#113 終焉の焔②
最高の器の血を受け継いだ。
ホムラは生まれながらにして、最高の存在の下にいた。いつだって、ホムラを見る者たちは、姉の栄光というフィルター越しにホムラを見てくる。
ホムラは、姉に憧憬を抱いていた。
まさに、魔法の時代の到来。その始まりの鐘を鳴らす者だ。それが姉であるはずだった。
そういった過程がホムラの価値観を自然と創り上げていく。何もおかしなことはない。彼にとっては魔法使いが生きやすく、魔法使いのための時代が生まれることが何よりも使命であると感じていたのだ。少なくとも、千年前までは。
ただそれだけの話である。
「――はじめまして、アトラです」
姉の気まぐれから始まった従者との出会い。ホムラは最初、おかしな奴だな、という印象を受けた。
最弱の魔法使い。あるいは、魔法を使えない劣等種。それでも不思議と嫌悪感を覚えない。目の前の存在そのものが魔法のように。ホムラを包み込む。
「――ああ、よろしく」
受け入れられていた。
アトラという少年を。
彼は、ホムラの同志だったのだ。
「――姉さんの従者はどう? 大変かい?」
ホムラはいつだったか、そう訊ねたことがある。アトラは苦笑しながら答える。
「大変といえば大変ですけど。名誉あるものだと思ってますよ」
だろうな、と納得する。
ホムラが一番欲しい答えをアトラは口にできる。それに好感を覚えるのだ。
「ホムラは以前まではエヴァン様の身の回りの仕事をしていたんですよね? なら、同じじゃないですか?」
「んー、実のところ、そうじゃない」
確かに、ホムラは姉の身の回りの世話をしていたことがあった。それでも姉は極力ホムラに世話をさせられるのを避けていた。拒絶しているふうにも見えた。姉は大抵のことは自分でできる。正確にいえば、できないものを探す方が難しい。
「キミは、姉さんに信頼されてるんだよ」
「そう、なんですかね……?」
アトラは首を傾げている。
本人は無自覚。だからこそ、姉はアトラを選んだのかもしれない。姉が自身が最高の器であることも、魔法の時代の到来にも、まるで興味がないことを知っている。むしろ、嫌いであることも、理解している。嫌嫌ながら、自身の使命を果たしているのだ。アトラだけが、姉の心の拠り所になっている。悔しくもある。それは自分の役目だと。けれど、ホムラには姉をどうすることもできない。羨ましく、美しく、眩しい。アトラとは、ある意味ではホムラの手の届かない場所にいる者なのだ。
ホムラだって、姉と同じく、アトラにどこか心を許している節があった。
少なくとも、あの日までは。
見なければよかった、と後に自身を恨む。
姉が王になるのことが提案される。ホムラは姉が気になった。どのような選択を取ろうとも、姉はきっと自分を殺す。もちろん、ホムラも姉が王になることを望んでいる。しかし、その結果、姉という存在が時代の礎になることまでは望んでいない。
姉の場所を訪れるはずだった。
しかし、姉は留守だった。アトラもいなかった。何故だろうか。ふと、気になる。その好奇心が、ホムラを変える契機にしてしまった。
時折、姉がふらりと姿を消すことがあることを知っていた。それがアオイと呼ばれる花園に身を寄せている情報も密かに掴んでいた。きっと、その場所に違いない。ホムラはそこへ向かっていた。
そして、見た。
姉とアトラが、身を寄せていることを。
心を通じ合っている瞬間を。
姉は微笑んでいた。笑っている。あり得ない。ホムラには一度も見せたことがないような、無垢なる笑顔だった。
湧き上がる、感情。
ただひたすらなる、想い。
憤怒。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
激震が走る。
ホムラの放った火龍はあらゆるものを飲み込まんとばかりに蓮夜に向かう。蓮夜は刀身で受け止めた。次の瞬間には、ホムラは蓮夜の前まで移動しており、火を纏う拳を振り下ろしている。
