029.月光浴~想いの在処、約束の在処~


 夜。王都に帰還した日に城から見上げたときより厚みを増した2つの月が、雲ひとつ無い夜空に輝いている。


「…………」


 大浴場から戻った僕はいつものようにツバキさんに髪のお手入れをしてもらったが、ミリリアさんから聞いた話が頭の中をぐるぐると回っていて、気がつけば制服姿のまま1人になれる場所を探し、寮の近くにある小さな丘の上に来ていた。

 もう外出禁止時間に入っているので初日から規則違反だけど、月光を浴びる必要がある僕にとっては守りたくても守るわけにはいかない規則だ……と誰が相手でもなしに言い訳をする。


「…………はぁ」


 昼間の太陽とは違う柔らかな光が肌に当たるのを感じながら、春とは言えまだ冷たい夜風が湯上がりで火照った身体を冷ますに身を任せていた。

 サラサラになった髪を風が揺らし、月明かりの中で輝く。


「……どうしようもないこと、だけどさ……」


 その輝きとは正反対の暗い気持ちを吐き出した僕は、月を見上げてそうごちる。


 婚約の件も、アポロが亡くなってしまったことも、僕がこの身体になってしまって王太子が表に出られなくなったことも。

 全て僕が悪いのかと言えば、そうではないかもしれない。


 幼い頃に決まった……いや、まだ確定ではなかった婚約とはいえ、アイネさんにとっては関係のない、今も続いていることだったんだ……。


 それから時が過ぎて、アポロが死んで落ち込んでいたあの頃、アイネさんに会って話したのも、こんな夜だった気がする。


「気がする、だなんて……」


 無責任な自分自身の考えに、つい自嘲気味のつぶやきがもれてしまった。


 話を聞いた限りでは、アイネさんはあの夜からずっと正式な婚約者に選ばれようと、その相手を想って努力してきたのだと思う。だからこそ他の高位貴族のご令嬢たちを置いて最有力候補に名前が挙がるまでになっていたのだろう。学院でも主席の座をずっと守ってきたらしいし。

 今思い返せば、アイネさんの髪で輝いていた光結晶の髪飾りも、あの夜に贈ってからずっと大切にしてくれていたのかもしれない。


 でも、その彼女に影響を与えたはずの……今でもその綺麗な想いを縛っているはずの当人は、それを忘れてあれから生きてきた。

 王国と人類のために戦い続ける日々に必死だった、というのもアイネさんには関係ない僕の言い訳だ。

 戦いが終わっても、王太子を演じる者として婚約者のことに向き合うこともせず、自分の心が弱いせいで『アノ日』に他の女性と関係を持つことまでしてしまっているのだから、始末に負えない。


