021.輝光術実技の授業~これが普通の学生レベル?~


「はぁっ……はぁっ……! ごめんなさい……お、おまたせ……しました……」


 結局最後までグラウンドを走っていたマリアナさんが整列している生徒たちの中の自分の位置にたどり着くと、息を荒くしてその大きな胸を上下させながら言った。


「よし! よくやったぞエーデル! 最後までキッチリやり遂げることは大事だ」


 ごく一部のクラスメイトは『遅いわね』『いつまで待たせるのよ』といった空気を出している中で、セルベリア先生はちゃんとマリアナさんのことを褒めていた。

 顔を冷ましたいからといってさっさと先に走っていってしまった僕がすることではないかもしれないけど、目が合ったので僕も笑顔で手を振って労いを示した。


「よし! では本日の教練だが、前回言った通り、2学年最初の輝光術適正テストを行う! これは一定の基準を満たしているかどうかを確認する進級試験とは異なるもので、貴様らが第2学年の実技教練で伸ばす分野を決めるものである! よって、得意不得意に関わらず、【放出】【付与】【強化】【顕在化】の基本4適正のうち、わずかでも適正がある分野のテストには参加するように!」


『はい!』


「よし! では準備にかかれ! ……待てホワイライト! 貴様は残れ!」


「……? はい!」


 グラウンド脇に用意されたテスト用の器具らしい塊に向かっていくクラスメイトたちに混ざろうとしたら、僕だけ先生に呼び止められた。

 準備のやり方を教えてくれようとしていたアイネさんに会釈をして、改めて先生の前に立つ。


「よし。貴様についてはクレア……グランツ学院長から聞いている」


 先生はひとつうなずくと、先程までの張り上げるような声とは違い、僕にしか聞こえないような小声でそう言った。


「アイツにしては珍しく、随分と高評価だったぞ。『輝光術実技の授業では可能な範囲で手加減はしないように』と伝言まで預かっている。可能な範囲でというのはよくわからんが、アイツがそんな事を言うんだ、貴様の実力は確かなのだろう。……と判断したいところだが、教官としては自分の目で確認もせずに評価を決めるわけにはいかん」


「はい」


 クレアさんと旧知の仲らしいセルベリア先生も、クレアさんの感覚は評価しているらしい。ただ職務上、友人が言うことでも鵜呑みにするわけにはいかない、と。

 『可能な範囲で』というのは、『星導者としての力は使わず』ということだろうか。

 星導者の力は全く別のものだし、それを使わないなら『普通の輝光士』の範囲に収まる評価になるのかな?


「よって、適正に合わせたテストをキッチリ受けてもらうからそのつもりでいろ。……準備ができたようだな。生徒たちが戻ってくるから返事はいらない」


 先生の視線の先を追って振り返れば、何か的になるものを設置したり訓練用の剣や槍が入った箱を用意したりと、テキパキと準備を終えたクラスメイトたちが小走りでこちらに走ってくるところだった。


 僕はコクリと頷きで返すと、整列時の自分の位置に移動した。すぐに整列が完了し、セルベリア先生がまた声を張り上げる。


「よし! 前回より準備完了まで12秒は早くなったな! ではこれからテストを行うが、息を整える間に基礎の復習だ! そもそも輝光術とは何だ! ロゼーリア!」


「はい! 右胸の心結晶に蓄えた輝光力を『聖句』の詠唱によって変換し、奇跡を起こす力が『輝光術』です。その奇跡の起こし方は適正によって異なります。人には守護星があると言われており、その守護星との結びつきが強い者ほど、身体にもその特徴が現れます。例えば、私の目のような『星眼』がそれにあたります」


「よし! 模範的回答だな! しかし結局は『イメージ』と『反復』と『応用力』、それに『気合』だ! 必要な結果を最速で確実に発現できるようにしろ! もたもた詠唱なんぞしていたら実戦では何の役にも立たん!」