衝撃。蓮夜は建物の中に吹き飛ばされた。
建物はどこかのホテルだった。一室のベッドを押し倒すように蓮夜は突っ込んでいく。直後、ホムラがホテルに突入した。建物全体がホムラの絶対領域により崩壊を開始する。
蓮夜はボルテージを引き上げた。
「鳴神流――」
放出していた電流が一気に抑えられた。ピタリ、と蓮夜の一点に凝縮させる。
ホムラは魔法陣を展開する。空間内に紋様が浮かび上がり、巨大なエネルギー砲が形成された。
「――天龍の咆哮」
直後、空間を捻じ曲げるような火が噴いた。
――黄金色の火。
噴き上がる火はモノに触れた瞬間、歪する空間に飲み込まれ、存在ごと消滅されていく。物体・物質への干渉ではなく、概念に直接働きかける奇跡の御業。
蓮夜に向けられていた黄金の火。蓮夜は刀を強く握った。
「――雷轟の太刀」
次の瞬間、音が消えた。
そのときには、ホムラの身体に斜め一閃が刻み込まれている。
遅れて、巨大な爆発音。
天龍の咆哮ごと、一閃が斬り込んでみせた。ホムラは一瞬表情を歪ませる。崩壊したホテルは二人の足場を失わせる。完全崩壊まで数十秒。
蓮夜が動く。
まさに、蓮夜の持つ機動力は狭い空間だからこそ発揮された。縦横無尽に建物内を駆け巡る。
ホムラはマーシャル・アーツのギアを一段階上げた。魔力はさらに荒ぶる。
しかし、それを嘲笑うように蓮夜の動きは捉えることができない。
いつの間にか、肩に一閃が刻まれた。噴き出した血液はすぐさま熱によって蒸発していく。
鳴神流
鳴神蓮夜オリジナルのマーシャル・アーツ。蓮夜のマーシャル・アーツは極端な身体能力の強化ではない。最もたる強みは魔力消費の効率化である。
蓮夜の魔法は雷を放出する。あくまでも放出することが本質にある。それを『纏う』という形にし、プラスとして蓮夜の驚異的な戦闘センスによって成り立たせている。
だが、『纏う』ことはできても、雷は常に放出されている。常時魔力が解放された状態である。実のところ、それは非常に効率が悪い。魔力消費量と実利が伴わない。普段、蓮夜がマーシャル・アーツに特別使用しないのは、それをしなくても問題ないから。
ホムラという強敵を前に、蓮夜はマーシャル・アーツを使用した。
放出する魔力と雷を自身の身体に循環させる。本来、放出するはずの魔力を最大限利用することができる。反転し、結果的に蓮夜のパーフォーマンスは最高の状態と化す。
蓮夜は空中を蹴り出す。
ホムラの懐にもぐりこみ、さらなる一撃を加えようとした。その寸前。
「――罪火、」
頭上と、
その両方から異常な魔力を検知した。
「鳴神流MA――」
蓮夜は動揺しない。
循環された魔力を消費し、雷は機動力は倍増させる。
疾さは時に、あらゆる事象を凌駕する。罪火が解放される前に、ホムラに到達した。刀は既にホムラに向かっている。
「電光石火」
ホムラの、首筋へ。
剣筋は揺るがない。その方向へ滑らかに進んでいき。
チリッ、と首筋に嫌な感覚を覚えた。
蓮夜自身に。
「――
蓮夜は視た。同時に舌打ちしたい気分に襲われる。
頭上と地面。ゆえに、二つの罪火が現れていると蓮夜は感知した。感知したつもりだった。しかし、実際は違った。
既に罪火は、
全方位に設置されていた火柱。それらは蓮夜という一点に凝縮するために、降り注がせる。
ホムラは笑う。
「さあ、どうする?」
「――鳴神流MA、極雷」
マーシャル・アーツで溜め込んでいた魔力を、放出へ入れ替える。雷と火。解放された魔法はぶつかり合い、混ざり合い、ホテルを文字通り消滅させた。
二人の戦いは終わらない。
一つの空間が消し飛ばされ、歪みながらも。
蓮夜は飛び出した。ホムラもそれに続く。蓮夜は火を纏っていた。身体の節々に火傷が刻み込まれる。対するホムラもまた、雷の斬撃が刻み込まれている。
蓮夜は柄を両手で持つ。
「――流々の雷天」
