なる殺戮衝動の塊。

 自身の闇稼業が遊びに思えるような本物がすぐ近くに迫っている。


「……殺戮刑事」

 冷や汗をダラダラと流しながら、闇正社員は入り口へと向かう。

 逃げるのではない、邪悪なるオーラの先に向かっているのである。

 本来ならば闇バイトリーダー達と合流するのが正しい。

 殺戮刑事に立ち向かうにせよ、殺戮刑事から逃げるにせよ、複数人いた方が有利である。

 逃げる――そうだ、闇正社員の脳裏に浮かんだ考えは、闇バイトリーダーと闇バイトを身代わりにして逃げることである。そうすれば、自分だけは殺戮刑事から逃げられる可能性が高くなる。


「おやァ?」

 店の入口で殺死杉謙信、バッドリ惨状、むべの生命保険を出迎えたのは店員ではなく、闇正社員であった。


(こんなの……私が何人いたところで……)


「何か用件ですかァ?」

「店から出るんでしょ、僕たちがいたら邪魔になりますよ殺死杉さん」

 そう言って、バッドリ惨状が道を開ける。

 思いがけない幸運であった――今ならば逃げられる。


「ヤミ……」

 殺戮刑事を見据え、闇正社員が呟く。

「あっ!この人闇の住人じゃん!」

 開いた逃路は閉じた。

 今更逃げられるわけがない――だが、戦って勝てるわけもない。

 それでも、周りを巻き込む故に使えぬ技があり、命懸けならば時間を稼ぐぐらいのことは出来るだろう。


(暗黒騎士……貴方と一緒に街に火をつけるのは楽しかったヤミ……)

(ヤニ……ヤミウト……兄弟仲良くして下さいヤミ……一つのお菓子を二人で取り合って喧嘩することもありましたが、二人で力を合わせて二個も四個も他人から奪えば喧嘩しないで良いヤミ……)

(闇バイトリーダー……これからの闇業界は貴方が背負っていってください……)


