050.月の事情と薔薇銀姫の誓い~三者面談(王&王妃+義理娘(息子)+嫁)~



 王城の外周に着いた馬車はそのまま裏口へ回り、僕らは先日も使ったお忍び用の客室に案内された。


「お待ちしておりました、殿下。お召し替えをさせていただきます。ロゼーリア様はお隣のお部屋をご用意しております。こちらへどうぞ」


 陛下に謁見するということで予想はしていたけれど、僕達は客室で待ち構えていた笑顔のメイドさんたちに有無を言わさず捕まり、アイネさんは扉で繋がった別室に案内されていった。


 先日と同じように影の中から『お世話したいのに』というような視線を感じつつ、僕がキャッキャと楽しそうなメイドさん達の着せ替え人形に徹していると、あっという間に例の白いドレス姿にされてしまった。


 これから陛下にご報告する話の内容的に、せめてもう少し男性の礼装に寄せる形にしてほしかったなぁ……なんて遠い目をしながら用意されたお茶を口にしていると、隣室に繋がる扉がノックされた。


『殿下。ロゼ―リア様のご準備が整いましてございます』


『は、入るわねルナさん……』


「ありがとうございます。どうぞ」


 僕が入室を許可すると、メイドさんがかしこまった仕草で扉を開き、その先にいる人物……アイネさんに道を譲った。


「「――――キレイ……」」


 扉が開くと、僕とアイネさんはお互いの姿を見て、全く同じことを口にして同じように驚いていた。


 僕の目を釘付けにしたアイネさんは、僕と同じタイプのドレスを着ていた。

 飾られているレースや刺繍には薔薇の花を模したものがあるというところが僕のものと違っているが、色は僕と同じように白で統一され、彼女の銀の髪がとてもよく映えている。ふんわりとセットされた髪に、学院では見たことがなかった薄く紅が引かれたお化粧姿がとても大人っぽく見え、僕の目にはいつにも増して綺麗に見えた。


 僕の視線に気づいて頬を染めるアイネさんのその姿は、まさしく花嫁衣装のようで、こんなステキな人が僕のお嫁さんなんだという不思議な実感と幸福感がこみ上げてきて、僕は自然と頬が緩んでしまっていた。


「綺麗です、アイネさん。とても良くお似合いで、素敵です」


 僕はそんなアイネさんの姿をもっとよく見たくて、彼女に歩み寄るとその手を取って胸に抱いた。


「ぁぅ……そんな笑顔でまっすぐ……ルナさんこそ、ステキよ……ちょっと、自信をなくしてしまいそうになるくらい、キレイだわ」


「何を言っているんですか、アイネさんのほうがキレイでステキです」


「いいえ、ルナさんのほうが――」


「いえいえ、僕にとってアイネさんが一番――」


 …………。


「「……ふふっ」」


 お互いが相手の方がと言い合っていることがおかしくなった僕らは、微笑み合うタイミングまで揃っていた。


「アイネさん……いつか必ず、正式に式を挙げることをお約束します。ですが僕にとっては今この瞬間こそが、アイネさんがお嫁さんになってくださったと実感した瞬間です。絶対に幸せにします」


 この大切な人を守り共に歩んでいこうと誓った。その誓いを改めて胸に刻むように、僕はそっと彼女を抱きしめた。


「ルナさん……私はもうすでに、とっても幸せよ……ずっと想い続けたヒトが、こうして私を抱きしめてくれているのですもの……」


「それなら、これからもっともっと幸せにします」


「ふふ……それは嬉しくて、楽しみだわ」


 そうして僕らはお互いの幸せそうな顔を見て微笑み合う。


 アイネさんの綺麗な瞳は潤んでいて、視線を交わすとそっと目を閉じた。僕は惹かれるようにその唇に自分の唇を重ね――――ようとして、メイドさん達と目が合った。


「「「…………(ニヤニヤ)」」」


「ぅっ……」


 主を立てて控えるのも仕事の内とはいえ、このメイドさん達、気配消すのうますぎじゃないですかね。


 僕は頬の熱を誤魔化すかのように、誰ともなくそう言い訳した。


 ……いや、僕の頭が幸せ一杯で他のことに気づけなかっただけか。


「…………ルナさん? どうし……っ!?」


 いつまで経っても期待していた感触がなかったからか、キス顔のままだったアイネさんは片目を開けて様子を伺い、僕と同じように周囲の状況を把握して……というより現実に帰って真っ赤になってしまった。


