第47話 手紙

「ジークさん! マルスから手紙が来ましたよ!」


 俺はその言葉にすぐに反応した。


 2か月前にイルグシア迷宮の1層の壁の中に入っていってしまったマルスから手紙がくるなんて信じられない。


 絶対に迷宮のどこかにいるものだと思っていた俺たちは徹底的に迷宮内を探していた。


 バンが機転を利かせて水晶をマルスに渡してくれたのだが、まさか迷宮の外に行っているとは思わなかった。


 水晶が反応しないのは壁の中で水晶が壊れてしまったのだと思っていた。



 俺はバンから手紙を受け取るとすぐに書斎で封筒を確かめた。


 差出人がマルス・ブライアントとなっている。


 ペーパーナイフで封蝋を切ろうとすると違和感があった。


 どうやらこの封筒は一度開封されているらしい。微妙に開封された跡があった。


 封筒の中には計6通の手紙が入っていた。


 3枚はマルスからの手紙で、もう3枚は違う人物からの手紙らしい。



 俺はマルスの手紙から読んだ。


 なんとマルスはザルカム王国の東端のグランザムという街に転移してしまったというではないか。


 戦争中の敵国に転移してしまうなんて何という事だ。


 ただ、マルスの手紙には悲壮感はなかった。


 しかしどこか違和感はあった。


 俺はその違和感を心にしまい、手紙を読み進める。


 街の人々と打ち解けており、領主であるビートル伯爵に保護されているという。


 そしてこの手紙もビートル伯爵の厚意によって届けてもらっていると書かれていた。


 またこの手紙を早馬で送った1週間後にイルグシアに向けて出立すると書いてあった。


 費用もすべてビートル伯爵が捻出してくれるとの事だ。


 俺は心の底からビートル伯爵に感謝した。



 そして2枚目の手紙を読んだ。ビートル伯爵からの手紙だった。


 マルスがクラリスと言う少女と恋仲であるという事。


 そしてそのクラリスという少女はある事情でグランザムにいるのは危ないとのことでもしかしたらマルスと一緒にイルグシアに同行するかもしれない、その際はよろしく頼むと書いてあった。


 またマルスのグランザムからイルグシアへ帰る際の帰路も書いてくれていた。


 その際、危険なところは通らないような工夫もされており、マルスに伯爵からの書状を持たせているので、6歳でも宿に泊まれるようにしてあるとも書いてあった。



 マルスの手紙にも違和感があったが、このビートル伯爵の手紙にも違和感があった。


 しかし今は違和感の正体を掴むよりはマリアやアイク、リーナに伝えることが優先だ。


 すぐにみんなを呼んで手紙の件を伝え、マルスの無事をみんなで喜んだ。



 マリアとアイクもマルスの手紙を読ませてほしいと言ってきたので2人にも見せた。


「この絵ってマルスが書いたものじゃないよね?」


 アイクがそう言うと、俺は手紙の違和感に気が付いた。それは手紙の部分部分に書いてある焚火のような火を表す絵だった。


「そうだな。伯爵の手紙にも同じような絵が描いてあるな」


 マルスは大事な手紙にわざわざ絵を書くような奴ではない。


 ビートル伯爵というのもそんな人間ではないように思える。


 この絵に何か意味があるのだろうか?



