112.お姉ちゃんと朝チュン~この枕は非売品です~



 …………。


 ……………………?


 ………………………………あれ?


 あぁ……そうだ……僕は寝たんだった……。


 となると……これは夢か……。


 真っ暗だし、きっとまだ夜なんだろう……。


 ……なんだかフワフワして、柔らかくて、とても気持ちがいいなぁ……。


 すごく心が穏やかで、安心するような……。


 僕には覚えが無いけれど、まるで母親に優しく抱かれているような、そんな温かさを感じる……。


 …………。


 ……………………あれ?


 夢……だよね……?


 夢だったら、真っ暗っていうのはなんだかおかしくないかな……?


 意識がハッキリした夢を見ることはよくあることだったけれど、こんなに温かさや柔らかさといった感覚までハッキリしてたことがあったっけ……?


 いや、そもそも僕が寝たのって……マリアナさんに求められて、たくさん求められて……頑張って……そう、もう外は明るかったはずだ……。


 もしかして日が暮れるまで寝てしまったのかな……?


 ……あぁ、安らぎをくれる何かが……僕の頭を撫でているような……いい匂いがするし、また眠くなりそう……。


 って、眠くなりそうってことは僕は目が覚めてこんな思考ができてるってことじゃないか……?


 いつまでもこの気持ちよさの中にいたい気がするけれど……よし、目を開けよ――。


 ――あ、あれ……? 目を開けても真っ暗なままだ。


 身体は……動く。

 ということはちゃんと目は開いてるはずだ。


 息を吸う……ものすごく良い香りで満たされた。

 ちゃんと呼吸も出来ている。


 ほのかに甘くて……爽やかな森の香りがして……。


 …………。


 …………なるほど?


 そういえば頭の上半分――ちょうど鼻の頭から上くらい――が、上下左右から何か柔らかなものに圧迫されてるような……。


「…………ふふっ……うふふっ……」


 そこまで思考がたどり着いた時、なんだかとても機嫌が良さそうな気配に気づいて……僕は今まで、何を枕にして寝ていたのかを悟った。


「……あ、ごめんね……起きちゃった……? ふふっ……」


「お、おはようございます……?」


 僕が目覚めたことに気づいたらしいマリアナさんの穏やかな声が、僕の頭の上の方から聞こえてきた。


 どうやら……僕が寝たときは僕がマリアナさんの頭を抱きかかえて寝ていたのに、マリアナさんが先に起きてからなのか、寝たときとは逆に僕が頭を抱きかかえられる状態になっていたようだ。


「ん~……ユエく~ん……♪」


 抱きかかえられたまま、何度も何度も……優しく、頭が撫でられている。


 僕の視界を覆い、僕の頭を包むような枕の正体は……どうやらマリアナさんのお胸のようだ。

 ちょうど鼻から下が谷間から出ている状態になっていたので、息苦しさはなかったのだろう。


「すみません……重くなかったですか?」


 極上の寝心地だったけれど……女の子を下敷きにしているというのはなんとなく申し訳なくて、僕はそう尋ねだ。

 だったら自分から離れろよ……とも思うけれども、頭をしっかりと抱きしめられているし、撫でてくれているのが心地よくて……滑らかな肌触りを全身で感じていて……なんとも抗いがたいものも感じていた。