 闇正社員は死んだ。


 ◆


 昔、回転寿司屋で殺戮刑事を見たことがある。

 自分が闇落ちする前――家族で食事が出来ていた頃の話だ。

 近づくだけでわかる、本物の殺人者だった。

 刑法上、今の自分が本物ではないというワケではないが、それでも今の自分と比べても一線を画している。


 別に本人たちがそう名乗ったワケじゃない。

 ただ、トイレに行くためにその三人が座るテーブル席の横を通っただけで、全身が恐怖で粟立った。


「爺さん、甘ダレ!!」

 通路側に座る若い男が大声で言った。

 オールバックでホスト風のスーツを着た男だ。

「あァ!?ババヘラがあるわけないじゃろうが!この阿呆が!!」

 ベルトコンベア側に座る白髪の爺さんがやはり大声で言う。

 大声でなければ、自分自身の耳にも届かなかったのかもしれない。

 七十か八十か、それでも矍鑠としているように見える。


「甘ダレだよ!爺さん側のタレ取ってくれって言ってんだよ!!」

「寿司ぐらい醤油で食わんか!!」

「俺は甘いのが好きなんだよ!!」 

「それよりよう、村焼……儂、干瓢が食いたいんじゃがのう……ワサビが入った干瓢巻きほど美味いもんはないからなぁ……」

「なんで注文出来ねぇのにタッチパネル側に座んだよ!!」

「お行儀が悪いわよ、武田……殴打……」

 二人が言い合いをするのを、よく響く静かな声でばあさんが諌めた。

 ばあさんの前には一番皿が重ねられている。


 一見すれば老夫婦と孫だったろう、けれど――近づけばわかる。

 そういうものではない。


「おっ」

 殴打か武田か、名前はわからない。

 だが、爺さんの方が俺を見て、立ち上がった。

 年齢の割に背がしゃんとしていた。

 180センチメートルは超えていたのかもしれない。

 そんな爺さんが俺を見下ろすようにして言った。


「御前、アレじゃのう……将来、のう……」

「一般人に絡むなよジジイ」

「ここで殺すか」

 静かな声だった。

 おそらく空気を揺らすことすら無かっただろう。

 ただ、その静かな声で己の心だけを震わせた。


「悪いね、お兄ちゃん……このジジイ、ボケてんだわ……ハハ」

 若い男が爺さんの脇腹を小突いて、乾いたように笑う。

 だが、その目だけは笑っていなかった。

 本当に殺すか、心のなかで逡巡しているのではないかと思った。


「行って、行って、悪かったね……へへ」

 そう言って、若い男が爺さんに頭を下げさせながら、へつらうように笑う。

 金縛りにあったように動かなかった足が動き出し、俺の身体をトイレへと運ばせる。その俺の背に言葉が刺さった。


「すんなよ、ロクな死に方しねぇからな」

 何を、とは言わなかった。

 もしかしたら、今俺がやっているようなことを言っているのかもしれない。

 ただ、俺の魂はこの時点で「こういうことをする」のだと決めてしまったのだろう。

 この恐怖をいつか、振り切らなければならない。


 その時の同じ恐怖が俺の前に現れた。


「らっしゃっせぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!攻撃が疾い!命が安い!客って美味い!当店では新鮮な食材を用いて、俺の食欲を満たし続けることを目的に活動していまあああああああああああああああああああああああああす!!!!!」

