020.輝光術実技の授業~お姉ちゃんに『わからせ』られた……~
「まぁ、ホワイライトさんが来られたわ。訓練着姿もステキね」
「スラッとしたおみ足がとてもキレイで……でも、どうされたのかしら。なんだか虚ろな目をされてるわ」
輝光士女学園訓練場。
200m四方はありそうなその広いグラウンドに校舎側から現れた僕らを見たクラスメイトたちが、またキャイキャイ言い出した。
もう、授業が始まる前から僕の精神力はゼロに近いんです。放っておいてください……。
不幸中の幸いなのか、訓練着……ブルマな体操服姿で肌色成分が増えたクラスメイトたちをみても、特にドキドキしたりということはないのは良かったけど。
「よし! 時間だ! 全員整列ッ!!」
僕らが到着してすぐ、先にグラウンドにいた実技の先生らしき片目に眼帯を付けた女性が、思わず背筋がシャキッとするような大声を上げた。
「危なかったわね。間に合ったみたい」
小走りに駆け出しながらそういうアイネさんに習って、僕も先生の前に並ぶ。どうやらこの並びも教室での席順のようだ。
「よし! 全員揃ったな! きぃをつけぃッ!!」
――ビシッ!
「礼ッ!!」
『よろしくおねがいします!』
「よ、よろしくおねがいします……?」
並ぶところまでは良かったが、いきなりの展開についていけず、僕の挨拶はキレイにハモる女の子たちとはちょっとズレてしまった。
なんというか、昔に見た軍の新兵訓練の現場みたいだ。
「今日は新入りもいるから、改めて自己紹介をしておく! 私はセルベリア! 元王国軍所属の輝光士だ! 見ての通り先の大戦時に左目をヤられてしまい、退役後にこの学院の実技教官となった!」
セルベリア先生……教官?は、短めの金髪に左側だけ長い前髪、高身長で鍛え上げられた筋肉質の身体。タンクトップにホットパンツという動き安さ重視の格好で、ぶっちゃけ下につけてるブラジャー(スポーツタイプというんだっけ?)がはみ出て見えてしまっている。またなぜか首からは軍時代のものなのか認識票……いわゆるドッグタグをぶら下げていた。なかなか『ワイルド』という言葉が似合う大人の女性だ。
「新入りィッ!」
「は、はいっ!」
「見たところ貴様はこの学院の生徒らしいお嬢様のようだが、私の教練では、淑女であることは忘れろ! イッパシの輝光士になるために最善を尽くせ! たとえアイツの肝入りであろうと、私は容赦せずビシバシいくからなっ!」
「はっ!」
アイツ……?
「(セルベリア先生は、学院長と旧知の仲だそうよ)」
なるほど。アイネさんありがとうございます。
「よし! 新入り、名を名乗れッ!」
「はっ! ルナリア・シール・ホワイライトであります! 教官殿!」
「……意外とノリがいいな貴様。妙に様になってるのが見た目に似合わんが」
「……えー……」
そこで
「まぁよし! では本日の教練を開始する! まずはいつも通り準備運動だ! 体格が近いもので二人一組になり、柔軟体操! その後に【強化】なしでグラウンド5周! かかれッ!」
『はいっ!』
先生の掛け声を合図に、クラスメイトの女の子たちは席順で並んでいた位置から動き始める。これまでの授業で既に組んだことがある子同士で……といったように見えるけど、そうなると僕はどうしたら……?
「ごめんなさい、ルナさん。私の背だとルナさんとは合わないから、誰か他の子に当ってみてちょうだい」
「いえ。わかりました」
顔に出ていたのか、助けを求めようとしたアイネさんはそう断ると別のところに行ってしまった。
他の子といっても、僕が今このクラスで話したことがあるのは……ミリリアさんはアイネさん以上に身長が違いすぎるし、クラウディア皇女殿下は……準備運動をしないでもう走りに行ってしまった。元々殿下に頼むのは厄介事になりそうだから止めたほうが良かったかもしれないけれど。
こ、これが噂の『二人組作って』から溢れる者の気持ちってやつなんだろうか……。
そんなことが頭によぎっていると、みんなそれぞれ組んで散らばっていき、残されたのは僕だけ……ではなく、どこか俯いた様子のマリアナさんがいた。
その様子は気になったが、マリアナさんの身長なら今の僕と釣り合いが取れるはずだと思い至り、僕はマリアナさんのほうに歩み寄る。
「エーデルさん、良ければ私と組んでいただけませんか?」
「ホワイライトさん……? でも、私で……良いのですか?」
マリアナさんは一瞬だけ顔を輝かせたが、その後は何かを躊躇うような暗い顔になってしまう。
「もちろんです。エーデルさんなら私とそう身長も変わらないでしょうし、何か不都合がありましたか……?」
「た、確かに背はそうですけど……私、運動が苦手で、いつも迷惑をかけてばかりで……ホワイライトさんみたいにスタイル良くないですし、地味だし、重たいし……」
マリアナさんは後ろ向きな言葉を重ねるごとに、どんどんと俯いてしまい、長い前髪で顔を隠してしまった。