 と、思ったらそっと開放してくれた。


「ううん、大丈夫よ」


 少し名残惜しさを感じながらも僕が頭を上げる……というより胸から引っこ抜いてベッドに手を付き半身を起こすと、マリアナさんも僕と同じように半身だけ起こしていた。


 視界が急に明るくなって眩しさを感じる目が慣れてくると、とても穏やかで幸せそうな微笑みを浮かべたマリアナさんと目が合う。


「だって……ずっと抱きしめていたいくらいだったもの。気遣ってくれたの? ふふっ、ユエくんは優しいわね」


「い、いえ……それならよかったですが……」


 どうやら枕は……抱き枕にされていたのは僕の方だったらしい。


 そう頭の何処かで考えつつ、マリアナさんのその表情を見て……僕の胸に何とも言えない幸せな気持ちが沸き上がってきた。


 きっと僕も、同じような微笑みになっているだろう。


「あらためて、おはよう、ユエくん」


「……おはようございます、マリアナさん」


 時間的におはようではないかもしれないけれど、とにかく起床の挨拶を交わす


「ふふっ……んー……ちゅっ」


「んっ……!?」


 と、ベッドの上で身を乗り出したマリアナさんが僕に軽く啄むようなキスをして離れていった。


「おはようのキス……、よ♡ ふふっ……」


 不意打ちをしてきたマリアナさんは陽光に照らされてとても輝いて見えるだけでなく、慈愛の微笑みと言うべきものをうかべていて……とてつもない包容力を感じる。


 僕は柄でもなく、そんなマリアナさんに見とれてポーッと頬を熱くしてしまった。


「大好きな人と一緒に朝を迎えたら、こうするものでしょう……?」


「そう、ですね……」


「あー、ユエくんが照れてる。かわいいっ」


「わわっ……!?」


 ガバッと抱きつかれた受けた僕は踏みとどまれず、お互いに裸のままマリアナさんと一緒にベッドの上に転がることになった。


 というより、僕の顔の両側に手をついたマリアナさんに組み敷かれている体勢だよね、これ……。

 当然、僕の目の前には、アピールするまでもなく目立っている大きなお胸がフルフルと……。


「ユエくん……大好き……」


 目線を上げれば……おっと、なんだか目が潤んでいらっしゃる……?


「僕も大好きですよ……か、身体は大丈夫ですか……?」


「ユエくん……優しい……。うん、大丈夫よ。むしろ、これまでの人生で1番スッキリとしてるのっ! ふふっ」


 さ、左様でございますか。

 それは頑張った甲斐があったってことですね……。


「大好きな人とするのがこんなに幸せだなんて……」


「僕も幸せです」


「……また、する……?」


 ぅっ……か、可愛い……。


「今度は……私がユエくんに……」


 頬を染め瞳がどんどん潤んでいく様子を見て、思わずその首に腕を回して引き寄せたくなる衝動に駆られた。


 このまままた触れ合いを始めるのはとても魅力的に思える。


 思えたけれど……。


「そ、それはとても魅力的なお誘いですが……流石にもう起きないといけない時間だと思います。ほ、ほら、部屋の片付けの続きもありますし、シーツも変えないと……」


 ユエ は 常識 を発動した!

 ユエ は 言い訳 を発動した!

 ユエ は 逃げ出した!


「……むぅー、ユエくんのいじわるぅ……」


「す、すみません……。あと、お気持ちはとても嬉しいのですが……。実は僕、今の状態でそういうことをしてもらっても……性的に感じたりすることができないのです。ドキドキしますし、心はとても満たされるんですが……ごめんなさい……」


「そうなの……? あ、だからユエくんはお姉ちゃんばっかり、いっぱい気持ちよくしてくれたのね……?」


 いや、それは違うと思います。

 明らかに貴女の『もっと』がすごかったからです。

 そんな貴女が可愛かったから頑張ったんです。


「それは、なんだかちょっと寂しいなぁ……じゃあユエくんは、いつくれるの……?」


「ぅぐっ……」


 こ、これは獲物を見る目だ。

 もちろん性的な意味で。


 瞳が潤んでいるのは変わらないけど、舌なめずりでもしそうな蠱惑的な雰囲気を感じる……。


「え、えーと……そのうち、とってもご負担をおかけするくらいにしちゃうと思いますので……そのときにお願いします……」


「うんっ。それがどういうことなのかは分からないけれど……そのうちっていつなのかなっ? ユエくんが私にしてくれたようなこと、ちゃーんとお返しするからねっ! ユエくんのおかげで、女の子同士ですることも分かったし!」


