第76話 武術の部

「いやー圧倒的じゃないか! 後は問題の武術の部か……北の勇者のバロン君と剣聖ドミニク君の強さは分かるが……」


 フレスバルド公爵がそう言ってこちらの方を見てくる。


 ジークお父様が俺に向かって何か言えと目配せしてきたので、弟たちの対戦内容を説明しようと


「失礼ながらフレスバルド公爵。お耳に入れたいことがあります。これは私も聞いただけの話ですが……入学試験の時にクラリスとドミニク君で試合を行ってクラリスが圧勝。その入学後にマルスとバロン君が戦ってマルスが勝ち、クラリス、エリーもそれぞれバロン君に勝って今の序列となっております。またマルスに関しては確実に僕よりも強いのは確かです。どうかこの3人に関してはご安心して観戦いただければと思います」


「そうか、そうだな。まぁこの戦いを見てからでも我々の関係を築くのは遅くはあるまい……」


 フレスバルド公爵はそう言ってお父様やビートル伯爵、ランパード子爵に目線を配った。


 マルス絶対に勝てよ! 手加減はするな!



 ☆☆☆


 武術の部が始まり俺たちは決勝まであっさり行くことが出来た。


 問題なのはセレアンス王立学校と戦った学校の生徒達だ……全員このままでは後遺症が確定してしまうレベルの傷を負わされていた。


 参ったと言えない……言おうとすると殴られて言葉が出ない……まさに生き地獄という戦いがずっと展開されていた。



 だからセレアンス公爵は魔法の部を終わらせてから武術の部を開催しようとしたのか……



 例年通りだと武術の部の仕返しが、魔法の部の生徒に来てしまうからそれを嫌って最初に魔法の部を終わらせたのか……



 コロシアムも異様な雰囲気となり、獣人族以外の種族が「獣人を殺せ!」など過激なことを口走っていると獣人族は「弱い奴らは生きる価値がない」と言って煽る。


「凄い雰囲気だね……なんかやり難くなってきたな……」


 俺がそう言うとクラリスも


「えぇ。私たちが完全にホームって感じなんだけど……なんだろう。観客たちから求められている物が違うというか……」


 そう、観客たちはセレアンス王立学校の獣人が殺されるのを望んでいるのだ。


 するとバロンが


「俺たちは今まで通り、目の前の敵をただ倒せばいいだけだ。余計なことは考えなくてもいい。相手も強敵だ。楽しもうではないか」


 確かに相手も獣人だからかなり強いのは分かっている……そして相手は全員獅子族の黒獅子だ。


 が、1人を除いてはバロンよりも強い者なんていなかった。


 まぁバロンは北の勇者と呼ばれているくらいの人物だからリスター連合国内でバロンより強い奴らがゴロゴロいたらたまらん。


 その1人も絶対にバロンには勝てない。


 理由は先鋒戦で分かるだろう。


 そして武術の部の決勝が異様な雰囲気の中始まった。


 場内アナウンスで選手のコールが始まった。


 先鋒の獣人の名前がアナウンスされるとコロシアム内からは大ブーイングの嵐だった。


 そして俺たちの先鋒はドミニクだ。


 するとウグイス嬢らしき人がアナウンスをした。


リスター帝国学校の先鋒はデアドア神聖王国の剣聖と呼ばれ、リスター帝国学校序列……あれ? 6位? ……ドミニク・アウグス!」


 完全にリスター帝国学校がホームになっているのは分かるよ……だけど中立じゃないとダメな人たちまで我らがって……1回戦と準決勝では名前しか呼ばれていなかったのに……


 ドミニクと獣人との戦いは拮抗していた。


 獣人もそれなりには強い……が、俺たちと獣人たちとの決定的な差がある。


 それは装備だ。獣人たちはステータスこそ高いが装備が揃っていない。


 それに対してこちらの装備はB級冒険者クラスの装備をしている。


 ドミニクだってデアドア神聖王国の剣聖と呼ばれていた為、デアドア神聖王国内の良質な装備をしている。


 これが先ほどバロンが対戦相手の獣人の誰にも負けない理由だ。


 対して獣人は基本的に武器を装備しない。体一つで戦う。


 黒い三狼星やエリーが稀であってほとんどの獣人はバーンズのように体術オンリーで攻撃を仕掛けてくるのだ。



 ステータスがほぼ互角、スキルも互角であれば装備が強いほうが勝つ。


 それにホームの利というのもある。



 ドミニクは相手の獣人が「参った」と言ったので、剣をしまい踵を返した。


 そしてウグイス嬢がドミニク勝利のコールを告げようとした時になんと参ったと言ったはずの獣人がドミニクの背中を襲ったのだ!



