051.優しい涙~これからのふたり~



「――っ――――っく――――」


「――――そうして闇王……クロとの決戦を終えた僕は、なぜかこの女性の身体になってしまっていて――――」


「――ぅっ……――っ――」


「――――ツバキさん達影猫族を助けて、大光樹の葉でも元に戻ることは出来ず……東の果てまでたどり着いた僕は――――月猫商会を立ち上げて――――闇の氾濫に襲われた村を救って――――」


 僕のこれまで……本当の親の顔さえ知らない孤児の生まれであること、アポロと出会い影武者になったこと、王城で暮らしアポロと過ごしたこと、星導者として覚醒し戦い続けてきたこと、アポロとの別れ、アイネさんとのあの夜の真相、大戦の推移、クロとの決戦、女性になってしまったこと、旅に出たこと、ツバキさんたちとの出会い、解呪の失敗……そして王国への帰還。


 静かな謁見の間に、それらを長々と話し続ける僕の声に混じって、小さく嗚咽のような声が混じる。


 それは、目の前の愛しい人……アイネさんが、話を遮るまいとドレスのスカートを握りしめて必死に堪えようとしても堪えきれずにいる……僕のために流してくれている優しい涙の音だ。


「――――そうして、両陛下のご厚意で編入することになった学院で、アイネさん……貴女と再会したのです。あとは……アイネさんもご存知の通りです」


 僕が長い話をそう締めくくると、もう我慢できないとばかりに、アイネさんは僕の胸に飛び込んできて、僕のことをぎゅっと抱きしめてくれた。


「……っく、ぅぅっ……ルナさんっ……! ぇぅっ……ひっく……いえ、ユエさんっ……!」


「はい、アイネさん……」


「どうしてっ……どうしてそんな優しい顔をしていられるのっ……! そんなっ……そんなに大変なことも悲しいこともいっぱいあって、それでもいつもあなたは私たちに優しくてっ……」


 ……そうか、僕はいま、そんな顔ができているのか。


 僕にとっても、良いことよりも悲しいことのほうが多い今までの人生だったと思う。

 それでも、僕が穏やかな気持で話せているとしたら、それはアイネさんのおかげだ。


「わたしっ……ひっく……知らなくてっ……! 何もっ……なのにっ……あなたのことを勝手に想い続けてっ……好きだなんて……愛しているだなんてっ……」


「アイネさん……ありがとうございます。今こうして、貴女が泣いてくれているから……僕は本当のことをお話しても、心穏やかでいられるのだと思います。知らなかったのは、アイネさんのせいではありません。だから……泣かないでください。自分を責めないで下さい。こんなに僕のことを想ってくれて、涙を流してくれる貴女は……僕にとってかけがえのない人なのですから。アイネさん……こんな僕と一緒に居てくれると言ってくださって、好きになってくださって、ありがとうございます……」


「ユエさん……私こそ、ありがとうと言うべきだわ……私を好きになってくれて、お嫁さんにしてくれて……」


 僕は、こんな素敵な人に想ってもらえて、幸せものだ。

 ポロポロとこぼれ落ちる彼女の涙をそっと拭いながら、改めてそう思った。


「……改めて聞いても、やはりとんでもない人生じゃのう、お主や。まぁ、アレじゃ! 秘密多き美少女というのはより美しいと言うであろう!」


 ……言わないよ。せっかく感動的ないい雰囲気なんだから、邪魔しないでほしい。


「カッカッカ。まぁよいではないか。ユエとの様子を見ておっても、アイネシアなら何も問題はなさそうじゃな! 目出度いことじゃ」


「――あなた? クロさん? 空気を、読みましょうね?」


「「ひっ、わかった(のじゃ)……」」


 ……ナイスです、ティアナ様。


「主様ぁ……ぇっく……ご自身もお辛い中で、私共をお救いいただいて……改めて、すべてを捧げてお仕えすることを誓いますっ……うぅっ……」


 ツバキさんも、跪いたまま涙を流してくれていた。


「……ごめんなさい、ユエさん。皆様。もう大丈夫よ」


 僕らはしばらく抱き合っていたが、アイネさんは自分でもう一度涙を拭うと、そう言って僕の隣に立ち、両陛下に向かって一礼した。


「改めて、これからユエさんをよろしくお願いしますね、アイネシアさん」


「うむ。ユエはワシらの子も同然。子が良い嫁を連れてきてくれて、親としては嬉しい限りじゃ」


 両陛下も、そう言って優しい笑顔を見せてくださった。


「陛下……ありがとうございます」


「ありがとうございます、陛下。あ、いえその……お義父さまとお呼びしたほうが良いのでしょうか……? 王妃陛下は、お義母さま……? あっ……も、申し訳ございません。嬉しくてつい、とんでもないご無礼を……」


