#011 七つの黒天⑤

「進めッ!」

『おー!』

「進め進めッッ!!」

『おー! おー!』

「進め進め進めッッッ!!!」

『おー! おー! おおおおぅ!』



 実に、滑稽な光景と言えた。

 哲朗隊は何故か男気溢れる濃い面子だ。彼らメンバーもまた、椚夕夜ではなく、哲朗の人柄によって集った魔法使いたち。必然か偶然か。そういった星の下に生まれたのか。哲朗の掛け声と共に、雄叫びが響き渡る。



「道迷ったぁぁぁアッ!」



 白奈隊が第四層に足を踏み入れる時。

 哲朗隊は第一層。一番最初の時点で躓いていた。感覚的なタイプである哲朗にとって、ラボはとことん相性が悪かった。


「兄貴ッ、ここは一度壁をぶっ壊すっていうのも一つの手かとッ」


 部下が口々に言う。

 彼らもまた、哲朗と同じく『脳筋』と呼ばれてしまう人種だった。

 実際、その方法は早い段階で試していた。対魔法防止策の壁。魔法による破壊は不可能に近い。但し、実は抜け穴はあっさりと見つかる。

 魔法による攻撃は無効。魔法によって起きた事象によるもの……つまり、バリバリの物理攻撃であれば話は別だ。哲朗の魔法による一撃であれば、もしかすると……、という希望が見える。

 だが、全力は否めない。これからの戦いを考えると魔力は温存しておくべきだった。


(……まあ、未だに遭遇はしてねえが、)


 哲朗は強硬手段へ移行しようとした。



 かつん。



(――!)


 哲朗は、動揺を押し隠した。

 いつの間にか、哲朗の視線の先に誰かがいる。気配も感じさせず、その場に唐突に現れたように見えた。

 部下たちもまた、その人物の存在に気づく。


「あッ? お前、ナニモンだっ!?」


 早速喧嘩腰になる部下たち。

 人物の姿は、暗がりの闇に紛れており、視認が困難だ。


(――あ?)


 哲朗は、違和感を覚えた。

 その人物を視たとき、ふと、襲われた、


(オレは……こいつを、知ってる?)


嗤う死神グリラフ〉の残党。頭の中で浮かび上がったものはすぐさま否定された。〈嗤う死神〉とも、確かに面識はあるかもしれない。

 だが、会えば、思い出すはずだ。

 かつての仲間を、殺した敵に対する憎悪を。

 それがない。

 むしろ、すとんと心の中に入り込むような、安心感を覚えてしまった。


「おい、お前――、」


 その人物は、一歩踏み込んだ。

 ラボのどこからか差し掛かった光が、その人物を照らした。

 視認したとき、哲朗は目を見開いた。


「お前はっ――!?」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



「あれ?」

「ん?」


 バッタリと。

 圭人隊と瞬隊は合流してしまった。

 第三層。複雑怪奇と化したラボ内において。二人は遭遇した瞬間、目を見開いた。だが、圭人は見逃さなかった。瞬が圭人を見た瞬間に、仄かに漏れ出た喜びの表情を。


「ご、ごほんっ」


 瞬はわざとらしく咳をした。


「ま、まあ。合流しちゃったんだしっ。仕方ないんじゃないかなっ」


 瞬は満更でもなさそうに言う。


(いやいや、どう見たって知久さん探してたじゃん)

(しっ、ぜってえ言うなよ。こういうのは見てておもろいから)

(くずだな)


 瞬の部下からの声も、聞き取ることはできなかった。


「それじゃあ、俺はあっちの道に行くから、お前はそっちに行け」


 圭人が示したのはお互いが真逆へと進む道。瞬の表情が徐々に沈んでいく。


「なんで――?」

「なんでってそりゃ……効率を良くするためだ」


 圭人と瞬の間に、微妙な雰囲気が生まれる。


「け、けど、やっぱり。みんなで一緒のほうが――」


 瞬は、それでもなお粘ろうとした。誠心誠意。心に訴えようとした。そうして、圭人と目を合わせて愕然とした。

 圭人は瞬に対して、冷たく、鋭い視線を向けていた。その瞳から読み取れる落胆と失望が混じったもの。瞬は、言葉を閉ざしてしまう。


「俺は冬美のように、ここの残党たちを滅ぼそうなんて……んなこと考えてはねえが。黒天だけは、それだけは。取り返さなきゃいけない。それは、お前だってよくわかってるだろ?」


 それは、何も黒天の存在が三大クランの勢力図を覆すほどの危険な代物であるから、という理由だけでない。

 黒天が、そのものであるから。


「――ダチの魂を戦争の道具にさせてたまるかよ」


 ぽつりと、圭人は呟いた。

 圭人はそれだけ言うと、瞬から離れていこうとする。

 不意に。

 瞬に襲った感情。

 その正体が何であるのかわからない。息苦しく、急かすような。圭人の袖を掴んでいた。


「――ま、待っ、」



 直後、頭上の天井が、崩れた。



『――!?』


 それは、一瞬にして二人を巻き込んだ。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 圭人と瞬が出会う、十分ほど前。