 もちろん、アイネさんはあの夜に会った王太子が僕だとは知らないから、その想いは『王太子』という存在に向いているのかもしれない。

 それでも、何も知らないアイネさんと『友達』になれて喜んでいた自分ルナリアが、滑稽に思えて仕方がなかった。


「アポロ……君みたいに、もっと気楽に考えられたら良かったんだけどね……」


 アポロと交わした約束は、まだ達せられたとは言えない。

 だからこそ、大戦が終わってからも星導者として表に立てるよう、この身体を元に戻そうと努めたけれど、その他の『約束』を僕は蔑ろにしてきてしまった。


 ――そう、丘の下から驚いたようにこちらを見上げる、青髪のお姉ちゃんとのささやかな『やくそく』さえも。


「……ルナ、ちゃん……?」


「……御機嫌よう、マリアナさん」


 マリアナさんは誰かがいるとは思わなかったのか、目をまん丸にして月を背にした僕を見上げている。


「マリアナさん……?」


「あっ。い、いえごめんなさい。御機嫌よう、ルナちゃん。ルナちゃんが光樹の妖精さんみたいでとても綺麗で、見惚れてしまっていたわ。ふふっ」


 柔らかな微笑みを溢したマリアナさんは、そのまま丘を登って僕の近くまでやってきた。


「お隣、いいかしら?」


「……ええ、どうぞ」


 本当は1人になりにここに来たのだけれど、負い目を感じている彼女の申し出を僕は断ることなどできなかった。


 風が並んで座った僕らの髪を揺らし、ふわっと森の香りを運んだ。


「編入初日から規則違反は、お姉ちゃん感心しないわよ?」


 そういうマリアナさんに咎めるような様子はなく、どこかイタズラっ子っぽく片目をつむってみせた。

 それが昔からのマリアナお姉ちゃんっぽくて、つい僕もつられて笑みをこぼしてしまう。


「あはは……それは申し訳ございません。マリアナさんこそ、こんな遅い時間にどうされたのですか?」


「私? 私はね、時々こうして月を見に来ているの。理由は……秘密よ。ふふっ」


 秘密、か……。


「そうだ、改めてになるけれど、今日はありがとう。教室のことも、グラウンドでのことも、ルナちゃんに助けてもらっちゃったわ」


「どういたしまして……で、いいのでしょうか。つい身体が動いてしまったので、そんなお礼を言われるようなことではないと思いますが……」


「ううん、そんなことないわ。打算も何もなく、私のことを助けてくれたってことですもの。今もこうして私とも普通に話をしてくれるし、変な目で見たりもしていないもの。……たぶん、朝の授業の時に見えたでしょう? 私の……この耳」


 そう言ってマリアナさんは髪が風になびくことで顕になった耳に軽く触れた。


「ええ、まあ……それがどうかしましたか?」


「どうかって……ふふっ。そうね、ルナちゃんは気にしないでいてくれる子なのね……」


 僕の問いに一瞬キョトンとした目をしたマリアナさんは、ちょっとおかしそうに微笑むと、悩むような素振りを見せてから口を開いた。


「今日会ったばかりのルナちゃんにこんな話をするのもおかしいかもしれないけれど……聞いてくれるかしら?」


「ええ……もちろんです」


「……私はね、孤児だったの。エーデルというのは養子として引き取られた子爵家の名前よ。孤児院で暮らしていた時に、たまたま街で困っていたおじさんとおばさん……今のお父さまとお母さまを助ける機会があったのだけど、その時に私のことを気に入ってくれて……2人には子供ができなくて、家を継げる人間がいないから、養子として家に入ってくれる子供を探していたんですって」


 そうだったんだ……マリアナさん、あれから貴族に引き取られて暮らしていたのか……。


 僕と同じように月を見上げながら話すマリアナさんに、僕は肯いて先を促した。


「孤児院で暮らしていた頃も楽しかったことや大切なことはあったけれど、引き取られる前にはもうそれはなくなってしまっていて、ちょっと辛い日々を過ごしていたから……引き取られてからは、幸せな日々だったわ。貴族のお嬢様としてのお勉強やお行儀よくするのは、大変だったけど……ふふっ」


「幸せな日々、ですか……」


「えぇ……。おかしな話かもしれないけど、貴族のお嬢様として頑張れば、私の大切な思い出のあの子に近づけている気がしたの。お父さまもお母さまも本当の娘のように大切にしてくださっていて……。でも、お二人は……私の中等部入りが決まった後に……事故で亡くなってしまったの……」


「っ……」


 ということは……マリアナさんは、ご両親を亡くして一人になってしまっていたのか……。


「とても、悲しかったわ……。それでも私、結構頑張ったのよ……? 小さな子爵家とはいえ、エーデルの家をちゃんと残すことが拾っていただいたお父さまとお母さまへの恩返しになると思って、お仕事のことも勉強したし、社交場に出てお婿さんになってくれる方も探したりして……」


 お婿さん探しなんて本当は嫌だったのよ? とマリアナさんは付け加える。


「知らない男の人に声をかけてお話するのは……怖かったわ。私、昔からこんなだから……男の人が私を見る目が怖かったの。妾にならしてやる、なんて言う人もいて……」


 こんなだからといって、大きな胸に手を当てるマリアナさん。

 男としては分からなくもないけれど、12・13歳くらいの女の子が男たちからそんな目を向けられたら、それは確かに怖いだろう。


「それでも……マリアナさんは頑張っていらっしゃったのですよね? それは……上手く言えませんが、すごいことだと思います」


 本当の両親を亡くし、新しい両親まで亡くし、怖い思いをしながらも、それでも前を向いて努力を続けるというのは、あの頃のマリアナお姉ちゃんしか知らない僕でも並大抵のことではないというのは分かる。


「ふふっ、ありがとう。ルナちゃんはやっぱり良い子ね」


「い、いえそんな……マリアナさんが努力されたことは事実ですし……」


 自分を救ってくれた相手や、それに連なる何かのために頑張るという気持ちは、僕にもよく分かることだから……。


「そうね……頑張ったわ……。でも、貴族になったばかりのルナちゃんは分からないかもしれないけれど、貴族社会というのは恐ろしいものなの。といっても、その頃の私も解っていなかったわ……」


