#013 混戦

 ――現状報告――


 第五層

 神凪空音

 東雲茜

 アンジュ

 稀咲睡蓮

 牧野冬美

 鵜坂白奈&部隊

 知久圭人

 早坂瞬


 第二層

 センジュ vs 皇秋人

  介入 鎧塚哲朗 vs 何者?



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 混戦に突入した同時刻。

 茜が最初に放った水龍ノ理:『赫』によって空音と分断された沙霧は第三層へ足を踏み入れていた。単独行動で襲いかかる〈嗤う死神グリラフ〉の残党を蹴散らしていた。


(神凪と離れてしまった……)


 沙霧は、自分を責める。

 沙霧は何も空音の同行をしていた訳ではない。それを名目に監視するという別の使命もあった。

 睡蓮は空音を信用した訳ではない。その戦力のみを欲したのだ。利害関係の一致。元々、空音は椚夕夜という悪魔を生み出した元凶。

 相容れるはずがない。


(……というか、神凪は、よりにもよって睡蓮様を呼び捨てっ? 羨ま……じゃなくて、烏滸がましいにも程がある!)


 沙霧は、さらなる一歩を踏み込もうとした。

 その時だった。

 通路の地面。途切れるように、銀が侵食しているのを、見た。


「……! こ、これって、」


 間違いない。白銀識の魔法。

 それに気づいたときには、沙霧の動きは速まっていた。銀の地面の上に、小さな雲を作り、その上を駆けていく。


「――」


 そして、沙霧は見た。

 通路が『十』に交じる。その中心。

 ある戦闘が行われていた。一方的な戦いだった。識は、意識を失い倒れていた。 


(識さんが、負けた――?)


 呆然としていたのは数秒。

 遅れて轟音。沙霧は強制的に現実に引き戻される。ある人物と、センジュ・哲朗が戦っている。鴉の幹部。それなのに、二人は完全な劣勢だった。


「あ〜〜! もうっ。識ちゃんも負けたっっ!」

「元々敵だろうがッ!」

(何が、起きて――)


 センジュが、沙霧の存在に気づく。


「ちょ、危ないッて!」

「――は?」


 気づいたときには、というやつ。

 沙霧の目の前に、一閃。沙霧は反射的に雲を出現させていた。現段階で沙霧が出せる最高級の雲。あらゆる攻撃を吸収する。

 だが、それは呆気なく。

 


「――」


 二度目の衝撃。

 雲が弾けると同時に、沙霧は、その人物を見た。肌で、魂で感じ取った。


「なんで、お前がッ!」


 直後、一閃は沙霧に刻まれた。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 同時に動いたのは、圭人&瞬と睡蓮、そして空音だった。

 彼らには豊富な実戦経験があった。不測の事態に対しても、驚きこそあれど、が早い。

 だが、それぞれ別の矛先を向けていた。空音はアンジュへ。圭人は稀咲睡蓮へ。瞬は圭人の補助。そして、睡蓮は全体に向けて。



「紅蓮ッ!」

「狂い咲け、荊棘ッ!」

「天海唸れ――」



 その場は、一気に荒れた。

 第五層。広大な場に大量の水が波のように叩きつける。同時に、圭人の荊棘は発動された。無限増殖を続ける荊棘ご睡蓮の魔法と激突した。

 空音は、白刀に白炎を纏った。

 一歩、踏み込み、一閃を。


「  」


 その時、空音は見た。

 アンジュが手に注射器を握っていた。黒く、濁った液体。それを首筋に向けて刺した。アンジュの目が大きく見開かれ、体が痙攣した。

 直後。



 その場に発動されていた魔法が、無効化された。



『――!?』


 睡蓮の魔法も、圭人の魔法も。

 それら全ての魔法が、ことごとく消え去った。


「……え、」


 その声を漏らしたのは、誰だったのか。視線は自然とアンジュに向けられることになる。手に、黒刀を持ち、黒い閃光を放つ。


(今、魔法が、消えた……?)


 空音は衝撃を受けた。

 今まで、魔法使いの歴史において。魔法を無効化する魔法。その矛盾を成立させた人物は一人しかいない。


「あり得ない……、」


 そう呟いたのは、茜だった。


「――有り得る話じゃよ」


 茜の言葉に答えたのは、部屋の隅にいたドクターだった。空音はドクターに目を向けて、表情を揺らした。ただの非魔法使いであったこと、どこにてもいそうな、そんな存在であったことに驚いていた。

 睡蓮もまた、ドクターに睨んでいた。


「ドクター……、」

、睡蓮」


 バチッ! バチッッ!

