040.初めてのおでかけ~スイーツな時間~


「ごちッス~!」


「ごちそうさまでした」


 冒険者ギルドで用事を済ませた僕たちは、ちょうどお昼時ということもあり、中央区よりの東区……高級店街にあるお洒落なレストランのようなところで、昼食を取っていた。


「ルナさん、ホントに良かったの? お代を出してもらってしまって」


「ええ、お二人にお誘いいただいたお陰で、週明けの校外学習では快適に過ごせそうですので、そのお礼です。この後にデザートも出てくるみたいですので、遠慮せず召し上がってください」


 口には出さないけれど、冒険者ギルドで怖い思いをさせてしまったお詫びの意味も含んでいる。


「……にゃむにゃむ……」


「クロっち、静かだと思ったら寝ちゃってたッスね」


「くすっ。いい天気だものね」


 僕の隣の席に置いた鞄の中で、クロは寝息を立てていた。


 僕たちが居るのは、テーブルひとつひとつが区切られている、レストランの中でも予約したら高くつきそうなテラス席だ。

 店の前に馬車で乗り付けたら支配人だという人が出てきて対応していたので、これも侯爵家パワーなのかもしれない。

 ともあれ、アイネさんのお陰で、日当たりがよく眺めも良い席で、僕たちは楽しく昼食をとることができたというわけだ。


 クロが寝ているのは単に身体の調子が悪いからだろう。


 ちなみに僕の懐事情は、自分で言うのはなんだけどかなり余裕があるので、この店で3人分の料金を支払ったとしても何も問題はない。

 友達同士で僕も今は女の子とは言え、アイネさんとミリリアさんに支払わせるのは男としてどうかという、小さなプライドのようなものがなくはないけれど。


「おまたせいたしました。こちら、季節のフルーツソースのパンケーキでございます」


「「わぁ……!」」


 運ばれてきたデザートを見て、並んで目を輝かせる2人を見れば、僕も奢りがいがあるというものだ。


「アイねぇ! アイねぇのやつにかかってるそれ、なんスか!?」


「これはシュガーベリーのソースね。ミリリアのはナイトベリー、ルナさんのはサンベリーみたいね」


 『前の記憶』に当てはめれば、順番にイチゴソース、ブルーベリーソース、マンゴーソースだ。マンゴーがベリーという名前なことに違和感があるのは、多分僕だけだろう。


「いいッスね! せっかくだしちょっとずつ交換して食べてみたいッスよ!」


「そうね、私も他のソースに興味があるわ。ルナさん、いいかしら?」


 女の子の『シェアして色々食べる』は、どの世界でも一緒らしい。


「もちろんいいですよ。追加のお皿をもらいましょうか?」


「何言ってるッスか~。そんなの待ちきれないッスよ~! こうして切り分けて……ほいっ。アイねぇ、あ~んッス」


「もう……はしたないんだから……あむっ……ん~♪」


 僕の申し出を断ったミリリアさんは、手早くナイフでフルーツソースがたっぷりかかったパンケーキを切り分けると、豪快にフォークで突き刺して隣のアイネさんの口元に差し出した。

 アイネさんはそれを軽く咎めながらも、そこまで気にした様子もなく差し出されたパンケーキを頬張り、頬に手をやって幸せそうに微笑んでいる。


「ナイトベリーはこのほのかな酸味がいいわよね。じゃあ……はい、ミリリア」


「サンキュッス! あ~むっ。ほごぉ、ほまうてほいひいッふね~」


「食べながらしゃべらないの。くすっ」


 女の子の友達同士で『あ~ん』をして食べさせ合うのは、なんとほっこりして可愛らしい光景だろうか。

 クロが起きていたら大騒ぎしていたこと間違いなしだ。


「んぐっ、はーっ。何をまたお母さんみたいに微笑んでるんスか!」


「そうよ、次はルナさんの番よ。……はい、どうぞ」


 え、それ僕もやるのですか……?