 先生がそう言うと、クラスメイトたちがざわついた。


「(気合とおっしゃられましても……)」


「(実戦っていっても、わたくしたちは経験なんてないですし……)」


「(戦争は終わったのでしょう?)」


「(相変わらず脳筋ッスねぇ……)」


「何か言ったかクーパー!」


「な、なんでもないッス! ……なんでアタシだけ……」


 怒られているミリリアさんが視界に入るが、僕は全く別のことを考えていた。

 それは、クラスメイトたちの反応だ。


 セルベリア先生が言っていることは、言い方は抽象的な部分があるけど、全面的に正しいと僕は思う。

 詠唱というのは『イメージ』の補助に過ぎないし、同じ術を使っているのに毎回結果が違うなんて不安定さは必要ないから『反復』して練習が必要だ。かといって『反復』することで『イメージ』が凝り固まってしまっては、教わったことしかできない伸び代がない術者になってしまうので、『応用力』を意識して常に新しい術に挑戦する。これは僕が見てきた輝光士が持っている共通の認識だし、『気合』というのは起こす奇跡が強いほど必要になる『その結果を起こすんだ』という意識の現れだ。


 たしかに今では、戦いのために輝光術を磨く必要は減ったのかもしれないが、どんな現場でも輝光士として必要になることは変わらないだろう。戦うことだけが『実戦』ではないのだから。


 それに対して否定的な反応を見せるクラスメイトたちを見て、言葉を飾らずに言うなら『この子たち、輝光士を目指しているはずなのに、将来大丈夫だろうか』と思ってしまった。


 チラッと横を見ると、アイネさんはコソコソ言っている女の子たちをどこか冷めた目で見ている。この国の将来を担う上位貴族の子女で主席の彼女は先生の言うことをちゃんと認識できているようで、僕はなんだか安心してしまった。

 ちなみにクラウディア皇女殿下はもっと酷く、その子達をゴミでも見るような目で見ていた。他にも何人かいるようなので、クラス全員が甘い認識を持っているというわけでもなさそうだ。


「では始める! まずは【放出】からだ! 適性があるものは席順で並べ!」


 まずは【放出】か。僕も並んでおこう。


 【放出】は輝光術の中で最も使える人が多い適正だ。ほとんどの生徒が並んでいる。

 文字通り輝光力を変換して体外に放つもので、【光球ライトボール】のように球形にして打ち出すものもあれば、収束させれば【光線レーザー】のように貫通力が高い攻撃手段になるものもある。僕がクロへのお仕置きに使ってるのもこれだ。殆どが攻撃やものを切断したりすることに用いられる。あまり知られていないが、熱を感じる光のイメージで発動すれば熱線などにもなる。


「よし! ではあの的に向かって放て!」


 あ、テストが始まるみたいだ。


 席順だから、最初は教室だと通路側の一番前にいる女の子。

 的から20mくらい先の指定された場所に立つと、向き合って一呼吸。呼吸を整えると彼女の右胸の心結晶がわずかに励起するのを感じる。

 …………詠唱はまだかな? それとも無詠唱にチャレンジしているのかな?

 あ、詠唱し始めた……。


「『我が守護星たる小杯座しょうはいざは第三主星……の第四惑星よ! 我が呼びかけに応え、奇跡を与え給え!』」


 うーん、こう言っては悪いけどマイナーな守護星のようだ。どんな星かは『分かる』けど。

 守護星を口にした辺りで、ようやく心結晶から輝光力が無形の力として彼女の身体を巡っていく。


「『我が願うは光の奇跡! 其が与えし恵みを力とし――』」


 懐かしいなぁ普通の詠唱。僕も最初の頃はそうだったっけ……。


「『――天を廻る星々の如く――』」


 …………。


「『――我が手に集いて――』」


 …………あ、ようやく彼女の手の中に光が集まった。


「【光球弾ライトバレット】!」


 ――バチンッ


 彼女が詠唱を完成させると、手の中で球形を取っていた光の塊が『ひゅ~』と目で追える速度で飛んでいき、円形の的の端の方にあたって弾けて消えた。的は鉄製とはいえ、わずかな焦げ目もついていない。


