087.この気持ちが恋だとしても~恩とは鎖か、それとも翼か~



*****

//マリアナ・フォン・エーデル//



「――ですから、この一文の解釈は『同性に恋をしてしまった女の子が葛藤しているさま』を表しているわけですよー! ロマンチックですよね~!」


 5限目、本日最後の授業中。

 教壇に立ったミミティ先生が『光書板』に可愛らしいハートマークを描き、両の手のひらを合わせてうっとりとしたような仕草をしながらそう言った。


 それを聞いた教室の何人か――私も含めて――が、思わずといったようにルナちゃんとアイネちゃんの方を見ている。


 いや、今の表現は正しくないわね。


 だって、私はさっきから……授業の内容に関係なく、ついルナちゃんのほうを見てしまっていたもの……。


 視線を集めた2人のうち、アイネちゃんは……ちょっと恥ずかしそうだけれども、どこか嬉しそうね。


 ルナちゃんは……やっぱり綺麗な顔ねぇ。


 ……じゃなくて、ルナちゃんはいつもの優しい微笑みだけれど、ちょっと困っていそうね。

 アイネちゃんと顔を見合わせて……なんだろう、なぜだかキュンとくる笑顔になったわ……。


「(…………あっ)」


 ルナちゃんは何人もの注目を集めているはずなのに、どうしてかそんな中からでも私の視線に気づいたようで……ニコッと綺麗に笑いかけてくれた。


 その笑顔を見て、私は自分の胸に温かいものが広がるのを感じてしまい……じっと見ていたのがバレてしまったということもあって、ちょっと恥ずかしくなってしまった。


 ど、どうしよう……。

 ここで目を逸らすのもヘンに思われちゃいそうよね……?

 私のほうがお姉ちゃんなのだし、ここは私も余裕があるように微笑み返したほうがいいのかしらっ?


 なんて、私は内心で焦って……というより舞い上がってしまってといったほうが正しいような葛藤をしていたのだけれど。


「では次のページですが――」


 ――カランカラーン!


「はわっ!? 時間になっちゃいましたっ!?」


 授業の続きをしようとした先生が授業の終了を知らせる鐘を聞いて、その小さな体をめいいっぱい使って驚きを表し、ルナちゃんも含めたみんなの注目がそちらに集まったことで私の葛藤は無駄になってしまった。


 ……ふふっ、ミミティ先生はやっぱりかわいいわね……。


 しょんぼりしている可愛い先生を抱きしめたい衝動にかられる……れど、それはいつものこととは言え、我ながらちょっと現実逃避が入っていたかもしれない。


「うぅ~。で、ではみなさん。今日はここまでですっ!」


「起立っ。礼っ!」


「「「ありがとうございました」」」


「ばいばーい、ミミ先生~!」


「はいっ。みなさん、また明日ですっ!」


 授業が終わり、ニコニコと子供のような笑みを浮かべながら先生が教室を出ていくと、にわかに教室が賑やかになった。


「ホワイライトさんっ!」


「は、はい。なんでしょう?」


「先程の授業のことで、ちょーっとお聞きしたいことがあるのですがっ」


「わ、わたくしもっ! わたくしもお聞きしたいですわっ! ぜひ先程の詩の主人公の気持ちについて、ホワイライトさんのご見解をお聞かせくださいましっ!」


「ロゼーリアさんも、どうなんですのっ!? やっぱり女の子同士というのは良いものなのですのっ?」


「わ、わたしっ!?」


 授業の内容が内容だったからか、クラスメイトたちは目を輝かせながらルナちゃんとアイネちゃんのところに集まって授業の復習を……というよりも『女の子同士の恋愛』について意見を求めている。