「ぶははっ! これはこれから目の保養には困らんじゃろうのぅ……んん?(……忍っ娘よ、気配じゃ気配。漏れておるのじゃ!)」


「(主様がお幸せそうなのは嬉しいことですが……私も……)」


「あ、あはは……そ、そろそろ時間ではないですか?」


「……はい。もう間もなく陛下のご準備も整うかと」


 僕がカオスになりかけてる空気を誤魔化すかのようにメイドさんに話を振ると、表情を引き締めた彼女はそう答えてくれた。


「えっ……ルナさん、そこのメイドさんがいま、陛下って……?」


 アイネさんにとっては、事情は後で話すと言われて連れてこられた場所が王城で、そのまま着替えさせられて……という流れだったので、このまますぐに陛下に謁見するということは驚きだったみたいだ。


「はい、アイネさん。僕の事は……陛下の御前でお話させていただきます」


「そ、そうよね。ルナさんは……だものね。わかったわ。……直接お会いするのは初めてだけど、大丈夫かしら……」


 そうだった……。


 アイネさんは侯爵家とはいえ当主でもないので、陛下に直接謁見する機会なんて無いのだろう。

 僕にとっては恩義ある義理の父のようなお方だけど、王国の殆どの人にとっては雲の上の存在……アイネさんが緊張してしまうのも仕方がないのかもしれない。


「大丈夫です。アイネさんなら、私も自信をもって陛下にご紹介できます。さぁ、まいりましょう」


「え、えぇ……」


 僕はそのまま緊張するアイネさんの手を取って部屋の外までエスコートすると、今度はメイドさんに先導されて謁見の間へと向かう。

 これから話す内容を彼女が受け入れてくれることを信じてはいるけれども、僕も内心ではすごく緊張していた。

 それは伝わらないと良いな……と、手を繋いだままこっそりと祈るのだった。



*****



「拝謁の栄誉を賜り恐悦至極に存じます。陛下におかれましてはご機嫌麗しゅうございます。私、ロゼーリア侯爵家が次女、アイネシアと申します」


 国王陛下と王妃陛下が玉座におわす謁見の間に、アイネさんの透き通るような声が響く。


 緊張していたアイネさんだったが、僕に続いた挨拶とカーテシーには一切の淀みはなく、形式に則って十分以上な礼を披露してくれた。


 既に人払いは済んでいて、この謁見の間にいるのは両陛下と僕・アイネさん・クロ・ツバキさんだけだ。ツバキさんは今回は最初から姿を現していて、僕たちの後ろで膝をついている。


「面を上げよ。楽にしてくれて構わんぞ。この場にはワシらしか……そう、家族しかおらぬのだからな。そうじゃろう? カッカッカ!」


「あらあらあなた、せっかちは嫌われますわよ? でも、そうね……ふふっ。今日は、そういうお話になるのかしらね」


 許しを得て顔を上げれば、両陛下は雰囲気を和らげて……というよりもかなり砕けて楽しそうに僕らを見ている。

 僕にとっては慣れたお二人の様子だったが、アイネさんは公式の場の威厳あるお姿しか見たことがなかったのか、少々面食らっているようにも見える。

 元々その予定だったけれど、ここは僕がきちんと話を進めないとダメだろう。


「両陛下。本日は、大切なご報告とご許可をいただきたく、御前に参上いたしました。この度、私は……こちらのアイネさ――アイネシア嬢と将来を誓い合いました。どうか、正式な婚約と、彼女に私の事情をお話するご許可をいただきたく存じます」


