066.アノ日~あなたの全てを……~



*****

//アイネシア・フォン・ロゼーリア//



「……ぁっ……ぁぁっ……」


 ベッドの上で股間に手をやり動き続ける、変わり果てたユエさん……。


 綺麗な純白だった髪は漆黒に染まり、身体から闇の気配を振りまいていた。

 漆黒に染まった瞳に光はなく虚ろで、大きく開かれた口からは荒い息と一緒に涎があふれ出している。


 私が毛布を剥がしてもそれに気づいた様子はなく、その意識は現実ではないどこかにあるかのように一心不乱に行為を続けていた。


「……アイネさんっ……うくっ、ぁぁっ……!」


 そしてまた私の名前を呼ぶと、果て、今度は直接溢れ出した臭いが私の鼻と下腹部を刺激した。


「(あ、アレが殿方の……本で見たより大きいのね……って)」


 私は何をまたじっと見ているのよっ!?


 こんな状態のユエさん……目の前に人がいるのに気づいてもいないなんて、明らかにおかしいわ……!


「(私が、なんとかしないと……ユエさんを正気に戻してあげないとっ……!)」


 私の名前を呼びながら苦しんでいるユエさんを何とかするために、私は足元に気をつけながらベッドに歩み寄ると、裸で小刻みに動いているユエさんの肩に手をかけて、揺り動かした。


「ユエさんっ! ユエさんっ……しっかりして!」


「ぁぁ…………?」


 私が大きな声を出してその肌に触れて初めて、ゆっくりと私の方に振り返ったユエさん。


「ぁ……女の、子……? オン、ナッ……?」


 黒い虚ろな瞳が私の方を見たとき、その瞳に宿ったのは剥き出しの欲望の色……顔は口の端を歪めるかのように嘲笑っていて……それはまるで、差し出された哀れな生贄を前にした獰猛な肉食獣のようで……。


「(ヒッ――!?)」


 私は言いしれない恐怖を覚えてしまい……思わず出そうになった悲鳴を飲み込んだ。


 どうして私をそんな目でっ……いえ、もしかしてユエさんは、私のことが分かってないというのっ!?

 そんなに……我を失うくらいに苦しんでいるというの……?


「ユエさんっ!? 私よっ、アイネよっ!? 分からないのっ!?」


 私が必死に声をかけて肩を揺すっても、ユエさんは開いた口からうわ言のようなつぶやきを漏らすだけで、その瞳に意志の光は戻ってこない。


「ぅ……ぁ……うぐっ……」


 そして今度は何かに苦しめられるかのように頭を抱え込んでしまった。


「ユエさ――――キャッ!?」


「ガァッ!!」


 頭を抱えていたユエさんが唐突に獣のように吠えると……声をかけ続けようとした私の肩をドッ!と音がしそうなほどの衝撃が襲い、気がつくとベッドに組み伏せられていた!


「うぐっ……!? すごい力……! ユエさんっ! ユエさんしっかりし――」


「ウルサイ! ジャマダッ!」


 ――ブチブチッッ!


「――キャァァッ!?」


 私に馬乗りになって押さえつけ動きを封じたユエさんは、そのまま私が着ている制服に手をかけると、乱暴に引っ張って上着を引き裂いてしまった。


「ユエさんっ!? ちょっ、まって……!」


 私が必死に声をかけても、ユエさんの耳にはそれが届いていないかのようで……むしろ、組み敷かれて抵抗している哀れな女(エモノ)を見下ろして、この後の愉しみを想像して口元を歪めているかのようだった。


「ハァ……ハァッ……ハハッ……!」


「(――あぁ……)」


 ユエさんが目に浮かべる欲望を色濃くし、私のブラウスに手を伸ばしてくる光景を目にしながら――――いつかのように時間が引き伸ばされる感覚を覚えた。


 ユエさん……ユエさんのこの姿が……あなたが見られたくなかったもの……あなたの苦しみの一端だったのね……。


 もしかすると……いえ、もしかしなくても、このまま私は犯されるようにユエさんとの初めてを迎えてしまうのだわ……。


 いつかロマンチックに愛を交わしながら……なんて想像をしていたけれど、こんな事になってしまうだなんて……。


 でも、私はあなたの全てを受け入れると決めているの……たとえこんなカタチであろうとも、それであなたが楽になれるなら……ちょっと悲しいけれど、それもまたあなたに添い遂げると決めた私の役割なのかもしれないわね……。


 覚悟は、決めていた。

 愛する人をこの身に受け入れることに、何のためらいも無いはずだった。


 それでも思っていたものとは違った結末を想像して……私の目から溢れ出すものがあった。


「アァッ……!」


 ――ビリビリッ!