 膝を抱いて先程までより暗い声でいうマリアナさんの言うことが、彼女が言う通り僕には分からなかった。

 城で見ていた貴族たちからは、少なくともそのような印象はなかったし……。


「恐ろしい……?」


「ええ。ある時、声をかけた殿方が、お嬢様たちから人気の方だったみたいで……たまたまお話が弾んでしまって……簡単に言うと、嫉妬されちゃったみたいだったの。『貴女、孤児で混ざり物の卑しい生まれの癖に、そのいやらしい身体を使って子爵家に取り入って、今度はあの方を誑かそうというわけ?』って言われたわ……」


「なっ……!? なんですかそれはっ!? 言いがかりにも程があるっ!」


 マリアナさんへ吐き捨てられたそのあんまりな話や、その時彼女が受けたであろう悲しみ……それらへの怒りや衝撃が瞬間的に僕の中で巻き起こり、思わず口調を荒らげて立ち上がってしまい――。


「きゃっ!?」


 ――マリアナさんが必死に髪と制服のスカートを抑えるのを見て、我に返った。


「あっ……ご、ごめんなさいっ」


 抑えきれなかった心の衝動を現すかのように漏れ出た白い輝光力が、物理的に周囲へ影響を及ぼすほどに吹き荒れてしまっていた……これじゃあ、人│《皇女》のことを言えないな……。


「すみません……驚かせてしまいましたよね……」


「ふふっ、気にしないでいいのよ……私なんかのためにルナちゃんみたいな良い子が怒ってくれるということを、私は喜ぶべきですもの」


「マリアナさん……」


 自嘲気味にそう言うマリアナさんに、僕は上手く返す言葉が思いつかなかった。


「結局……横のつながりが強い貴族のお嬢様たちの間でその話が広がってしまって、周りが見えてなかった私はそのしっぺ返しをもらってしまった……というだけの話なの。貴族の女というは、一度こうだと決められちゃうとどうしようもないから、ルナちゃんはこれから気をつけてね」


「……もしかして、今日の授業でマリアナさんの椅子が不自然に動いていたのは……」


「気づいていたのね……ルナちゃんは本当にすごい子だわ」


 何年も経った今でも、その言いがかりを口にした……もしくは信じた人間がちょっかいをかけ続けていて、この優しくて前向きなお姉ちゃんの笑顔を曇らせていると思うと、怒りに似た感情が湧き上がってくる。なんとかしてあげたいという思いも。


「私はっ……! 私は……そんなすごい人間では……」


 ……けれども、なにより僕自身が彼女との『やくそく』を蔑ろにしてきてしまった人間であり、今この学院において『ルナリア』は編入してきたばかりで彼女とは今日が初対面という立場だということに思い至り、アイネさんの件と同様、また突きつけられた『どうしようもない』今さらに、気色ばんだ心は沈んでいく。


 アイネさんの件も、マリアナさんの件も、何とかするだけなら簡単な方法がある。

 僕の正体と事情を明かして、アイネさんの想いとマリアナさんとの約束と改めて向き合えば良い。


 ただそんなことは、僕が一方的に彼女たちの事情を知って、己の悩んでいる気持ちを楽にしたいだけの自己満足に過ぎない。彼女たちの意志や守ってきた想いを無視した『ユエ』という人間のエゴだ。

 僕が背負って守らなければいけない『アポロ』の名や、僕をアポロだと信じてくれているクレアさんを始めとした人たち、学院生としての生活を望んでくれた両陛下、全てを踏みにじる行為でもある。


 更に加えるなら、僕が真実を明かすということは……陛下が仰っていたことを別の捉え方をすると、その相手に僕のお嫁さんになってもらわなければならなくなる。

 相手の気持ちを踏みにじった上で、自分勝手に相手の人生を変えてしまうようなことなど、僕には到底できるわけもない。


 結局僕は、『僕』として何にも向き合えていなかったのではないか……そう思えてくる。


「そんな顔しないで、ルナちゃん。今日会ったばかりの私のことでそんな顔ができる子が、すごくないわけないわ」


 黙り込んでしまった僕は、どんな顔をしていたのだろうか。

 優しく微笑んだマリアナさんは、隣に座る僕の頭をそっと撫でた。


「っ……違うんです、私は……私は貴女に……優しくされる資格なんか……」


 言ってしまいたい。でも言えるわけがない。

 あまりに行き場のない感情が溢れてしまっていることを、マリアナさんの指が僕の頬を拭う感覚で知る。


「ルナちゃん……私はね、どうしても暗くなってしまうことはあるけれども、そんなときにはとある男の子が教えてくれた言葉を思い出すようにしているの。ルナちゃんも何か悩んでいるようだから……ふふっ、お姉ちゃんがその言葉を教えてあげるわ」


