#133 弱くても生きようと、彼は言った
「――神薙ぎッ」
迫りくる魔法が、一瞬消え去る。
それと同時に、ヤドリ・ミコトの魔法が多重展開される。明らかに空音の負荷を超えて、重圧で押し潰そうとする。空音は封印したばかりの魔法を解放させ、対消滅を図ろうとする。
多重展開した魔法の内、二割の魔法が空音の魔法と激突し相殺された。だが、残りの八割が空音を襲う。空音は一度封印と解放を同時に行っているため、タイムラグが発生する。すぐさまの魔法を発動できない。
そこで、空音を守るように冬美が大氷河を発動した。ヤドリ・ミコトを覆うはずの氷の塊は途中で消し飛ばされる。
瞬間、空間が歪み、魑魅魍魎が溢れ出す。波のように、それは一斉に。対応する魔法の処理が追いつかない。ジリジリと、確実に詰められる空音たちの精神を疲弊した。
そこに、蓮夜とニナが動く。
蓮夜は抜刀の構え。ニナは蒼刀の切っ先を揺らし、円を描く。
「――電光石火」
「――
雷と星。混じり合う二つのチカラが、魑魅魍魎と衝突した。雷と星は奇しくも相乗効果を生み出し、魑魅魍魎を消し飛ばすことに成功する。その間を縫うように、蓮夜が地面を蹴り出す。
ヤドリ・ミコトの間合いに入り込もうとする。蓮夜の魔力はほぼ空に等しい。現在、剣術という手段しか持ち得ない。マーシャル・アーツを限りなく全開に開放し、刀を振るった。
「シッ――、」
振るう寸前、ヤドリ・ミコトは指を動かす。そこから奇妙な空間の捻じれが発生した。振るわれたはずの刀はヤドリ・ミコトの間合いに近づくたびに極端に速度を落とした。緩く、遅く、止まるように。接触寸前の距離では、もはや速度はゼロと同義だった。
――ピタリ、と。ヤドリ・ミコトは指で刀を弾いた。弾いた瞬間に魔法は動く。膨大なエネルギーがゼロ距離から解放され、蓮夜は一気に吹き飛ばされた。その勢いにより、刀身が割れる。
その時にはもう、ニナは上空へいた。
蒼刀を構え、ヤドリ・ミコトを捉える。
「――姉妹星・
洗練されるニナの魔力。
そこで、空音と冬美が飛び出す。
空音は白天を組み合わせる。斬撃+炎+風+氷。冬美は氷の刃を出現させ、構えた。抜刀術の構えである。やがて二人は振り抜く。
三方からの攻撃。
ヤドリ・ミコトは、それらを捉えた。
視ていた。
「――
――入れ替わる。
そのチカラは、〈刹那の魔法使い〉に近い。空音、冬美、ニナの位置が変わる。魔法の矛先も、空間的な意味合いも、時間的な作用も、何もかもが混合する。空音が気づいたときには、上空にいた。遅れて気づく。ここは、ニナがいた場所だ。目の前に、氷の斬撃が迫っていた。他にも、ニナは冬美の位置へ。空音の魔法が進む。冬美は空音の位置で。ニナの魔法が襲う。ただ一人、ヤドリ・ミコトだけか優雅に揺蕩う。
(――!)
魔法が空音たちに直撃する。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
祈里は、空音たちの戦闘から意識を外していた。蓮夜の指示通り、ある儀式が執り行われるのである。急遽、祈里が儀式を始めるため、それが確実に進行できるように、〈平和の杜〉が護衛役となる。
祈里の意識は既に、超然としたものへ変化していた。目を瞑り、精神統一を行う。これより始めるは、千年に一度――否、
祈里は手を合わせた。パンッと、音が響く。ゆっくりと目を見開き、
「――祈り、捧げ、畏み申す――」
ここで、ヤドリ・ミコトは〈治癒の魔法使い〉の魔力を察知する。空音たちに自身の魔法を直撃させた後だ。空音たちは一時的に戦闘不能に追い込まれる。
そこで、吹き飛ばされた蓮夜が再起動する。祈里の存在を認知したヤドリ・ミコトは明らかに祈里を狙っていた。蓮夜は時間稼ぎのため、自ら囮として打って出る。
「――願い、求め、赦し、贖え、我、生命の声を聴き、万物の根源を視る――」
ヤドリ・ミコトは魔法陣を多重に展開。
その一つ一つから、厳かな頂点の魔法が出現する。放たれ、蓮夜は相殺するために折れた刀を振るう。ほぼ無防備に蓮夜を巻き込む。血反吐を吐きながらも、蓮夜は盾となる。ヤドリ・ミコトが一歩進む。それだけで、世界はひっくり返るような魔力の圧が生まれる。
無限の光の刃。雨のように、降り注ぐ。
蓮夜の意識は朦朧とし始める。光の刃に呑まれる寸前、何かが介入する。物理的なチカラが光の刃を消し飛ばした。蓮夜は微かに目を見開く。そこにいたのは、里麻だった。意識を覚醒した里麻が、ヤドリ・ミコトを睨んでいた。