「あ、あはは……いずれその時が来ればわかりますので……」


 なんだかヤル気に満ちていらっしゃる……。

 あと、あんだけあの手この手を尽くしたのに、お姉ちゃんの感覚では『ちょっと』ですか……。


 時期については……具体的にはあと2週間を切ったくらいだけど、今は黙っておこう。

 こんな状態で気軽に明かせることではない……という僕のわがままだけれど。


「よ……っしょ。んふふー……ユエく~ん……」


 とりあえず僕を組み伏せてた体勢から、一緒に横に並ぶ形に移行してくれたので、今この場で再び……というのは諦めてくれたようだ。


 蠱惑的な雰囲気がなくなって、僕の手を胸に抱いて額が触れ合うような距離で微笑んでくれているのがとても愛おしい。


「あ、お返しと言えば……」


「は、はい……」


 諦めたのは僕の思い違いだったか!?


「昨日、学院に戻ってきたとき……あれって、アイネちゃんが気を使ってユエくんと私をふたりきりにしてくれたのよね……?」


「あ、はい。そうですね」


「やっぱり……アイネちゃんもとっても良い娘だわ。こんなに幸せな時間をくれたんだもの、これは何かお礼をしないといけないわね……」


 アイネさんとは内緒話のように小声で話していたし、マリアナさんは照れてフワフワ状態だったけれど、その時のことを思い出したのですね。


 恩には敏感なマリアナさんらしい気づきで、僕は流石だと感心した。


「一晩中……ユエくんを独り占めしちゃったもの……♡」


 そこで行為を思い出したのかうっとりとして頬を抑えなければ……ね。


 僕とのことでそんな顔をしてくれているのは可愛いくて、とても嬉しいけど……。


「だから、今夜はアイネちゃんの番よねっ、ふふっ」


「いえ、その……毎日してるってわけではないのですが……」


 ……昨日のアイネさんの様子だと、今夜あたりはしそうだけど。


「でも……私もまた、してもらいたいし……そうなると……」


「だから毎日では……」


 お姉ちゃーん? 人の話は聞かないと『めっ』ですよー?


「そうだっ、良いことを思いついたわっ!」


「い、良いこと……?」


 なんですかその満面の笑みは……?


「私もアイネちゃんとは仲良くしたいし、ユエくんが次にアイネちゃんとしたら、その次は3すればいいのよ! そうすれば順番とか関係なく、みんなで幸せになれるでしょう? ふふっ、どう? 良い考えでしょう?」


 ……え? いやいや?


「ユエくんの『そのとき』がいつ来るか分からないけれど……そうね、いつ来ても良いように、ユエくんのためにもアイネちゃん練習させてもらおうかしら……アイネちゃんがちゃんと気持ちよくなってくれれば、きっとユエくんのときも大丈夫なはずだものっ」


「なっ……」


 なんつーことをいうてはるんや……。


 思わず東方訛りが出てしまいましたよ……。


 だいたい、アイネさんで練習したとしても僕の『アノ日』には役に立たないと思うのですが……それは言えないからなぁ。


 マリアナさんも僕も幸せな初めての時を過ごすことができたけれど……これは、僕はとんでもないものを目覚めさせてしまったのではないだろうか……?


 アイネさん、ごめんなさい……。

 僕にはもう、このえっちなお姉ちゃんを止めることは……。


 …………。


 ……………………。


 アイネさんと、マリアナさんが……一糸まとわぬ姿で絡み合って……?


 …………ゴクリ。


 これからのためにも、みんな仲良く出来たら嬉しいことだよね。うん。


 その時になったら考えよう……ただ、アイネさんになんて言おうか……。


「ふふっ……楽しみね」


 幸せそうな笑顔を目の前にしながら、僕は内心でこれからの夜の生活が波乱に満ちていきそうな予感を感じていたのだった……。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価」をよろしくお願いいたします。

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次回、「次回、「『アノ日』へ向けて~予感と不安~」」

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