「まぁ! まぁまぁ! 良いのよ! ぜひそう呼んでちょうだい!」


「うむ……義理の娘から父と呼ばれる……良い響きだ。じゃがまぁ、ワシ等だけのときにな」


 両陛下から認められて嬉しかったのか、ちょっと先走ってしまったアイネさんだったが、両陛下は頬が緩むのが止められないという様子でそれを許していた。


「ご配慮、ありがとうございます……ぁぅっ……」


 先走った自覚があるのか、アイネさんは顔が赤い。

 もちろん、僕も幸せを感じつつも赤くなってしまっている。


 謁見の間がこんな幸せ空間になってしまうなんて、旅から帰ってきた時には思いもしなかったなぁ……。


「あの、ユエさん……」


 僕がしみじみと今を噛み締めていると、今度はアイネさんは僕の方に向き直って、恥ずかしそうにしながら、何か言いたそうにしていた。


「2人のときは、ユエさん……お呼びしたほうが良いのかしら……? ユエさんのお名前は、外では秘密なのよね……?」


「そうですね。外では『ルナリア』でお願いします。『ユエ』は、その……2人だけのときに」


「やっぱりそうよね……ふふっ。私だけがユエさんというルナさんの本当の名前を知っているなんて、ちょっとくすぐったいわね。ただ……先程のお話が衝撃的すぎて、私の中ではもうユエさんで固定されてしまいそうだわ……間違わないように気をつけないといけないわね」


 幸せそうに頬を押さえながら、身悶えするという可愛らしい仕草を見せてくれるアイネさん。


 僕は名前を使い分けることに慣れてしまっているのでどの名前で呼ばれても反応できるけれど、アイネさんは呼ぶ側だから、しばらくは気をつけないといけないかもしれない。


「…………ぁっ」


「? どうかしましたか?」


 口の中で反芻するように『ユエさん』と『ルナさん』を繰り返していたアイネさんが、王妃陛下の方を見て……陛下を見て……何かに気づいたような様子で、もう一度僕の方を見た。


「簡単な解決方法を思いついたのだけれど……ぅぅっ……これはなかなか……」


 そう言って、なぜだかいっそう頬を染めたアイネさん。


 解決方法……? 呼び方の話だよね? それはいったい……?


 僕がそう思っていると、アイネさんは意を決したようにして僕の目を見て、愛しい人の名前を呼ぶようなトーンで、破壊力抜群の言葉を口にした。



「――あなた」



「――――」


 ……なんだか色々すっ飛ばしてる気がするけど、そんなことどうでもいいくらい僕のお嫁さんが可愛すぎる件。


「ねぇ、あなた……くすっ。くすぐったいわねこれ。あ、あれ……ユエさん? 嫌だったかしら……?」


 あ、いや、思いっきり抱きしめたい衝動を我慢していたら、顔がこわばってアイネさんを不安がらせてしまった。我慢していなかったら、マリアナお姉ちゃんもびっくりの早さで抱き寄せていただろう。


「いえその、とても嬉しかったです……嬉しすぎて、意識が飛びそうでした」


「くすっ、そうだったのね。よかったわ……あ・な・た」


「うぐっ……」


 僕の反応が面白かったのか、アイネさんは今度は『あなた』を連発している。


 しかし……この破壊力は強すぎる。

 呼ばれ続けていたら……僕の理性が保たないかもしれないので、あとでちゃんと話して普段は普通の名前呼びにしてもらおう。



*****



「さて……主な話は終わったかと思うが、あとはこれからの話じゃな」


 しばらく僕とアイネさんは……有り体に言うとイチャイチャしていたが、優しく見守ってくださっていた王妃陛下と、砂糖でも吐き出しそうな顔をした陛下に気づいてしまい、僕たちは慌てて居住まいを正したのだった。


 陛下がおっしゃる通り、当初の目的だった両陛下へのご報告と、アイネさんへの事情の説明は終わった。

 しかし、これも陛下がおっしゃる通り、僕とアイネさんのこと以外のこれからについても、話すことは多い。


「はい、陛下。いくつかご報告とご相談がございます」


「うむ。また長くなりそうだな……アイネシア、すまぬがティアナと話でもしていてくれぬか」


「あらあら、それはいいわね。……ふふっ、色々聞かせてほしいわ、アイネシアさん」


「ぎょ、御意」


 別室に行くということはなかったが、そう言ってニッコリと微笑む王妃陛下がアイネさんの手を取った。ティアナ様の目が輝いていて、『全部聞いてやる』と言っている気がする……頑張って、アイネさん……。


