第24話
第二部隊がルティアの護衛に付く件は、特に抵抗もなく受け入れられた。
ルティアは近衛が守るべき王族であるし、ローグティアを癒すという目的において、煌びやかな第二部隊が当たる方が民の不安を煽らないだろう、という判断だ。
食糧を始めとした物資の都合や、それにかかる経費などを取りまとめ、担当大臣と連携という名前のすり合わせを行う日々。その合間にマダラに関する手配も済ませた。
そんな最中、私邸を預かる執事長から連絡が来る。リーゼの訪問だ。
事前の指示通りリーゼは留め置かれており、仕事を終えてエルデュミオが帰ったときには、侍女たちの給仕でお菓子を頬張っていた。
彼女を留め置いたのは自分だし、空白にさせた客の時間を使用人が慰めるのは当然。
しかし一日仕事で疲労してきた状態で見ると、何とも腹立たしいものがある。
「あ、お帰りです?」
「ああ。今戻った」
「不機嫌ですね?」
「気のせいだ」
リーゼは目聡く気が付いたが、きっぱりと否定した。
「んー」
しかし納得いかなさそうにリーゼは首を傾げ、指でクッキーを摘まみ取る。
「そんなことより、用件を済ま」
「えい」
絶妙のタイミングで、リーゼの指がエルデュミオの口にクッキーを押し込む。さくりと歯に伝わる食感も、舌を刺激する甘味も上々だ。束の間、絶句する。
「疲れたときには甘いものがいいですよ」
「……僕が甘味嫌いだったらどうするつもりだったんだ」
「ただの好き嫌いなら、体が欲する栄養素的には問題ないですね。アレルギーだったら謝ります。あ、治療用ポーションは常備してるので、何とかなったと思うですよ」
平然とリーゼは言い切った。部屋にいる使用人全員が顔色を青くして息を詰め、やり取りを見守っている。
その使用人たちの表情を、エルデュミオはこの屋敷の中で初めて見た。意識することができるようになった、と言うべきだ。
彼らはエルデュミオが下す対応を怖れている。その感情の正体をリューゲルで見せつけられてきたエルデュミオは、不快気に眉を寄せた。
(主である僕を怖れ、従うのは当然だ。だが……)
その主体が魔物に向けるのと同種の萎縮であるなら、貴族が得るのに相応しいとは言えないし、腹立たしい。
(だからと言って、どうしろというんだ)
無礼に対しては毅然として振る舞い、罰するべきである。たとえそれがどう受け取られようが、規律として必要なのだから。
そしてエルデュミオは、己が学んだ以上のことを今すぐ思い付ける程の天才ではなかった。
「――手を出せ」
「はい?」
疑問符を浮かべつつ、リーゼは特に警戒する様子もなく、言われた通りに手を出した。
エルデュミオはこの日たまたま腕に付けていた鎖状の腕輪を解き、ためらわずリーゼの手の甲を打ち据える。
「痛っ」
装飾品とはいえ、金属の鎖だ。かつ、それなりに力の入れ方、振るい方を知っている人間が使えば、充分な凶器となる。
浅く皮の裂かれた手を引っ込め、庇うように手で押さえた。
「二度目の無礼は許さないと、リューゲルで言ったはずだな」
「……言ってたですね」
「給仕を許すほど、僕はお前を信用してない。己の立場をもう少し考えて行動しろ」
「……そうですね。ちょっと調子に乗り過ぎました。申し訳ありません」
リーゼは素直に謝罪をした。応接室の空気は一気に冷え、皆が居心地の悪さを感じているのが伝わってくる。
どこか気の緩んだ数分前の空気とは、随分な違いである。
「付いて来い。話がある」
「え。ここでいいです」
「それを決めるのは僕だ。さっさとしろ」
リーゼからすれば、果たした依頼の報酬を回収しに来ただけだ。その受け渡しは済んでいるはずなので、彼女が留まっているのは待つように指示されたためでしかない。
ここで席を立って、強引に帰ることはおそらくリーゼになら可能だ。しかし。
「……分かったですよ」
周囲の使用人たちがエルデュミオの勘気を怖れているのを見て取って、リーゼはうなずく。
席を立ったリーゼを連れ、二階の私室まで戻る。
「扉は閉めろ」
「すっごく閉めたくないです。身の安全のために」
エルデュミオは部屋の奥に入ってソファに腰かけたが、リーゼは入り口付近に立ったままだ。
「寝言は寝て言え。――ルティアに関する話だ」
いつまでも突っ立っていられては困るので、彼女が確実に反応するだろうルティアの名前を出す。
はっきり顔をしかめた後、リーゼは扉を閉めて近付いてきた。ただし、座ったりはしない。体にも力が入っていて、すぐに動ける状態を保ったままだ。
「手を前に出せ」
「今度は何です」
言葉は問いかけの形だが、宿る意図は拒否だ。当然の反応と言える。
「傷は治しておく。お前に万が一のことがあれば、ルティアを任せる奴の当てが消えるからな」
「自分でやっておいて、何を言っているですかね」
「皮が裂ける程とは思わなかった。上手くできないものだな」
痛みを与えるつもりではやった。だが、血を出させるほどの怪我をさせるつもりはなかった。それも事実だ。
「日常的にやってるわけではないです?」
「お前みたいに己の領分を弁えない奴は、僕の屋敷にはいない」
「領分、ね」
面白くなさそうに鼻を鳴らし、リーゼは手を差し出した。数ミリ浮かせて手を重ねるような位置で自分の手を止め、エルデュミオは治癒呪紋を構築する。
「治癒術、使えるですか。似合わないですね」
「僕に不得手な呪紋はない」
「ああ、金眼だから」
マナと親和性の高いその特徴を口にして、納得した様子を見せる。
治療を終えてエルデュミオが手を引くと、リーゼは具合を確かめるように裏表を返しながら、矯めつ眇めつ見る。
「忠告してあげるですけど。他者を暴力で屈服させるのなんか最低ですよ」
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