 みんな、恋バナが大好きだものね……。


 席が近いこともあって一緒に詰め寄られることになったアイネちゃんは、キョロキョロと周りのコたちの興味津々な目を見て、恥ずかしそうに頬を染めて……。


「ル、ルナさぁん……」


 そんな可愛らしい仕草を見せてから、隣のルナちゃんに助けを求めていた。


「あはは……。そうですね……女の子同士というよりも、相手が誰であるかが大事……なのではないでしょうか」


「「「キャァ~~!」」」


「ぁぅ……ルナさん……」


 対応を投げられたルナちゃんは、そういってアイネちゃんを……とっても、愛しそうな目で見つめた。


 誰が見ても愛情たっぷりなその目を見て取り巻きのコたちが黄色い悲鳴を上げ、視線を向けられた当人であるアイネちゃんは恥ずかしそうに小さくなってしまいながらも……とっても、嬉しそう。


「…………」


 私はそれを、教室の反対側からただ眺めていた。


 今……というよりも、ここ最近、この教室の中心にいるのは間違いなくルナちゃんだ。


 あの完璧という言葉が似合うほどの容姿なのに、話してみると誰に対しても丁寧に接してくれるし、お茶目だったりちょっと抜けているところもあったり……女の子が好きな女の子という驚きの事実もあったりして、クラスメイトとして親しみやすさを感じているのだろう。


 校外学習のとき、あの混乱の中でも毅然と対応してみせたカッコイイ姿をみんなも見ているし、助けられたと恩を感じているのか、ちょっとしたことでルナちゃんの役に立てればと声をかけるコも多くなっている気がする。


 昼食のとき、ルナちゃんがいると食堂で席を譲ってくれるとか、そういう小さなことだけれども。


 そして、その隣に立つようになったアイネちゃんも、前と比べると確実に変わっている。


 もともと誰にでも別け隔てなく接してくれる良い子だったけれど、勉強も実技も主席でご実家の爵位も高く、どこか近寄りがたい扱いをされていたのは確かなのよね……。


 それがルナちゃんがこの学院に来て、2人が2人で過ごしていることを多く見るようになり、お付き合いするようになって……今ではアイネちゃんも自然と接しやすい可愛らしい女の子といった印象に変わっている。


 『普通の』と付かないのは、相変わらずすごい子だからだけど……それはともかく、アイネちゃんはルナちゃんによって変われたのよね……。


「はぁ~、イチャコラするなら寮に帰ってからにしたらどうッスか~?」


「な、なによっ。まだ何もしてないじゃないっ」


「まだ、ねぇ~? それにさっきのアレで何もしてないなんていうッスか?」


「そうですわ! おふたりが交わす、愛情たっぷりな視線がもう……ステキですわ!」


「ぅぅっ……そ、それはルナさんが――」


 もう、何度目かになるかわからないけれど。


「(………はぁ……)」


 私はそんな光景を見ながら、改めて、アイネちゃんを羨ましく思ってしまう。


 私はいったい、どうしてしまったのかしら……?


 ……なんてとぼけたくなるけれども、私だってそんなに鈍感じゃない。


 この気持ちがどういうものなのかは、とっくの昔に……あの孤児院の頃に知ったことだし、人よりは苦労もしたし色んな経験も積んできた……子供ではないつもりよ。


 実際、ここにいる娘たちよりもちょっとだけお姉さんだもの。


 だから、今日の実技の授業のことが思い出される。


 いくら授業で訓練だからといって、ルナちゃんにアレを……ちょっとだけ気持ちよくなっちゃうけれど、貴族の娘としては大切にするべき自分自身の身体を委ねて、内面をさらけ出すようなことをお願いして、あんな姿を見せちゃうようなことをしても……少しもイヤじゃなかった。


 相手がただの友達、ただの同級生なら……普通はあんなことを言い出さないと思うの。


 それはやっぱり、ルナちゃんだからで…………でも。


 でも、彼女の……ルナちゃんの優しい笑顔を見ていると、可愛らしい一面を、真面目な一面を、知れば知るほど……つい、アイネちゃんの位置に立っているのが自分だったら、なんて想像をしてしまう。


