ネイさんと晩酌

 鍋も終わり、食器を洗う係を引き受けて、せっせと皿洗いに勤しむアンナ。

 全て洗い終えたところで、ネイさんが風呂から上がり、さらにしばらく時間が経った頃。

 不眠症ともいえるアンナ。ネイさんが寝ようかまだ起きていようか、迷っているのを遠目で確認し、彼女の方へ近寄る。

 こちらへ気づいたネイさんが不思議そうな様子でこちらを見つめ、そんな彼女に包み隠さず言った。

「晩酌しましょう」

「今から!?」

「おこちょ一杯だけでいいので。話がしたいんです」

「それだけなら......」と押し負けたネイさん。早速、ネイさんが貯蔵していた度数高めの酒瓶を、二つの小さなおちょことセットで持ってきた。

 二つの器に注いだところで、早速乾杯。

 一杯飲んだところで、アンナ側から話を切り出した。

「ぶっちゃけで聞きます。ネイさんの人生における目標ってなんですか?」

「アタシの目標......。う〜〜ん。今は結婚かなぁ?」

「なんて冗談冗談!」と手をぶんぶんと振って否定するネイさん。本気二割くらいの気持ちがこもっていた気がする。

 そうしてまたしばらく考え、少し迷った様子でネイさんが口を開いた。

「これが正解か分からないけど......。アタシは自分がやりたいと思ったら、迷わずやる。結果が良かれ悪かれ、自分が楽しければそれでいいと思うの」

「結果が良かれ悪かれ、楽しければいい......」

「そうよ」

 奥が深いようで、やはり理解できない。そんなアバウトな目標でいいのだろうか。

 そう悩んでいると「お風呂で言ったこと覚えてる?」と聞いてくるネイさん。もちろん覚えている。

「あの時、やりたいことをやりなさい。考え込みすぎるなって言ったわよね? それでいいの。何が正しくて何が間違ってるかなんて、人によって見方が変わるしね」

 そんな事言っては、「難しいわよねぇ」と呟いてため息を吐き、止まらない勢いでお酒を飲んでいくネイさん。

 ネイさんの言いたいことはわかるが、はっきり言って難しい。

 今回戦った男は、心にどうしようもない「絶望」を抱き、性根が見事に腐ってしまっていた。

 そして彼のストレス発散の道具として見られていたのか、力のままにアンナに襲いかかってきた。

 奴が絶望してしまったのはこの世界に対して。その気持ちは少しわかる。

 アンナだって以前の世界ではやることが見つからず、無気力に生きていた。それでも他人を傷つけるような真似はしてこなかったが。

 以前は失敗した人生だと思っていた。どこで間違えたのか。幼い頃に夢を持たず、のうのうと生きていたせいなのか。

 原因ははっきり分からない。だが今回は失敗したくない。そう思うと考え込んでしまう。

「ネイさん。やっぱり、ウチはあなたとは違います。どうしても考え深くなって......」

「まあ、そうよねぇ。結局、心は人それぞれ。考えも感じるものも違う。アタシがこうでも、アンナちゃんにとっては違うしねぇ」

 アンナの悩み。それに対する答え。結局振り出しに戻ってしまった。

 何を目標に、どんな夢を見ていけばいいのか分からない。

「じゃあ、試しに人助けとかは?」

「人助け......」

 ネイさんがアンナの左腕を指さす。

 この腕はネイさんに施しを受けてもらい、彼女曰く「封印」をしてくれたことで色々と心配がなくなった。

「その力があれば、悪いヤツくらい簡単に倒せる。そうでしょ?」

 ネイさんはアンナの腕をなんとかしてくれて、いわゆる「人助け」をしてくれた。見ず知らずの汚れた女の姿アンナをした化け物に優しくしてくれた。

 彼女がやってくれたように、ありとあらゆる悪や困難から他人を助ける。

 まるで修行僧のような生き方だが、もしかすると意外と性に合うのかもしれない。少なくとも、他人を助けるのは嫌いじゃない。

 しかしそれはエゴイストではないだろうか。

 人助けと余計なお世話の境界線。それが分からず、無闇に他人に優しくして逆に怒られるのも嫌である。

 そんなネガティブな考えをしてしまい、「あ〜〜わかんない......」と唸って、両手で目を抑えて俯く。

「ハハッ!」とネイさんが何故か笑い、アンナの頭をポンポンと叩いて、これまたアバウトなアドバイスをくれた。

「まあ、今はデリバーに厄介になって、あいつの横にいて世界を見て回るといいよ。きっと、答えが見つかる」

 きっと答えが見つかる。

(本当にそうだといいなぁ)

 今考えても仕方ないのかもしれない。

 自分には向いていないかもしれないが、ネイさんの「考えすぎるな。やりたいことをやれ」という教えを大切に、しばらくは歩んでいこうと思う。

「ネイさん。ありがーー」

 俯いていた顔を上げて、ふっと優しくネイさんに微笑み、お礼の言葉を言おうとしたときだった。

 机の上のおちょこや酒瓶が衝撃で跳ねて、ガシャンッと音を鳴らした。

「オゥ......。寝てる」

 ネイさんが机の上で爆睡していた。

 どうやら寝かしつけてしまったらしい。

 仕方ない。ネイさんをベッドに運ぶとしよう。

 お酒を片付け、おちょこをシンクの中に置き、ネイさんの腕を体に回して自室まで連れ込む。

 自分より背が高く重いネイさんを運ぶのは、中々に大変だった。

 起こさないようにゆっくり彼女をベッドの上に寝かし、自分も部屋から出よう。

 そう思って一歩踏み出したその時。ネイさんに強い力で引っ張られ、ベッドの上へ引きずり込まれてしまった。

「......ネイさん?」

「ぐぅうう......」

 唸りながら眠るネイさん。寝ているというのに、アンナを抱く力が強い。

(抱き枕にされた......)

 もしかするとこのまま朝まで待機せねばならないのか。

 そう思い焦っていると、不思議と酔いが体に回ってきた。

 度数が高いアルコールを、無意識に何度も摂取したせいだ。遅効性の毒のように、ゆっくりと体が熱くなり、眠気が襲ってくる。

(ちょうどよかった......)

 眠れるなら問題はない。任されるがまま、夢の世界へいくだけだ。

 寝付くまでのしばらくの間。ネイさんにゼロ距離で抱かれている状態であり、彼女の寝息や匂いを身近に感じる。

 アンナとは違う人の匂い。嗅いでると安心する。

(目が......)

 段々と瞼が閉じてくる。どうやら起きていられる限界のようだ。

 視界が閉じていくのを感じながら、アンナはネイさんに抱かれたまま眠った。

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