どうしたのだろう……僕が知る『マリアナお姉ちゃん』は、いつも僕をグイグイ引っ張っていくような女の子で、いつも笑顔で明るかった覚えがある。でも今の『マリアナさん』は、引っ込み思案で自分に自信がなく、それどころか自分自身を貶めているかのように振る舞っている。
先程の授業でミミティ先生を抱きしめているときは、『ああやっぱりマリアナお姉ちゃんだ』と思えるような様子だった。
そうなると、彼女が全くの別人のような性格になってしまったわけではなく、こんな振る舞いをする原因があるはずで、僕はそれがとても気になった。
気になったと同時に、暗い顔をするマリアナさんをなんとかしてあげたいと思った。
……今の僕がそんなことをしたとしても、『やくそく』を守れなかった罪滅ぼしにもならないかもしれないけれど。
「重くなんてなかったですよ。ほら、さっきも全然大丈夫でしたし」
僕はなるべく気楽に感じてもらえるよう、笑顔でそう言った。
それとお姉ちゃんや、そのお胸を地味と申しましたか。スタイルだって、胸が強烈に目立っているだけで悪くないでしょうに。
「それは……そうでしたけど……」
「人には得手不得手があります。ご自分や他人がエーデルさんのことをどう思っていたとしても、私がエーデルさんとご一緒したいと思ったのですから、気にしなくても良いのです」
「貴女が良いと思ってくれるなら……他は気にしなくても良い……?」
「ええ、そういうことです。それに、私は今日の授業が初めてです。お恥ずかしながら授業で行う準備運動というのもよくわかりませんので、教えていただけないですか?」
「私が、教える……?」
ピクリと、髪で隠れた耳が動いた。
「はい。今後の実技の授業でもご一緒したいですし、頼ってしまってもいいですか?」
またピクリ。
お姉ちゃん大好きワード『教える』『頼られる』に食いついたようだ。
「……わかりました、ホワイライトさん。私、こんなんでも皆さんより年上ですし、ホワイライトさんが良いと言ってくれるなら、ぜひ頼ってください」
少しでも『僕』を思い出させるようなことは危険な気もするけど、その結果として顔を上げたマリアナさんの表情から暗いものが消えていたので、ここはよしとしよう。
『こんなんでも』とちょっと暗いのが抜けきっていないのは、今は仕方ない。
「ありがとうございます、エーデルさん」
「マリアナで良いですよ」
「わかりました、マリアナさん。これからよろしくお願いします。私も名前で大丈夫ですので」
「なら……ルナ、ちゃん? ふふっ。なんだか妹ができたいみたい」
「ちゃん……」
なんだか小っ恥ずかしいけど、喜んでいるマリアナさんを前にして止めてくれとは言えなかった。
「ゴホンッ。早速ですが、始めましょう。まずはどうすればいいですか?」
「そうね、ええとまずはそれぞれ手を取って――」
マリアナさんに教えてもらいながら、向かい合って両肩を組み同時に身体を前に倒したり、開脚して身体を前に倒すのを手伝い合ったり、背中合わせになって相手を持ち上げて背中と腰を伸ばしたりと、いくつか体をほぐすようなことをした。
それらが終わったときには、僕はある意味でヘトヘトだった。
肩を組んで身体を前に倒したときには重力に引かれて揺れるマリアナさんのソレの大迫力さを超至近距離で見てしまい。開脚したマリアナさんの身体を押すときには、まずうなじに色っぽさを感じてしまい、思った以上に『ぺたん』と身体を倒したマリアナさんのソレが地面と身体に挟まれて形を変えるのを見てしまった(大きいと背中側から見ても体の幅よりはみ出て見えることを知った)。背中合わせのときには、訓練着越しに伝わる暖かさと女の子特有の柔らかさにやられた。
この短時間で3回は『溜まって』しまったようだ……。
僕自身はそんなにウブなつもりではなかったのに、それは嘘だとマリアナお姉ちゃんに『わからせ』られてしまった。
あー、顔に当たる風が気持ち良い……。
「こらぁお前ら! 後から走り出した新入りにもう抜かれてるぞ! シャキシャキ走れ! シャキシャキッ! 呼吸を意識しろっ!」
『は、はいっ!』
「はぁっ……はぁっ……ルッ、ルナさんっ……はやっ……」
あ、しまった。
元々どれくらいの速さで走るのかを知らなかったのに、考え事をしていたことと、熱くなった顔に当たる風が気持ちよくて、つい普通に走ってしまっていた。皆が遅いわけでは無いと思うけど、僕のせいでセルベリア先生から激が飛んでしまった。既に何人も周回遅れにしてしまっている。
それからは周りにペースを合わせたため再び激が飛んでくることはなく、僕は一足先に走り終わった。
ちなみにマリアナさんは『運動が苦手』と言っていた通り、頑張って走っているのは分かるんだけど他の子にも周回遅れにされてしまっていた。
意外だったのは、ちょこまかと動いている印象があるミリリアさんが、長距離走は苦手そうにしていたことだ。
……きっと2人とも走りにくいのだろう。僕はそっと目をそらしながらそう思った。
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