第65話
「じゃあ、早速本神殿に行ってくるです。シャルの仕事終わりが夕刻なので、落ち合うのはそれからになるですけど」
「仕方ないだろう」
多人数での食事であり、相手は普通の淑女ではなく、聖騎士。妥協できる。
「僕たちはそれまで休んでおく。合流したら聖星の燈火まで来い」
「やっぱり、一番お高い宿に泊まるですね……」
「当然だ」
見栄のためにも、安全のためにも、である。
リーゼと別れ、同行者にフュンフを加えたエルデュミオは、言った通りの宿へと向かう。
自身の家が預かっている領地よりも利用頻度が高いため、向かう足取りにも迷いはない。
リーゼが女性一人の同行者を増やして聖星の燈火を訪れたのは、辺りがすっかり暗くなった後だった。
宿のロビーで落ち合い、予約を取ってあるレストランへと移動する。
取った個室で関係者しかいなくなった後、席に着いたシャルミーナは唇に柔らかく弧を描いて親しげに微笑んだ。
緩やかに波打つ銀髪に、明るめの緑の瞳。女性比で背は高めだが、全体的な物腰がおっとりしているためか威圧感はない。
「初めまして……と言うべきなのでしょうか? フラマティア聖神教会、第四位聖騎士シャルミーナ・アシェアです。どうぞ、お見知りおきを」
「第四位か。――お前は平民出身だな?」
「はい」
エルデュミオの確認に、シャルミーナはうなずいた。
彼女の物腰は洗練されていて美しいが、それは上に従う者の所作のみしか与えられていなかった。貴族の振る舞いではない。
(貴族出身でない者としては、登れる最上段だ。優秀だな)
そしてルティアやフェリシスと同じ気配がする。エルデュミオにとっては苦手なタイプだ。
「さて。この先もお互い会う機会はそうないだろう。今までの話とこれからの話を色々と済ませておきたい」
「……」
予定通りなので問題はないはずだが、なぜかシャルミーナから困ったような雰囲気が漂う。
「何だ?」
「貴族の方の常識に、少し落胆いたしまして。食事の場は、基本的に楽しくあるべきだと思うのですが……。お仕事のついでにしかないのでは、友好を深めるのも難しいのではありませんか?」
否定できない。会食が基本的に楽しくはないものだという部分を含めて。
「楽しい食事をする仲でもない。やるべきことに集中した会談の方が互いに有益だと思うが」
「あら、どうしてでしょう?」
こてりと首を傾げる仕草は幼く見えそうなものなのに、シャルミーナのそれはなぜか逆に艶を感じさせた。銀の髪が顔の輪郭に沿ってさらりと揺れる。
「共闘する相手とは、親しくなっておきたいものでは? 少なくとも今日、わたしはそのつもりで来ました」
言われてエルデュミオは、構え過ぎていた自分に気が付く。
かつて思想が相容れずに敵対した記憶が相手にあると分かっているから、どうしても身構えてしまう。
しかし無理からぬことだろう。状況が違うとはいえ、エルデュミオ自身が変わったわけでも、相手が変わったわけでもない。
「そう無防備になれるものか? お前たちは僕の考え方を認めていないだろう」
「ええ。自身の内の正義に問いて、うなずけなかったら止めるでしょう。だからこそ、常日頃から互いに歩み寄り続ける努力も必要ではないでしょうか」
そうすることで相手が行動を起こす前に予期できるかもしれないし、もしかすれば話し合いで妥協できる点が見付かるかもしれない。
「それに、人と考え方が違うのは普通のことだと思っています。相容れない考え方だからと敵対するのは、狭量な行いではありませんか。違うからこそ生まれるものも沢山あるというのに」
自分と違う者を攻撃し続けていたら、自分一人になるまで戦いは終わらない。それでは社会は成り立たないというのはそうだ。
「……お前が求める利点は理解した。僕も楽しい食事となるよう心掛けよう」
できるかどうかはともかく、だが。
「ありがとうございます。――皆様に、フラマティア神のご加護がありますよう」
慣れた手つきで聖印を切り、シャルミーナは祈りを口にした。
(残念だが、僕に聖神からの加護は得られないだろうけどな)
何しろ、魔神の神人が二人も付いている。
「しかしその前に、やはり用件は済ませておきたい。この手紙をクロード殿の手に渡るよう手配してもらえるか」
「第五聖席のクロード様ですか? 内容を伺っても?」
「おそらくだが、ローグティアからのマナが減衰して困っている国々から、聖神教会には相談が寄せられているだろう」
「はい」
そしてそれを解決できないことに、聖神教会も焦っているはずだ。シャルミーナも表情を曇らせた。
「それの解決案だ。どのように使うかはクロード殿に任せる」
「まあ……っ。それは、皆様喜ばれます。悩まれていた国々の人々の心にも、安息が訪れることでしょう。感謝いたします」
言っているシャルミーナ自身も嬉しそうだ。
上層部の喜びは、自分たちの権威が守れることへの安堵だろう。しかしシャルミーナは純粋に、不安に苛まれている人々の心に明るさが戻るのを喜んでいるようだ。
「元凶についても言及してある。ルティアかフェリシスから連絡は来ているか?」
「手紙で一応」
応じたのはリーゼだった。
リーゼが知っているなら、シャルミーナにも伝わっていると思っていい。目を向けると、彼女は戸惑う様子を見せずに話を待っていた。
「でも、まさか。まさかですよ。兄妹ですよ?」
「血の繋がりしかない兄妹なら、他人とほとんど変わらない。そういうこともあるだろう」
それこそ、歴史書を開けば少なくない事例が見付かる。だからと言って慰めになるわけではないが。
「だがそれでも、僕は信じ難い気持ちでいるが」
そう発した途端、背後のスカーレットから視線を感じたが、無視をした。
「しかしお前たちも知らなかったと言うのは、どういうことだ?」
「ええとですね。各地のローグティアが魔力化するわ大地が枯れるわで手に負えなくなってきたとき、妙な怪物が現れたのですよね」
「また曖昧な表現だな」
まったく参考にならない。
「そうとしか言いようがないのです。シルエットだけなら人間の男性に近かったかもしれません。それ以上のことが、わたしたちには認識できませんでした」
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