第110話 クラン

「なぁ。少しいいか?」


 バロンが昼食を食べ終わった後俺に話しかけてきた。


「ああ。いいよ。2人だけでか?」


「頼む。少し付き合ってくれ」


 俺はバロンに連れられて離れた体育館に来た。


「マルス。【黎明】の強さは異常だ。そしてその全員がお前を一番強いと認めている。お前の本当の実力を俺に見せてくれないか? このままだと本当の差が一生分からない気がして……頼む!」


 バロンが頭を下げて俺に頼み込んできた。


「ああ。別に構わないよ。だけど全力は出せない。本当は見せてあげたいんだけど親友を殺したくはない。俺が全力を出せるのは1人の時かクラリスと2人の時だけだ。だけど俺の本当のスタイルを見ればバロンも納得してくれると思う」


 バロンはあまり納得していなかったが、俺の真剣な表情を見ると頷いてくれた。


「で、どうすればいい?」


「少しずつレベルが高い攻撃を見せてほしい」


 うん……難しいな……


「分かった取り敢えず俺の体に負荷のかからない程度の今俺ができる最速の動きをするから目で追ってみてくれ」


 俺は風纏衣シルフィードを全力展開してバロンの周りを駆けまわった。バロンの目の前に出てはすぐに背後をとったり……バロンはすぐに俺を追えなくなっているようで


「な、これは……この風は……風魔法か!? 確かマルスは火魔法専門だったはずでは?」


 風纏衣シルフィードを解きバロンの前に立つと


「実は俺も四大魔法使いなんだ。得意魔法は風。そしてさらに言うと俺は後衛の魔法使いなんだ。まぁ剣術もできるから前衛もできるけど得意なのは魔法だ。そしてさらに言うと俺は風王の称号を持っている」


 バロンは金魚みたいに口をパクパクさせている。


「け、剣聖と呼ばれているのに魔法使いだと?……」


「まぁそう言う事なんだ。これで確実に俺の半分は教えた。もう魔法の授業が始まってしまうから一緒に戻ろう」


 俺がそう言うとバロンが


「とても身勝手かもしれないが……俺たち【創成】を【黎明】のクランに入れてくれないか? A級冒険者になりたいんだ……ドミニクもミネルバも賛成してくれている。むしろ2人は入りたがっているようにも見える。ただ俺がつまらないプライドを持っていたせいで打診が遅れてしまったのだが……」


 バロンが唇を噛み締めながら言った。


「もちろんいいさ。俺もできれば一緒に組みたかったし。だけど俺はクランというものが今一つ分かっていない。パーティとどう違うのか今度教えてくれ」


 よし! ミーシャのおかげでバロン達を仲間にすることができた。【創成】にはライナーとブラムにバックアップをお願いしよう。



 午後になり魔法の授業かと思いきやライナーとブラムも一緒だ。


 より実践的な授業を行うためにこれから武術と魔法の授業は一緒に行うようだ。


 先生たちが、Sクラスのメンバーがどのくらい成長したか見たいとの事だったので、まずはエリーとミーシャが試合をすることになった。


 もちろん場所をかなり広い体育館のようなところに移してだ。


 普通であれば追いつけるはずのないエリーの動きに、ウィンドを自分にぶち当てて追いすがる暴走エルフの様子を3人の先生とバロン、ドミニク、ミネルバの【創成】メンバーも驚く。


 それでもエリーの優位性は揺るがない。アイスランスを簡単に躱し視線はミーシャから逸らさない。真正面からエリーを倒すにはまだ実力が伴っていないのでミーシャがついに諦めて試合終了となった。


「やっぱエリリンには勝てないよぉ。でも少しは近づいたと思わない?」


 ミーシャがエリーに対して聞くと


「……ミーシャ……凄く強くなった……」


 エリーが素直に認めた。その一言でミーシャは大はしゃぎだ。


 場の空気がフリーズしているところで今度は俺とカレンが試合をすることになった。カレンが俺を指名してきたのだ。


「一度マルスを鞭で打ちたかったのよね」


 カレンが炎の鞭をしならせ、笑みを浮かべながら怖いことを言ってきた。するとサーシャが


「カレン……ここは学校よ? そういうプレイは戻ってか……大人になってからにしなさい?」


 やっぱりそう思うよね。男性陣も皆生唾を飲み込みながらカレンを見ている。


「ち、違うわよ! 私はマルスからこの鞭をもらってちゃんと戦っているの! 私には鞭の才能があるってマルスが言うから!」


 カレンは鞭をバシバシ地面に叩きつけながら声を荒げた。どう見ても怒った女王様にしか見えないのは俺だけだろうか?


