#010 七つの黒天④

「展開ッ!」


 私の声と共に、宙に無数の白刀が出現する。その切っ先は、中心にいる東雲さんへ向けて。

 私は、地面を強く蹴り出した。

 同時に、白刀が東雲さんに襲いかかる。東雲さんは、天翔を解放し、白刀を優雅に回避していく。

 白刀の嵐を掻い潜るように、私は東雲さんの間合いに足を踏み入れていた。


「紅蓮――」


 白刀に、白炎が帯びる。

 私は東雲さんの胴体に向けて、白刀を振り上げていた。


「――一閃ッ!」


 放たれた一閃。白刀が通った先の空間が炎によって揺らぎを見せた。


「炎:『赫』」


 一閃を阻むように出現した赤天は荒々しく燃え上がった。〈炎の魔法使い〉緋村の魔法。しかし、緋村よりも濃密な、圧縮された炎だ。白炎が、呑み込まれていく。


「――解放ッ!」


 私に生まれてしまった隙を、東雲さんは見逃しはしなかった。天翔の解放。放たれた圧縮されていた風。視界が白に染まり、吹き飛ばされる。


「ッ――!」


 風は全身を叩きつけるかのようだ。宙を回り、上下左右の感覚が狂っていく。手に持っていた白刀だけが、私の意識を保たせる。

 白刀を、地面に突き刺した。腕から肩に掛けて全体重の衝撃が襲いかかるが、吹き飛ばされないよう、着地。



「神凪空音ッ――!」



 東雲さんは既に、追撃していた。

 赤刀を手に振り抜いていた。


「――灼熱ッ」


 赤刀が、燃え上がる。

 鋭く、重い一閃が、私へと向かっていく。刻もうと、してくる。

 ああ、本気で殺そうとしている。

 今、はっきりと悟った。

 お互いの視線が交り合っていた。東雲さんの瞳が、見えた。酷く濁っていた。映し出されるはずの私はいなかった。その目を、私は知っている。

 クヌギくんと、同じ目だ。

 東雲さんは、何かを失ってでも、手に入れたいものがあった。その為に、色んなモノを捨てた。色んなモノを、得てきた。

 私を殺すことで、東雲さんは得ることができる。

 何を――?

