#012 ドクター
「シッ――!」
手に鎖を収束。そして、一気に放つ。
センジュの放った鎖は閉ざされたバリケードに向かっていく。接触と同時にバリケードに閃光が走った。
物量で攻めた鎖は呆気なく弾かれてしまった。
(……やっぱり、だめだわぁ)
バリケードは通常の壁よりも強度がある。センジュは知らなかったが、壁より流れている魔力からマーシャル・アーツの原理で壁そのものの耐久性が高まっているのだ。
遅れて、バリケードの先から轟音が伝わった。その先に、壁を隔てた一歩先で、冬美が戦っていた。
こんな形で分散されるとは想定外だった。今の冬美では、睡蓮に勝てるかは怪しい。……睡蓮の性格上、冬美が殺される可能性は低いが。
(冬美ちゃんの暴走はちょっとどうなるかわからないからねぇ……!)
センジュはさらなる攻撃を加えようとした。
その、寸前。
かつん、と。
足音と共に、センジュの背後から何か飛んだ。鋭い勢いでセンジュを狙っていた。
センジュは咄嗟に鎖を圧縮させ、盾のように広げさせる。その何かと衝突する。金属同士が鳴り響く音。火花が散った。
センジュは、その何かが、十字架のような形をした剣だと気づく。
鎖は膨張し、剣を呑み込む。刹那、剣の感触が消え失せる。剣自体が消失したのだ。
センジュから少し離れた先、一人の男が立っていた。手に先程の剣を握っていた。
(……魔法自体が剣として具象化してるワケかぁ)
「お前、鴉のセンジュだな?」
「あら、ワタシのこと知ってるの?」
「ユキフルの腰巾着、裏切り者、楔家のご息女……色々知ってるが」
「ワタシのファンじゃない? 一方的に知られてるのは何というか――気持ち悪いわね」
男は、一歩踏み込んだ。
「俺はX機関所属・スメラギ」
「X機関? ああ、ドクター拉致られちゃった間抜けな集団のこと?」
軽い、反応を見たかった。
スメラギはセンジュの言葉に舌打ちした。
「それがなんだ」
(X機関の信仰者……ってワケでもない。苛立ってるから、バカにされることが嫌い? X機関もそれほど好きじゃなさそうだけど……)
「お前に会うつもりは一切無かったが、向こうは神凪に夢中だからな」
センジュの表情がピクリと動いた。
「貴方今、神凪って言った……?」
「ああ? 言ってねえよ」
(言ってたわね……)
センジュは自分の頬が緩んだのを自覚した。なんだ、やっぱり来たじゃないか。嬉しさが込み上げるような。
「さっさと潰して、次に行く」
スメラギは剣を構えていた。
センジュは眼中にないようだ。思わず、ふっと笑ってしまった。
「あら? 無理よぉ?」
「あ?」
鎖を、下ろしていた。
「貴方はここで、ワタシに負けるもの」
その時、スメラギの表情に確かに怒りが露わになった。
「――楔解放せし神凪の巫女よ」
鎖がセンジュの体を覆っていく。収束し、解放。鎖が放たれると、センジュの姿は激変する。魔力で練った装束に三番叟鈴を手にする。シャラン、と鈴を鳴らしてみせた。
楔の魔法使い、降臨。
「楔よ――、」
空間が歪み現れる無数の楔たち。
スメラギは動揺しなかった。既にセンジュの情報は仕入れていたのか。
一瞬の、沈黙。
やがて、激突――
その時に、天井が破れた。
センジュとスメラギの中間地点。その場所がいとも簡単に、崩れ去った。そこから現れた人物にセンジュは目を見開いた。
「哲朗クンっ!?」
哲朗は血を吐いていた。所々、硬化した跡が残っているが、尽く砕かれている。目に、涙を溜めていた。
「くそっ、何でッ! どうして
様子が、おかしかった。
何が、起きたのか。
その時、風穴が開いた天井から、降り立った、ソレ。
感じた魔力に、センジュは、息を呑んだ。あまりにも懐かしかった、あの――
「まさか――、」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
鴉の中で、最も早く五階層に到着したのは、まさかの白奈だった。