 黒い閃光を放つアンジュは嗤う。


「皆殺シでス」


 アンジュは、黒い閃光と共に動いた。

 狙いは空音へ。空音は咄嗟に白炎を纏った白刀で受け止めようとした。

 黒と白の衝突。それは刹那のごとく。白炎は消し飛び、白刀を通じて衝撃がやって来た。魔法を無効化された反動。空音は一気に吹き飛ばされる。


「それは、私のだッ!」


 茜が動く。

 天翔+水切。

 風と水の混合。鋭い一閃が放たれていた。アンジュは反射的に振り向きざまに黒刀を振るっていた。触れた直後、茜の攻撃は消滅した。


「っ……、」


 茜は表情を歪ませながら、それでもなお、動きを止めない。握る赤刀が光り輝く。


「返せッッッ!!!」


 灼熱の太刀。燃え上がる赤刀を茜は振るった。空音は目を瞠る。今まで見たどの攻撃よりも、疾く重い。アンジュの首筋を狙って弧を描いていく。


「――紅蓮」


 アンジュから、紡がれる。

 茜の目が、見開いた。

 放たれた黒炎は、一瞬にして茜の赤刀を呑み込んだ。そのまま勢いは消えず、茜は吹き飛ばされた。



 同時並行で、別の戦いも行われている。

 冬美対睡蓮。

 冬美がアンジュに意識を向けていたのは、ほんの一瞬。それまでの間に駆け巡っていたのは、優先順位だった。

 冬美の最大の目的は、黒天を取り返すこと。しかし、目の前の敵こそが、壁となりうる。

 稀咲睡蓮。彼女もまた、黒天を狙う一人。圭人と瞬が介入したことで、数の利は冬美にあった。

 圭人が動く。無数の荊棘の集合体。それは意志を持つかのように蠢く。


「狂え――、」


 一斉に発射。荊棘の矛先が睡蓮を襲う。睡蓮は手を突き出す。


「――水罰」


 瞬間、荊棘の動きが、不自然に『固定』される。見えない水の膜が全方向から荊棘を押さえつけていた。


「咲けッッ!!」


 だが、それは圭人も想定済みだった。

 荊棘は突如破裂し、そこから現れた無数の棘が睡蓮を狙う。睡蓮は水のヴェールを敷いて、阻もうとする。


「っ……、」


 刹那、睡蓮の表情が微かに歪む。

 胴体に、棘が刺さっていた。

 よく見ると、棘が消えては現れる。不規則に、複雑に。瞬間移動している。その原因は判明している。圭人の背負う、瞬だ。



「――カラクリ」



 瞬の紡いだ魔法。

 物体の瞬間移動。それまでは『個』を瞬間移動させてきたが、この場合、『面』を対象とする。空間全体における、限定的な瞬間移動。

 ある空間を丸々瞬間移動させ、その行き先は瞬自身にも不明。言わば、睡蓮を中心に棘をシェイクしている状態。

 睡蓮は、目を見開く。

 意識は、棘に向かざるおえない。

 だが、睡蓮が真っ先に注意しなければならないのは、ただ一人。

 その瞬間を、彼女は待っていた。

 冬美が、動いた。

 睡蓮の真横。抜刀の構え。踏み込むと同時に、何もない空間に氷が凝縮していく。ピキ、ピキと音を発しながら、氷の刀を形成させた。



「――雪名刀せつなとう



 一気に、振り抜く。

 睡蓮の視界は一瞬にして白へと染まった。

 刹那、第五層半分に大氷河が出現する。振り抜いた先から空気を凍らせ、地面を凍らせ、そこにいる者たちを巻き込んでいく。

 氷に、睡蓮は呑み込まれた。


「……」


 冬美は氷の刀を下ろす。

 背後に、振り向いた。

 黒刀を手にした、アンジュが立っていた。

 空音も茜も、アンジュから離れた場所で武器を構える。


「……それは、わたしのものだ」


 冬美は刀の切っ先をアンジュに向けた。アンジュは鼻で笑う。


「少なくとも、貴女のものではないでしょう?」


 冬美の表情が大きく揺れた。徐々に怒りの表情へ染まっていく。

 圭人と瞬が冬美の隣に着地する。現状の構図としては、冬美が有利か。


「空音ちゃん……」


 瞬は視線の先にいる空音を見て呟いていた。奇しくも、四年ぶりの再会となる。

 誰も、踏み込めない。

 踏み込めば、その瞬間を狙われる。この拮抗は最も不自然な上に成り立つ。

 沈黙は、続いた。

 長かったか、短かったか。時間間隔があやふやとなる頃。

 その時。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 白奈は、ドクターを睨みつけていた。

 背後からは重い戦闘音が響き渡る。

 ドクターはふむ、と声を出した。


「戦わんでいいのかのぉ?」


 白奈はドクターに手を突き出していた。掌に風が収束していく。


「お前は……自分の状況、わかってるの?」

「わかっておるわい。お主に殺されようとしている。おお、そうじゃ。儂はできるならば魔法によって殺されたいしのぉ」

「……」


 狂ってる。

 白奈は苦々しく表情を歪めた。


「お前は、悪魔だ」

「悪魔という存在はまだ実証されてないのぉ」


 掌に込められた風は荒れていく。


「ちょ、白奈さんッ!」

「だめですっ! 生け捕りだって冬美さんも言ってたでしょうが!」

「オレたちも戦いに参加しなければッ!」


 部下たちの声も聞こえない。

 白奈はただ、目の前の化け物を殺すことを、使命のように感じていた。

 滅せよ。滅せよッ。



「――ああ、お主の母親のことだが、」



「  」


 白奈の目が、見開く。



「――お主の母親は、シリアルキラーなんぞではないぞ?」



 意識が暗転する――。

 直後、白奈という器に浮上したソレ。

 白奈ではない、巻神狂はニヤリと嗤った。


「ルール違反だぞ、クソジジイ」

「なぁに、ちょっとした時間稼ぎじゃ。儂もまだ、死にたくない」


 狂は、風を解放した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 くすくす。くすくすくす。くすっ。

 少女の嗤い声が、響いた。

 冬美が作り出した大氷河の一角。そこに一人の少女と、宙に浮いた老人が立っていた。

 黒の和服に、巻いた髪。手に持つ扇子には塔の絵が描かれていた。



「――ごきげんよう、魔法使いのみんな」



 意識は一瞬にして少女に持っていかれた。誰もが、息を呑んだ。

 部屋の片隅から風が吹き荒れていた。遅れてやって来る追い風に、空音の髪が靡いた。

 空音は、少女に、初めて対面した。


(あれが――、)


 少女は、嗤う。



「わたしの名前は宿命と書いて、ヤドリ・ミコト。さぁて、みんな。殺し合おうぜ」

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