第69話

「ルティアもそうだったですが。金眼の持ち主っていうのはどうなってるですかね」

「得意分野がマナの扱いというだけで、人間としては誤差だろ」


 多少呪力が高い傾向にあったり、呪紋への適性、ようはマナの扱いに長けていたりするが、それだけだ。

 せいぜいローグティアが近くにあれば、戦術級の呪紋を準備なく個人で発動できるとか、その程度である。


(そういえば、ルーヴェンの呪力が高いという話は聞かないな)


 王族でも金眼でも、そういうこともあるだろう、と気にしたことがなかったが。


「誤差、ですかね……?」

「少なくとも、人間の器では人間以上のことはできそうにない」


 神の権能がそれを教えてくれる。


(マナとは世界を形作る全て。理論上、術式さえ分かればどのような現象にも書き換えられる。だが世界の規律から逸脱する現象ほど操る必要のあるマナが膨大になり、実質は不可能だ)


 神の権能が神人の加護を得た人間にもある程度使用可能なのは、神人側が負担を共に負うためだ。その感応に神人が属する方のマナの属性強化が必要となる。

 更にそうであっても、命を使って発動する呪紋があるぐらいなのだ。


(だがもし、人間ではなくなったらどうか)


 たとえば自分を構成しているマナを変換、再構成して、人以上の器を持つモノへと変じれば、いずれ不可能ではなくなるのかもしれない。

 シャルミーナの言う『神のよう』というのは、そういうことではないだろうか、と思い至る。


(僕は御免だけどな)


 後々どうなるか分からないような危険を犯したくない。


「……やっぱり、見えている物が違う気がするです」

「それも当たり前だ。他人と五感の共有ができない以上、拾える情報には差が生まれる」


 細かなことにまで気が付く人間もいるだろうし、そもそも気にしない人間もいるだろう。それは通常個性と呼ばれるような、『人間』という枠組みで言えば誤差でしかない。

 そういった感覚と大して変わらない、とエルデュミオは言い切った。事実その通りだとしか思っていない。


「だが、その調子じゃあ復調には時間がかかりそうだな。スカーレット、空の小瓶を一つ買って来い」

「承知しました」


 スカーレットを送り出すとその間に部屋のマナに干渉して、魔力化していた属性を聖神寄りに変化させた。


「あ、あれ」


 急速に重荷を取り除かれたような表情になって、リーゼは目を瞬く。


「とりあえず、この部屋の内側だけマナを整えた。まあ、周りに影響されてそのうちまた戻るだろうが」


 外に干渉しなかったのは意図的だ。リーゼとは逆に、ウィシーズの人々はすでに肉体のマナが魔力に順応していると思われる。おそらく、聖神寄りになった方が体調を崩す。


「そ、そんなこともできるのですか」

「できなければローグティアの属性を変化させられるわけがないだろ」

「そういうものです?」


 あまりマナとの親和性は高くないのか、リーゼは想像できない様子で言ってから、はっとして頭を下げた。


「すみません、お礼が先でしたね。ありがとうございました」

「ああ」


 リーゼに鷹揚にうなずき返したところで、スカーレットが戻って来た。


「エルデュミオ様、こちらでよろしいですか」

「充分だ」


 高さ十センチほどのガラスの小瓶だ。リーゼとスカーレットは用途が分からず不思議そうな顔をしている。フュンフは無表情だが、彼の場合はそもそも表情で感情は読みとれない。


 それらに構わず、再びマナに干渉してマナそのものを物質化させた。何も知らなければ、何もない宙から銀粉が出現しているように見える。


「ええ!? な、何で手品です!?」


 そしてリーゼは何も知らないままの反応を示してくれた。


「違う。これは聖神の呪力だけで物質化したマナだ」

「えええ!?」

「何を驚く。マナは世界を形作る全てだぞ。術式さえ知っていれば、どんな現象にだって書き換えられる。火や氷を出している呪紋だって同じだ」


 普段目にしている呪紋には驚かないのに、原理が同じ技を見て驚く方が、エルデュミオにとっては謎だ。


「身近な所でも、神殿の神官たちが同じことをやっているぞ。売っている聖水なんかは似た手段で作っているはずだ」

「聖地的な所から汲んでいるのかと……」

「ああ、高価な奴はそうだな」

「成程」


 売られている聖水にもランクがあって、値段に反映されている。リーゼは深く納得した様子でうなずいた。


「この辺りの作物は、おそらくお前には合わない。だから何かを口に入れるときは、これを混ぜて食べろ」

「あ……ありがとうございます」


 蓋を閉めてリーゼに渡すと、受け取った小瓶を大切に両手で包み、少し上擦った声で礼を言う。


「だが、無理ではない範囲で体は慣らしていけ。魔力の中で行動不能に陥るようじゃ話にならない」

「はい」


 自身が一番分かっているだろう。真剣な面持ちでリーゼはうなずいた。


「でも、これは……どうすればいいですかね」

「これ、というのはどれだ?」

「ウィシーズの魔力化です。フラマティア神の力をツェリ・アデラからもっと広げるには、どうしたらいいですかね」


 本当のところは、ツェリ・アデラは関係ない。どこででも場のマナを変えることは可能だ。

 エルデュミオも遠方の国を訪れたことがあるが、フラマティア信仰が強い国は概ね魔物被害が少ない。


「魔力化に関して言うなら、フラマティア神への信仰心を高めるのが一番だろうな」


 ただ、ウィシーズが今回エルデュミオに求めていることは、ローグティアの魔力化ではあるまい。おそらく魔物に関しては、ウィシーズはあまり困っていない。これに困っているならもっと早くに行動を起こしているはずだ。

 ローグディアの属性変化など、ウィシーズ側からすればおそらく余計な世話である。


「昔シャルミーナも似たことを言ってたですが。やっぱりそうなんですね」


 普通の人間にとって、神の存在は遠い。関心が薄れていくのは無理もないと言えた。リーゼも自分では感じ取れていないからだろう、言い方に実感はない。ただし、否定的でもない。


「どうしたらいいですかね」

「救われたいときに、奇跡で救われるのが一番だ。そう上手くいくことばかりじゃないが」


 現在ウィシーズはマナの減退という被害に見舞われている。神の奇跡を演出すれば、信仰心を高めることは可能だろう。


(だが、僕がどうするべきなのかは……)

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