殺戮刑事と違法カジノ(中編)

 ◆


 白塗りの普通車が走っている。

 道路の制限速度は時速四十キロメートル、その速度を一ミリも超えず、かと言って下回ることもない。神経質なまでに時速四十キロメートルを守って走っている。

 某駅付近を走行するその普通車は、パチンコ店『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』が見えた瞬間に、ハンドルをパチンコ店に向けて切った。

 田舎のパチンコ店ならば広大な駐車場があっただろう、だが都内のそれも駅前のパチンコ店である。地価を考えれば駐車場などは無くて当然である。

 余分なものはない。

 歩道に隣接する『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』に、その普通車が突っ込んだ。

 破壊しつくされた『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』に割れるガラスは既に無かった。既に地面に散らばったガラスを踏みしめながら、普通車が停車する。


「こんにちは、武田さん」

 運転席側の窓が開き、ひょこと身を乗り出すようにしてバッドリ惨状がその顔を見せた。中性的な美少年である。少女のようにも少年のようにも見える。その目は蕩けており、どこまで現実を見ているか怪しい。


「駐車場を知らないお前が小学校どころか自動車学校まで卒業できてるのが心底不思議だな、バッドリ」

「いやあ、どうせ廃墟だし良いやと思って」

 軽口を叩きながら、身を屈めて皆殺信玄は後部座席に乗り込んだ。

 運転席にはバッドリ、助手席には殺死杉謙信が座っている。


「どうも、武田さん」

「こんにちは、殺死杉」

 狭い車内の空気が張り詰めている。

 同僚の殺戮刑事といえど、殺人大好き人間同士である。同じ事件に当たるとなれば自分のお楽しみのために殺せる人間の奪い合い、殺意にも近いライバル関係も生じるのだ。


「まあまあ仲良くしましょうよ、ほらふわふわした気分になれるクスリもありますよ」

「いりません」「いらねぇな」

 バッドリ惨状は薬物中毒者であるという欠点はあるが、殺戮刑事としては他人にトドメを譲ることが出来るという美点を持っている。ゆえに彼に求められている大切な役割は殺戮刑事同士の緩衝材である。

「ちぇっ」

 バッドリは脳に異様な快楽をもたらすが、現在のところ裁く法律のない未知の薬物を葉巻にして吸いながら、再びハンドルを回し始める。

『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』の残骸に突っ込んだ普通車が、当然のように車道へと戻り、目的地への走行を開始する。


「で、怪しいとこっていうのはどこだ?」

――っていうか、お前の視界に映るものは全部怪しく見えるんじゃねぇのか?その言葉を呑み込んで、皆殺信玄が尋ねる。バッドリ惨状には時折世界のすべてをサイケデリック万華鏡として捉える悪癖がある。


「えっと、この前ヤクの売人の捜査を自主的に行ってたんですけどね」

「……捜査ァ?」

――捜査ではなく調達ではないんですか?その言葉を呑み込んで殺死杉が続きを促す。


「まあ、取引を終えた後の売人を尾行していたんです……あ、安心してください取引相手っていうのはおとり捜査の僕ですから、まあ売人を尾行して一網打尽にしようと思って」

 二人は何かを言おうとしたが止め、無言で話の続きを促した。


「売人の元締めだとか、あるいは自家製の薬物農場とかを期待していたんですが、その売人が向かった先はとんでもない違法カジノでした……クスリの売上をギャンブルに使うなんて許せない……僕はそう思いましたね、クスリキメてるのにギャンブルにまで浮気するなんて信じられませんよ……」

「俺は信じられるが」

「しかし違法カジノと言ったって、日本国内におけるカジノなんて皆違法でしょう?」

 ――何故、とんでもないなんてことを言えるんですか?殺死杉が尋ねる。


「その違法カジノの違法っぷりは半端なくて、入り口にギロチンのような刃が設置されていて、二分の一の確率で客の首を落とす仕組みになっているみたいなんです」

「それはとんでもなく違法ですねェ……」

「僕が尾行していた売人も首を刎ねられて死にました、入店時点でギャンブルだなんてとんでもない違法カジノですよ……」

「あー……一つ聞いていいか?」

 皆殺信玄が首をひねる。

「間抜けがギャンブルで破滅して人生終わらせたエピソードは、まぁ……大ウケだが、その違法カジノのどこらへんがパチンコ台連続遠隔操作事件に繋がるんだ?」

「正直、私も理解しがたいところですねェ……まぁ、その違法カジノ自体には突入の余地がありますが」

 殺死杉がナイフの刃を舐める。

 刃には街一つを破滅させる猛毒が塗られているが、毒には耐性がある方の殺死杉である。その点は問題ない。


「アレを見て僕思ったんですよ」

 バッドリの口から、涎がつうと垂れた。

 その目は万華鏡めいた輝きを帯びている。


「パチンコ台を爆発させることでパチンコ店を次々に閉店に追い込み、行き場を失ったギャンブラーを違法カジノに誘い込み、日本中の賭博利権を独占するつもりなんじゃないかって……捨てられた子犬のような顔をしたギャンブラーたちが続々とその違法カジノに向かって行きましたし……」