 当然ドミニクは防御が出来るわけがない。


 背中から襲われるとやられる一方だった。


 すぐに「ストップ」の指示があったが、獣人は攻撃をやめない。



 コロシアムの係員に取り押さえられてようやく獣人の攻撃が止んだ。


「ちっドミニクのやつ油断しやがって!」


 バロンがそう言いながらドミニクの所へ向かっていく。


 俺もバロンの後を追う様にドミニクの所へ向かった。



 ドミニクは集中的に利き手の右腕、右手がやられており、完全に右腕と右手の神経がやられていた。


 ローレンツはセレアンス王立学校側と主催者の学校側に異議を申し立てると、ドミニクを襲った獣人がとんでもない事を言い出した。


「臆病風に吹かれて逃げようとした奴を攻撃して何が悪い?」


 この言葉にバロンが


「お前が参ったと言ったからドミニクは剣を鞘に収めたのだぞ!」


「はぁ!? 冗談でも俺がこんな奴に降参するかよ! 俺は参ったなぁ。蟻んこ踏み潰すのに予定よりも時間が掛かってしまったと言っただけで、お前らが都合よく参ったしか聞いてなかっただけじゃねぇか」


 獣人とバロンの口論は激しくなっていく。


 俺とクラリスはその会話を聞きながらタンカで運ばれていくドミニクの方にいった。


 まずい、どうやら医務室に向かうらしい。


 医務室に行ってしまうと、俺とクラリスの神聖魔法が使えない。


 みんなにバレてしまうからだ。



 ドミニクはタンカで運ばれながら左腕で顔を覆って泣いている。


 もう自分の右腕が動くことは無いと分かっているのだろう。


 そして左手に持っていたドミニクの疾風の剣を俺に渡そうとした時に力が入らないせいかドミニクが落としてしまった。


 俺はすぐに


「あの剣はドミニクの魂です! 拾ってあげてください。僕たちでドミニクを運びますので!」


 するとタンカを運んでいたうちの1人が剣を拾うと今度はアイクがやってきて、


「コロシアムの観客席でいざこざがあり、けが人が出ている。お2人はそちらに向かってください。ドミニクは僕たちが責任を持って医務室に連れていきますので!」


 と言ってタンカを運んでいたもう1人を観客席の方に追いやった。


 ナイス! アイク! するとアイクが俺に向かって言った。


「マルス! どうする?」


「当然治します! しかし後遺症が残らない程度にしようかと。ドミニクいいか? お前の右手は治る! だから安心しろ! だが体の致命傷でない傷は治さないからな。許してくれ!」