 え、ナニコレ。


 【光球弾】は【放出】に分類される輝光術の中の一番基本となる【光球】を少し難しくした程度の術だ。それなのに、詠唱に入るまでの準備も長ければ詠唱自体も長い。

 これが実戦だったら10回は死んでいる気がする。おまけに狙いも威力も甘い。小型で動きが遅い闇の獣がいたとして、それでも足止め程度にもならないだろう。


 いやいやいけない。さっき先生は少しでも適正があればテストを受けるように仰っていた。この子が【放出】が苦手なだけという可能性もあるし、僕も戦場での感覚が強く残りすぎているからつい戦いで考えてしまっているだけだ。


「モナさん! 一回で当てるなんて、さすがですわね!」


「ありがとうマチさん! マチさんも頑張って!」


 本人はなんだかすごく喜んでいて、友達らしき子とハイタッチまでしているけど、きっと僕が知らない女の子同士のコミュニケーションで『ごめんなさい、上手く出来なくて悔しいですわ』『その程度ではまだまだですわよ』とかそういう意味だろうきっと。多分。そうだと言って……。


 しかし僕の密かな願いは早々に打ち砕かれた。マチさんと呼ばれた次の女の子も、その次の子も……。長い準備時間、長い詠唱、甘い照準、イマイチな効果。そんな結果が何人も続いた。


 これはもう、確かめずにはいられない。

 僕は縋るような思いで、すぐ前に並んでいるアイネさんに声をかけた。


「(アイネさん……)」


「(何かしら?)」


「(すごく言い辛いのですが……ここ、輝光士女学園のSクラスですよね? 学院長からは実力主義と聞いていたのですが……いまテストを行った方々は【放出】が苦手なのでしょうか?)」


「(ルナさんの言いたいことは分かるわ……。でも残念ながら、今の子達の中には【放出】しか適正が無い子もいるわ。第2学年の進級試験はなんとか突破できたのでしょうけど、このままいくと第3学年への進級は難しいでしょうね)」


「(そうですか……)」


「(そういう感想を持つってことは、やっぱりルナさんはすごいのね)」


「(あっ、いえそんな……)」


「(くすっ。主席として楽しみにしてるわ)」


「(はは……お手柔らかにお願いします)」


 アイネさんのお陰で『あの子達はクラスでもあまり実力が高くない方』というのがわかり不謹慎ながら安心できたけど、皇女殿下みたいなことを言って期待されてしまった。


 アイネさんとこっそり話をしている間にも順番は進み、次に位置についたのは……マリアナさんだ。


「よし! 次……は、エーデルか。全員下がれ! 的の後ろ側に【光壁ライトウォール】を起動する! 」


 あれ、急に皆がドタバタと動き始めた。並んでいた子達も先生の指示で慌ててその場を離れると、まるで先生の後ろに隠れるようにしてまとまった。僕もアイネさんに手を引かれて合流すると、先生が輝光具を起動させた。


「【光壁】【起動アクティベート】! よし! いいぞエーデル!」


「は、はい……では……」


遠くにいる僕たちを不安そうに見ていたマリアナさんは、そういって的に向き合うと右胸に両手を重ねた。


「!?」


 その瞬間、僕でも驚く量の輝光力が溢れ出し、辺りを眩しくも優しい水色の光で照らした。


「『水星よ、我に光を。【輝光砲ブリリアントカノン】』」


 溢れ出るほどの輝光力を短い詠唱であっという間に収束させたマリアナさんが術名を口にすると、周囲一体が一瞬だけ水色の光で包まれ、次の瞬間には彼女の身長をも超える直径を持った極太の光線が照射された。


――ゴオオオオオォォォォ!!!


「くっ……!」


「「「キャアァァァーーッ!?」」」


衝撃が突風となって巻き起こり、いつの間にか先生自身も展開していた【光壁】にぶつかる。それでも衝撃が防ぎきれていないのか、後ろにいた女の子たちの一部が悲鳴を上げて座り込んでしまった。