「わ、分かった。カレンとマルスの試合を始めよう」


 ライナーがそう言うとカレンが早速鞭を俺に振ってきた。俺はギリギリで躱そうと鞭の射程の範囲外に出るのだが……


「痛っ!」


 何故かカレンの鞭がギリギリ届く。みんな俺が当たるわけが無いと思っているから、わざと当たっていると思っている。クラリスの冷たい視線を感じる……


 こ、これは本気でやらねば俺の信用問題にかかわる。未来視ビジョンを使ってカレンの鞭の攻撃を予測する。すると俺が予測していた軌道よりも未来視ビジョンの結果の方がリーチが長い……なんでだろう……そう思ってカレンを見ると鞭の持ち手の位置が変わっていた。


 カレンは攻撃する前は鞭を短く持ち、攻撃中に鞭を長く持ちかえる事で俺の攻撃予測を欺いていたのだ。


 カレンの鞭の最大の弱点は鞭を打った後だ。遠距離攻撃は出来ないとはいえ、カレンの鞭はかなり長い。だから1回でも躱せれば次の攻撃が来るまでに時間がかかる。


 本来はその隙をカレンの周囲を飛んでいるファイアボールが埋めるのだが、魔力眼とウィンドでカレンのファイアボールの発現を封じ込めている。俺はその隙にカレンの近くまで近づきカレンが鞭を持つ手を握った。


「はぁ。やっぱり負けたけど私にしてはよくやったと思うわ。やはりこの鞭を極めるのが強くなる最短ルートなのかも知れない」


 カレンはとても晴れやかな表情でそう言った。先ほどカレンに注意をしていたサーシャもカレンの鞭捌きに驚いている。


 その後はバロンとドミニクが戦って先生たちを唸らせた。今回クラリスとミネルバは出番がなかった。ミネルバもいい才能を持っているのにまだ気づいていないのが勿体ない。今度しっかり教えてあげよう。


 俺がミネルバを見ながらそう思っていると隣に居たエリーが


「……次……ミネルバ?……」


 不安な表情を浮かべて聞いてきた。ある意味次はミネルバなんだが絶対に違う意味だ。


「違うよ……ただミネルバは才能をまだ開花させていない。カレンの鞭術のようにミネルバにも得意なものがあるから今度教えてあげようと思ったんだ。これから一緒のクランになるしね」


 俺がそう言うとクラリスが


「一緒のクラン? どういうこと?」


「さっきバロンが俺の本気を見たいと言ってきたので、俺が魔法使いである事、そして四大魔法全て使えて得意魔法は風という事を教えたんだ。そしたらクランを作って一緒のクランにしてくれって」


 俺がクラリスにそう答えるとクラリスが嬉しそうに


「そう! そうなるとミネルバも仲間になるのね! ミネルバは女子で唯一【黎明】じゃないから気になっていたのよ」


 良かった……5人目とか言われないで……



「みんなこの一か月で凄いレベルアップしているわね。特に【黎明】の何人かはもう私を超えているかもしれない。ライナー信じられる?これでも私はB級の中位くらいはあるのよ?」


 サーシャがそういうとライナーが


「以前に俺とブラムは2人がかりでマルスに負けたからな。それにしてもエリーの動きは凄いな。これで序列3位とかありえないだろう。昔のバーンズよりも動きは速いぞ」


 ライナーがそう言うとエリーがその言葉を聞いて


「……パパの事……もっと教えて……」


 ライナーはバーンズと一緒にこの学校を卒業した事、バーンズが序列1位でライナーが序列2位だった事。それに昔のバーンズの武勇伝をエリーに聞かせた。


 結局今後の教育の仕方を考えるという事で先生たちは一旦出ていき、午後は自習となった。


 俺はバロンとドミニクを相手に剣の稽古をすることにした。2対1での戦闘は二刀流の訓練にはもってこいだった。


 他の生徒たちも何人かで訓練をしていたが、自習の時間が終わりを迎えようとした時に3人の先生とリーガン公爵が部屋に入ってきた。リーガン公爵が俺たちの自主練習を少し見てから


「皆さんにお話があります。手を休めて聞いてください」


 リーガン公爵がそう言うとみんな手を止めてリーガン公爵の方を見た。


「あなた方は1年生にしてかなりの実力を持っております。中にはライナー、ブラム、サーシャが教えることがもうないという生徒も何人かいます。

そのため異例ではありますが、【黎明】につきましては、数日後から指名クエストをこなして頂こうかと思います。武神祭につきましては、大変申し訳ございませんが今年は欠席で。来年以降は武神祭に出られるようにこちらでも日程を調整します」


 5年生の実力と言うのを見ておきたかったのにな……


「早速ですが、【黎明】はイザーク辺境伯の指名クエストを受けてもらいます」


 リーガン公爵がそう言うとバロンが


「リーガン公爵! 僕たち【創成】も一緒にお願いします! 僕たち【創成】は【黎明】の作るクランに参加する事になりました! このままだと僕たち3人はSクラスで取り残されてしまいます!」


 必死にバロンがリーガン公爵に頼み込む。リーガン公爵は先生たちを見て俺の方を見てきたので、黙って頷いた。


「わかりました。それではバロンたち【創成】も同行を許可します。ただし【創成】が参加するには条件があります。それはライナーとブラムも一緒に同行する事。いいですか?」


 お! 思いもよらないところから名案が出たな。リーガン公爵は【創成】が実力不足という事を認識したのであろう。


「はい! ありがとうございます」


 バロンが綺麗に腰を折ると


「キザールもこうなって欲しかったのですがね……カレン。キザールの事はこちらで面倒を見ます。あなたは何も気兼ねする事なく行ってください。マルス。明日校長室に来てください」


 リーガン公爵が微笑みながら言うと、先生たちと一緒に体育館から去っていった。先生たちが体育館を出るのを見るとミネルバが


「本当に【黎明】のクランに参加できるの?」


 そうかバロンはまだドミニクとミネルバに話していないのか。


「ああ。クランを作る事になった。だからミネルバもドミニクもこれからは同じクランメンバーだ。みんな改めてよろしく頼む」


 午後の授業が終わり俺たちはリーガンの街に出て宴会をすることにした。

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