轟雷が爆ぜる。
解放されし無限の雷の斬撃。
ホムラは、ははッと、笑いながら手を突き出す。
「――
それが同時に行われる巻神家の秘術。
蓮夜は微かに目を見開いた。雷の斬撃は膨れ上がる火に飲み込まれ、刀ごと押し返された。
ホムラが一歩、進む。
蓮夜の間合いに入り込んだ。瞬間、反射的に蓮夜は刀は振るい返す。ホムラは拳で対応する。刀がホムラの拳に触れた瞬間、爆ぜる。爆発音が響き渡る。
刀は衝撃により吹き飛ばされる。どこかの彼方へと。無防備となった蓮夜に、ホムラはすかさず一撃を加えようとした。
繰り出される火の魔法。振りかざす寸前、蓮夜はホムラの腕をじかに掴んでいた。
魔力が、荒れ狂う。
蓮夜の存在感が、一気に際立つ。
「――マギア、」
無意識の内に、ホムラは受け身の姿勢を作り上げていた。遅れて、自身の想定以上の衝撃が襲い掛かる。魔力と雷の解放。その衝撃を殺すことはできず、ホムラは地面に激突する。
君臨する、蓮夜の御姿。
黄金色に輝く全身。逆立つ雷の髪。
魔法使いの境地。
――
蓮夜が見下ろすと、刹那、巨大な火柱が立ち上がる。燃え上り、空気を焦がす。
立ち上がる、ホムラの御姿。彼もまた、魔法使いの境地に足を踏み入れた。全身を赤く燃え上がらせ、日輪が背後に出現する。まさに、太陽の化身。
――御姿、
ここに、二人の最強が次なる領域に突入させる。
ホムラは笑う。笑い続ける。
「――いいねッ、やはり、キミは最高のライバルだ」
「黙れよ、きめえんだよ」
魔力が、ぶつかり合う。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
◆――秋葉魅羅
エヴァン・マギアードの話を聞いて。クライの慟哭を耳にして。千年前の物語を思い出して。ミラは、自身を振り返った。
自分は〈色欲の魔法使い〉。
かつては、ホムラ側にいた者たち。
時折、自分が〈平和の杜〉にいていいのか、よぎることがある。もちろん、その答えは出ない。というか、〈平和の杜〉からいなくなるつもりなどまったくないのに、自己嫌悪だけが顔を見せるのだ。
こういった自己嫌悪をするとき、ミラはコーヒーを作るようにしている。そうしていると、土浦との言葉を思い出して、心が安らぐ。とても、かつての〈色欲の魔法使い〉とは思えないほど、自分は穏やかでいられる。
コーヒーを作っていると、夕夜が顔を見せた。ミラは目を丸くする。
「どうしたの?」
「……いえ、物音がしたので。ミラさんは?」
「目が冷めて。飲む?」
「じゃあ、……お言葉に甘えて」
二人ぶんのコーヒーが並ぶ。
ミラは向き合う形で夕夜と座った。夕夜はコーヒーを飲んでひと息ついている。不思議な時間だ。一度は死んだと思われた人物とコーヒーを飲み交わしている。
「――エヴァンは元気そうだった?」
ミラはそう、口にしていた。
夕夜は微笑む。
「元気ですね」
「……あの人は、」
言いかけた言葉を閉じる。自分はその先に何を言おうとしているのだろう。後悔を言おうとしているのか。懺悔を吐露したいのか。
「あの人は、優しい人です」
夕夜はそう続ける。
「たぶん、僕たちは友人になれた」
ミラの表情がくしゃりと歪む。
「……ミラさんは、これからどうするつもりですか?」
「えっ?」
「すべてが終わったあと、あなたはきっと、誓約から解放される。同じ時の流れを生きることができる」
未来の話。何故か考えていなかった。
いまさらながら、とも言える。自分が普通の生活になるなんて、考えもしていなかったから。もし、解放されるなら。ミラはどうするのだろうか。
「〈灯の集い〉を繁盛させたいかな。あとは考えてない」
「ふふ、いいですね、それ」
夕夜は笑う。
「夕夜は?」
ミラは訊ねる。
夕夜は、笑うだけだった。
答えなかった。
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