第31話

(企みがあることだけは間違いないだろうが……)


 とりあえず、マダラが屈んでいた地点を探ってみる。さすがに細工をする時間はなかったようで、少し掘り返された跡が残っていた。


「……」

「どうしたです?」


 地面を見詰めて渋い表情をしたまま動かないエルデュミオに、向かい側で同じように屈んだリーゼが首を傾げる。


「手が汚れる。人を呼ぶか」

「洗えば落ちるからどーでもいいです! そこで見ているですよ、もう!」


 待って損をした――という勢いで、リーゼは地面に指を立てて土を避けていく。幸いそう深くない地点で異物に辿り着いた。


「何です、これ。記紋術具マナ・ライズ……ですね?」


 特殊製法で呪紋を記し、呪力さえあれば誰にでも使える道具として精製された品物を、総じて記紋術具と呼ぶ。

 土の中に埋まっていたのは、正六角形の板だった。厚さは二センチほど。サイズもリーゼの手の平に乗って納まる程度だ。


「中にマナを感じるな」

「ですね」


 記紋術具もマナを溜めるその仕様も、珍しいものではない。

 継続して呪紋を発動させる必要があるような街道の結界などにも、こういったマナを保存して使用する記紋術具は採用されている。

 違いがあるとすれば、その容量だろうか。

 拾い上げようと手を伸ばしたリーゼの指が記紋術具に触れ――ぐらりと、彼女の体が傾いだ。


「リーゼ!」


 片膝を付いた状態で、倒れ込んでくるリーゼの体を支える。


(息はある。脈も。だが呪力がない)


 体力と同じで呪力も極端に使いすぎて体内残量が少なくなると具合が悪くなり、気を失い、果ては死ぬ。リーゼは気を失っているだけなので、休めば回復するだろう。


(これが、あの一瞬でリーゼから呪力を奪ったのか?)


 だとするなら、今この瞬間にもどれだけのマナをこの地から奪っているのか。想像するに恐ろしい。

 器を満たした分は色が変わるらしく、薄い水色が透けて見える。あるいは、ここにあるローグティアのマナの色だろうか。


 何にしても、放置する理由はない。

 まずは不自然な姿勢で抱えたままのリーゼを地面に横たえ、エルデュミオは剣を抜く。そして記紋術具へと垂直に突き下ろした。

 ぱきん、とあっけない音を立てて器が壊れる。途端、溜め込まれていたマナが溢れ出す。


「く……っ」


 その量は、多いだろうと当たりを付けていたエルデュミオの想像を超えて、膨大だった。

 濃すぎるマナを吸い、体の許容値を超えて内側から壊れる前にと、リューゲルのローグティアでやったのと同じ要領でマナに干渉し、形を変えようと試みる。

 感触では、リューゲルの魔力化状況と大差ない。ただローグティア内部のマナよりも少々『色』が付きすぎていて扱いにくかったので、すでに付いている属性をそのまま使うことにした。


 ローグティアの小島を中心にして、どしゃっ、と重たいものが水面に落ちる音がした。衝撃の余波で跳ねた湖水を少し被って、エルデュミオは舌打ちをする。

 おそらく多くの人が意識しない、明確な変化。マナのすべてを水に変換したので、湖の水位が元に戻った。もしくは、多少増水したかもしれない。


(大地の豊穣に使われていた方のマナも、一緒くたに水にしてしまったせいだな)


 違う属性が混在しているのは気付いたが、より分けている余裕などなかった。後悔もしていない。


「うっ……。き、気持ち悪い……。何……?」


 一瞬で体からマナを抜き取られ、一瞬で大量のマナを吸収させられるという極端な行き来を経て、リーゼは目を覚ますなり不調を訴える。


「体内のマナが呪力許容値を超えて残留しているなら、何にでもいいから使って発散してしまえ」

「た、多分大丈夫です……。何が起こったですか」

「そこの記紋術具が、この周囲からマナを吸い取っていたらしい。水位が下がったり実りが悪かったのは、これがマナを奪っていたせいもありそうだ」

「魔力化のせいではなかったです……?」


 戸惑いと驚きの両方で、リーゼは壊れた記紋術具を見詰めた。


「魔力化も一因ではあるはずだ。現在僕たちの世界にあるものは、聖神の呪力に沿った形に進化している。魔力化したマナには適応しないものも多いだろう」

「……ローグティアの魔力化を抑えて、解決したつもりでいたですが。よく考えたら翌年の実りの回復を確認していたわけではなかったですね。その前に、負けてしまいましたから」


 リーゼを嘲笑する気にはならない。エルデュミオとて、リューゲルの一件は目に見える変化だけで解決したと思い込んだ。

 人を派遣して、リューゲルも調べさせる必要がある。


「これを埋めたのは、普通に考えればマダラなんだろうが」

「さっき、ここに屈んでいた奴ですね? でも、少しおかしくないです?」

「ああ」


 今さっき埋めたにしては、記紋術具が蓄えていたマナの量が多すぎる。町に現れた異変の時期とも合わない。

 回収するにしても、溜まっていた量は半端だった。

 記憶保持者であるマダラにとって、ルティアのルチルヴィエラ訪問が予定外であるはずもない。一体なぜ、明るみに出るような時期に掘り返しに来たのか。


(……仮説なら量産できるが、考えて答えが出る問題でもなさそうだ。まずはこういうものが仕込まれている可能性だけを認識しておこう)


 明日にでもローグティアを癒す儀式を行うつもりだったが、今から町を回って安全確認を行う気力がなくなった。

 マダラがいると分かった以上、警備を見直す必要もある。できれば捕らえたいところだ。


「リーゼ。僕は一度宿に戻る。お前も戻って休んでおけ」

「ですね。ちょっと不調ですし」


 うなずき、ふらつきながらもリーゼは立ち上がる。


「……お前、一人で宿に泊まっているのか?」

「ですよ」


 肯定したリーゼに、エルデュミオはしばし迷った。一人で孤立させておくのは、狙ってくれと言っているようなものだ。


「付いて来い。騎士の誰かに、現地の使用人として雇わせる」


 ルティアが滞在している宿は国として借り上げているので、一般人であるリーゼを泊めることはできない。彼女を内側に入れるには、それしかなかった。


「それ、大丈夫です?」

「僕の推薦だと言えば、断れる奴はいない」

「権力乱用ですよ!」

「だったら、さあ狙えとばかりに一人で宿に帰るのか。不調を自覚しておきながら? 馬鹿なのか」

「うっ……。それは」

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