097.どうかこの手を……~懐かしの顔ぶれ~
「と、到着いたしました」
馬車の揺れが収まり、御者の男性がそう言って扉を開けてくれた。
ごめんねお兄さん……男としてはものすごく居づらい話をしてて……。
引きつっていてもなんとか笑顔を保っているのは、プロだと思いますよ。
僕は奥の方に座っていたので、扉に近い人から順に下りていくことになった。
空けられた扉から見ると、馬車の群れを迎えるような10数人の子どもたちと一緒に、1人の老婆が見えた。
あのひとはもしかして……だいぶしわしわになってしまっているけど、記憶に面影がある。
「「「ようこそ、おねえちゃんたち!」」」」
それぞれの馬車から生徒が降りるたびに、元気な子どもたちの声が唱和する。
僕たちの馬車からはまずエルシーユさんが、次にアイネさんが降りて、物珍しそうに辺りを見渡している。
「あぁ、こっちのお姉さんたちを案内しておくれ。順番だよ?」
「「「はーい!」」」
先に降りたクラスメイトたちは、次々とパワフルな子どもたちによって『連れ去られる』という表現が正しい様子で案内されていった。
そして……マリアナさんがゆっくりと足元を確認しながら(たぶん目線を下げただけでは見えないのだろう。何に阻まれてというのは言うまでもない)馬車のタラップを降りる。
「ん……? もしかしてお前さんは……」
「……お久しぶりです、院長先生」
「おぉ、やっぱりあんただったかい。まぁ、大きく……立派になったもんだねぇ」
マリアナさんの姿に気づいた老婆……院長先生は、腰が曲がってしまっていながらも精一杯顔を上げて、シワシワの頬を笑みの形に緩めていた。
マリアナさんもなんとか微笑みを浮かべて、そっと頭を下げている。
院長先生……まだここの孤児院で院長をしていたのか……。
僕がここを出てから10年も経ってないのに、ずいぶんとおばあちゃんっぽくなってしまって……と思うのは失礼かもしれないけれど。
他に……院長先生より若い職員を見かけないことを考えると……ここも、苦労しているのかもしれない。
僕がそんな感想を抱いている間に、マリアナさんは院長先生のほうに歩み寄っていた。
「院長先生もお変わり無く……お元気そうで良かったです」
「カッカッカッ……あたしゃずいぶんと歳を食っちまったけどねぇ。時の流れは早いもんさね。どおりであのおてんば娘がこんな美人で礼儀正しい子になるわけさ」
「ぅ……あのころは、お世話になりました……」
褒められたマリアナさんはしかし、昔のことを指摘されて恥ずかしそうにしていた。
そうだよね……あのマリアナお姉ちゃんしか知らないとそんな感想になるよね。
「ねー、せんせー。このお姉ちゃんだぁれ? せんせいのしってるひとなの?」
傍から見ていてちょっと微笑ましい気分になっていると、院長先生の服の裾を1人の女の子が引っ張っていた。
「あぁ、そうさね……あんたらのお姉さんだよ」
「へー! そうなのー?」
院長先生が答えると、女の子は子供特有の純粋な目でマリアナさんを見上げる。
キラキラした可愛らしい目を向けられたマリアナさんは……さすが子供の相手は慣れているようで、そっと屈んで目線を合わせるとニッコリと微笑みかけた。
「うん、そうなの。お姉ちゃんはマリアナっていうのよ。あなたのお名前は?」
「シアのおなまえ?」
「ふふっ……そうよ、お名前、言えるかしら?」
もう言ってるし……そういえば、一人称が自分の名前なのは子供にはよくあることだよね。
この女の子、多分年少組くらいの小さな子だし。
「えーと、わたしはねー、シアっていうの! ねぇねぇお姉ちゃん! あっちであそぼーよ!」
「そう、シアちゃんね。じゃあシアちゃん、お姉ちゃんを案内してくれるかしら?」
「うん! こっちだよー!」
「ふふっ……」
そうしてマリアナさんは、子供のパワーに戸惑っている他のクラスメイトたちとは違いシアちゃんを上手く誘導すると、手をつないで教会横にある孤児院の建物の方へと歩いていった。
そのときに見えたマリアナさんの顔には曇りのない笑顔が咲いていて……僕は内心でシアちゃんに感謝していた。
あと、ちょこちょこと動く様子のシアちゃんを見て、マリアナさんの手をつないでいない方の手がウズウズと動いていたから……窒息者が出ないように祈っておこう。
何にせよマリアナさんが笑ってくれてよかったと……まだ馬車の中から覗き見ている僕は思った。
「ル、ルナっち……そろそろ降りてほしいッスよ。何をそんな娘を見守るお母ちゃんみたいな目を向けてるんスか……」
「ぅぐっ……す、すみません……」
また、僕は変な目をしていたらしい。
おとなしく降りますよ……。
「……っとと……」
後ろに詰まっていたミリリアさんに急かされて馬車を降りたところで、ちょうど風が吹き抜けた。
(僕個人としては不覚にも、無意識に)風に揺られた長い髪とスカートを抑えることになり――。
「ほわー……」
「わぁ……」
「あのおねーちゃん、きれい……」
陽光を受けて煌めいた白が注目を集めてしまったようで、子どもたちから感嘆の声が上がってしまった。
「ほえー、ルナっちの美人パワーはおこちゃまにも通じるんスねぇ……」
「あはは……あ、ほら。ミリリアさんの案内役はその子みたいですよ?」
感心したように言うミリリアさんに苦笑いを返していると、そっと歩み寄ってきた年長組っぽい男の子が、なぜか不思議そうにミリリアさんを見上げていた。