 ヤミウトを追った二人が辿り着いた厨房でシェフ装束の男が、既にヤミウトを貪っていた。


「ヤミウトォォォォォォォ!!!!」

 ヤニはこの闇集団の中でも最弱と言って良い。

 だから眼の前の男の強さに気づけなかったのか、あるいは弟を思う兄の心が恐怖を凌駕したのか。

 ヤニはシェフに向かって、突進した。

 その両手でナイフを握りしめている闇オーラで強化している。


「前面を防御しろッ!!」

 闇バイトリーダーの忠告は遅かった。

 ヤニがシェフのもとに到達するよりも疾く、シェフが中華包丁を縦に振るった。

 振るうタイミングを間違えたのか、否。

 刃渡り20センチメートル、その目に見える以上の範囲をシェフの斬撃が割いた。

 ヤニを左右に。


「ヤニィィィィィィィ!!!!!!」


――キヒヒ、オイラは将来アンタみたいな闇バイトリーダーになってムカつく野郎をぶち殺しまくりたいでヤンス。

――イヒヒ、信頼しているダスよ、闇バイトリーダー。これコンビニから盗んできた新商品のお菓子ダス。一緒に食べるダス。


 己に向けられた純粋な尊敬と好意、それに対して俺は何が出来たというのだろう。

 何も出来なかった。

 ヤニもヤミウトも、そして暗黒騎士も己が強ければ救えたはずの命が零れ落ちていく。


「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

「瞬殺だったからねぇ、君は一分で殺人料理クッキリング出来ると良いんだけれどねえええええええええええええええ!!!!!!!!」

 シェフによって放たれた皿が手裏剣めいて空気を裂いた。

 闇バイトリーダーは防御を捨て、両の拳に闇オーラを集中――皿を拳で迎撃する。

 闇バイトリーダーのすぐ前にシェフが迫っていた、中華包丁――狙いは首。

 横薙ぎに振るわれた中華包丁を首を反らしてギリギリで回避。

「残念、サービスだったのになぁ!」

 首に血が滲んでいる――闇オーラを首に集めていなければ、先程と同じ刃渡り以上に伸びる斬撃で首を斬り裂かれていただろう。

「ったぁ!」

 闇バイトリーダーが闇オーラを体外に放出し、相手を圧縮死させんとした瞬間――シェフの蹴りが闇バイトリーダーの腹部に突き刺さった。

「っがぁ!」

 壁に叩きつけられ、思いっきり血を吐いた。

 その衝撃で壁にかけられていた調理器具が落ちる。


「これで二十秒……一分持つかなあああああああああああ!?」

 闇バイトリーダーの身体から恐怖は消えていた。

 しかし眼の前のことが見えなくなるほど、怒りに呑まれているワケでもない。


「殺す」

 闇バイトリーダーは、ただそう言って、構えた。


 ◆


「すっごい店員が襲って来ますねェーッ!!」

 愉快そうに殺死杉が言った。

 全身に返り血を浴びたその様は泥遊びをした後の犬によく似ている。


「いや、むべのさん……これ、殺しは出来ても飲みではないと思うなぁ」

 殺死杉が作った屍と血の道を歩くバッドリが当然の疑問を発した。

 そうは言いながらも、屍を踏みにじるたびにバッドリの口の端は釣り上がっている。


「血を」

「イヤですよ、そういう趣味はないんですから僕」

「私だってありませんねェーッ!!」

「まあ、労働災害対策局ウチで調べた結果、殺戮刑事案件だと判明した店です。皆さんだって飲み会よりはこっちの方が良いでしょう」

 酸鼻を極めた光景の前に、むべのは特に表情を崩すでもない。

 ただ穏やかな笑みのまま、殺戮刑事の後についている。


「まあ、安心して下さい……こういう時のために、ビールを持ってきていますから」

「どういう事態を想定していれば、そうなるのかなぁ」

 むべのはどこにビールを持っていたのか、タイトな白いスーツには一切の膨らみはなかったはずである。だが、それを大して気にすることもせず、バッドリは呆れたように言う。


「勿論、そうじゃない事態も想定してソフトドリンクも用意していますよ」

「まあ、甘い紅茶があるならいいけどさぁ……」

 むべのから受け取ったミルクティーのペットボトルを受け取り、三人は店内をゆく。


「しっかし、店と呼ぶのがおこがましいぐらいの襲いっぷりですねェーッ!!」

「この店は客を食い物にする店ですからね……」

「辞書を引いたことが無いのかってぐらいに、そのまんまですねェーッ!!」

 己に食欲を持って襲いかかってくる店員の姿を思い出しながら、殺死杉が言う。

 三度の飯よりも正当防衛が大好きな殺死杉である、勿論店員の襲撃は彼にとって何よりのもてなしである。


「元々この店は金持ちのために人肉料理を提供していたそうですが、料理長が地産地消の精神に目覚めたようで、今はこのような感じです」

「いくらなんでも消の勢いがすごすぎるなぁ」

「おや……」

 散々店内を彷徨って、店員を殺しながら進んだ末に殺戮刑事たちが辿り着いたのは厨房へと続く長い通路であった。その遥か前方にある厨房から戦闘音が聞こえる。


「しまった!殺戮チャンスが!!急ぎますよォーッ!!!」

「あっ!待ってよ殺死杉さん!」

「いや、本当に待ってくださいよ!!私だってこんなところで一人にされたくないんですから!!」

 急ぎ三人は厨房へと駆けた。

 そこで見たものは倒れ伏す闇バイトリーダーと、怪我一つなく中華包丁を構えるシェフの姿であった。


 ◆


 ぞわり。

 倒れ伏した闇バイトリーダーの肌が再び粟立った。

 入り口に立つ男達の姿を、闇バイトリーダーは知らない。

 だが、魂が叫んでいる。

 殺戮刑事だ。


「……らっしゃっせぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!今日は満員御礼だねえええええええええええええええええええええええええ!!!!!!!!!!!!!!」

「私もいっぱい殺せて嬉しいですよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

 声の衝突だけで空気が揺らぎそうだった。

 本物の殺人者達が向かい合っている。

 閉じゆくまぶたを懸命に開き、闇バイトリーダーは殺戮刑事とシェフを見た。

 結局のところ、自分は本物にはなれなかった。

 いや、ここで死ななければそう、成れたのかもしれない。

 けれど、死にゆく己はそうは成れない。

 自分にできることはただ、見届けることだけだ――本物の死闘を。


「一分は難しいねぇ……」

「ほう」

「三分で君を殺人料理クッキリングさせてもらおうか」

 シェフの両手に中華包丁が握られている。

 恐るべきことであった、闇バイトリーダーとの死闘の時ですら実力を出し惜しみしていたらしい。

 シェフに応じるように、殺死杉も両手にナイフを構えた。

 

 バッドリがその場に座り、ミルクティーの蓋を開けた。

 それと同時に、むべのがビール缶のプルタブを開ける。

 ぷしゅ――その音が合図であった。


「じゃあ、私は一秒で殺人キリングさせて頂きましょうねェーッ!!」

 殺死杉の姿も、シェフの姿も、闇バイトリーダーの目には映らなかった。

 ただ、殺死杉の宣言通り一秒後に吹き飛んだシェフの首を見ながら――闇バイトリーダーはこれまでのことを考え続けた。


 自分はどうすればよかったのだろう。

 どうすれば、もっと上手に生きられたのだろう。

 どうすれば、仲間を失わずに済んだのだろう。

 どうすれば、このような事態に陥らなかったのだろう。



 どうすれば――眼の前の男のように、上手に人を殺せるのだろう。


「まだ息があるのでトドメを刺しときますねぇーッ!!!!」

 本物を最期の瞬間まで見つめながら、闇バイトリーダーは死んだ。


【終わり】

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