 結局その日はマルスの無事を蒼の牙のメンバーや他に捜索してくれている冒険者たちへ知らせてみんなで盛大なパーティーをして終わった。


 パーティー中に皆がマルスの手紙を回し読みしており、それぞれ手紙を読んでは喜んでいた。


 翌日アイクが蒼の牙のメンバーたちとイルグシア迷宮から帰ってきた時だった。


「お父様、何かマルスの手紙がおかしなことになっているのですが……」


 アイクがそう言うので、マルスの手紙を見ると手紙の裏面になにか文字が浮かび上がっているようだ。


「なんだこれは?どうやったら文字が出てくるんだ?」


 俺はそう言って、かすかに浮かんでいる文字を読もうとするが、字がはっきりとしないので読み取れない。


「ビートル伯爵からの手紙は何か変化はありますか?」


 アイクがそう言ってきたので、伯爵からの手紙を確かめると何も変化がない。


「いや、伯爵からの手紙は何も変化がない……もしかしたらパーティーをすれば文字が浮き上がってくるのか?」


「そうかもしれませんが、もしかしたらこの焚火のような絵は火で炙れという事ではないでしょうか? 試しに手紙の端の方を炙ってみてはいかがでしょうか?」


 俺はアイクの提案に乗ることにした。水を用意して、アイクの火魔法でゆっくりと手紙を炙る。


 すると裏面から文字が浮かび上がってきた。アイクは手紙全体をゆっくりと炙り、すべての文字を浮かび上がらせた。


「アイク、ありがとう。だけどこれほどの仕掛けをするほどの内容だ。少し席を外してもらえないか? 教えられるような内容であれば、ちゃんと教えるから」


 アイクは頷くと部屋を出て行った。物分かりがいい息子で本当に助かる。


 俺はすぐに手紙の方に目を移す。


 手紙の内容はこんな感じで書かれていた。



 気づいてくれてありがとう。私はビートル伯ラウル・グレイス。


 これを読んでいるのがブライアント卿である事を信じて書く。


 なぜこのように手が込んだ事をしたのか。理由は大きく分けて3つある。



 まずこの手紙はおそらくザルカム王国で中身を確かめられているだろう。


 それは私にある嫌疑が掛かっているからだ。その件は理由の3つめと深くかかわっている。私の手紙の裏に書いてあるので後で読んでほしい。



 二つ目の理由はマルスとクラリスの異常性だ。


 マルスの戦闘能力は極めて高い。6歳とは思えないほどだ。B級までとはいかないかもしれないが、少なくともC級上位はある。私の前では全力を出していないかもしれないので、B級冒険者クラスはあるのかもしれない。


 マルスはグランザムの迷宮飽和ラビリンスを何度もはねのけ、グランザムの迷宮を攻略してくれ迷宮飽和ラビリンスを止めてくれた。


 これが王族や他の上級貴族に気づかれるとマルスをザルカム王国から出さないよう勅命を受ける可能性があった。だから他の者の目に留まる所にはお礼も書けなかった。


 同行するかもしれない女の子のクラリスは神聖魔法が使える。


 私の手紙の表面に書いてあった、クラリスがグランザムで暮らしていけない理由は住民たちや他の冒険者たちもクラリスが神聖魔法を使えるという事を知っているからだ。


 ブライアント卿であれば分かるかもしれないが、神聖魔法が使えると周囲が分かってしまったら高い確率でいらぬ争いが起きてしまう。その為にマルスに預けた。



 マルスの手紙の裏には主に、マルスとクラリスという少女の事が書いてあった。


 神聖魔法が使える子を敵国に送るなんて……


 これはとても不可解だった。これだけ頭が回る伯爵であれば、どうにかしてクラリスを自分の手元に置いて伯爵にとって有用に使うだろう……


 ただもっと有用な使い道があるのであれば……例えばマルスと一緒にクラリスを行動させることによって伯爵に何か利益が出ると考えれば……



 思慮を巡らせながら、ビートル伯爵の手紙の裏を火で炙り読んだ。


 そこには信じられない事が書いてあった。


 ザルカム王国がどうして伯爵の手紙を密かに検閲したのかがはっきりと分かる。


 ビートル伯爵はあまりにもザルカム王国にとって危険な思想の持ち主だ。


 ただその思想が本心であれば、少なくも理解ができる……しかし賛同するにはあまりにも危険だ。



 手紙にはその思想に賛同や共感をしてくれなくてもいいが、伯爵からのお願いも書いてあった。


 1つはこの事をザルカム王国の人間には伝えないでほしいとの事。


 これはザルカム王国だけでなくバルクス王国の人間にも伝えられるようなことではない。


 2つ目はマルスとクラリスをリスター連合国のリスター帝国学校へ入学させてほしいという事。帝国学校というのはリスター連合国がまだ帝国だったころの名残だ。


 リスター帝国学校はとにかく文武で有能な子供しか入れない。そして種族も関係ないので、魔族やドワーフ、エルフなども有能であれば、入学できるらしい。


 学費に関してはクラリスに白金貨2枚を渡しているという。


 2人の3年間分の学費と下宿代という事らしい。



 非常に優秀な2人に世界をもっと見てほしい、感じてほしいという願いからだ。

 これには間違いなく賛同できた。



 手紙を見てクラリスと言う少女がどこまでビートル伯爵の意を汲んでいるのかを早急に見極める必要があると思った。


 絶対に俺がマルスと少女を迎えに行かなければならない。


 そして可能な限りマルスを助けてくれた恩を返さなければならない。


「マリア、アイク聞いてくれ」


 2人に俺がマルスと少女を迎えに行くこと、そして今まであまり興味がなかった伯爵への陞爵を目指すことを話した。

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