「これがオレが案内する姉ちゃん……? ほんとにオレより姉ちゃんなのー?」
「オイこらガキンチョ! それどういう意味ッスか! あと年上のお姉さんをコレ呼ばわりするなッス!」
「えー、だってオレとそんなに背変わらないじゃん! おっぱいは大きいけどな!」
「このマセガキッ! コラ、待つッスよ!」
「あはは~! こっちだよー!」
……うん、無事に案内されていったということにしよう。
「あんた……」
追いかけっこをするように孤児院の方に向かったミリリアさんを見送っていると、騒がしい様子に目を向けたらしい院長先生が……僕の方を見て僅かに目を見開いていた。
「……なんでしょうか?」
声をかけられて見返した僕と、院長先生の視線が交差する。
本当は僕も……『ただいま』とか『お久しぶりです』と言うべきなのだろうけれど。
色々と抱えてしまっている今となっては、それを言うことも叶わない。
「いや……なんでもないよ」
僕が心の中で謝っていると、先に目を逸したのは院長先生の方だった。
院長先生の目は主に僕の瞳や髪に目が行っていたから……年長者の勘とかそういうので『もしや』があるかもとヒヤヒヤしたけど、さすがに性別も違うし昔の僕と結びつくことはなかったようだ。
ちょっとホッとしてしまった。
「……で。あんたは何をコソコソしてるんだい、レイナ」
「ギクッ……!? あ、あはは……お久しぶりです、院長。なんだか、気まずくて……つい……」
院長先生の次のターゲットは、僕の視界の端で馬車をソロリソロリと降りてどこかに行こうとしていた……シスター・レイナだった。
レイナさん……貴女は今日の引率でいつものシスター服を着てるんだから、さすがに目立ってましたよ……。
まぁ……レイナさんの場合はここを出ていった身だ。
円満退職だったとはいえ、この場に来てしまうと出戻りみたいな感覚があるのかもしれない。
「なにやってんだい……。あんたも今じゃ立派なシスター様なんだろう? 堂々とおし」
「はい……」
「まぁなんだ、旦那は残念だったね……」
「……はい……」
どうやら……というべきか、やっぱり……というべきか。
今の2人のやり取りを見ていると、結婚して家庭に入ったはずのレイナさんが教会のシスターをしているのは……あの結婚式で見た旦那さんが亡くなってしまったかららしい。
おそらくは、大戦のせいで……。
暗い顔をする2人につられて、僕まで過去の自分の無力感から暗い気持ちになってしまう。
「せんせーたち、どうしたのー?」
しかし、そんな大人たちの事情は子供には関係ない。
不思議そうな子供の声を聞いた2人は、ふっと表情を緩めていた。
「何でもないよ。次のお姉さんを案内してやんな」
「そうなのー? わかった!」
「ええ、おねがいね。……そういえば院長、マリアナさんもここの出身だったのですね」
「あんた仮にも学院の先生だろう。知らなかったのかい?」
「い、いえ……生徒のプライベートとかセンシティブな情報は、私みたいな臨時講師程度には開示されていなくて……」
「ぷらい……年寄りにヘンな言葉を使うんじゃないよ。まぁ、あんたと入れ替わりだったさね」
「そうだったのですね……。じゃあ、私がお世話をしていたあの子は……?」
ギクリ。
『ここにいるぞぉ!』なんてもちろん言えるワケなく……。
僕は自分の案内係の子が来ないことをいいことに、ハラハラしながら2人の会話を見守り続けた。
「……無事に貰われていったさね。あんたが出てってから、1年だったか、2年だったか……それくらいだよ」
質問を受けた院長先生は、ピクリと眉を動かしてそう答えた。
「それは良かったです。あの子は不思議な子だったけれど……私にとっては、自分の子供みたいなものでしたので」
「そりゃあんたは今だからそう思えるのさね。あの頃はギャーギャー悩んどったくせに。可愛がっとったのは確かだがの」
「そ、それは……うぅ、やっぱり院長相手じゃやりにくいわ……。私のシスターとしての威厳が……」
「カッカッカ。あたしからしたらあんたもここの子、そんなものありゃしないさね」
「ぅぅ……そ、それで? あの子はどこに貰われたのですか?」
「……それは言えないさね」
「え……?」
え……? って、同じように驚きそうになったけれど、そういえば僕がどこに行くかは内緒だったんだっけ……。
僕はマリアナさんがあまりにも泣いてしまうものだから、貰われる先は城とだけは話してしまったけれど……。
「まぁそんな昔のこと、いいじゃないかね。ほれ、もうアタシらだけだ。そこの白髪のお前さんも、早く行きな」
「あっ……はい」
杖をつく院長先生に促されて、なんとなく僕とレイナさんは目を合わせて苦笑すると、後についてその場を離れるのだった。
――――――――――――――――――――――――――――――――
あとがき
100話まであと3話……!
お読みいただき、ありがとうございます。
少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。
皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!
次回、「どうかこの手を……~教会と思い出の残滓~」
早くお姉ちゃんにはハッピーになってもろて、イチャイチャが書きたい……!(
とか思いつつ、きっちり書き進めてます。
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