「――良う言うた! いや、よくやった! 無論許可する……というもなにも、そなたが決めた相手じゃ。ワシらが否を言うことはない」


「まぁまぁ!」


 僕が一世一代の思いでアイネさんとのことを口にすると、陛下は膝を叩いて玉座から立ち上がり、王妃陛下は胸の前で手を合わせて、満面の笑みを浮かべてくださった。


 ひとまずはホッとした僕が隣のアイネさんを見れば、アイネさんも緊張がほぐれたような穏やかな顔で視線を返してくれた。


「有難き幸せ」


「ロゼーリア家といえば、婚約者候補だった子よね? ごめんなさいね、こちらの都合を押し付けた形になってしまったわよね?」


「い、いえ、滅相もございませんわ。王妃陛下」


「それがこの子と再会して、今日こうして嬉しい報告を聞けるだなんて! 運命ってあるのね! うふふっ」


 王妃陛下はアイネさんに歩み寄ってその手を取ると、本当に嬉しそうにニコニコと微笑みかけている。


「これ、ティアナ。お前こそはやっておるではないか。少しは落ち着けい」


「あらあら、ごめんなさいね。わたくしったら嬉しくて……アイネシアさん、これからユエさんをよろしくお願いしますね」


「かしこまりまし――ユエ? ルナさ――王太子殿下のお名前は、アポロニウス様では……?」


「……そうか。ユエは先程『事情を話す許可を』とも言うておったな。嫁にしようという娘にそんな大事なことをまだ話しておらんかったとは……いや、話すならワシらの前でということか。義理堅いユエらしいが――――アイネシアとやら」


「っ!? はっ……!」


 アイネさんが僕の本当の名前……事情の一端を聞いて早くも混乱しかかっていると、国王陛下は引っ込めていた上位者の威厳を再び纏ってアイネさんを睥睨した。


 緩みかけていた場の空気が一気に張り詰めたように感じられる中で、アイネさんは姿勢を正して軽く頭を下げている。


「これからそなたが聞くことは、この国にとっての最大級の秘密じゃ。何があろうと、決して、口外することを許さぬ。もしその秘密が公になれば、この国は崩壊し、世界は混乱に陥るであろう。ワシはこの国の王として、そのような事態は避けなければならぬ。故に――」


 陛下はそう言って容赦なく上位者の威厳……威圧とも言えるそれを向けると、顔を伏せたアイネさんの前に一枚の羊皮紙を放って寄越した。


「――誓え。いまここで、そなたの命をかけて、決して秘密を漏らさぬと誓うが良い」


 陛下がアイネさんにつきつけたそれは……『制約の書』。

 特殊な儀式によりかけられた術式が、制約を破れば容赦なくその対象の命を奪う、この世界最大の束縛。


「陛下! アイネさんなら大丈夫です! お言葉ですが、それはあまりにも――」


「黙れぃっ! ワシはそこの者に問うておる!」


「ッ……」


 ビリビリと、空間そのものが震えるかのように一喝した陛下に、僕は彼女への援護を封じられてしまった。


「先程はそなたが連れてきたものならと申したが、それは父としてじゃ。王としては、それでも生半可な女に隣に立つ資格は与えられぬ。そなたは黙っておれ」


「……申し訳ございません」


 陛下に黙っていろと言われてこれ以上口を開けば、重大な王命違反だ。恩義ある陛下のご意思に背くことは――アイネさんを害せよとでも言われない限り――僕にはできない。


「…………」


 それに、陛下の行動をお止めしない王妃陛下を差し置いて動くこともできない。


 もう、見ていることしかできなくなった僕が申し訳ない気持ちでアイネさんのほうを見れば……いつものように綺麗な微笑みを浮かべているアイネさんと目が合った。


「失礼いたしますわ」


 アイネさんは両陛下に目礼をすると、何の躊躇もなく絨毯の上に落ちた羊皮紙を拾い上げた。

 彼女のその、陛下の威圧とキツイお言葉を受けても自然な様子は、まるで『なんだそれくらい』と言いたげなようにも見える。


「恐れながら陛下。ご無礼を承知で、発言をお許しいただけないでしょうか?」


「……許す。申してみよ」


「有難き幸せ。では申し上げます――」


 陛下からご許可をいただいたアイネさんは、前置きの通り形式を無視してまっすぐに陛下の目を見て……無礼とも取れるほど挑戦的で涼しげな視線を向けて、表情は微笑みのままに、こう言い放った。


「――命ごときで、この方の……愛する人の隣にいられるなら、安いものですわ。私の想いがどれほどのものかお試しになりたいなら、こんな紙一枚でなく、もっと……いっそ女神様でもお連れ下さいませ」


「「――――――」」


 アイネさんのあまりに真っ直ぐな言い草に、陛下と僕は驚きすぎて言葉を失ってしまう。


「…………ふふっ」


 王妃陛下はどこか楽しそうにしているけれど……。


 アイネさん……すごく、すごく嬉しいですけれど、もう少し言い方があったのでは……と、僕は冷や汗が止まらない。


「では誓わせていただきますわ――――え、あれっ……これ、輝光力が通らないわよ……えっ、どうして……ル、ルナさぁん……」


「えっ!?」


 言い放った流れでためらいなく『制約の書』を起動しようとしたアイネさんだったが、なぜか上手く行かずに慌てているようだった。

 そりゃあ、あんな啖呵を切ってからでは、慌てるよね……涙目ですがりついてくるアイネさんも可愛い……じゃなくて!


