2-4


 それからしばらく、平穏な日々が続いた。テオが悪魔を見つけた気配もないし、悪魔祓いの申し込みもない。

 ふくしゅう計画がいきなりとんしそうなのはまずいけれど、私もいそがしい聖女なのだ。決まった時間にしょうし、祈りを捧げ朝食を取り、信者と対話し時々布教にも出かけて……。

 そんな折、クヴァーン邸での悪魔祓いで負傷した者が帰ってきた。


「ヘレーナ、エイギル、お帰りなさい! あなたたちが元気になるのをずっと待っていたのよ」


 再会は実に二ヶ月ぶりのこと。残りの修道騎士二名はかくてき軽かったおかげですぐに神殿に戻っていたが、この二人は傷が深かったせいで復帰するのにかなりの時間を要してしまった。

 修道騎士のエイギルに至ってはいまだ全快とはいかず、まつづえが手放せないようだ。

 ちなみに、あの時の少女は勉強に遊びにと毎日活動的に過ごしているらしい。取り憑かれた影響も見られず、心から安心しているところだ。


「ようやく戻ってこれました。長らく心配をおかけして、申し訳ございませんでした」


 事件が起こる前と変わらない笑顔をヘレーナは私に向けてくれたが、どうしても同じようには笑えない。


「いいえ、謝らないで。わたくしの方こそ、あなたたちを守れなくてごめんなさい」


 悪魔の攻撃を想定して、鎧を着用させておけばよかった。ヘレーナももっと早く下がらせていれば。

 どれもこれも、油断していた私のせい。今更だが、後悔ばかりが頭をよぎる。そんな私の謝罪を、ヘレーナが慌てて否定する。


「とんでもない! セルマさまは悪魔を倒してくださったではありませんか!」


 ついずいするように、エイギルも。


「そうです! 俺は修道騎士としてセルマさまをお守りする立場だったのに、あなたさまのたてにすらなれなかった。あの時、セルマさまが悪魔を部屋の外へゆうどうしてくださらなかったら、我々は悪魔によって殺されていたことでしょう。心から感謝しているのです」


 私は首を振った。


ぐうぜんよ。わたくしもあんなに手強い悪魔は初めてで、手こずってしまったから。とにかく、こうしてまたともに笑いあえる日がやってきたことを、心からうれしく思います」


 後悔だらけの失敗談を褒められるのは本意ではない。元気な二人に会えたことだし、この話はこれで終わりと私は解散を促した。


「セルマさま、俺を使ってください! 次は絶対にセルマさまを守ってみせます!」


 じゃあまた、と言い終わらないうちに、エイギルがさけんだ。力強い申し出だ。ありがたいけれど、私は断らなくてはならない。


「……エイギル、そのたのみは聞けません。体も本調子ではないでしょうし――」

「治ります! こんな怪我、すぐによくなる!」


 エイギルは反発し、聞き入れようとしない。しかし私が手に触れた途端、彼は息をんだ。


「わたくしに隠そうとしても無駄。足の怪我のことだけではないわ。右手に力が入らないことを、自分でもわかっているのでしょう? もう、剣を握れないのだと」


 エイギルは私の六つ上だ。私が教団に引き取られたのと同じ年に入信し、修道騎士としての道を歩み始めた。

 いわば兄、いわば同志である。その彼の目が、みるみる潤んでいく。


「でも、俺は、セルマさまをお助けするためなら、この命などしくないっ!」

「いいえ、ダメ。わたくしは惜しい。エイギルの命もヘレーナの命も、すべての命が惜しいです。絶対に、何があっても、もう二度と悪魔などには奪わせない」


 両親のことが頭に浮かぶ。私のせいで、また誰かが同じ目に遭ったら……。


 ――いいえ、誰も死なせない。私がみんなを守るのよ。


 エイギルにつられて一瞬だけ弱気になりかけた。不安を吞み込み、深呼吸する。


「我々の仕事は悪魔祓いだけではありません。剣が握れなくなっても、あなたにできることはたくさんある。わたくしの役に立ちたいなら、こんなところで死のうとしないで」


 私は微笑み、エイギルを抱きしめた。修道騎士として生きてきたのに、剣を手放さねばならなくなった無念さを思うと、胸がひどく痛む。

 唇を噛み泣き声を押しころす彼をヨシヨシとなぐさめながら、私は背後から注がれるテオの視線に謎の気まずさを感じていた。

 エイギルを落ち着かせた後、休憩室を出て執務室へ戻る途中、いてもたってもいられなくなって私は足を止めテオの方を振り返った。

 渡り廊下の途中、かたむいた陽がオレンジ色に周囲を染め、テオの金色のかみがいつもよりかがやいて見える。

 しかし今の私には、それをれいだとか言ってれるだけのゆうはない。沈黙したままひたすらじーっと視線を送ってくるテオに、モヤモヤさせられているからだ。


「見すぎ。言いたいことがあるならハッキリ言って。そんなに私がみんなからしたわれていることが不満? 王族でも貴族でもないのに、どうして~? ってさけごえが聞こえるんだけど」

「お、俺はそんなこと言っていない」

「顔に書いてあるのよ」


 建前なんてどうでもいいから、と私がめんどうくさそうにさいそくすると、うつむきながらテオがぽつぽつと喋りだす。


「真実にまさるものはないはずだ。おまえは噓でり固めたような存在なのに、なぜこうも受け入れられているのかがわからない。……詐欺師なのに」


 ――また出た、「詐欺師」。


 周囲に人の気配がないのを確認してから、私はこしに手を当てて深いため息を吐いた。


「いい加減、私のことを『詐欺師』って言うのやめてくれない? 信者から金品をだまし取ってもいないし、する予定もない。聖女として、私のやり方で困っている人を支えているだけよ。これだけ全て明かしているのに、まだ私を疑うの?」

「な、なん……」

「相手のためにならない噓は私だって使わない。だからみんな私を慕ってくれているのだと思うのだけど、わかる?」


 私のけんまくに押され、テオが一歩下がった。


「それはすまない。…………いや、違う、今の謝罪は何でもないっ、ナシだ!」


 勢いに負けてテオが私に謝った。しかしすぐ我に返り、取り消そうとする。

 私が彼に色々と負担をかけているのは事実だ。だから私が謝ることは多々あれど、彼が謝る必要はない。……と、彼もすぐに思い出したようだ。

 慌てるテオを見ていたら、先ほどのモヤモヤはどこかへ吹き飛んでいった。それどころかおかしくなって、私はわざと意地悪を言う。


「テオの謝罪は受け取ったわ。ちなみに返品しないから。もう二度と詐欺師だなんて呼ばないでね、約束よ」


 テオといると我ながら性格が悪くなる気がする。テオの反応が面白すぎるのがいけない。


「この……。腹が立つ女だ、どこが聖女だ、真逆ではないか。ほら、あの……じゃ、じゃじょだっ」

「はい、二十点。せめて『悪女』という言葉を使いましょう」

「…………」


 私はテオに背を向けて、再び廊下を歩き出した。そのタイミングでまた声がかかる。


「どうしてセルマは聖女にこだわる?」

「こだわっているように見えた? もしもそうならおかどちがい。私の特技と『聖女』のあいしょうがいいから続けているだけよ。拾って下さったエトルスクスさまや、かわいがって下さったアピオンさまへ恩返しもできるし、信者を救えて感謝されて、私に損はないじゃない?」


 振り返り、ニッと彼に笑ってみせると、面食らった顔をしてすぐに視線が逸らされた。

 私は気にせず前を向く。

 理解できないならそれでいい。テオがどう思おうと、私は私の正義に従うだけなのだから。

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