 そしてついに、ブラウスまでもが引き裂かれ……その勢いで私の胸元からユエさんからもらった大切な『証』がこぼれだして、僅かな間、宙を舞って煌めいた。


 ――時間が、元の速さに戻ってくる。


「っ……」


 私は次にどんなことをされてもそれを受け入れようと、ギュッと目を閉じて身構えていたけれど……その時はいつまでたってもやってこなかった。


「――――――アッ……あぁっ……」


 恐る恐る目を開けてみると……私の上に跨ったユエさんの目が、私の胸の上にある指輪の煌めきに釘付けになっていて……その瞳には、意志の光が戻っていた。


「ユエさん……?」


「あっ……ぁ……いやだっ……こんなっ……ぼくはっ……」


 ユエさんは声をかけた私の顔を見て、服を脱がされている私と馬乗りになっている自分の状態を見て……状況を認識したのか、ガクガクと手と身体を震わせ始めた。


 これは……と思った私は、改めてユエさんに声をかける。


「ユエさんっ……私がわかる……?」


「あっ、アイネ……さん……? あっ、あぁっ……」


 ユエさんは問いかけた私の目をしっかりと見ると、その光が戻った目からポロポロと涙をこぼし始めてしまった。


「そうよ、アイネよ……大丈ぶ――」


 私はユエさんが正気に戻ってくれた安堵感から微笑み、その涙を拭おうと手を伸ばすが――


「うわあああああぁぁぁぁぁぁぁーーーー!!」


 ――ビクリと身体を震わせたユエさんは、まさに身も恥もなく……と言った様子で私の上から退きベッドから転げ落ちると、何度も手足をもつれさせながら部屋の反対側まで地面を這うようにして離れていってしまった。


「あっ……うあっ……僕は、なんてことをっ……」


 ユエさんはそのまま部屋の端までたどり着き、壁にぶつかってそれ以上進めないことに気づき、うずくまるようにして頭を抱えて震えている……。


「はっ……ハハッ……ぅっ……僕は、またっ……それも……よりによってっ……うぅぅっ……!」


 涙でぐちゃぐちゃになってしまったその顔には、悲しみや後悔・自責といったものがありありと浮かんでいて……私の胸まで締め付けられるようになってしまった。


 きっとユエさんは、私に乱暴をしようとしてしまったことに気づいて、そのことに押しつぶされそうになっているのね……。


 これが……優しいユエさんの、男性として募り募った、正体をなくすほどの性の衝動が……ユエさんが隠したかったことなのね。


 それなら、私は……。


「……ユエさん、私は大丈夫よ……」


 私は身を起こしてベッドの端に腰を掛けると、震えているユエさんのところに行こうと立ち上がった。


「こっ、来ないでっ……来ないでくださいっ……!」


 恐れが混じった目と、近寄らないでと言う声が私を打つ。


 それでも、私は足を止めずにユエさんのもとに向かった。


「だ、ダメですっ……ぐっ……今近寄られたら、またっ――――ぁっ……」


「大丈夫よ……ユエさん……」


 そしてユエさんの元にたどり着いた私は膝立ちになって、小さくなって震えているその身体をそっと抱きしめた。


「ぐっ……!? がっ……は、離れてっ……ください……」


 ユエさんは何かを堪えるようにビクリと身体を震わせて、私を引き剥がそうと私の腕を掴んできた。


 掴まれたところがちょっと痛いけれど……私はしっかりと抱きしめて離さない。


 きっとまた、男性として女性に向ける情動を我慢してしまったのだ。


「アイネ、さん……お願いです、離れてください……! ぼくはこのままでは……僕はこんなことで、貴女と……貴女の初めてを奪いたくない、ですっ……こんな醜いものを、貴女にぶつけたくなんかっ……ぐっ……ないですっ……!」


「っ……」


 ユエさんのその言葉を聞いて、私の胸は悲しみに押しつぶされそうになった。


 こんなとき……私に男性としての性のことはわからないけれども、どうしようもなく辛いであろうときまで、自分ではなく他人の……私のことを考えて、それで1人で我慢して、苦しんでいたのかと思うと……胸が苦しかった。