「どういうことですか陛下っ!」


「――――――」


 アイネさんにここまでさせておいて……と、流石に僕も押さえきれなくなって声を荒らげてしまった。


「――――――」


 しかし、陛下は何もおっしゃるつもりがないのか、じっとこちらを見ている……いや、どこか焦点があっていないような……?


「あら……?」


 何かに気づいた様子の王妃陛下は、再び玉座から立ち上がると、陛下の前に回り込んだ。


「……あなた、いつまで固まっているの?」


「――――ハッ!? す、すまぬ。意識が昔に飛んでおったわい……」


 ……背中越しでも王妃陛下があの笑顔を浮かべたことが、背筋がゾワッとしたことで分かってしまった。


「あなた? ちゃんと話してくださいね?」


「あ、あぁ……分かっておる。ゴホンッ……あー、すまぬな、アイネシアよ。その『制約の書』は……偽物じゃ」


「「えぇっ!?」」


 バツが悪そうに言う陛下の言葉に揃って驚いた僕たちは、アイネさんが手にした羊皮紙をまじまじと見てしまった。

 ……確かに、見た目や書かれている内容は完全に一緒だけれども……アイネさんが二星眼を輝かせ、僕もよく視てみれば、その術式のほんの一部が途切れていることがわかった。

 これではアイネさんがやろうとしてできなかったように、輝光力が通らず制約は発動しない。


「そうだったのですね……」


「わ、私っ……陛下になんてご無礼を……」


「いやすまぬ。ワシが悪かったのだから気にせんでも良い。少し試すだけのつもりだったのだが、そなたが言ったことが、あまりにも、その……」


「――あらあら、わたくしの方を見て、何でしょうか?」


「妃よ……お主、分かってやっておろう。その恐ろしい笑顔が何よりの証拠――ヒッ!? な、なんでもないのじゃっ」


 ……陛下とティアナ様が婚約された際にも、同じようなことがあったということだろうか……? 機会があったら聞いてみたい気も……いや、止めておこう。

 クロに向けられる王妃陛下の笑顔を見て、僕はそう思った。


「とにかくじゃ……ユエとアイネシアの婚約は認める。その覚悟も確かに見させてもらった。じゃからワシからは、秘密を漏らさぬように改めてお願いをするだけじゃ。すまぬ――この通りじゃ」


「わたくしからも、お願いいたしますわ」


「っ!? そんな、国王陛下っ! 王妃陛下っ! 頭をお上げ下さいっ!」


「……アイネさん、どうか、お願いします」


「ルナさんまで……分かりました。私の命が果てるまで、秘密を守ると誓います。……誓いますから、どうか頭をお上げ下さいっ」


 胸に手を当てて綺麗にお辞儀をし、誓いの言葉を口にしたアイネさんだったが、僕たち三人が頭を下げたままなのが落ち着かないのか、両手を体の前で振って慌てた様子だった。


「そうか……感謝する」


「ありがとうございます。ふふっ、これで義理の娘ができるということかしら」


「これこれ。ワシが水を指しておいてなんだが、話はこれからがあろうに。ティアナは座れ。そして……ユエ」


「はい。アイネさん、話は長くなりますが……どうか聞いて下さい」


 王妃陛下が玉座に腰を下ろし、改めて僕の名前を呼ぶと、再び場の空気が引き締まった。

 僕は『お主が話すのであろう』という意味に受け取り、陛下に返事をすると、隣のアイネさんに向き直った。


「……聞かせていただきます」


 アイネさんも僕の方に向き直り、まっすぐに僕の目を見てくれている。

 そのどんな話でも受け入れると言わんばかりの姿勢に勇気をもらった僕は。


「私の……いえ、僕の本当の名前は、ユエといいます。孤児院出身で、本当の王太子ではありません――」


 そう切り出して、アイネさんに真実を……これまでの17年間の僕の人生を、話し始めた……。





――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

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次回、「優しい涙~これからのふたり~」

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