 皆殺信玄が無言で殺死杉の顔を見た。

 殺死杉が無言で首を振る。

 皆殺信玄が肩をすくめた。


「……最高の推理だな、ホームズ。ワトソンにコカイン没収して貰え」

「バッドリくん……私は違法カジノを潰して殺せるからいいですが、陰謀論に武田さんを付き合わせないでくださいよ!」

「待って!その旨を業魂さんに伝えたら、その違法カジノが遠隔操作電波の発信源だってデスラさんが突き止めたんだって!」

 ニコラ・デスラ――天才的頭脳を持った殺戮刑事の一人である。

 現在は監獄王ケルベコロスの支配する地下数十階にも及ぶ刑務所迷宮の最下層に収監されている。


「あー……デスラがやったのか」

「最初から言ってほしかったですねェーッ……バッドリくんの説明は全部無駄だったじゃないですか」

「こういう説明って順を追った方が良いと思ったんだけどなぁ……?」

 やがて車は何の変哲もない雑居ビルの前に停車した。

 繁華街を離れた人気のない場所である。であるというのに、その雑居ビルの前には大量のギャンブラーが列を作っている。あからさまに尋常のビルではない。


「入場に成功すればギャンブルが出来る!!失敗すれば借金から解放される!!たまんねぇなァ!!」

「パチンコ屋が潰れた時はどうかと思ったけど、こんなスリリングなギャンブルが楽しめるんだからトータルでは勝ちだな!!」

「この入場ギャンブル……攻略法は行列の偶数の位置に並ぶことだ!!」

「俺ら賭博仲間はズッ友だからよ……負けた奴の保険金で絶対仇を取ってやるから、死ねよ俺以外の奴!」

 ギャンブラー達の熱気に満ちた空気、気温も三度か四度ほど上がっている。


「……おい、アレを見ろ」

 皆殺信玄が指し示した先には風にはためくノボリがあった。

『新装開店!青天井違法カジノ!パチンコ店が遠隔操作で潰れたギャンブラー集え!』

 しかも、そのノボリは五メートル間隔で設置され――閉店した『客から散々搾り取って借金もさせて店側が大勝ち』から、この雑居ビルまで続いている。


「キヒィ……ノボリも出ています……間違いなく違法カジノのようですねェ……」

「あっ……見てよ!!」

 さらに、よく見れば何の変哲もないと思われていた雑居ビルにはギラギラと輝く『違法カジノ お前でギャンブル』の縦方向のネオン看板が掛けられ、その看板は射幸心を煽るかのように千六百八十万色に光り輝いている。

 さらに、その屋上部分には『一攫千金 命懸け 富豪層の餌』の巨大看板が自由の女神像と共に取り付けられている。


 こんだけゴチャゴチャしていて、何の変哲もない雑居ビルなわけないだろうが、と思われた読者の方もおられるだろう。しかし、これは叙述トリックである。皆さんは叙述トリックでこのゴチャゴチャした違法カジノ雑居ビルを今まで何の変哲もないビルだと思い込まされていたのだ。


「ウワァ~~~~!!!!首を刎ねられて死んだァァァァァァァァッ!!!!俺の負けだァァァァァァァァッ!!!!!」

 瞬間、断末魔の叫びが響き渡った。

 ギャンブラーの一人が入店と同時に首を刎ねられたのである。

 恐るべき、違法カジノの罠。

 だが、それに怯むギャンブラー達ではない。


「っしゃあ!行くぞォ!死んだァ!あの世行きだァ!」

「入店成功!」

「ギャァァァァァァァァ!!!!」

「やめてくれぇぇぇぇぇぇ!!!!!」

「うわああああああああああああああああ!!!!!」

 斬首。入店。斬首。斬首。斬首。入店。斬首。斬首。斬首。斬首。入店。斬首。斬首。入店。斬首。斬首。入店。ライン作業のような凄まじいテンポで入店と斬首が続いていく。


「確率五割じゃねぇのかよォ~~~~!!!!」

 首を刎ねられた男が死にながら叫ぶ。

「確率五割って言っても、確率は確率……偏る時は偏る……からなぁ……ッ」

 ギロチンの刃を強靭な僧帽筋で受け止めた肉体派ギャンブラーが、それでも耐えきれずに首を刎ねられて死ぬ。

「だが確率は最終的に収束する……行くぞおおおおおお!!!」

 雄叫びと共に突入したギャンブラーが首を刎ねられる。

 その様子を見て、急ぎ車から出てギャンブラー達を止めようとする殺戮刑事達。


 だが、ギャンブラー達の死の行進を眺めていたのは殺戮刑事だけではなかった。


『違法カジノお前でギャンブル』店内、VIPルーム。

 敗北ギャンブラー達の血で赤く染めた絨毯が敷き詰められた部屋で、違法カジノ入り口に設置された高性能監視カメラの映像を肴にワインを傾ける老人が一人。


「確率は最終的に収束する……か、全くその通り」

 老人はそう言った後、呵々と笑う。


「最終的に全ては死に収束するッ!!さぁ……愚かなギャンブラー共よ、その生命で儂を愉しませてみるがよいッ!!!さぁ……死のギャンブルの始まりじゃッ!!!」

 恐るべき死のギャンブルが始まろうとしていた。


 ◆


「ケヒィッ!!さて、愚かなギャンブラー達をバッドリくんのクスリで眠らせましたし、カジノに爆弾を設置しますか……生命の大打ち上げ花火の時間ですよォーッ!!!!!!!」

 恐るべき死のギャンブルが終わろうとしていた。


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