旅立ちの前日

 翌朝。ネイさんより先に目覚めたようで、抱き枕にされていたはずが解放されていた。

「......」

 昨夜の寝る直前のことは鮮明に覚えている。

 ネイさんを運んで、自室に戻ろうとしたところを抱き枕にされ、そのまま寝てしまった。

(なんかめっちゃスッキリした目覚めだな......)

 ベッドから上半身を起こしてネイさんを見る。

 アンナの代わりに掛け布団を抱き枕にして寝ている。髪の毛が体に巻きついてえらいことになっている。

「......うっ。日光が......」

 窓から差し込む日光が、目覚めたばかりのアンナの視界を襲う。とても痛い。

 しかし寝起きだというのに、目覚めて数秒で視界がクリアになった。日光のせいではない。

 常に不眠でいるアンナだからこそ、例え眠ったとしても起きてすぐに動ける。そういうことだろうか。

 以前酒を飲んで眠り、起きた日には頭痛が酷かった覚えがある。

(酒を飲む量によって目覚めが変わるってわけねぇ)

 自分の体質が徐々に明らかになる一方、こんなことしている場合じゃないと思い立って、布団から出た。


「おっ。おはよう。今日はフリーだ。どこか行くのか?」

「おはよう」

 部屋を出るとデリバーが身支度を終えて、ゆっくりしていた。

 休日を過ごす会社員の父親みたいに、コーヒーを飲みながら何かに目を通している。

「ああ、これか? こいつは趣味の情報誌だ」

 デリバーの方へ近づき、本の表紙をちらっと見てみる。ついでに何を飲んでいるのかもチェック。

(コーヒーじゃなくてカフェラテか)

「週刊ジャーニー! 今あの街はどうなっている!?」と表紙にデカデカと書いてある。

 旅人向けの週刊誌だろうか。色々な街の写真が貼っ付けてある。

「ふぅん......」

 いつか暇な時に借りて読ませてもらおう。

 デリバーの邪魔をしないよう素通りしようとすると、休日の子供をどこかへ連れて行こうとする親のように。

「どっか行くか?」

 と本を見たまま聞いてきた。

「う〜ん......。もうちょっとしたらね。ネイさんも連れてく?」

「あいつなら行くって言いそうだしな。じゃあ、時間になったら行くぞ」

 本日最後の街めぐり。

 日中はこのまま思い出づくりでもすることになるだろう。

 しかし個人的な目標は、夜にあった。

「今日の夜。一人で外に行ってもいい?」

「夜? まあ、お前なら大丈夫だと思うが......」

 なんてことなく許可が降りた。これで夜の街の探索ができる。

 一度決めたことだ。必ず果たしたい目標というわけではないが、この体の性質上、夜はどうしても時間が余る。

 そしてその時間を使って、自分にしかできない「深夜の散策」という事をやってみたいのだ。

「なんかソワソワしてんな」

 雑誌を片手にカフェラテを飲み、こちらの様子を伺うデリバー。

「まあね。それじゃ、後で」

 一旦別れて、自室にこもるアンナ。今日はどんな服を着ていくか。それを決めるのであった。


 ネイさんとデリバーを含めて、三人で街に駆り出す。

 街は今日も賑やかで、多くの人で行き交う。

「そういや明日からどうするか。大まかに説明しなきゃな」

 三人で街を歩きながら、デリバーが明日からの予定を話題に話を始めた。

「明日。俺のレベルに合った納品依頼を受ける」

「納品依頼......」

 納品依頼とは、街から街へ荷物を運ぶ依頼だったり、移動中に採集して届けたりする任務だ。

「明日運ぶのは、俺たちが次にいく街のお偉いさんの物だ」

 つまり、今回運ぶのは多くの依頼をこなした信頼できる旅人向けのクエストで、かなり高額か貴重な物の配達だ。

 元来高額な値で取引されたり、重要な情報源となったり、貴重であったりするものを運ぶ際、商人だとどうしても襲われる危険性がある。

 そして運ぶ物の規模が大きすぎず、さりとて小さすぎない微妙な物だった場合、わざわざ街の特殊部隊を繰り出すことは避けられる。

 そうなると便利屋の出番というわけだ。

 アンナやデリバーたち旅人が、ついでに運ぶ形となるのだ。

「まあ、荷物を狙って襲ってくる奴は絶対いると思う。そんときは、昨日の任務を思い出して、早速実戦だな」

 役に立たない自分がどこまでできるだろうか。心残りが色々とあるが、全ては明日だ。その時々で対処せねばならない。

「そんな重いこと考えないで、今日は最後の日なんだから。一緒に休日を満喫しましょう!!」

 いつも通りテンションが高いネイさん。そういえば、今日はこの人と過ごす最後の休日となる。

 この街に来てそんなに経ってないが、色々と思い出ができたし、色々なことがアンナの新たな人生の基盤となり支えてくれた。

 この街での残り時間も少ないせいか、色々なことが感慨深く思えてくる。今、この時でさえなんだか寂しい。

「そんなにシュンとして、どうした?」

 気持ちが顔に出ていたらしく、横を歩いているデリバーに顔を覗き込まれ言われた。

「なんか寂しいなって」

「人生は出会いと別れが積み重なってなんぼだ。ほら、早く行かねえとネイに置いてかれるぞ」

 先へ先へと進んでいくネイさん。その後を追うデリバー。

 出会いと別れ。それは良く分かる。

(最後も思い出づくりといきますかねぇ)

 アンナも二人の後を、はぐれないようにゆっくりとついて行った。



 そして夜。

 昼間の楽しかった「冒険」もあっという間に終わり、ネイさんもデリバーも就寝してしまっている。

 時刻も既に真夜中だ。たまに人とすれ違うだけで、それ以外には人の気配を感じない。

 夜のこの街を出歩くのは三度か四度目だ。そう思うと、本当にこの街に来て数日しか経ってないと実感し、時の流れの早さに驚く。

「まだ新鮮な気分だな」

 流石に指で数える数でしか街を見てないため、目に見える全てが未だに新しく感じる。

 まるでこの街にきてもう一週間のような気分だが、よくよく振り返ってもまだ数日。その数日前まで身よりもなく、身も心もズタボロで森の中にいたとは思えない。

「本当に......。当たり前って、奇跡なんだなぁ」

 当たり前の上で成り立つ日常。しかしこれを享受できない人間もいる。

 日常を過ごせていることこそが奇跡なのだ。

 街を歩いていると目に映る「飲み屋ではしゃぐ大人たち」、「仕事帰りの人たち」、「今街にきたばかりの旅人」などの人たち。この人たちの日常は当たり前であり奇跡である一例だ。

 アンナも当初は奇跡の枠から外れ、当たり前すら享受できない、弱っていくだけの化け物だった。

 夜の街道を歩き、歩き、歩き続ける。色々なことを考えながら、手袋などの防寒具を装備し直して、手先をあっためる。

(手袋なんて本当はいらないけどね)

 アンナの体の性質上、こんなものがなくても、ある程度なら耐えられる。全裸で外に出歩くと流石に寒いが。

(.......あ)

 無心で歩き続けると、昨日の依頼で通った道にたどり着いた。

 まだ記憶に新しい。この街の人間たちが恐れ、近づこうとしない森への道。

 その道を歩く。これも暇潰しだ。

 それに、もしかすると自分が見落としていた何かが見つかるかもしれない。

「......ん?」

 街灯のあかりすら消え失せた道。最後の街灯の終着点。

 そして南門のすぐ目の前。家すら立ち並ぶことのないこのエリアにて、人影を見たような気がした。

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