強敵に出会うこともなく、道に迷うこともなく。正攻法で進んだ結果である。第五層へと足を踏み入れた瞬間、白奈の背後から息を呑む声がした。
それも、当然だった。
ただ広く、何もない一面。
それが第五層だ。地面は黒くなっている。元々の、積み重なった血の色だ。ここでは無数の実験が繰り広げられた。それこそ、かつては機器や被験体たちで溢れかえっていた。
それを、鳴神蓮夜が消し飛ばしたのだ。その跡が、第五層。
白奈は、歩き出す。
一歩踏み出すごとに、ここでの記憶が蘇っていく。何度も何度も。言葉にするのも避けるほどの実験が行われた。
足音は反響した。静寂に満たされる空間。
「ん?」
声を出したのは、オトハだ。
「あれって……?」
それは、不自然にあった。
第五層の端っこ。張りぼてで建てられた部屋があった。一室しかなさそうな広さに、絵で描いた扉。
「……ここに、ドクターが?」
また、誰かが口にした。
シュールな光景に、困惑したような声音だった。白奈は、扉の前に立つ。ドアノブは無い。押すためだけの扉だ。
「……」
ドクターと会うのは、何年ぶりか。
今は逃げることは許されない。
扉を、押した。
「――おお、鵜坂白奈じゃないか。久しぶりだのぉ」
ソレは、老人の形をしていた。
皺くちゃな皮膚。小さい眼鏡を鼻に掛ける。笑ったような、細い目。白衣がこれほど似合う者はいないのではないか。
「嘘、だろ?」
声を出していたのは、誰か。
白奈は冷めた目を、ドクターと呼ばれる悪魔を見ていた。
ドクターの部屋は、和室のようだ。畳が敷かれ、その中心に卓袱台が配置される。本当にテレビで見るような構図。その卓袱台に座り、粗茶を飲んでひと息ついている。
まるで、普通の老人だ。
時の流れに身を任せる。
「こいつが、ドクターだって?」
そう、ソレは、普通なのだ。
「――ドクターは、非魔法使いだったのか?」
噂は広がるにつれて変化する。
伝言ゲームと同じ原理。そもそもとして、噂は真実を流布するためではなく、面白おかしく話題性を持たせるためのものではないか。そのように、白奈は思えた。
ドクターは白奈を見ても、動揺はしない。まるで久方ぶりに孫娘にあったかのような。そんな軽い反応なのだ。
「なんじゃ、お主が儂を助けてくれるのかのぉ?」
「――お前を、殺しに来た」
白奈は、感情に支配された。
白奈が、白奈の中にいる誰かが。目の前にいる悪魔を祓えと言った。滅せよと叫んだ。目の前にいるソレは、生きていてはいけないのだと。
掌に風を収束し、解放しようとした。
その、直後。
ドンッッッッッッッッッッ!!!
轟音が、響き渡り。
第五層まで貫き、黒炎が荒れ狂った。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
黒炎は、第五層まで貫く。
その地点にいた者たちすらも巻き込んで、落ちていく。
それは、奇跡的に、偶発的に。
第五層に、登場人物たちを集わせた。
冬美は天井から噴いた黒炎に呑まれ、第五層まで落下した。第五層へ突入と同時に、着地点に氷を放ち、スケボーのような容量で勢いを殺す。着地。
すぐさま目に入ったのは、睡蓮。睡蓮もまた、第五層へと足を踏み入れていた。
金色の水は途切れ、元の状態へと戻っている。着地する際、水の膜が睡蓮を守っていた。
「冬美――!!!」
頭上から、声が聴こえた。
何もない空間から現れたのは圭人と瞬。圭人は瞬を抱え込みながら着地する。
(あっちには、白奈……?)
部屋の隅っこにて、白奈隊がいた。
そして。
三人の人物が、着地する。
冬美は、その一人を見て、息を呑んだ。
「空音さん、」
神凪空音。東雲茜。アンジュ。
三人の魔法使いたちが、到着した。
事態は、混戦へと突入していく――
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