第33話

「本当ですか!」


 呑み込みが早かったのはルティアの方で、両手を合わせて喜びの声を上げる。


「え、え。いいんです?」

「町から連れてきた使用人を紹介するために、茶会を開いてルティアを招いた。そこでルティアがお前のことを気に入った。僕はお前を譲った。以上だ」


 帰ってすぐにルティアを招いたのは、自身の悪評を少しでも軽減するためである。


「ありがとうございます、エルデュミオ。とても嬉しいです!」

「ルチルヴィエラに着いたら話をさせてやる、と言ってしまったからな。ついでだ」


 部屋から出て町をふらつくことから難しいルティアでは、取れなかった手段である。


「この後はそういう流れで周囲に説明しろ。だがとりあえず今は席に就いて、一杯茶を飲んで行け。招いた僕の面目が潰れるだろ」

「分かりましたっ。ではリーゼ、早速お茶を入れますね。わたくし、こちらに戻ってから練習を――」

「え。いいです。わたしがやるです」


 うきうきした様子でポットを手に取ったルティアから、リーゼがやや強引に奪い取る。おかげで注意を重ねずに済んだ。


(先程の注意を全く理解していないだろうが!)


 苛立ちと共にルティアを睨み付けると、さすがに視線には敏感で、彼女はエルデュミオを振り向いた。


「大丈夫です、忘れていません。本物の使用人からは、もう仕事を奪わないと誓います。でもリーゼは方便でそういうことにしているだけの、お友達です。別にいいではないですか」

「……それが分かっているなら、構わない」


 身分を考えるとまだ問題があるのだが、ルティアがそういった境界を無視するのはフェリシスで散々見せられてきている。

 貴族受けはもの凄く悪いが、平民受けはいいだろう。


 ただ、旗頭の印象が心優しい、民に寄り添うお姫様という路線は悪くない。

 それが分かっているから、面白くないながらもルティアはこれまでも許容されてきた。侮られている部分は確実にある。


(王座に上がるまでは、傀儡姫を演じていた方が都合のいい部分もある)


 国王選挙までそう時間はない。文官派の票はそのまま維持しておきたいところだ。

 その後のために裏から切り崩しを図る必要はあるが、当面は御しやすい旗頭の傀儡のままでいた方がよい。と言うより、そうでなければ票集めが絶望的になってしまう。

 エルデュミオとルティアがそんな話をしている間にリーゼはてきぱきとお湯を注ぎ、紅茶を作っていく。そしてルティア、エルデュミオ、自分の前にカップを置いた。


「……?」


 手に取った瞬間から、違和感が湧き上がる。


(香りがない……。なぜだ)


 葉が悪いのではない。それは間違いない。

 嫌な予感を覚えつつ口を付ける、と。


「――ぅぐっ」


 思わず、品のない呻き声が出た。


「器官にでも入ったです?」

「まあ、エルデュミオ。そんなに急がなくても、食事はゆっくり味わった方が楽しいですよ」

「こ、こんなものをじっくり味わってどうする! お前らの舌は正常に機能しているのか!?」


 ――一言で言って、酷かった。

 香りは飛んでいるし、蒸らし過ぎで苦くて渋い。色も濃すぎて美しくない。


「え? 飲めますよ。問題ありますか?」

「ルティアが淹れるよりはマシです」


 きょとんとして言ったルティアと、上達への意欲が感じられないリーゼの答えに愕然とした。同時に、ルティア付きの侍女に同情さえ覚える。

 まさか侍女も、主の満足値がそこまで低く設定されているとは思っていまい。

 とても口を付ける気にならなくて、眉を寄せてカップを押しやる。


「食べ物を粗末にすると、後悔するですよ」

「粗末にしているのはお前だ」

「一理あるですが、でも最善だったと思うですね」


 リーゼは正しい。この状況でその選択肢が発生するはずもないが、もしエルデュミオが淹れていたところでリーゼ以下になるのは目に見えている。何しろ、やった事すらない。

 だがこのとき、エルデュミオは心に決めた。


(練習しよう)


 次――万が一技術を持った人間がいない場で飲食をする機会があったとき、こんな酷い代物を舌に触れさせないために。




 警備を強化しマダラを捜索する――とは言っても、あまり物々しくはできないのが難しいところだ。

 騎士が町中を捜索しようものなら、確実に町の住民に不安を与えてしまう。そして更に悪いのは、経験のない第二部隊が『怪しい人物』をそうと見分ける技術を持っているわけもないということだ。


 悪感情を買い、成果が上がらない。そんな予想しかできなかった。

 結果、時間を空けての巡回に留まらざるを得ない。

 その間にクロードに使者を送り、儀式を翌日に行いたい旨を伝える。クロードの方に差し迫った用事はないようで、すんなりと通った。

 結局、巡回虚しくマダラも他の邪神教徒も見つからなかったが――


(多少なりと牽制にはなったはずだ……。多分)


 ルティア、リーゼと共に乗った馬車の内側で、エルデュミオは自身を慰めるように内心そう呟く。

 ほどなくして馬車は止まり、扉が開かれた。エルデュミオが先に下り、まずはリーゼを、それからルティアをエスコートして馬車から下ろす。

 普段は人々に解放されているローグティアの湖も、今日は橋のある地点を中心に人払いがされていた。それでも、騎士の張った立ち入り禁止のロープの外側には見物客が詰めかけている。


 ローグティアの花の様子や湖、土地の実りや魔物の活性化など、一つ一つは僅かな異変ではあるが、重なれば気になる。

 それは一般の市民の方が強く感じ取っていたようで、集った人々は切実な期待を込めてルティアを見詰めていた。


「……っ」


 自身が浴びる視線の強さに臆したように、ルティアの肩に力が入る。


「どうした。以前でも散々経験してきたことじゃないのか」


 聖女という名声まで得ていたのだから、人々からの期待はこの程度では済まなかったはずだ。


「いえ。人前で大々的に行うことは、あまりなかったものですから……」

「震えるなよ。王になるんだろう」

「――はい。大丈夫。行けます」


 うなずき真っ直ぐにローグティアを見詰め、ルティアは歩き出す。使用人という立ち位置であるリーゼは、馬車を下りたところで待機だ。エルデュミオだけが、護衛を兼ねてルティアについて行く。

 ローグティアの手前に佇むクロードの前で、ルティアは膝を付いた。クロードはその彼女の頭上で、現世における神の代理人たる聖王の更に代理として、聖印を切る。

 神の祝福を得た――という体裁をきちんと得てからルティアは立ち上がり、ローグティアへと触れた。

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