第23話 クラリス・ランパード

 壁の向こう側に出た俺の前には大勢のけが人がいた。


 後ろを振り返ると街の城壁らしい。アルメリアと同じような壁がある。


 バンにもらった水晶からは全く反応がない。


 この壁がダンジョンと繋がっているのかと考えたが、今はそんな状況じゃないらしい。



 けが人の向こう側では人とゴブリンが戦っている。


 一際怒声や悲鳴が聞こえる場所があったのですぐにそこまで移動した。


 子供の体の為、人が密集していてもすぐにすり抜けられる。


 そして重傷者の脇をわざと通る様にして他の人に気づかれないようにヒールを使う。


 重傷者たちは不思議な顔をして傷があった場所を見ている。



 そしてすぐにその場所にたどり着いた。


 異様な光景だった。ゴブリンと戦っているはずなのに、人が人を殺そうとしている。


 なぜか周りの人たちは止めようともしない。


 小さな女の子が「お父さん!」と叫んでいる。


 きっと斬られそうな人があの子のお父さんなのだろう。



 今ならまだ間に合う。


 そう思って風纏衣シルフィードで斬りかかろうとしている男の前まで高速移動して顎を狙って掌底を撃つ。


 顎を撃つときに目と目とが合った。予想通りとても驚いた顔をしていた。


 咄嗟の事で力を入れ過ぎたようで、斬りかかろうとしていた男はスタントマンかというくらい派手にふっ飛んだ。


 俺の行動であたりはシーンとなる。


 俺は気にせず吹っ飛ばした男から装飾された剣を奪い、周囲にバレないように斬られそうになっていた男の傷を治す。


「とりあえずゴブリンを倒しましょう。状況は後で説明してください」


 近くにいた人達に言うと


「ゴブリンが300体以上いるの! 中にはホブゴブリンもいるの! もう助からない!」

「それが出来るのであればもうやっている」


 と怒声が返ってきた。


「こっち側のゴブリンは僕だけで処理できます。皆さんはもうあっち側に注意していてください」


 それだけ言い残してゴブリンの群れに突っ込む。


 住民たちは何言っているんだという顔で俺を見ている。



 そんな視線をよそに俺は魔法を使わず剣だけでゴブリン達を倒し始めた。


 魔法を使うともしかしたらまだ生きている人にまで被害が出るかもしれないと思ったのだ。


 300体であれば5秒に1体倒しても1500秒、25分あれば全滅させることはできる。


 俺はゴブリンキングやゴブリンロード、ゴブリンジェネラルとばかり戦闘をしていたので、いまさらホブゴブリンやゴブリンメイジ程度では相手にならない。


 風纏衣シルフィードを使うまでもなく、瞬殺していく。



 30分後には街にいたゴブリン達をすべて倒し終わった。


 街は歓喜の声に包まれ、何人もの人が俺にお礼を言ってきた。


 だがすぐに第4波が来るかもしれないという事で住民たちは避難を始めた。


 住民が避難し始めた時に騎士団がやってきた。ここを治めているというビートル伯爵と共に。


「私はビートル伯爵ラウル・グレイスだ。どうなっている? 住民たちは無事か?怪我をしているものはいないか? 重傷者から治療をする。重傷者、または近くに重傷者がいる場合は騎士団に言え。私に直に話してもよい!」


 ビートル伯爵は着の身着のままで来たらしく、鎧を着ていなかった。


 すると俺がぶっ飛ばした男が伯爵にすがった。


「ビートル伯爵、私はすり傷を負ってしまいました。また正体不明の賊が私を襲ってきて意識を飛ばしてしまい、頭が痛いです。最優先で処置の方お願い致します」


「うむ、それだけ話が出来れば後回しでよかろう。住民たちの重傷者を探せ」


「な、何を!? まず貴族である私から治療の方をして下さいませ」


「くどい、早く住民の保護を始めろ!」


 ビートル伯爵はそう言うとその場から立ち去り住民の手当や心のケアをし始めた。


 軽くあしらわれた男爵は俺を見つけると金切り声で叫んだ。


「賊だ! 賊がいるぞ! ひっ捕らえろ! いや不敬罪で処刑しても構わん」


 住民たちは誰も動かない。


 むしろ俺を守るように、俺を隠すように包囲した。


「何をしている! 貴様らも不敬罪で死刑にするぞ! 騎士団もあのガキを捕らえろ!」


 すると騎士団の一人が言う。


「私たちへの命令権は残念ですがダメーズ様にはございません。私たちには住民の保護をと言われておりますので、ご理解いただければと思います」


 騎士団員もその場から去り重傷者の捜索にあたった。



 あいつはダメーズと言う名前か。敬称が様ということは領地をもっていないのだな。


 騎士団長でもないし、魔術団長でもなさそうだ。特別強いという訳でもなさそうだから親からただ爵位を継承しただけか。こういう無能が爵位を継承してしまうのであれば、貴族は子供がたくさんいた方がいいな。


 ただこの場に留まるのはよしておこう。またダメーズに絡まれてはかなわんからな。



 そう思って俺は人壁を盾に民家の陰に隠れる。


 ダメーズは俺を見失い、諦めたのか今度は住民たちに怒りの矛先を向けている。


 その傍若無人なふるまいは見ていてさすがにイライラする。



 民家に隠れた後に一つ気づいたことがある。右手に持っている剣だ。


 このまま立ち去ると借りパクか。これダメーズのなんだよなぁ。


 今暴れているダメーズに返すとまた住民たちに斬りかかるかもしれないから今は返さないほうがいいと思う。今はというか一生返さないほうがいいのかもしれない。どうしようかなぁ。と思っていると


「ありがとうございました。おかげで私も娘も助かりました」


 声が聞こえた方を振り向くとそこにはダメーズに斬られそうになった男がいた。


「いいえ。こちらこそ出しゃばったマネをして申し訳ございませんでした」


 一瞬この人に剣を渡そうかと思ったが、この人が返しに行ったらまた斬られそうな気がしてやめた。


「それにしても随分お若いのに凄い力ですね。私の娘も同じくらいの年で天才だと思ったのですが。クラリス来なさい」


 そういうと男の後ろから女の子が出てきた。


 その女の子は一言も喋る事なくじっと俺を見つめている。


 俺も銀髪でとても整った顔立ちの女の子を見つめてしまう。


 俺の頭が、心が何かを訴えている。


 その訴えに俺はすでに気が付いている。




 少年と少女はゆっくりと近づく。


 そして近づいて手を取り合う。


『また助けてくれてありがとう。助かったわ』

『ありがとう。俺も助かった』


 で言葉を交わした後、俺たちはその場に崩れて抱きしめながら泣きあった。

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