第61話

「本来なら癪に障りそうな高慢な物言いだが、なぜだろうな。いっそ清々しい。まあ、期待はしていてくれたまえ。私は期待された方が張り切る性質だ」

「結構。ただし、僕は期待を裏切られるのは大嫌いだ。そこも覚えておいてくれ」

「そうしよう。では伯爵。いずれまた」

「ああ」


 優雅に一礼して、セレナは去っていく。


(リッツハングマー侯爵とは、然程敵対する理由はないが……。ルティアが理想主義に過ぎるから、緩衝役が必要だろうな)


 無論一番は、ルティア自身が上手く彼女と付き合って行けることだが。

 セレナの後ろ姿から目線を外し、エルデュミオは意識を切り替える。目の前にいなくなった相手の件をあれこれ考え続けるのを許すほど、アイリオスも優しくはない。


(説教は御免だ)


 騎士団長と部隊長という立場上、道理に則った説教ならば傾聴しなくてはなるまい。断固、御免だ。

 部屋の前で警備をしている騎士二人が敬礼をしてくるのに答礼を返し、扉をノックする。


「近衛騎士団第二部隊隊長、エルデュミオ・イルケーアだ。失礼する」

「どうぞ、お入りください」


 内側から扉を開けたのは、まだ若い従騎士だった。緊張が顔に出ている。また新しく警備軍から引き抜いてきたのだろう。


「君が儂の執務室に来るとは珍しいな。何事かね」

「私用で、しばらく王都を空けることになった。その報告だ」

「……ふむ」


 胸の下まで伸びる、立派に蓄えたお気に入りの髭を撫でつつ、アイリオスは是とも否ともつかない声を出した。


「本当に私用かね?」

「貴族の責務としての私用だ」


 事実遊びに行くわけではないので、正直に答える。しかしそれでもまだアイリオスは納得していないようだ。


「定義の広い言い様じゃな。先だってルティア陛下の護衛に付いたのも、君は貴族の責務と言い放つのじゃろう」

「問題があるか?」

「そう聞こえたなら、君の耳は相当捻くれておる。それは君の身を護るかもしれんが、同時に大きな損をもたらすじゃろう。気を付けるとよい」


 早速一言ついてきた忠告に、内心エルデュミオは舌打ちをした。


(僕の耳が捻くれてるなら、あんたの口調も相当だよ)


 悪意がないとは言わせない。


「ヘルムート寄りだった儂に、思う所はあるだろう。しかしすでに結果は出た。選挙のときに陛下が言っていたように、これよりは共にストラフォードを盛り立てていくべきじゃろう」


 家の関係上、アイリオスは武官派寄りだった。同時にそれだけだったとも言い放つ。

 相手が手を打とうとしているのに、撥ねつけてばかりでは仕方がないのも確か。とりあえず、疑うのを前提にしたやり取りは控えることにした。

 無論、全面的に信用するという意味ではない。


「だったら目的は一致している、とは言えるな。ヘルムートたちは私欲のために、各地でマナを大量に吸い上げて集め、土地を疲弊させている。放置すれば枯渇するだろう。その被害に遭っているらしき国に行って来るだけだ」

「どうも、儂が知らぬ話が君の元には大量にありそうじゃ。後で報告書を上げるように」

「分かった」


 ここから先、国として動くにあたって情報を秘匿し続けることは不可能だ。できたとしても非効率的過ぎる。


「さて。であるならば儂が止める理由はない。しかし行き先ぐらいは聞いておきたいものじゃ」

「ウィシーズだ。おそらく王都に滞在すると思うが、状況によっては分からない」

「ふむ」


 どことなく、アイリオスは思い当たる節があるような声を出した。先程エルデュミオが言った『マナを大量に集めて土地を疲弊させている』で連想したのかもしれない。


「それであれば儂の元にも間諜より似た話がいくつか入ってきているが……。『それ』も『そう』だと思うかね?」

「さあね。見ないと分からない。不安があるなら調べさせればいい」

「自国はそれでよいが、他国は難しかろうの。聖神教会から話してもらった方がまだ通じそうじゃ」


 ローグティアの異常は、他国のことでもいずれ自分たちの生活に影響してくる。

 まして人為的なものであれば、時が経つにつれ悪化はしても改善はしない。

 アイリオスがそれを理解して、状況を軽視しなかったことにエルデュミオは安堵した。

 ルーヴェンたちが実行犯であれば、ストラフォードが無関係ではいられないことも大きく関係しているだろうが。


「豊かさの増減は、民心に直結する。所属する国に関わりなく、人の心は安らかであってほしいものよ」

「だったら、ルティアが王になって良かったじゃないか」


 少なくとも、現在進行形で奪っているルーヴェンよりは、アイリオスの理想に叶うだろう。

 アイリオスは苦笑して、答えなかった。しがらみは深そうだ。


「ともあれ、休暇の件は承知した。だが陛下の即位式には戻って来るように。以上」

「分かっている。では、失礼」


 軽く一礼して、騎士団長室を退出する。


(後はレイナードと、一応ルティアにも伝えておくべきだろう)


 関係する人間が少ないのは、こういうときに楽でいい。

 本来ならば直接の上司であるアイリオスに言っておけば充分だが、生憎彼とルティアの関係がまだ心許ない。万が一の不都合を避けるため、事前に知らせておいた方が良い。


 式典こそ行っていないが、ルティアは王として認められた。

 ルーヴェンが国外に出て行ったために他に候補がいなくなり、対抗しようにもできない状況になったのもストラフォードとしては幸いだろう。


 ルティアは今、多くの時間を王の執務室にこもって書類と嘆願と格闘している。席が長く空いていた分、急ぎの件も溜まっているのだ。

 王の執務室を警備している近衛騎士に名乗り、取り次いでもらって中へと入る。アイリオスより忙しいのは間違いないようで、待つことしばし。

 中から官僚の一人が人心地ついた顔で出てきて、代わりに入るように許可が出た。


「失礼する」

「ようこそ、エルデュミオ。貴方の顔を見たら、何だかとてもほっとしました」

「重症だな」


 これまでとは違う責任を背負った直後だ。慣れるまでは実質以上の気苦労も多い。


「それに、詰め込み過ぎだ。茶でも入れてやる。一息ついたらどうだ」

「いえ、でも、貴方も用があって来たのでしょう? 急いで片付けなくてはならない案件も多いですし……」

「だから言っている。慣れない間は詰め込み過ぎるな。失敗するだけだぞ」


 慣れた仕事でも疲労が溜まればミスをする可能性が高まるというのに、慣れない状態でやれば結果は目に見えている。


「急ぎと言っても、空座の間放置されていた内容だ。今更一日二日で変わりはしない」

「いえ、でも……」


 ルティアはためらいを見せた。

 ルティアの机に詰み上がっているのは、王に採決を求められるようなものだ。重大でない件など何一つない。


 しかしだからこそ、である。間違いは許されない。

 そう思い直したらしく、言葉を切ってルティアはうなずく。


「分かりました。そうします。ああ、そうです。せっかくですからわたくしがお茶を入れましょう!」


 エルデュミオの返事を聞く前に、ルティアはすでに立ち上がっていた。やる気に満ち溢れている。

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