第60話
「そうか」
共に行動しているわけではないし、リーゼはアゲートを知らなかった。顔さえ合わせていないのだ。知らなくとも無理はない。
「それにしても、ローグティアが今も魔力化を進めているというのはどういう状態なんだ? 魔神信者がそんなに増えているのか?」
ほとんどを王都の王宮で過ごすエルデュミオには感じ取れないだけで、市井の中では浸透してきているのだろうか。
「いや。どちらかというと逆だ。フラマティアへの信仰が薄くなっている」
「ああ、それなら感じる」
エルデュミオ自身、名ばかりの信徒である。
「マナは、生じたときは色を持たない。世界に現れたマナを地上に生きる者たちが使うことで変質し、属性を持つ」
「日々の祈りや、フラマティアに依った術式の展開。属性の付いた作物。フラマティアは帝国という枠を造り、これら全てで世界を己の色に染めていたわけです。上手く仕組んだものだと感嘆します」
しかし時は流れて帝国は瓦解した。
意図的に作り出されていた流れが失われつつあり、代わりに存在そのものが魔神に依る、魔物などの影響がマナの属性を占める割合が増えてきているのだ。世界のマナがそのままローグティアにも伝わっている、ということらしい。
「組織立った勢力があるわけじゃないのか。……人間は属性的にどちらに入るんだ?」
「この世界の人間は、純粋なマナのまま形を生じさせた。ゆえに、どちらでもない」
「だから、使おうと思えばどちらでも使えるのか」
聞いた理屈で考えれば、マナは状態によって影響を受けるわけだから、長い時間を信心深く過ごして聖神の術式を使い続けていれば、その肉体を形作るマナは聖神寄りになっていくのではないだろうか。
神官の治癒呪文が高い効果を発揮する理由は、意外と俗説で正しいのかもしれない。
「だがそれなら、僕のマナも聖神寄りではあるんじゃないのか」
使う呪紋や、食べている物の関係で。
「どちらかと言えばそうです。だから今のエルデュミオ様が魔術を使うと必要な呪力の量も多いですし、疲労感がより強いかと思われます。それでも多少は生じた瞬間の状態へと修正されていますよ。私が少しずつ慣れさせていますから」
悪びれず言ってのけたスカーレットに、エルデュミオは額に青筋を浮かべる。
「お前、勝手にそんなことを……」
「そのおかげで、フラングロネーアを救えたではないですか。前準備がなければ、
「フラングロネーアの危機は、お前らが招いたものだけどな!」
ヘルムートたちがやったのは自演である。滅ぼそうとしたわけではない。
そういう意味では、スカーレットたちも滅ぼそうとはしていなかったのだが。
(本当に茶番だ)
しかもその茶番で、取り返しのつかない被害がすでに出ているのだから笑えない。
そしてこれから先は茶番でさえなくなる。
(スカーレットではないが……。もう少し時間が欲しいが仕方ない。正に、だな)
波に抗うには、逆向きに動き続けるしかないものなのかもしれない。
通常の騎士とは違うが、国の騎士団の一部隊を預かる者として、通しておくべき事務処理がある。
まして今度は国外だ。それなりの期間、椅子を空けてしまう。
必要なので止める気はないが、関係者たちには話をしておかなくてはならない。
騎士団長室――先日まではヘルムートが主で、現在はアイリオスが出戻りする形でその席を埋めていた。
目的のその部屋が見えてきたところで、丁度退出してきた人物と目が合う。
四十手前ほどの、背の高い女性だ。高く結い上げた青髪は複雑に編まれ、生来の美貌を彩る服飾にも化粧にも、一切手が抜かれていない。
とはいえそれは、貴族であれば当然と言える。エルデュミオとて、自身の容姿には常に気を使う。
彼女はエルデュミオに対し、友好的に笑いかけてきた。
「やあ、エルデュミオ君。君もアイリオス殿に用事かな」
「そうだ。貴女が騎士団長に用事とは珍しいな、セレナ殿」
セレナ・リッツハングマー。文官派筆頭の侯爵であり、法務局の局長でもある。
「前騎士団長とルーヴェン殿下、メルディアーネ妃の件で少しね。相手の立場が立場だから、付ける罪状も悩ましいところさ」
ヘルムートに関しては問題ない。彼は貴族の出ではあるが、それだけとも言う。役職を罷免し、ルティア暗殺に関わった可能性のある人物として手配するのに不都合はない。
だがルーヴェンとメルディアーネについてが難しいのだ。現在、彼らが関わっていた証拠はない。
大々的に罪人として扱うには、国民に対してもそうだが、何より血筋が厄介だ。他国の王族の血を引いているせいで二の足を踏ませている。
「そういう君も充分珍しいじゃないか。ルティア陛下の戴冠式についての話なら、まだ気が早いだろう」
「ああ……。それがあったか。ルティア陛下が心優しい方で助かった」
式典となれば第二部隊の存在意義なので、エルデュミオもフラングロネーアを離れるわけにはいかなくなる。ルティアが復興を先に掲げてくれたおかげで助かった。
外壁が大きく破壊されているので、誰もが不安なのだろう。慣例を大きく逸脱しているが、異論は出ていない。
「ということは、別件か」
「少し留守にするだけだ。レイナードは残して行くし、問題ない」
「おや。ここ最近の君は慌ただしいね。――ルティア陛下絡みかな」
「全く違う。どちらかと言えば、イルケーア家としての用事だ」
つまりは、ストラフォードの貴族として。もっと言えば世界に生きる一人としてだ。
思う所がないではないが、エルデュミオはすでにスカーレットたちに選ばれてしまった。可能性を持つ者が動かなくては、世界は前回と同じ結末を迎えるだけだ。
「そうか。まあ、もし力になれるなら話ぐらいは聞こうじゃないか。私はイルケーア家とは仲良くやっていきたい」
「僕も、敵対する意思はない」
そこに意識の溝はあるものの、セレナはルティアの支援者だ。溝が明確になる前に今後はルティアの派閥を作らなくてはならないが、現状彼女とは争えない。
「それは何より。ところで、どうかな。私の下の娘は今年で十六だ。親の欲目と笑われるかもしれないが、娘は気立てよく賢く、しかも可愛い。一度私的に会ってみないかい?」
「生憎、婚約者候補は間に合っている。それだけ良い娘なら、僕よりも善い相手がいるだろう」
謙遜して言ったわけではない。元よりエルデュミオにそのような感性などない。
派閥などという小さなものではなく、国のための良縁を結べと言ったのだ。
「ははッ」
エルデュミオの指摘に、セレナは楽しそうに笑う。
「さすが、生粋の公爵家の御曹司は言うことが違う。君にそう言われては、私としても良縁を纏めるしかないだろうな」
「手腕に期待しているよ、侯爵」
ほぼ次期国王として見なされていたルーヴェンから、王座を奪い取った辣腕である。彼女の政治能力に間違いはない。
発揮される方向性は、今のところ不明だが。
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