「――自然の恵み。名は世界。暗澹の光。名は希望。原始の清流。名は運命。我は、命の詩を唄う――」
祈里の声は、響く。
どこまで、透き通るように。
里麻の登場は一時的に戦況を停止させた。ヤドリ・ミコトは目を見開き、固まる。だが、里麻もまた限界だ。その姿は、意地に過ぎない。その沈黙。
沈黙の中、祈る声が、詩が。
届く。
「――廻れ円環の輪。還れ魂――」
祈里の周りに、光が灯る。
それは周囲を歪ませ、巨大な魔法陣を上空に出現させた。祈里自身は、驚くほど変化がない。白く光り、泰然とする。
「――祝福あれ、光あれ――」
彼女の名は、白崎祈里。
またの名を〈治癒の魔法使い〉
そもそも、〈治癒の魔法使い〉はこれまで、世界で唯一人しか存在しなかった。それは代々続く誓約であり、〈治癒の魔法使い〉は必ず、その時代ごとに一人しかいない。一人が死ぬことによって、初めて次の代が生まれる。そうすることによって、
その魔法は、ただ一度だけ使用することが出来る。ただ一人だけ、そのチカラを解放する。解放の代償は大きい。
それを使った者は、魔法のチカラを喪う。――それは同時に〈治癒の魔法使い〉の血が途切れることである。
「――
祈里は紡ぐ。
唯一つの、奇跡の魔法を。
その能力。
――
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
暗い、冷たい、底。
あるいは、虚空の世界。
僕は目を開く。目の前にいた男がにこやかに笑みを浮かべながら手を挙げる。
「――よっ、ゆう」
相模良太。僕の親友。懐かしき気配を纏って、そこにいた。輪郭がやけにぼんやりとしている。……なるほど、これが死者の世界なのか。虚空の中にある、微かな光。冷たいのに、ほんのりと温かい。ひどく、居心地が良い。
良太はにやりと笑う。
「なんだよ、ゆう。ずいぶん早く来たじゃないかよ」
「……そうかな?」
僕は苦笑して答える。良太は大げさに腕を広げて、鷹揚に頷く。その一つ一つの動作が良太らしく、寂寥感に満たされていく。
「そうさ。当たり前だろ? お前、まだ二十歳だぜ? これからって時にさ――」
「あまり、年齢を意識したことはなかった」
「だろうな。なんせ王様と戦い合ってたわけだからな。塔の中で誕生日会はしたか?」
「していないよ。というか、忘れてた」
「ほれみろ。お前はいつも自分のことになるとよく、忘れる」
「かもね」
それがおそらく、僕を椚夕夜たらしめるものではないか。――今では、そう思える。
「……つうか、とんでもねえもんだったよなぁ」
良太は感慨深そうに言う。
「神凪空音に一目惚れして、魔法使いになって、とんでもねえ大戦を起こして、ついでに王様を倒しちまう。どんだぶっ飛んだ設定の物語だよ。ボツだボツ」
「あはは、確かに」
僕は笑った。笑えていた。
こうして、死んで。僕は良太と同じ場所にいる。笑えている自分に満足していた。
良太はしかし、次の言葉を放っていた。
「――で、満足なわけ?」
「もちろん」
僕は即答した。今更戸惑うこともなかった。良太も訝しげな視線を向けない。ただ笑っている。
「――確かに、本当の意味では、満足じゃないよ。もっとみんなといたい。生きていたい。そんな願いも、ある。けど、そういう部分も含めて、僕は満足してる。人生を全部満足して死ぬなんて、それこそおかしいじゃないか」
「まあ、ある意味じゃあ、名残惜しそうもんがあるから、人生だもんな」
「若僧がなに人生を語ってるんだが、ってどこからか言われそうだよ」
僕の言葉に良太は可笑しそうに笑う。
そのうえで、言うのだ。
「――だけど、嘘だろ?」
「……?」
僕は良太の顔を見据えた。妙にぼんやりしている。それは僕の視界に影響されているのか。この世界自体が曖昧なせいなのか。その判断はつかない。つきそうにもない。
「お前はきっと、こう思ってるんだよ。僕のせいで――ってな。まだ、自分の罪の贖い方に、見極めがついてない」
僕は黙り込んだ。
図星だったはずだ。正確には、僕は自分の中にある言葉にできない何かを良太によって初めて言語化された。言語化されたことにより、明確になった。僕の、原点。
「お前は魔導大戦を起こした。〈頂の魔法使い〉を斃した。――次に来る時代は、良い意味でも悪い意味でも、変わるんだ。きっと、ゆうの行動がきっかけで死んだやつだっている」
「……ああ、」