 俺はヒールをドミニクの右腕、右手にゆっくりかけていく。


 するとドミニクの右腕が少しずつ動くようになっていった。


 ドミニクの顔が驚愕の表情から安心した表情に変わっていった。


「ドミニク。もう右腕、右手の違和感は無いか?」


「あぁ……ありがとう。マルス。お前は俺の命の恩人だ」


「仲間だから当然だ。それより今のことは内緒にしておいてくれ」


「当然だ……絶対に口外はしない……命に代えても秘密は守る」


 ドミニクの声は完全に涙声だった。俺たちはドミニクの顔を見ないようにした。


 何故だって? 勝者が流す涙は嬉し涙だろ? 俺は勝者のこんな顔を見たくはない。



 俺とクラリスはドミニクを医務室に連れて行くとすぐにコロシアムに戻った。


 アイクはドミニクに付き添ってくれた。


 会場は騒然としており、観客席からセレアンス王立学校に対して罵詈雑言がやまない。


 そして試合はストップしていた。


 俺はバロンとエリーに向かってドミニクの無事を伝えた。しかしバロンは


「ドミニクの右腕はもうだめだ……命が助かってもあれでは……」


「いや、ドミニクの腕は大丈夫だった。しっかりと動いていたし剣も握れていた。きっと痺れていたかなんかで一時的に動かなかったのだろう」


 俺がそう言うとバロンがこっちを見て唾を飛ばしながら言う。


「本当か! 右腕、それに剣を握ったという事は右手も大丈夫なのか!?」


「ああ。俺だけじゃない。クラリスも見ている。な、クラリス?」


「ええ。本当よ。ドミニクは後遺症が残るような怪我はしていないわ」


 それを聞いたバロンは闘技場内に降りてきているリーガン公爵の所へ行きなにやら、話し始めた。


 そしてリーガン公爵が頷くとバロンはこっちに帰ってきた。


「どうした?」


 俺がバロンにそう言うとバロンが


「ドミニクは無事だから、このまま試合を続行してくれと。ただどうしてもドミニクは負け判定らしい。試合終了のコールがされるまでは絶対に気を抜くなよ!」


 バロンが、俺とクラリスとエリーに向かって言う。


 俺たちは当然とばかりに頷く。


「皆さま大変お待たせ致しました。ただいまの試合ですがセレアンス王立学校の勝ちでよいとリスター帝国学校からの申し出がありましたので、勝ちをセレアンス王立学校に譲ってあげることに致しました。寛大なリスター帝国学校に拍手を!」


 この言葉を聞いた観客たちから歓声と大ブーイングがこだました。


「さて次は次鋒戦となります!」


 ウグイス嬢のアナウンスが始まり、また簡単に……いや憎しみを込めて獣人の次鋒の案内をする。観客席からは「殺せ」「死ね」の嵐だ……


「そして我らがリスター帝国学校の次鋒は……あれ? 間違ってないよね?……え? 嘘?……」


 ウグイス嬢が困惑した顔でこちらを見る。


 多分あれの事か……バロンが頷くとウグイス嬢が


「序列4位我がリスター連合国の勇者……バロン・ラインハルト!!!!!」


 すると会場から驚きと大歓声がこだました。


 これには相手のセレアンス王立学校側も驚いたようでバロンが序列1位で、大将戦で出てくると思っていたらしい。



 獣人とバロンの戦いは一方的だった。


 ステータス、スキル、装備に勝るバロン相手に獣人が勝てるわけがない。


 そしてバロンは獣人が距離を取り仕切り直そうとすると魔法で攻撃をし、獣人をじわじわいたぶっている。



 武術の部と言えど魔法が禁止という訳ではない。


 ただ近距離で魔法を使うと発現させるまで止まらないといけないから使うものが居ないだけで使ってもいいのだ。


 現に他の学校で身体強化魔法を使っている奴らも何人かいたし、武器に魔法を付与エンチャントしている奴らも何人もいるのだ。



 それでは魔法の部と武術の部の何が違うかと言うと魔法の部は50m以上離れたところから攻撃をしあう。


 武術の部は30m以内の限られた範囲で戦うという事である。



 もう勝ち目がないと悟った獣人は「参った」と言うと、バロンは事もあろうか剣を鞘に納めて踵を返した。


 これではドミニクと同じではないか!


 やはり獣人はバロンを背後から襲う。


 ………

 ……

 …


 あれ? 獣人の動きが止まっている……よく見ると獣人の足元がコロシアムの地面から飛び出した石の槍に貫かれていて、身動きが取れないらしい。


 バロンは後ろから襲われた時に地面からストーンスピアの魔法を唱えたのだった。


 流石土魔法適正に土魔法装備だ……


 身動きが取れない獣人に向かってバロンはファイアを唱えた。


 獣人は基本的に火魔法に弱く、勢いよく燃え上がった。これは風魔法で空気を送ってファイアの燃焼を助けているのであろう……


「参った! 降参だ! 助けてくれ!」


 獣人がそう言ってもバロンはやめない。そして一言


「試合終了のコールがあるまでが試合ってことでいいんだよな?」


 バロンは容赦なく獣人を燃やし続ける。


 そしてウグイス嬢は絶対に試合終了のコールをしない。


 するとセレアンス王立学校側が大量の水を獣人にぶっかけて


「参った! 降参って言っていただろう!? 聞こえなかったのか!?」


 怒鳴り散らすと、バロンが


「いや、またいちゃもんを付けられるのが嫌だったので試合終了のコールを待っていただけだが? 第3者の手が入ったという事は我々の勝ちでいいってことだよな? そうでなければまだ試合終了のコールがアナウンスされていないから俺はこいつと戦わねばならないんだが?」


 水をぶっかけに来た獣人が悔しそうな表情をし、負けを認めた。


 バロンに燃やされた獣人は体の約半分の50%を火傷していたが、死んではいなかった。


「勝者バロン・ラインハルト!」


 物凄く遅い勝利アナウンスにバロンは右手を上げると観客席から今日1番の声援が送られた。

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