 捨ててきたことへの、懺悔。

 流れる一閃は、スローモーションのように、捉えることができた。



 不意に、この四年間を思い出す。

 たった四年。あっという間に過ぎた時間。

 されど四年。変わってしまった世界。変わってしまった人。変化するには十分な時間。

 私はこの四年間を変わらないで過ごした。そうやって生きていた。不変の在り方を信じていた。

 当事者たる私が、目を逸らしていた。

 逃げていた――とは、少し違うのかもしれない。ただ一歩身を引いて、傍観していた。

 魔法使いの戦いは終わらない。

 王が、在り続ける限り。



 迫りくる一閃。

 私は、手で掴んだ。


「ッ――!?」


 じゅう、じゅう、と灼ける音がした。

 私の手は、黒く染まっていた。〈夜の魔法使い〉安藤影助の、影の魔法。影を腕に纏う。

 東雲さんは、赤刀を引き抜こうとする。

 私は、離さない。決して。


「……ここからも見える、王の塔、」


 言葉は、自然と出ていた。


「そこから一時間に一度鳴る王の鐘。それを、聴くと、私はいつも思いました」


 東雲さんと、目を合わせる。

 驚いたような、怒ったような。そんな動揺の瞳。



「――魔法使いは、いつだって世界を狂わせる。そういう存在なのだと」



 東雲さんは、歯を食いしばった。


「何を、今更ッ! それは、あんただって同じでしょっ!?」

「……はい、同じです。同じ、なんです」


 私は、当事者だ。

 この戦いを引き起こした責任がある。


「私は、東雲さん。貴女を止めるために、戦います。誰も……クヌギくんだって、貴女がこの世界に来ることを、望んでなんていなかった」

「っ……!」

「よく、聞きました。貴女と、相模さんと、クヌギくん。いつも一緒で、仲が良かったと」

「それを、あんたがッ――!」

「私がっ、……壊したんです」


 私の手を纏っていた影は、赤刀まで飲み込もうとしていた。


「――私が、責任を果たさなければ、ならないんです」


 赤刀が、すっぽりと影で染まった。

 いつの間にか、東雲さんは一歩引いて、別の赤刀を手にしていた。すぐさま振るっていた。動揺は押し殺せなかったのか、剣筋にもろに現れている。

 容易に、対応できた。

 赤刀を弾いた。


「っ……、」

「手始めに、私が貴女を、救いますッ――!」


 振るった一撃。

 一番、しっくりと来たものだった。

 今まで、無限に近いほど振り続けていた。その中でも、自分が良いと思えるものは、両手で数えるほどしかない。

 その一撃は、ゆっくりと東雲さんへ向かっていき。



「ふざけるなっっっ!!!」



 大爆風。

 生じた竜巻が、周囲を一気に巻き込んだ。私は、後ろへ跳躍していた。竜巻が晴れた先に、息を切らした東雲さんがいた。


「救いなんて、ないんだよっ! 私にはもうっ! 殺し合えっ! 神凪空音っ! 私と、戦えッ!」

「……」


 白刀を、構えようとした。

 その、直後。



「――ようやく、見つけました」



 地面が、大きく崩れた。


『――!?』


 私も、東雲さんにとっても。

 想定外の出来事。誰からの介入。

 浮遊感に襲われたのは一瞬。地面に着地した。ラボの第一層に、図らずも踏み入れていた。


「お久しぶりですね、神凪空音」


 聞き覚えのある声。



 刹那、共振。



「っ……!」


 私は、震えた。魔力の繋がりを、強く強く感じたのだ。壊れた天井から月光が差し掛かる。

 その人物を、照らした。


「アンジュ……」


 黒天を手にしたアンジュと対峙した。



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 水は凍る。当然の原理だ。

 空音が茜と戦闘を開始したと同時刻。

 別の舞台でもまた、戦闘は開始されていた。

 鴉の暫定リーダー・冬美。

 三大クラン〈イザナミ〉のリーダー・稀咲睡蓮。

 想定外の遭遇。直後開始された戦いは冬美の優勢に

 水と氷の拮抗。それは一瞬にして崩れた。水が凍らせていた。冬美は勢いと共に水を完全に凍らせた。


「センジュ」

「はいはーい」


 氷は通路そのものを塞いでしまっていた。冬美の言葉と共に、センジュが無数の鎖を放っていた。氷を貫き、睡蓮へ襲いかかる。


「……? いない?」


 センジュは、手応えを感じなかった。氷の壁が壊れると、睡蓮は冬美ちちから距離を取るように走っていた。――否、逃げていた。


(っ……! どういうつもりっ!?)


 冬美は動揺した。

 何故、一大クランを率いるはずの睡蓮が逃げを選択しているのか。自分には、戦うほどの価値も無いというのか。

 宙に、氷の礫を作っていた。

 刹那、放たれた氷の礫は一瞬にして睡蓮との距離を縮めた。


「水ノ輪、三式――」


 突如、睡蓮の周りに現れた水の輪っか。それは薄く引き伸ばされ、盾のように成った。


「水天」


 氷の礫を、呑み込んだ。

 水に呑み込まれた先から、氷が消えていく。冬美は動揺はしなかった。礫は囮。その間に、地面を蹴り出していた。


「ちょ、冬美ちゃん!?」


 センジュの言葉も振り切るように、突進する。景色が流れていく感覚。左右にある部屋がちらりと見えた。拷問器具、医療道具、牢屋のような部屋。ここで行われていた非人道的な実験の残滓。

 それらを、一気に振り切る。


「――雪華、」


 冬美の通る道が凍っていき、氷の華が咲いた。

 それは冬美を通り過ぎ、睡蓮を襲っていた。睡蓮は逃げる足を止めた。両手に水の輪っかを発動していた。


「水ノ輪、七式――」


 水の輪っかが、一気に広がる。

 円状のレーザーカッター。睡蓮は一斉に放っていた。雪華と、衝突。

 奇しくも、冬美と睡蓮の技は酷似していた。お互い、対象に接触することで、凝縮していた能力を一気に解放させる。衝撃に視界が白へと染まる。

 冬美はさらなる追撃を試みようとした。

 直後。



 冬美の背後から、天井が落ちた。

 否、正確にはバリケードが落下して、向かおうとしていたセンジュと分断されたのだ。


『……!』


 センジュの声は遮られる。冬美の耳には聞こえない。


「……」


 冬美は、睡蓮のいるはずの方角を見た。視界が晴れると、睡蓮は壁に隠されていた機器を操っていた。


「このラボは、逃亡防止の為の、様々なトラップが仕掛けられていました。それは、この一つです」

「……詳しいのです、ね」


 睡蓮は、水ノ輪を何十にも重ね合わせた。


「私たちは、貴女と戦うために来たわけではありません。この無駄な争いも、終わらせましょう」

「……それは、こっちのセリフだよ」


 睡蓮は、告げた。



「――金色清流」



◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇



 一方、白奈サイド。

 音羽の能力を頼りに、第三層へ足を踏み入れた。残党たちも鴉のメンバーは蹴散らしている。

 そんな中、問題が起きた。


「あれ? またぁ?」


 第三層以降、さらに構造が複雑化した。それは音羽の超音波を持ってしても、迷ってしまうほど。

 似たような、二つの道に分かれていた。


「白奈さぁん、だめですー」


 音羽は早々にギブアップを宣言した。

 白奈は背後にいたメンバーから徐々に鬱憤が溜まっていることを察していた。どうにか、変化が欲しい。

 しかし、迷ってしまうのは、仕方ない話だ。右か、左か。

 どの道を、選べばいいのか。



 ――右だっての



「……!」


 白奈は、目を見開いた。

 頭の中で、一言だけ。しかし、はっきりと聴こえた言葉。それが誰のものであるのか、疑いようがなかった。

 白奈の中に潜む別人格。

 巻神狂のものだ。


「……右に行くよ」


 白奈は、それから導かれるように、進んでいく。数ある罠も、無数の迷い道も、全て無視する。一本道を歩くように、手慣れた様子で進み続けた。

 そうして、呆気なく。

 四階層目へ続く階段を、見つけてしまった。


「おおっ! さっすが白奈さんっ! どういうからくりですかっ?」

「……」


 白奈は、答えない。

 答えられない。


(狂もこのラボに来たことがあるってこと――?)


 白奈の中で、ぐるぐると、煮えたぎるような懐疑が満たされた。

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