 アイネちゃんはきっと、ルナちゃんに変えてもらったのだと思う。

 方法は分からないけれど……。


 きっとルナちゃんなら、私が抱えている悩みやらしがらみなんて……物語の魔法のような手段で解決してしまうのでしょうね。


 だからこそ、羨ましいなんて思うのだけれど……。


「(……嫌な女ね、私は……)」


 アイネちゃんの、あんな幸せそうな様子を見て、その場所を代わってほしいと思うなんて……。


 本当に、私って―――。


「(……あら?)」


 自分の胸の内に意識を向けて、ふと気がついたことがあった。


 思い出のあの男の子は……ユエくんへの淡い想いは、まだちゃんと私の中にある。


 それは確かなのに、ルナちゃんと一緒にいたいと想う私って……実は女の子が好きな子だったのかしら……?


 それとも、つい先程ルナちゃんが言っていた『相手が誰であるかが大事なのではないでしょうか』ということ……?


 『何を今更』と現実を考える自分と、『そうだったのかしら?』と過去を夢見る自分が混在していて……ちょっと、モヤモヤとしてしまった。


「(ルナちゃん……)」


 改めて、白く美しく、眩しい彼女を視界に収めれば、そのモヤモヤは暖かな気持ちに変わっていく。


 やっぱり、この気持ちは……。


 ――ガラガラッ


 ……だとしても。


「エーデルさん、いますか~? あ、いたっ! あのですねっ、いま教員棟に行ったら伝言があったのですけれど、お家の方が正門にいらしてるみたいですっ! なにやら大事なお話があるそうですよ?」


「……わかりました、ありがとうございます。ミミティ先生」


 この気持ちが、年相応の女の子としての、私の心からの願い――――恋だとしても。


「いえいえ~! では改めて、みなさんまた明日~!」


 私は、お義父さまとお義母さまから受けた恩から、エーデルの家を守ることから、逃げ出すことはできない。


 ――だからこの恋は、叶えてはいけない。


 相手が女の子では、私は子供を産めない……家を残すことができないから。


「ッ……」


 私はカバンを掴み、ミミティ先生が開けたままだった扉から、彼女の光が満ちた空間から逃げるように廊下へと出た。


 自分の内面に向き合ってみて、改めて感じて……自覚してしまったこの気持ちからも逃げるように。


 『お家の方』『大事なお話』というのは……きっとまた、良くないことだという予感がする。


 心のどこかが、『逃げ出したい』と悲鳴を上げている気がする。


「私、は……」


 こんなに弱い子だったかしら……?

 自分の気持ちからも、逃げ出そうとしているのに……。


 そう、自己嫌悪に陥りながらも、歩を進めようとしたところで――。


「――マリアナさん?」


 私を呼び止める声……先程まで耳を傾けていた声が、出てきたばかりの教室の方から聞こえてきた。


「……ルナちゃん」


 私が思わず振り返れば……どこか心配そうな顔をしたルナちゃんが、教室から出てきたところだった。


「どうかされたのですか……? 急に教室を出ていかれたので……」


 それは私を追ってきてくれたようで――事実そうだろうし――嬉しく思ってしまいそうになるけれど……今は、貴女の顔をまっすぐに見られそうにない。


「何でもない……のよ。ちょっと急ぎの用事を思い出したの。またね、ルナちゃん」


 私はそうまくし立てると、ルナちゃんから……その優しさから逃げるように、踵を返した……。


「あっ……!? …………」


 ごめんなさい、ルナちゃん……。


 きっと、背にした貴女の顔は、驚きか……悲しみに染まっていることでしょうね。


 ――コツコツ、コツッ


 罪悪感を感じながら足を早めて階段に足をかけた私の耳に、床で足を鳴らすような音……不思議なリズムが聞こえる。


 でも、心の中がぐちゃぐちゃになっている私はそれを気にすることはないのだった……。










――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき


さぁ、おまたせしました。

お姉ちゃん編、動き出します。


お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「空に咲く、水色の涙~急報~」

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