「うっひゃぁ! 相変わらずマリねぇはすごいッス。どこにあんな輝光力が詰まってるッスかねぇ」


「どこってそれは……心結晶でしょ」


「おっぱいが大きいと、心結晶も大きくなるッスかね?」


「下品よ、ミリリア……。それにそこまで大きくなくたって強い力は得られるもの」


「アイねぇは努力の人ッスからねぇ。前より順調に育ってるッスよ?」


「ちょっと、ドコ見てるのよドコをっ!」


「アイねぇの並以上大盛り未満のおっぱいッス?」


「何よ! 私だって形には自信が……って下品よ!」


 僕はともかく、アイネさんは長い髪を抑えながら、ミリリアさんはツインテールをパタパタをさせながらも、爆弾が爆発したような光景を前に割と平気な様子だった。

 なぜか仁王立ちの皇女殿下も平気そうだけど。


 衝撃が収まると……自分で使った術の結果で起きていることのはずなのに、なぜかしゃがみ込んで頭を押さえるマリアナさんと、直線に抉れた地面、鉄製のはずなのに跡形もなく消し飛んでいる的……の影があった。


 成長しましたねマリアナさん……でもいつか、万が一、僕のことがバレてしまったとしても、それを僕に向けないでください……。そうならないように出来るだけ力になります……。


 僕は心の中でそう誓うのだった。


 その後、新しい的が設置され、【放出】のテストは再開される。

 順当に……とは個人的には言いたくないけれど、とにかくテストは進んでいき、アイネさんの順番になった。席順的に間にある皇女殿下とミリリアさんは【放出】はパスするようだ。


「よし! 次ッ! ロゼーリア!」


「はいっ! ……行ってくるわね」


「頑張ってくださいっ」


 指定位置に向かうアイネさんに返事をして見送った。

 主席であり、クラスメイトの実力について僕とアイネさんの実力が見られることに、ちょっとワクワクしている自分を感じた。


 そうして位置についたアイネさんは……次の瞬間には攻撃を放っていた。


 ――キィィンッ!


 放たれた半月状の光の斬撃が的の中央に当たり、金属特有の高く耳障りな悲鳴を響かせると、的が斜めに切断される。

 それを放ったアイネさんは、まるで剣を振り抜いた後のような姿勢からもとに戻り、こちらに戻ってくる。


 さすがに主席だ。これは僕も素直にすごいと思えた。

 切断力の高い光の斬撃を飛ばす【斬光波スラッシュウェイブ】を、剣を振る動作でイメージを補強し、無詠唱で実戦向きな速度で完成させている。威力も制御も申し分ない。


 でもなんだろう、何か引っかかるというかものすごく既視感がある。


「ロゼーリアさん、流れるような美しい術でしたわね!」


「ええほんとに! あの技、星導者様がよく使われたというものと同じなのでしょう? それを扱えるなんて、さすがは主席ですわ!」


 あ、一時期に僕がよく使ってた術だった。便利だもんね、うん。近接戦だと近くの敵を斬りながら後ろのやつも攻撃できるし、ちょっと『闇が濃い』相手にも牽制くらいにはなるし。

 正確には斬撃の光を高温にしたり円形に回転させていたりとちょっと違うけど、僕の戦いを見ていた人が頑張って【斬光波】をアレンジして真似たのだろう。

 輝光士の『応用力』が活きた結果だ。


「すごかったです、アイネさん!」


「ありがとう。くすっ、ルナさんにそう言ってもらえるとなんだか嬉しいわね」


「お世辞じゃないですよ?」


「あら、それならなおさら嬉しいわ」


 僕が素直に感想を言うと、アイネさんは喜んでくれたようで綺麗な笑顔をみせてくれた。


「はいはいッス、イチャイチャしてるところ悪いッスけど、次はルナっちの番ッスよ~」

「イチャイチャなんてしてないわよ!?」


「次! 最後は新入りか。ホワイライト! 位置につけ!」


「はい! ……行ってきます」


 顔を赤くしてミリリアさんとキャイキャイ言い出したアイネさんに声をかけて、僕は定位置に向かった。


 歩きながら、僕は何を使おうかと考える。


 クレアさん……学院長から『星導者の力を使わない範囲で手加減はするな』とお達しが出ている。しかし、一般の輝光術の範囲でも僕が実戦で多く使っていたものは、先程のアイネさんの【斬光波】ように知っている人や使える人がいるかもしれない。


 先程のアイネさんの【斬光波】は実戦向けのものだったから、それがこの授業では評価につながると仮定して……よし、アレにしよう。アレなら実戦向けだ。


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