鈴峯 絢香

第9話 鈴峯絢香

 夏の通勤時の電車ほど地獄はない。

 自宅アパートから会社がある街まで二駅分。通勤時間にして二十分もかからないが、車内は社会人と学生ですしずめ状態になっていた。

 冷房はたしかに作動しているはずなのにもはや気休め程度。

 これが毎日続くのだから気が滅入っても仕方ない。

 朝からクタクタ状態で本日も第二本社ビルにあるお荷物部署へと出勤すると、すでにこの部署のリーダー的な存在でもある山下課長がいた。


「お疲れ様でーす……」

「おはよう東坂くん。相変わらず朝から元気ないね」

「そりゃあ毎朝満員電車に揺られながら出勤ですからね。山下課長は凄いですよ」


 山下課長は今年で五十歳の節目を迎える。

 以前は開発部の方でバリバリにキャリアを積み上げていたようだが、ある時に取り返しのつかない大きなミスをしてしまい、それ以降長年お荷物部署のまとめ役として働いている。

 この職場において、同性の同僚は課長だけだからよくお世話にもなっている。


「まぁ、僕は前妻との間にできた子どもの養育費とかがあるからね。もう大学生だよ」

「そうでしたね。そう言えば、まだお子さんと会えてないんですよね?」

「ああ、前妻が厳しくてね。写真すら貰えない。なにせ再婚したみたいだから邪魔になるようなことはしないでって疎まれてるよ」


 山下課長は儚げな笑みを見せ、俺はそれに対してどう返答すればいいのかわからなくなった。


「おっと、困らせるようなことを言って悪かったね」

「い、いえ、山下課長は何も――」

「お、おはよう、ございますわ……」

「ん、あぁ、おはよう……って、どうした? 急にお嬢様言葉になって」


 最初誰かと思いきや、振り返ると少し顔色が悪い南がいた。


「な、なんでもございませんわ! こ、これは昔の名残りですの……」

「そう、なのか……?」


 なぜ昔の名残りが今更ながらに出てきたのか……。というか、少なからず大学の時点では普通に喋ってたよな?

 昨晩のことを気にしているのだろうか。どことなく顔が赤い。

 ここは互いのためにもツッコまない方がいいだろう。


「おっはよー! って、あれ? どうしたんですか? 朝から二人してイチャイチャですか?」

「「してない(ません)!」」


 同期でありながら同僚でもある鈴峯絢香が出勤するなり、俺たちをからかうような眼差しでニヤニヤしていた。


「同じ大学の先輩後輩だからと言って、出勤早々にお熱い所を見せつけるのはどうかと思いますけどね〜。ねぇ、課長?」

「え?! 僕は別にいいとは思うけど……」

「いや、だから、俺たちはそもそもそんな関係じゃないですよ! なぁ、南……って、いない!?」


 いつの間にか隣にいたはずの南が消えていた。


「あ〜南ちゃんなら今しがた顔を真っ赤にして飛び出して行ったよ〜」

「あー、そーなの?」


 まぁ、落ち着いたらまた戻ってくるだろう。


「それより東坂さん。南ちゃんと付き合っていないって本当ですか?」

「え、あ、まぁ……そうだけど?」

「なら、ウチの彼氏になってくれないかな?」

「…………は?」


【あとがき】

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