 その苦しみをなんとかしてあげたいと、何度でもそう思う。


 だから私は……。


「アイネさっ――――んんっ!?」


 拒絶を口にするユエさんの唇をそっと塞ぐと、その手を自身の胸に導いた。


「んっ……んくぅっ……!?」


 反射的だったのか、衝動に突き動かされたのか……ギュッと握りつぶすようにされて思わず苦痛の声が漏れてしまった。


「んんっ……ぐっ……ごめん、なさいっ……アイネさんっ……これ以上は、もうっ……だからっ……んんっ!?」


「んんっ……ちゅっ……」


 私はユエさんの唇を塞ぎながら、衝動に耐えることに全力になっているのか力が入っていないユエさんの身体を抱きしめながら立たせ、そのままキスの勢いで押していき、もつれるようにベッドに倒れ込んだ。


「ぷはっ……!? アイネさん、なにをっ……」


 私が自分からユエさんが私の上に覆いかぶさるような状態にしたことで、ユエさんは戸惑いを口にした。


 私はその頬を撫でるように両手を伸ばし、この先の時間を私達のかけがえのない思い出にするための、魔法の言葉を口にする。


「ユエさん、愛してるわ……」


 それを聞いたユエさんのきょとんとした顔は――こんなときにとは思うけれども――後にこっそりと思い返してしまうほど可愛らしいと思えてしまうものだった。


「それはっ……それは、僕もです……! 僕も、アイネさんを愛していますっ……だからこそ、こんなことはっ……良いわけがないはずです……」


 ユエさんは私の手を涙で濡らしながら、優しさとこの状況に対する自責とも拒絶とも取れる言葉を口にした。


 でもそれは、ユエさんが考えているだけのことで……私たちは、きっと想いを共有できるはずだから……私は、それを口にしていく。


「ユエさん……ありがとう……。私のことを想って、こういうこともちゃんとしようとしてくれるのはとても嬉しいわ……。でも、それでユエさんが自分の中だけで苦しんで、悲しんでいたら……私まで悲しくなってしまうの」


「アイネ、さん……」


「ユエさんが悲しいなら、私も悲しい。ユエさんが苦しいなら、私も苦しい……もう、ユエさんのことは私のことでもあるのよ……? ユエさんは、そうではないかしら……?」


「それはっ……! 僕だって……僕だって、アイネさんが悲しいことは、悲しいと思えます……」


「くすっ……そう、ユエさんのことは私のこと。私のことはユエさんのこと。私たちは……もう、ずっと一緒なのよ……」


 そう言った私は両腕をユエさんの頬から首の後ろに回して、そっと引き寄せた。

 きっと、ドキドキとしている私の胸の鼓動を聞かれてしまっていることだろう。


「だからユエさん……私は、ユエさんのどんなことだって、ユエさんが嫌だと思っていることだって、全てを受け入れるわ……2人で、良いことに変えてしまいましょう……?」


「良いの、ですか……? こんな、どうしようもない……醜い感情を貴女に向けてしまっても……」


 ユエさんは、私の胸の中から恐る恐るといったふうに、まるで初めてそのことに思い至ったかのように、私を求める言葉を口にしてくれた。


「えぇ……ユエさん自身がこの前は、その……えっちな私でも受け入れるって……好きだって言ってくれたじゃない……」


「はい……もちろんです」


 ユエさんは両手で身体を支えて私の胸から顔を離すと、しっかりと意志が宿った瞳で私をまっすぐ見つめてきた。


「それは、私も同じよ……ユエさんがどんなにえっちでも、受け入れるわ……」


 その瞳に映る私の顔は……きっと赤く染まってしまっているだろうけれども。


「あのときは、私ばっかりしてもらって……。だから……今度はユエさんの番よ」


 それでも私は、2人のこの先へ進むための言葉をユエさんに届けたかった。


「――――来て、ユエさん……」


 私は精一杯、微笑んだ。


 だって、これから私達が迎えるのは、幸せな時間になるはずだから――。


 それを見たユエさんは……苦しみを耐えながらではあったけれども、私の想いに答えるかのように、なんとか微笑んでくれていた。


「わかりました……アイネさん、僕に……アイネさんをください……」


 こんなときにも真剣に……この前にあれだけ愛し合っておいて、私の心を惹きつけてやまないくせに、ちょっと今さらだとも思うけれども……改めて私が嬉しくなってしまう言葉を投げかけてくれる、最愛の人。


「よろこんで……ユエさん……私を、もらってください……んっ……」


 私も胸の奥から溢れるものを感じながら、その言葉に答えると……自然と唇が重ねられるのだった……。






――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★」をよろしくお願いいたします。

皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!


次回、「アノ日~らぶぱわー~」

この流れで、もはや説明不要!(閲覧場所注意

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