不穏なモノの目覚めと犠牲

 激しい頭痛とともに目が覚める。身体中が凍りついたように冷たく、それを無理やり動かして、ぎこちなく人形のように起き上がる。

 見覚えのない場所。病院ではないと分かったが、どうみても良い雰囲気ではない。それにどちらかというと、収容施設のように思える場所だ。

 まだ関節が硬く、動かそうとしても思い通りに動いてくれない。なぜこんなに動いてくれないのか。不思議に思い、何がどうなっているのかを確かめるべく自分の体を確認した。

「……女の体?」

 よく見ると自分の体は裸。しかし変な傷や火傷跡のような傷跡が所々点在し、左手は赤く変色している。


「はは……とうとう出来た! 私の生物兵器がぁ!」


 突然大声が響くと同時に、電気に似た明かりが灯る。

 照らされた部屋はまるで牢屋で、地面にはびっしりと変な文字が。

 周りには武装した大人たちがいる。


「あ・の・少女の体を素体に作り出した生物兵器! 中身は見知らぬ人間の魂、設定した値は20代後半から30代前半。そして左手は彼女の代名詞だ!! 素晴らしいッ」


「……?」


 左手は代名詞。その言葉の意味はわからなかったが、何なのか確認すべくに左手を上げて見てみる。

 視認できたのは赤い色の左腕。トマトでも詰まってるのかと思うほどだ。

「そうだ! それはお前のチカラだ!」

「力……」

 先程まで刺されていたような気がしたが、あれは夢だったのだろうか。

 今はそんなことより、左腕が気になる。

 違和感はない。驚く程に普通だ。

「痛ッ......」

 頭痛がひどい。鈍い痛みが無限に続き、二日酔いのそれよりも酷く感じる。

「ううぅ......」

 せっかく目が覚めたと思ったら、頭の痛みに耐えきれず意識が朦朧とし始める。

「なんだ? 倒れたぞ!」

「司令、拘束しー」

「様子をー」

 いろんな奴らの声が頭の中で反響する。痛い、辛い。まるで頭にナイフを埋め込まれでもしたような痛みだ。

 ナイフ。頭。何か引っかかる。

 しかし何かを思い出す前に、そのまま意識を失ってしまった。



 それがこの世界にやってきて目覚めたばかりの時の記憶。

 それからどれくらい経ったのかわからないが、気づけば上下の布の服一枚を持って、森の中で立っていた。


「......?」

 意識は驚くほどに鮮明になり、さっきまで感じていたはずの頭痛が全くない。

 それどころか体の調子がやけに良い。人形のようにぎこちなかったはずの動きが、思い通りに動かせるようになっている。それに口の中がちょっと潤っている。

 そして後ろを振り返ると、洞窟のようなものがあり、そこから赤い光が点滅しているのが視認できる。

「あそこから出たのか......」

 地面がぬかるんでいる。雨でも降っていたのだろうか。口が湿っているのも、雨が関係しているのかもしれない。

(無意識に雨水でも飲んだのか......?)

 洞窟から続く足の跡を見るに、今さっき踏まれたばかりなのか、人一人分の足跡ができている。

「......」

 わけがわからず考えがまとまらないが、とりあえず持っている服を着て、考えなしに歩き始めた。


 しばらく歩いていると、綺麗な川が目に写った。

 特に目的もないが、その川に片足を突っ込み、続いてもう片方の足も突っ込む。

 ひんやりしている。でも、なぜだかわからないが変な感じだ。

 水に浸かっているというのに、あまり冷たさを感じない。少し冷たいと思うだけだ。

「......あれ?」

 よく見ると足に切り傷ができている。歩いてくる道中で引っ掻いたのだろうか。

 しかし驚いたことに、触っても痛くない。それどころか、二度三度と触っているうちに傷が塞がっていく。

 不思議なことが立て続けに起こり、再び考えがまとまらなくなった。

 そもそもの発端は何か。確か、何かをするため、家を出て鍵を閉めて、人がいっぱいいた道を歩いて......。

「そういえば......ここってどこ?」

 やっと、その疑問に至った。

 見慣れない森。さっきまで都会の街を歩いていたことは覚えている。

 それになんで服がないのか。いやそもそもの話だ。

「何でウチ、女の子になって......」

 長い青髪、そこそこ豊満な胸、少し痩せている体、そして赤い左腕。

 事実を確認していくうちに、段々と冷や汗が流れ始めた。これはおかしい。それがはっきり分かってきたからだ。

 でも原因が分からない。何でこうなっているのか。

 頭が混乱してきた中、背後から物音が聞こえてきた。

「っ!!」

 咄嗟に左腕を隠し、背後の森を睨みつける。

 人影が三人、こちらに向かってくる。でも危険な感じはしない。とても楽しそうな会話が聞こえてきた。

「二人とも、そろそろ休憩にしましょー!」

「ま、まってください!」

「はは、その元気、分けて欲しい暗いですよ」

 そんな会話をする三人の姿がやっと視認でき、相手側もこちらに気づいたようだ。

 三人一組。金髪の方はお姫様といったような身なりで、それに付き添っている鎧姿のおじさんが二人。

 そんな彼らとお互い目が合わさると、おじさん二人組がこちらを睨みつけてくる。

「ヒッ!」

 あんなに物騒な視線で睨まれたのは初めてだ。下手したら殺されそうな、そんな感じがして思わずうわずった悲鳴が出た。

 続いて死の恐怖にひどく襲われ、頭痛と吐き気に見舞われる。

(し、死ぬ、死にたくない! 死......)

 このままここにいると殺される。そう思い込むと、いてもたってもいられなくなった。

 急いで背を向けて逃げようとすると、「待って!」と金髪の人に止められる。

「どうしてこんなところにいるの?」

「し、知らない! な、なんでウチは死んでないんだ......」

 徐々に記憶が頭に溢れてくる。

 街中でのパニック。目の前での虐殺。必死に逃げた自分。そして刃物を何度も何度も......。

「や、やめろっ!!」

 タイミング悪く前世のことを思い出し、恐怖に取り憑かれてしまった結果、叫んでまで逃げようとする。

 しかしそんな自分の右・手・を、名も知らない金髪の女性が掴み、そして引き止めてくれた。

「私はディー・エアス。あなたの名前は?」

「お嬢、危険です!」

 護衛の言葉を無視して、優しい言葉・声色で話してくれる女性。

 ふと何故か涙が出てくる。何で泣いているのかは自分でも分からないが、寂しかった気持ちが薄れていくのが分かる。

「あ、あれ......」

「よっぽど辛いことがあったのね。でも大丈夫、私があなたを安全な場所に連れてくわ」

「お嬢......」

 自分と目線を合わせて話してくれるディー。愛情を久しぶりに感じたような気がする。

 そんな母性溢れる様子や言葉に、自然と逃げる気は失せていた。

 そしてディーは自分のも優しく手に取ってくれた。赤く染まった、この不気味な手を。

「さあ、行きましょう」

「あ、ありがー」

 何も感じなくなったと思っていた心からの感謝の言葉。それを口に出して言った、その瞬間。


 ーパァン


 自分を優しく包み込んでくれていた女性が、目の前で爆散した。

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