 冬美は優勢から一転。不利な状況に立たされていた。冬美の視界の先に広がる、無数の睡蓮たち。金色の水を操り、冬美を翻弄していた。


(倒しても倒してもキリがないっ)


 冬美は内心毒づいた。

 睡蓮の技・金色清流。多次元存在を生み出す魔法。冬美の魔法で凍らせても凍らせても、新しい睡蓮が別世界から登場していく。

 数ほど有利なものはない。

 放たれる無数の水の斬撃。冬美はどうにか回避しようとするが、場所が悪い。一方通行の通路。いつの間にか、睡蓮の策に溺れている。


(あの女、ここに来たことがあるっ?)


 数的。地理的。睡蓮の戦い方には無駄がない。

 一つの芸術のごとく、洗練されていた。

 睡蓮は、一気に魔力を高めた。

 通路全体に、水の膜を作り上げた。本能的に理解する。通路全体を水に満たすつもりだ。


(――!)


 冬美は、魔法を解放する。

 周囲が凍っていき、大気からピキ、ピキと音が鳴った。


「……不思議な話です」


 睡蓮から、声が漏れる。


「四年前、私たちは一人の魔法使いに翻弄され、ある意味、彼は目的を達成する寸前まで到達してみせた。……そして、今。私たちは再び、こうして戦う。彼が遺したものを巡って」


 睡蓮の瞳は、柔らかくなっていた。

 一人の少女を、諭すように。



「――椚夕夜は、それほど、大きな存在だったのですね」



 冬美は目を見開いた。息を、呑む。唇がわなわなと震え、何かを言葉として言おうとする。けれど、失敗する。言えず、口を閉ざす。

 ただ、睡蓮を見据えていた。

 一瞬の、沈黙。

 水の膜に波紋が広がる。徐々に揺れの幅が広がっていく。冬美の周囲には、結晶が生まれては消えを繰り返す。

 沈黙は、破れた。



 激突――




 ドンッッッッッッッッッッ!!!




 ――は、起きない。

 突如、頭上の天井が大きく崩れた。

 そこから。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 さらに、時は遡ること数十分前――……。



 黒天を持って現れたアンジュに、私は黒天に視線を向けていた。

 間違いない。アレはクヌギくんの黒天。正真正銘の本物。目尻に熱がこもる。

 だが、感傷は一瞬にして消し飛ぶ。

 アンジュは私を捉えた瞬間、地面を蹴り出し、私に襲いかかったからだ。あの、奇妙な剣を振り抜いていた。

 私は後れて白刀で受け止めた。〈力の魔法使い〉としての能力が発動される。

 力の向きが、私の方へ。

 全身に重く響く一撃。


「――反転」


 だが、原理はわかっている。

 アンジュの魔法を発動。私に向けられた力の向きを、アンジュへ。アンジュの剣は容易に弾かれた。

 だが、それはただの挨拶代わり。アンジュの手にしていた黒天が、形を変えた。

 黒刀の姿へと。


「――!」


 振るわれる一閃。

 直後、私とアンジュの横を、赤い水の槍が襲った。

 私も、アンジュも。反射的に跳躍していた。水の槍は、地面に着弾すると同時に、一点へ圧縮していく。地面が螺旋状の窪みを作った。

 私たちの構図は、互いが互いを牽制し合う、三角の位置にいた。

 アンジュが、黒刀を下ろす。


「最高の素材と言わしめた東雲茜に、宿敵、神凪空音。最期に相手するのは、貴女たちですか」


 東雲さんが、アンジュを睨みつけた。


「その黒天を、返して」


 ドスの利いた、低い声だった。


「拒否します」


 即答した。


「私はこのチカラを、手に入れたんですよ。これでようやく、ヤドリ・ミコトを殺せる」


 東雲さんの表情が、ピクリと。


「――ミコトを?」

「ええ、このチカラを、見せつけてやるんです」


 黒刀を、かざした。

 直後、無から現れたのは、巨大な黒炎だった。その黒天には〈炎の魔法使い〉のチカラが保存されていた。


「焼き払え」


 それは、一瞬だった。

 アンジュが振り下げると同時。

 私と東雲さんは、黒炎に巻き込まれる。熱が、肌を撫でる。灼けていく。その黒炎は濃く、重かった。私は咄嗟に受け止めていたが、完全に押された。


「ッッッ――!!」


 あまりにも、巨大なチカラ。

 よく見ると、アンジュの皮膚にピキッ、と亀裂が走っていた。自分の実力以上のチカラを、無理矢理引き出しているのだ。



 それは、あまりにも唐突だった。



 黒炎の強すぎるチカラによって、地面が崩れた。そのまま落ちていく。地面は、次々と突き抜けていく。

 第五層まで――、落下した。

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