「ゆうは、罪に向き合えないんだよ。大きすぎる罪を、どう償えばいいのか。それが、わからない。それでもよ、これだけはわかる」
良太は、強く告げる。
「死ぬことと、償うことは、違う」
「……だとしても、だよ。じゃあ、強く生きろと?」
自嘲するような口調になっていた。それほど、自分は大きい罪を背負っていた。きっと、これからどれだけ償いを行うとも晴れることはない。圧倒的なもの。
「僕のせいで、……そうなんだよ。実際、その通りだからさ」
「――けど、お前は成し遂げた」
良太が言葉を覆いかぶす。
「成し遂げたんだよ。どれだけ非難されようも、悪魔なんて言われようとも。お前は、ちゃんと、自分の道を進んだ。誇れよ、ゆう。お前ってば、すごいやつなんだよ」
「……なにが、」
声が震えていた。
……違う、僕は、すごいやつなんかじゃない。
「良太だって、僕のせいで、死んだ」
「お前のせいじゃねえだろ」
「みんな、みんな……、僕が、」
「赦してやれよ、自分ぐらい」
……赦し。受け付けられない。
「弱音だって吐いていいじゃねえかよ。俺たちは完璧超人じゃないんだ。ヒトなんだ。優しくなくたっていい。間違えてもいい。ただ、生きようぜ。お前は、これまで背負ってきた罪以上に、支えられてきただろ。出逢いがあったろ。そいつらの言葉を、思い出せよ」
赦しを誰よりも乞うているのは自分だ。
僕自身が、僕を赦さない。
だから、僕は。
「どれだけ罪が重くなって、生きなきゃな。そうやって、ゆうは、椚夕夜は、何かを成し遂げ続けるんだ」
「……でも、僕は。僕はもう、弱くて、」
良太は僕の言葉を鼻で笑う。
「弱くて何が悪いんだよ?」
胸を打つ、彼の言葉。
「さっき、ゆうは言ったな。強く生きろって。強く生きろって言葉をさ、俺は言いたくねえんだ。だって、あれって強くあれっててことだろ? 弱けりゃ死ねってことかよ。違うだろ。ついでに命令形だし。人間、誰だって弱いんだ。一人で生まれることができないように、強さを押し付けちゃいけないんだよ」
それによぉ、と良太は続ける。
「生きろって。一方的で、一人しかない。じゃあ言うお前はどうなんだよって? 一緒にいないってことは、もしかしたら、そいつは死ぬかもしれない。死ぬ予定のやつが、俺に向かって生きろって命令する? そりゃあ、おかしいだろ。生きるなら、一人じゃだめだろ。そこに、いるべきだろ。生きろなんて言い方じゃなくてさ、生きようって、言うべきなんだよ」
良太の瞳が、僕を映す。
「――だからさ、ゆう。弱くても生きようぜ」
弱くても、生きよう。
「いつだっていい。自分の罪を、罰しようとすんな。ちゃんと生きて、胸を張って、誇って、弱さを認めて、自分らしくあろうぜ。きっとそれが、俺の知っている、椚夕夜だ」
「良太――……、」
「ほら、迎えが来た」
小さな架け橋に見えた。天から伸びる光。呼ばれている。僕は咄嗟にそれを理解した。
良太に目を戻す。彼は笑っている。僕の背中をそっと押そうとする。
「僕は……」
震え、涙が出た。反射的に拭う。
ぎこちなくとも、笑ってみせる。
「――行くよ、僕は」
「おう」
「ありがとう、良太」
良太は手を挙げた。意図はすぐに読めた。僕も手を挙げる。その手をお互い振るう。バシンッと、響いた。これで別れ。これで、始まり。
「――行って来い、親友」
僕は、道を歩む。
「――行ってきます」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
ヤドリ・ミコトは祈里がマギアを解放したと同時に、運命干渉の魔法を放っていた。時空間に作用し、それは一瞬にして周囲の世界を歪まし消滅させるチカラを誇っていた。これを回避する、あるいは防ぐチカラを持っていた魔法使いは誰一人としていなかった。
だが。
魔法陣は完成する。
そこから構成され、廻天し、出現する。
唯一つの事情改変。運命干渉の魔法を一撃で消し飛ばす、黒き刀。地面に突き刺し、悠然と刀身を煌めかせる。――そうして、彼は誕生する。
「ああ……、」
空音は声を漏らす。
やっぱり。彼は、いる。ここにいる。
彼は、生きている。
「……夕夜っ」
椚夕夜が、上空に君臨した。
彼は無数の黒天を背負い、二対の黒刀を手にし、ヤドリ・ミコトを見据えていた。
「僕は、〈黒の魔法使い〉椚夕夜。ヤドリ・ミコト……、――僕たちの戦いを、終わらせよう」
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