049.薔薇銀姫と影の従者~女同士は視線で語る~



 王国歴725年、大樹の月(4月)中旬。



 あれから、1日を挟んで、2日目の朝。


 『闇の氾濫』を発端とした闇族の出現という近年稀に見る大事件は、居合わせた輝光士女学院生の目覚ましい活躍と、彼女らが情報を伝えたおかげで駆けつけた王国正規軍により、1名の犠牲者を出すだけにとどまり解決されたものとして扱われることになった。


 闇族の出現前にあの場を離れた皆も、先生について軍の駐屯地に向かった皆も、後から合流した僕とアイネさんの無事を喜んでくれた。どうやって生き残ったのかとも聞かれたけれど、逃げている内にたまたま居合わせた騎士団の人に助けてもらった、と言って難を逃れた。


 僕とアイネさんはそんな皆との話の間もずっと手を繋いでいたので、桃色娘には散々からかわれたけれど、僕は堂々と手をつなぎ続た。照れながらも嬉しそうなアイネさんは可愛かった。


 ココさんの事は皆が知るところとなり、その死を悼む者、自分でなくて良かったとこっそりと安堵する者、危険を脱した安心感や疲労でぐったりする者、それぞれの反応はあったものの、とにかく帰りの馬車の中は静かだった。


 そして王都に戻ってきた僕らに伝えられたのは、学院側がこの事件の事後処理するため、1週間の休校とするということだった。危険な目にあった生徒が親に顔を見せる時間を作るという前向きな配慮の面もあるのかもしれない。


 そして、僕はこの学院側の配慮をそのまま前向きに受け取って、『親に顔を見せる』ため……重要な報告のため、朝から馬車で中央区の王城へと向かっていた。


 迎えとして寄こされた子爵家の紋章が掲げられた馬車に乗っているのは、僕と、アイネさん、クロ。そして、ツバキさんだ。


「――改めまして、アイネシア様にご挨拶申し上げます。私はツバキ、主様にお使えする『影猫族』は『忍華衆』の長。我らは主様に身も心も捧げたしもべとご理解いただければ結構でございます。以後お見知りおきを」


「ツバキさんね。あのときの綺麗な人が、まさかルナさんの従者だったなんて……」


 狭い馬車の中なので膝こそつかなかったものの、仕事モードで丁寧な名乗りを上げたツバキさん。アイネさんはなぜか納得の表情で微笑むと、ツバキさんと握手を交わしていた。


「やはり、不思議な感じがする人ね……もしかして、この前の休日の朝にも、ルナさんのお部屋にいたのかしら?」


「は。その折はご挨拶もせず申し訳ございませんでした」


「いえ、いいのよ。何か事情があったのでしょうし……その事情は、これから教えてもらえるのよね?」


 事件の後……というか、僕が求婚してアイネさんが受け入れてくれたあと、僕はその時には既に今日のこと……陛下にアイネさんのことをご報告に行くことを決めていた。

 陛下からは学院に入る前に『心から添い遂げたい相手には事情を話すこと』のお許しはもらっているけれど、僕がきちんとご報告したいと思い、その場での事情説明は避けて『必ずお話しますので、少しだけ時間を下さい』とアイネさんにお願いしたのだ。


 その際、これまで通りにしてもらうようにお願いしたからか、アイネさんは変にかしこまったりすることなく接してくれている。


「はい。おまたせしてすみませんが……」


「くすっ。いいわよ、ルナさんを信じているもの」


 アイネさんが繋いだ手を軽く握り直し、微笑みかけてくれる。

 隣に座った僕らは、今日も手を繋ぎ続けている。指がばっちり絡んだ、いわゆる『恋人つなぎ』だ。


「ありがとうございます。私も、アイネさんを信じています」


 アイネさんに全てを話した時、彼女がどう思うか、不安がないといったら嘘になる。

 それでも、こうして繋いでくれている手から伝わる温かな想いが、その不安を打ち消してくれていた。


「………………」


「これこれ忍っ娘や、そう拗ねるななのじゃ。こやつの『ゆりゆりはーれむ』にアイネという美少女が加わるとは、なんとも良いことではないか。ぶはははっ!」


「……拗ねてなど、おりませぬ。主様の慶事を喜ばないなど、従者として失格でございます」


 いやその……仕事モードでパッと見た感じは表情が変わらないからわかりにくいけれど、これは拗ねて……というか嫉妬されてしまっている気がする。


「……ルナさん、もう少し寄ってもいいかしら?」


「へ? もちろんそれは良いですけど……」


 唐突なアイネさんの申し出を許可すると、アイネさんは手を繋いだまま身を寄せて、僕の腕を抱くような形になった。


「ふふっ、今日もルナさんは綺麗ね」


「あ、ありがとうございます?」


 アイネさんの柔らかさと温もりが伝わり、香りが強くなる。心が暖かくなるのと同時にドキドキしてしまい、自分の頬が染まるのが分かった。


 僕にそんな反応をさせている、当のアイネさんはというと。


「…………」


「…………」


 僕に身を寄せながら、その視線だけは――僕の目には少しだけ頬を膨らませてしまっているように見える――ツバキさんの方を向いていた。


 なんだろう、2人の視線が交わっている。


「……ふふっ、ツバキさんは良き従者ね」


「……ありがとうございます」


 アイネさんが微笑みをもらし、ツバキさんがどこか悔しそうに目を閉じた。


 ……目は口ほどに物を言うとは言え、どんなやり取りが行われたのですかこれは。


「ねぇツバキさん。私は、貴女とも仲良くできたらと思っているわ。なにせ、これからずっと一緒にいるのですもの」


「は。過分なお言葉、ありがとうございます」


「私で、ルナさんを支えましょう?」


「! ……は。有難き幸せ」


 アイネさんがとても嬉しいことを言ってくれているな、と思っていると、ツバキさんは――仕事モードにしては――驚いたように目を見開いたあと、その顔から嫉妬の色が消えていた。


 ……何だか僕の知らないところで何かが決まった気がする。気のせいだろうか。


「ねぇ、ツバキさんはルナさんとどこで出会ったの?」


「申し訳ございませんが、それはこの後にお話があるかと存じますので、ご容赦下さい」


「ああ、そうね、ごめんなさい。そうね……その黒髪、とても綺麗ね。何か特別なお手入れを――」


「それは、僭越ながら私が主様に――」


「なるほど、ルナさんのシャンプーを作ったのは――」


 その後、馬車が城門をくぐり停泊所につくまで、アイネさんとツバキさんは僕の事情に関係ないところで話に花を咲かせていた。

 立場から口調は違えど、いつの間にやら仲がいい姉妹のような距離感になっている。


「よいぞよいぞ……もっと広がれ、美少女の、わ! なのじゃ!」


 クロは、相変わらずよくわからないけど気持ち悪い顔をしていた。








――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

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次回、「月の事情と薔薇銀姫の誓い~三者面談(王&王妃+義理娘(息子)+嫁)~」


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