 そう言って月を見上げたマリアナさんは、穏やかな声でこう言った。


「『私が私をどう思っていたとしても、他の人が私をどう思っていたとしても、私のことを良いと思ってくれる人がいるなら、私自身を含めたそれ以外の人が思うこと、言うことなんて気にしなくて良い』」


「っ……」


 それはたしか……僕が初めてマリアナさんと会った日の……。


「ふふっ。もう10年以上も前のことだから、一言一句が同じかどうかは自信がないけれど、私の大切な思い出の言葉よ。実技の授業の時、ルナちゃんも似たようなことを言ってくれたから驚いちゃったわ」


「それは……その……」


「きっとウジウジしていた私を見かねて言ってくれたのでしょうけど……それはともかく。ルナちゃんも自分で分かってはいるのよ。『気にしても仕方がない』って。でもどうしても『私なんか』って思ってしまうことはあるわ……人間誰しも後ろめたいことなんてあるもの。でも、あの子にとって私のそれは関係のないことだって思うと、なんだか前を向ける気がする……。ふふっ、今思うと単純よね。でもそれでいいって思えるようになったわ。だから私はいまでも頑張れるもの」


 ただ泣いている女の子を納得させるだけに言った僕の言葉が、彼女にとってそこまで大きな意味を持っていたなんて……。

 思わずマリアナさんの方を見ると、彼女も僕の方を見て微笑んでした。


「ルナちゃんにはそういう人……いるかしら? ルナちゃんが何に悩んでいるかは分からないけれど、ルナちゃん自身のことを『良いよ』って言ってくれるような人」


「私のことを良いと言ってくれる人……」


 マリアナさんの言葉を聞いて、アポロや両陛下の顔が思い浮かんだ。

 何より、孤児院時代のあの夜には、目の前のマリアナさん自身も言ってくれたことだ。


「ふふっ。思い浮かぶ人、いるみたいね」


「え、ええ……まあ……」


「ちょっと強引な考えかもしれないけど……その人達にとってはルナちゃんの悩みや後ろめたいことも含めて、ルナちゃんのことを『良い』って思ってくれているのよ。だから、ルナちゃんがいつまでも『私なんか』って思ってても仕方がないから、前を向いたほうがいいと思うの。その方が、ルナちゃんを『良い』って思ってくれている人たちへの恩返しになると思うと、なおさら前を向いたほうがいいと思えないかしら?」


「はは……なんですかそれは……」


 僕はマリアナさんにこんな事を言ったんだっけ……?

 なんだか『マリアナお姉ちゃんの前向き理論』というべきものに超進化してしまっている気がするんだけれども……。


「いいの、私はこれでなんとかしてきたのよ? 悩むことがいけないこととは言わないけれど、ルナちゃんもお姉ちゃんを見習って、何とかなると思って前向きになってしまいましょう? ふふっ」


 何とかなる、か……。

 なまじ『前の記憶』があって、使命を課せられた星導者で、王太子や何やらの立場があって、返したい恩がある僕にとっては、この学院に来るまでのことは全て『やらなくてはならないこと』として何事も理屈で考えて生きてきたので、マリアナさんが言う考え方は思ってもいないことだった。


 それで全て納得できるかというとそうではないのだけど、この優しいお姉ちゃんが僕に前を向いてほしくてこんな話をしてくれたのは僕にでも分かることだ。

 その気持を無視して悩み続けることは、それが『ルナリア』に向けられたものであっても、僕のことを『良い』と言ってくれるマリアナさんや他の人たちに対して申し訳ない。


 まだ初日なんだ……アイネさんとマリアナさんのことは、これからちゃんと考えていこう。

 僕に向けてイタズラっぽい笑みを投げかけてくれているマリアナさんを見て、『とりあえず』でも良いから今は前を向こうと、そう思える気がした。


「あら、少しはルナちゃんの助けになれたかしら?」


「ええ、そうですね……とても」


「ふふっ。それなら良かったわ。会ったばかりなのに偉そうにお姉ちゃんぶっちゃって、せっかく私を良いと言ってくれた子に嫌われちゃったらどうしようって思ってたもの。やっぱりルナちゃんは素直な良い子ね。よしよし」


