第107話

 ルティアの戴冠式典に付属したパレードは、王宮を出て町の各所を巡った後、王宮に戻って式典が行われる。

 儀式が済むと市民に開放した庭に面したバルコニーに出て、演説を行う予定だ。

 思いついた限りの準備は万端。エルデュミオは近衛第二部隊の正装に着替えた自身の姿を鏡に移して、一つうなずく。


「問題ないな」

「ええ、実に様になっています。正に物語の中の騎士、ですね」

「そういう目的があるから、僕たちがやるんだ」


 個人的な従者であっても騎士団とは関係のないスカーレットは、いつも通り侍従長としての恰好だ。客の外側からパレードに合わせて付いてくる予定である。


「襲撃予定地は市街地、聖神殿近くの大通りだ。近付いたら注意を怠るな」

「心得ています。では、参りましょう」

「ああ」


 リーゼはとうに屋敷を出ていた。相手がこちらの想定と違う動きをしたら、すぐに伝えてくる手筈となっている。

 アゲート作、鈴型ピアスの通信によって。


「しかしこれは、どういう仕組みなんだ」

「アゲートによると、マナを同一にしたすべて同じ物だとのことです。どれか一つが受けた刺激を記憶すると、他の物も自由に記憶を呼び出せるのだとか。意思もマナの一つなので、装着者のそれを読み取って、相手方に反応をさせるらしいです」


 人間の目からすれば別個の物だが、すべてで単一ということらしい。


「当然のようにとんでもない物を作って来る」

「あいつはこの手の工作への適性が高いですね。本人も好きなのでしょう」

「ああ、その気配はするな」


 そしてアゲートへの人物評を口にするスカーレットは、不得手だろうとエルデュミオは踏んでいる。

 先程口にしたのも、アゲートから受けた説明をそのまま喋っている様子だった。


「神人でも、得手不得手はあるか」

「不得手というか……。存在として役割が決まっていると言いますか。アゲートは人界から招かれて神人となったので、そちらは人としての存在の名残で得手不得手、と言ってもいいかもしれませんが」

「ああ、そう言えば僕を招いてもいいとか言っていたか」


 即座に断ったが。

 今も気持ちは変わっていない。神の世界に上ることに、さして興味は湧かなかった。


「その言い方だと、お前は違うんだな?」

「そうですね。私の生じ方はエルデュミオ様に近いかもしれません。神が手足となる使徒を求めて創った神人と、招かれた者が私の祖ですから」

「なるほど。似ていると言えなくはない」


 マナが人の形を取ったローグティアと、そのローグティアを求めた人の子がエルデュミオの祖のであるように。

 馬車に乗ってしばし進めば王宮だ。エルデュミオの私邸は本来馬を使う必要がない程度には城に近い。

 今日一日の飲食の一切が無料ということで、市街地では大層なお祭り騒ぎとなっている。無論、国中の町や村が同様だ。費用は国庫から捻出される。


「――じゃあ、また後でな」

「はい。どうぞお気をつけて」


 降り立った王宮の庭でスカーレットと別れ、建物内へと入る。内部の雰囲気が普段より少し慌ただしく落ち着きがないのは、慣れない行事を控えて仕方がないと言えるだろう。


「おはようございます、隊長」

「ああ、おはよう。全員揃っているか?」

「はい。問題なく」


 すでに執務室で待機していたレイナードにうなずき、エルデュミオは席に着く。実際に行動に取りかかるには、まだ若干の時間があるのだ。


「後にやるべきことがあって待つ時間というのは、落ち着きませんね」

「過ぎれば一瞬だ。それに、主役は別に僕たちじゃない。個人で認識されるルティアに比べたら楽なものだろう」

「確かに。あと、隊長に比べれば」


 エルデュミオの容姿は市井でも有名だが、直接目にする機会は限られる。公式の行事に出るのは、建国祭以来だ。

 一目見ようという者が、相応の人数いるのは間違いない。


「物見高い視線には慣れてるから、大したことじゃない」

「そのせいで、隊長の近くは不人気ですね。目立ちませんから」

「そして副隊長という立場上、一席は必ずお前が押しつけられるわけだな」


 お前はどうだと戯れを口にしてみれば、レイナードは苦笑して返してきた。


「私はむしろ、隊長の側が気楽でいいですね。万が一失敗しても、人の記憶に残りません」

「失敗することを考えの中に入れるな」

「ですから万が一、です」


 レイナードとて、第二部隊の副隊長だ。こうした舞台に離れている。余分な緊張で硬くなるほど小心でもない。

 雑談を交わしながら時を待つ。ややあって、レイナードが時計を確認して一つうなずき、エルデュミオを促した。


「隊長、そろそろ」

「よし。行くか」

「はい」


 レイナードを従え、城の正門から広がる庭へと向かう。そこが出発地点だ。

 エルデュミオが到着したときには、すでに騎士たちの隊列は綺麗に整っていた。その先頭にレイナードと並んで立つ。

 最後にルティアがやってきて、飾り付きの馬車に腰を降ろした。

 今日は姿を遮る壁や天井のない、座席部分のみの仕様だ。そこから周囲を見渡してエルデュミオと目が合うと、ルティアはほっとしたように微笑む。


(本来のあいつには、あまり向かないんだろうな)


 そういう教育を受けていないせいもある。

 ただ、華やかな席で歓声を受けながら手を振ろうという今よりも、執務室で黙々と書類と格闘しているときの方が、間違いなく肩から力は抜けていた。

 そして予定時刻である午前十一時丁度。宰相が手を上げて合図をして、楽団が勇壮なファンファーレを奏で出す。


 曲に合わせて、パレードが開始された。エルデュミオとレイナードの先導で、列が動き出す。

 一糸乱れぬ更新は、訓練の賜物である。彼らは全員、主役ではない。だが雰囲気を創り上げているのは、間違いなくその主役ではない大勢の一体感だ。


 演出の中心、ルティアがついに城門から姿を見せると、規制線の張られた限界まで詰めかけた人々から歓声が上がる。新しい王を歓迎する以上に、瞬間的な昂りも感じられた。今日一日飲食の無料、という効果は大きかったと見える。


 順路に並ぶ民の姿に果てはない。近隣の町や村からも人が来ていそうだ。その光景にエルデュミオはほっとしたし、嬉しくもあった。

 自分事ではない。しかしルティアが望まれていることを目の当たりにして、素直に喜びを感じたのだ。


 ストラフォードは現在、国として危うい立場に置かれている。その元凶であるエルデュミオへは悪意のある視線がちらほらと刺さる――が、それも行進が進むと減っていった。

 理由は分かっている。エルデュミオがあまりに美しいせいだ。

 邪神信徒という禍々しい響きから人々が想像する姿に、あまりにそぐわない。

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