第五章 紅が暴く虚実

第81話

 ウィシーズを発ち、聖都ツェリ・アデラまで戻ってきた旅路は、行きと同様順調だった。幸いにして、魔物たちからマナ喰いマナの報告も来ていない。

 ただしその一行には、行きよりも一人、人数が増えている。


「ふーっ。着いた着いたー。いつ来ても堅っ苦しいわね、ツェリ・アデラはー」


 検問を抜けた直後。エリザは大きく伸びをしてそんなことを言う。じろりと衛兵が視線を向けてきて、しかし不服そうに顔を正面に戻す。

 気付かなかった、あるいは気にしなかったエリザの代わりに、一部始終を見ていたエルデュミオが息をついた。


「一つ訊きたいんだが。言わなければ角が立たない文句をわざわざ口にする理由は何だ?」

「え、それ貴方が言っちゃう?」

「僕は必要だと感じたことしか口にしない。それを相手がどう受け止めるかなど些細だ」


 きっぱりと断言する。リーゼとエリザから向けられる呆れの視線に変化はない。


「あたしだって、別に角が立つこと言ってないわよ。ツェリ・アデラは厳格だって思ってほしくてやっているんだろうから、望んだとおりの印象と反応でしょ? 不快になる方がおかしくない?」

「ああもう! さっさと離れるですよ!」

「同感だ」


 本気で悪意はないエリザの言い様にリーゼは匙を投げ、彼女の腕を引いて町中へと入って行った。エルデュミオもそれに続く。


「それで、これからどうするです? また宿に泊まるですか?」

「そうなる。先日シャルミーナに託した手紙で面会を求めてあるから、連絡を取ればクロード殿とは会えるだろう」


 マナの魔力化と枯渇の件だと言えば、エルデュミオの訪問は袖にされまい。何しろ、ルチルヴィエラとリューゲルを救った実績がある。

 ウィシーズの件はまだ結果が出ていないので、人の目から見れば評価は保留だろう。


「あんまり勝手にやっていると、怖いですからね。賛成です」


 前回、聖神教会と仲違いしたことが大分尾を引いているようだ。リーゼは繰り返し首を縦に振った。


「スカーレット、お前は宿を取っておけ。リーゼ、ヴァスルール、お前たちは僕と来い。エリザ王女、貴女は……」

「本神殿に行くのよね? あたしも一緒に行くわ。目的がそこだから」

「聖石を買うのでしたっけ」

「そうよー。外からの来賓用の、食材とかを保管する倉庫とか井戸とかに使って、属性を整えるためのね」


 ウィシーズでエルデュミオたちに提供されていた食品は、そうして聖神のマナに染めてから使われていた物、というわけだ。

 こうして王家の名前で聖石を買い付けることで、ウィシーズと聖神教会は溝ができつつも敵対まではいっていない。付き合いは続いている。

 必要以上に、ウィシーズにとっては自国の安全のための、聖神教会へのアピールなのだ。


 お互い友好のための用事なので、向かう足取りも重くない。スカーレットと別れ、四人で本神殿へと向かう。

 信者を迎え入れる外門は大きく広いが、建物の扉自体は普通だ。手をかけて押し開き、中へと入る。

 平日の昼間でもそれなりの人数が祈りに来ている大広間を避け、回廊を進んで奥へと向かう。そして寄進などを行うための個室へと入った。


「ようこそ、いらっしゃいました。本日はどのようなご用件でございましょう」


 客の応対のために部屋にいたのは、中年の神官。人を油断させる、柔和な雰囲気の人物だった。


「まずは、遍く大地を見守ってくださっているフラマティア神へ、心ばかりの感謝を」


 フュンフに目配せをして、質素ながら上質の素材で包装された箱を神官へと渡す。中身は大陸の主軸通貨である帝国通貨だ。

 無論、すべてが金貨。イルケーア家の名に懸けて、相応の金額を包んである。


「おお、これは……。皆様の厚き信仰心は、必ずや御身を救いましょうぞ」


 寄進を受け取った神官の対応は、更に柔らかく、友好的なものになる。そこに手紙を一通差し出した。


「それと個人的な用向きで申し訳ないのだが、こちらを第五聖席のクロード殿に渡していただけないだろうか」

「お預かりしましょう」


 丁重に手紙を受け取り、神官はエルデュミオが捺した印章を確認すると深くうなずく。大陸で主要な国の大貴族の印章を理解できない人間は、この席には座っていない。


「確かに、承りました」

「じゃあ、次あたしね。イルケーア家ほど形にできなくて、ちょっと申し訳ないんだけど」

「そのようなこと、どうぞお気になさいますな。フラマティア神は信徒の心を疑いはしませぬ」

(フラマティア神は、な)


 所詮は人間の組織である聖神教会の方は、当然のように寄進の額で差をつけてくるが。

 利になる相手を優遇するのは当然であり、ある意味必要でもある。そうでなければ贈る方とて金額を考える価値がない。


「こっちは感謝の証。それと、これは聖石の代金。一箱分お願いしたいの」

「承りました。明日の朝にはご用意いたしましょう。お泊りは聖星せいせい燈火ともしびでいらっしゃいますか?」


 エリザの身分についても、当たり前のように印章で読み取る。


「ええ、そうよ。あたしの名前で届けてくれる?」

「では、そのように」

「用件は以上だ。慌ただしくて済まないが、これで失礼する」

「承知いたしました。皆様に、フラマティア神のご加護がありますよう」


 聖印を切って締めくくった神官に、エルデュミオたちも同様に返す。一応、全員フラマティア信徒ではあるのだ。実情はともかく。

 部屋の外に出て、しばらく歩いて距離を取ってしばし。リーゼがエルデュミオを見上げて口を開く。


「後は連絡が来るまで、宿で待機ですか?」

「いや。折角だからツェリ・アデラのことを調べよう。シャルミーナに話を聞くのも有意義だな」


 ウィシーズに行く前に、シャルミーナにはツェリ・アデラを調べるように言ってある。妙に執拗に狙われている理由が、もしかしたら判明したかもしれない。

 そうでなくても同じ内容を二度調べるのは無駄なので、状況を確認したいところだ。


「立ち話レベルならできるかもです。行ってみますか?」

「可能ならば。――そういう訳だ、エリザ王女。目的が同じなのはここまでだな」

「正直に言って、貴方が何を知ってて何をやろうとしてるのか、すっごく気になるんだけど。他人事じゃない予感しかしないわ」


 エルデュミオはマナの枯渇を解決するために、普段なら歯牙にもかけない小国であるウィシーズにまで遠征してきた。

 マナの枯渇は要因があって起こっているのだと、マナ喰いマナを見たエリザにも想像が付いている。

 気にならはないはずがない。理解はできる。


「そのうち聖神教会から発表がある。だから今は気にするな」

「……分かったわ。こんな所でする話でもなさそうだし。じゃあね、エルデュミオ。またあとで」

「ああ」


 エリザはうなずいて引き下がり、エルデュミオたちに背を向けて神殿の出口へと向かう。

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