「……あれはこの歳になっても変わらぬな……ゴホンッ。では、ユエ」


「はい、陛下。まずは――」


 それから僕は陛下と、事務的な事も含めて色々とお話させていただいた。


 学院で出会った人のこと。学院で過ごして感じたこと。輝光士というものに対する学生の意識が変わってきていること。学院生の育成方針について。街で見たこと。新しい輝光具のアイディアのこと。闇の獣と闇族の動きの活発化、今後の対策について。もし今後も闇族や闇将が現れるようなら、秘密裏に星導者として動く必要があるかもしれないということ。もとに戻る方法の情報収集について。などなど。


「――ふむ、これくらいかのう。あちらもちょうど終わったようじゃ、また何かあったら報告してくれ」


「かしこまりました」


 僕が目礼をすると、ニコニコとした王妃陛下と顔が真っ赤のアイネさんが戻ってきた。


「おかえりなさい、アイネさん。ティアナ様とのお話はどうでしたか?」


「……ぅぅ、全てお話させていただいたわ……」


「まあまあユエさん、いいじゃありませんか。あなた、アイネさんには私から話しておきましたので」


「ん? あぁ……そうだな。すまん、助かる」


 ティアナ様の言葉を聞いた陛下は、バツが悪そうに頬をかいていた。


 陛下のその反応……『お話』といったときにアイネさんが見せたちょっと唇を尖らせたような、拗ねたような様子……嫌な予感がするのですが。


「お話……?」


 僕がその嫌な予感を口にすると、それに答えたのはアイネさんだった。


「ユエさん……あの、ユエさんにはまだ、お嫁さんが増えるかもしれないって……それでも私が正妻だって言ってくださったのは嬉しかったし、私も貴族としてユエさんのお立場からは納得ができるけれど、その……私より先に、ツバキさんやクロちゃんと……ぅぅっ……」


「うぐっ……」


「うふふっ。アイネさん、嫉妬してしまったみたい。可愛らしいわよね」


 王妃陛下……たしかに必要な話ですけれど……。


「……申し訳ございません、アイネシア様。ただ私は、主様に使いただいただけでございますれば……」


「妾はたまたまじゃったからの。まぁ一応、すまぬと言っておくのじゃ。ただ、アイネがおるのじゃから、今後は妾の出番はあるまい。『ゆりゆりぷれい』なら大歓迎じゃがなっ!」


「あ、謝らないてツバキさん……この感情は、そう……私の我儘よ。先とか後とか、好きな人に愛してもらえるということに違いはないのだから……時系列的に女性になっているユエさんがというのは、教えていただけなかったけれど……」


「……そのうち、お話します……必ず、アイネさんとも、その……しますから……」


 恥ずかしそうにしながら『どうやって』と聞いてくるアイネさんに、僕は恥ずかしさと申し訳無さで身を縮めながらそう答えるので精一杯だった。


 『アノ日』のことは僕に『前の記憶』があるということと同じで、陛下にもお話していないことだ。

 ……必ず向き合わないといけないことではあるけれど。


「ぁぅ………」


 その向き合う相手のアイネさんは、僕が口にしたことのせいか、染まった頬を押さえてモジモジし始めてしまった。


「ゴホンッ。あー、まー、なんじゃ。アイネシアが聞き分けがいい良い嫁でよかったのぅ、ユエや。あとは若いふたりで何とかせい」


「陛下……」


 ご自分に話が向くのを恐れて雑に投げ出さないで下さい……。


「とにかく、これで本当に話は終わりじゃ。まだ昼前じゃし、学生を城に長く留め置くわけにもいかぬ。今日は学院に帰って休むがよいぞ」


「アイネさんと仲良くね、ユエさん」


「はい、ご配慮ありがとうございます」


「……ハッ!? あ、ありがとうございます」


 帰ってよしと言われて御前を辞するためにカーテシーをした僕の横で、頬を染めたままだったアイネさんは、慌ててカーテシーをしている。


 そのまま客室で制服に着替え、僕たちは学院へと帰るのだったが……。


「「…………」」


 僕もアイネさんも頬を染めたままで、お互いのことを見ようとして視線を外すということを繰り返し、馬車の中の空気はなんとも言えないものだった……。






――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「誓いの証~温かな時間と、ふれんちなふれあい~」

イチャラブは続くよどこまでも(?)

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