 アイネさんが赤いソースがかかったパンケーキをフォークに刺すと、立ち上がってテーブル越しに僕の方へ差し出してきた。


「ルナさん……ダメ、かしら?」


「うっ……いただきます」


 本人としては平静を装っているつもりなのかもしれないけど、期待するような、不安そうな表情で、ほのかに頬を染めたその様子は、可愛すぎて僕にとって破壊力抜群だった。

「で、では……あ~ん……はむっ」


 僕も立ち上がって中腰になると、アイネさんの内心が伝わっているのか、少し震えるパンケーキに顔を寄せて口を大きく開けて頬張った。


「…………ふふっ」


 アイネさんの嬉しそうな視線と強い甘みを感じながらそれを嚥下すると、次とばかりにミリリアさんのフォークが差し出された。


「ほ~いルナっち、次はアタシッスよ~。あ~んッス」


「あ、あ~ん……」


 何だか恥ずかしくなってきて、楽しそうな二人の顔を直視できず目を閉じ、体格の関係で届きにくいであろうミリリアさんのほうに中腰になって顔を寄せ、口を開けて待つ。

 ……が、アイネさんの時と違ってなかなか口の中にパンケーキが入ってこない。


「ほれぇ、コレっすか~? コレがほしいんスか~?」


 片目を開けて見てみれば、僕の顔の前で怪しい動きでフラフラしているパンケーキと、なんだかすごく悪そうな顔をしているミリリアさんがいた。


 この体勢、ちょっと辛いのですが……まだですか。


「何やってるのよ貴女は……」


「いやぁ、なんか美人なルナっちのキレイな顔が目を閉じて近寄ってくるもんスから、なんとなくハズくなっちゃって……」


「……むぅ。貸しなさいっ。ほらルナさん、この子がごめんなさい。あ~ん」


「え? あ、はい……はむっ」


 唇を尖らせたアイネさんがミリリアさんの手から素早くフォークを奪い取ると、代わりに僕の口元に差し出してきた。僕はそれを素直に口に入れて椅子に座り直す。


 うん、甘酸っぱい。


「あっ、奪い取るなんてヒドイッスよ! アイねぇのオニ! アクマ! 嫉妬女!」


「なっ、何よっ! 貴女がルナさんを焦らすから悪いんでしょ。それに私は嫉妬なんかっ」


「あはは……」


 やいのやいのとキャットファイト(?)を始めた2人を横目に、僕は手早く自分のパンケーキを切り分けると2人の皿に移す。

 僕から『あ~ん』をするのは恥ずかしいから、今のうちだ。


 ……ちょっと、アイネさんが恥ずかしそうに僕の前で口を開ける姿を想像してしまったけれど、それは胸の内に秘めておこう。



*****



「こちら、食後の紅茶でございます」


「ありがとう。……はぁ」


 しばらくして2人は落ち着き、アイネさんはいつの間にか自分の皿に僕のパンケーキがあることに気づいて残念そうにしていた……のはともかく、デザートも食べ終わって食後のティータイムがやってきた。


「ニッシッシ。自業自得ッスよ、アイねぇ」


「わ、悪かったわよ……また今度にするわ。それで、この後はどうしようかしら? ルナさんはまだ、買いたいものはある?」


「私ですか? そうですね……」


 アイネさんに尋ねられた僕は、馬車の中にあるものと自室にあるものを思い浮かべながら、校外実習の準備に不備がないか確かめ……ようとして、ふと気づいた。


「あ……そういえば、今更ですが、校外実習の詳細をお聞きしようとして忘れていました……。みなさんご存知のようでしたので、後でいいかと思ってそのまま……」


 実技の授業での『輝光路』開発のアレとか、アイネさんとのことなどが大きすぎて、買い物までしていたというのにそのことに気づくのが遅れてしまった……しっかりしなくては。


 もっともそれはアイネさんも同じだったのか、僕の言葉を聞いて思い出したような顔をしている。


「た、確かにそうね……ごめんなさい。お世話係の私からちゃんと言わないといけなかったわね」


「いえ、こういうことは編入生の私から聞くのが筋だと思いますので、お気になさらず」


「そう言ってもらえると助かるわ。そうね、校外実習というのは――」


 アイネさんは紅茶で口を潤しながら、校外実習についてイチから話してくれた。


 校外実習は去年から始まった授業の1つらしく、その目的は、この先を担う輝光士の卵に外の世界を体験させること、『灰色地帯』の実情を知りその浄化を行うこと、闇の獣に遭遇すれば実戦経験を積むということ、そして大戦で亡くなった人々の慰霊式典に参加すること、の4つらしい。


「前の3つは輝光士学園の生徒としてはわかりますが、慰霊式典……ですか?」


「ええそうよ。式典の主催進行はちゃんとした儀典官の方や教会のシスターが行うのだけれど、私達はその式典に同席することが求められているの」


「女の子ばっかりッスからねぇ。『大戦の記憶を引き継ぐため』とか言われてるッスけど、要はアタシ達は式典に添えられる花ってことッスよ」


「そ、そうですか」


 確かにあの制服を着た女の子たちが会場にズラッと並ぶだけで、かなり場は華やかになるだろうけど、ミリリアさんの身も蓋もない言い方に苦笑してしまった。


「まぁ特に難しいことをさせられるわけでもないから、気にしない方がいいわ。それで話を続けると、今回の実習地……式典会場は去年より少し遠くて、馬車で片道1日ちょっとのところにあるわ。道中の新しく作られた小さな宿街で泊まるという話だけれど、あまり宿の質は期待しないほうが良いわね……野宿よりは良い程度って聞いてるわ。だから、さっき毛布を買ったのよ」


「まだ夜は冷えるッスからねぇ……」


「なるほど……」


 もしかすると、いい生活しか知らないお嬢様たちに市井の厳しさを教え……いやそれはないか。親御さん達から非難轟々だろうし。

 単に実習地がそれほど僻地ということかもしれない。


「それで、今回の実習地はどちらなのでしょう?」


「今回は……ええと、ちょっと待ってね。確か地図が……」


 そう言って話を置くと、アイネさんは脇においていたポーチをゴソゴソとしだした。


「休日までそんなものを持ち歩いてるんスか……アイねぇは律儀ッスねぇ」


「こうして役に立ったからいいじゃない。あったわ、広げるわね」


 僕が紅茶が入った3人分のカップを脇に避けてテーブルの上にスペースを確保すると、アイネさんはお礼を言って地図を広げた。


「ここがこの王都センツステル。それで、今回の実習地は……」


 アイネさんの綺麗な細い指が、その場所を確かめるかのように地図上をなぞっていく。


「西の……アグニス帝国よりは東だから……」


「…………」


 まさか。


 その指がとある地点に近づくにつれ、僕の胸には予感のような何かが湧き上がってきていた。


 そしてその予感は、アイネさんの指が指し示した場所を見て、確信に変わった。


「あったわ、ここよ。『旧オリエント砦跡』。今から3年ほど前に『オリエント奇襲戦』で破壊されて、多くの方が亡くなった場所。星導者様がおわす大戦終盤では稀だった、人類が敗北した戦い……その跡地よ」


「……なるほど……」


 そこは、僕にとって絶対に忘れられない場所。


 ――アポロが亡くなった、あの砦だった。






――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。

皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!


次回、「旧オリエント砦跡へ~宿町、満月前夜~」

――非日常の、はじまり、はじまり。

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