 マリアナさんの手の温もりは不思議と心が落ち着くけれど、落ち着いたら落ち着いたで頭を撫でられているこの状況が恥ずかしくなってくる。


「……嫌われるとか、気にしないのではなかったのですか? もちろん、嫌ったりはしていないですが……」


「あら、ルナちゃんって意外と意地悪さんなのかしら? お姉ちゃんをからかっちゃ、『めっ』なのよ?」


「あはは……すみません」


「ふふっ」


 記憶にある懐かしい仕草をするマリアナお姉ちゃんを見て思わず僕が笑うと、マリアナさんも微笑みを返してくれた。


「さて……もうこんな時間なのね」


 ひとしきり笑い合っていた僕たちだったが、マリアナさんにそう言われて見ると、月の位置がだいぶ高くなってしまっている。


「今夜は思いがけずルナちゃんとお話できて嬉しかったわ」


「こちらこそ、マリアナさんのことをお聞かせいただいて……あと、私の悩みに良いお話をしていただいて、ありがとうございました」


「どういたしまして。また、良ければお話させてもらえるかしら?」


「もちろんです。マリアナさんは、いつもここに?」


「そうね……毎日じゃないけれど、晴れた日の夜には居ることが多いわね」


 つまりは、孤児院の時に僕らの習慣になっていたことを、今も続けてる……ということだろうか。

 僕は必要だから夜に出歩くけれど……マリアナさんは大丈夫なのだろうか。


 ……まあ、それもとりあえずは……また今度でいいか。


 僕はお姉ちゃん理論を実践してそう考えることにした。


「それじゃあお姉ちゃんは、そろそろお暇させてもらおうかしら。御機嫌よう、ルナちゃん」


「ええ。御機嫌よう、マリアナさん」


 あ……でもこれだけは『ルナリア』として、ちゃんと先に言っておかないと。


「マリアナさん!」


 丘を下りだしたマリアナさんの背に向かって声をかけると、彼女は律儀に立ち止り、こちらを振り返ってくれた。


「ルナちゃん?」


「私は、いくらマリアナさんが気にしないと言っても……貴女が嫌な思いをするのは見ていられません! だから、私は貴女の味方です! 理由は……ええと、その……お友だちとして、でもよろしいでしょうか……?」


 アイネさんのときとは違い、相手からお友達という言葉は出ていない。

 自分から言うのがなんだか恥ずかしいのと、ちょっと自信がなかったこともあり、思い切って口にした言葉に勢いが無くなっていってしまった。


「ルナちゃん……ありがとう!」


 恐る恐る見たマリアナさんの顔は……よかった、嬉しそうな笑顔だ……あれ? 笑顔のまま手招きされてる。なんだろう、なにか変なこと言ったか――――なぁっ!?


「も~~~! ルナちゃんったらかわいいんだからっ!」


「ふにゅっ!?」


 僕が手が届く範囲射程距離まで近づいた途端、運動が苦手とは一体何だったんだと思えるほど素早い動きで動いたマリアナさんは、僕の頭に腕を回してそのまま大きなお胸に導いていた。


「もちろんよっ! 私もそうなれたら嬉しいと思ってて、ルナちゃんにそう言ってもらえてすごく嬉しいっ」


「もがっ! そっ、それなら良かったですけど離してっ……むぐぅっ!?」


「だめよ♪ ふふっ」


 やわらかすぎる感触が顔面いっぱいに広がりジタバタともがくが、あの頃よりも身長差が無くなり僕の力が強くなっているにも関わらず、なぜか抜け出せない……!?


 結局、感極まったようなお姉ちゃんの愛情表現が落ち着くまでに、僕は何度も『溜まって』しまうことになるのだった。





――――――――――――――――――――――――――――――――

あとがき

お読みいただき、ありがとうございます。

少しでも「性癖に刺さった(刺さりそう)」「おもしろかった」「続きはよ」と思っていただけたのでしたら、「フォロー」「レビュー評価★3」をよろしくお願いいたします。

皆様からいただく応援が筆者の励みと活力になります!


本話で第一章は完結となります。

前回の告知通り、明日からいよいいよ物語が本格的に動き出す第二章へ突入いたします。

本日の夕方~夜には第一章完結時点の簡単な資料と第二章の特別予告を公開予定です。

※いつもの通常予告もそちらに掲載いたします。

引き続きお付き合いいただけますと幸いです。

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