第17話

「エルデュミオ様、せめて足を斬らなくては……」

「駄目だ!」


 硬質化し、それ自体が鈍器じみた武器となった腕が叩きつけられてくるのを受け止めつつ、スカーレットの言葉を即座に否定する。


「それはマダラとかいう奴の望む通りになる!」

「ですが、っ!」


 なおも続けようとしたスカーレットの言葉が、不自然に途中で切れた。邪魔をされていると感じたのか、木人たちの注意がエルデュミオたちに集中してきたのだ。

 今まで同士討ちで生贄になろうとしていた者たちまで、こちらに集まって来始めた。


 木人たちが一斉に、しかしてんでバラバラのタイミングで腕を上下に振り始める。それに合わせて腕に巻き付く蔦が波打ち、地面を叩いて土を抉った。

 彼らにそのつもりがあるかどうかはともかく、波状攻撃の体を成した。

 ローグティアから追い払おうとするように、前進しながら蔦を振るい続ける。深く抉れた土の有様から、楽観していい攻撃ではないことは明らかだ。


 蔦を斬れれば、何とでもなるのだろう。スカーレットは数瞬持っている剣の刃を返すかどうか躊躇ったようだが、エルデュミオの命令を優先した。

 木人を避けるために、後退していく。

 分断された形だが、半数を互いに惹き付けたと言えなくもない。


(だが確かに、動きを止めなければどうにもならない。いっそその鬱陶しい蔦で縛ってやろうかッ)


 苛立ちながら自分に向かってくる蔦を弾く。人体には元々備わっていない部位なので斬ってやろうかとも思ったが、だからこそ斬れない部位でもあると思い出す。正に魔力により変質した、正に魔的な部分をローグティアに吸わせることになってしまう。


 幸いなのは思考能力が極端に落ちていると見えて、行動が単調なことだ。おかげで対応を考える余裕が得られている。

 間合いを測りつつ、木人同士の蔦と蔦を絡めて動きを封じようと試みることにした。


「っ!?」


 その移動のために動かしていた足が不意に力を入れ損ね、バランスを崩す。

 直後振るわれた腕を受け止めた手に、痺れが走った。そしてそれは腕や足だけではないことに気付く。


 まだ軽くではあるが、全身に痺れを感じた。

 木人そのものには、一度たりとも触れていない。ならば。


(花粉か!?)


 木人たちの体に咲く、色取り取りの花。そこから目には見えない毒の攻撃を受けていた可能性が高い。

 動揺するエルデュミオのすぐ横から、影が差しかかる。はっとして首を巡らせると、至近距離で大きく腕を振り上げる木人と目が合った。


「あー」


 喉を震わせただけの音を口から発して、遠慮もためらいもなく、硬質の鈍器が振るわれる。

 腕を持ち上げ、剣で受けるのが間に合ったのは生きたいと思う本能が成した奇跡だろう。

 だが自覚している以上に毒はすでにエルデュミオの体を蝕んでいたらしく、その一撃に握力も足も耐えられなかった。

 剣を取り落とし、体は踏ん張りがきかず弾き飛ばされる。


「う……っ」


 強かに背中をぶつけ、そのままずるりと地面に膝をついた。反射的に地に手を伸ばして支えにしたが、それさえ感覚が鈍い。

 集まってきた木人たちが頭上を覆い、影を作る。月や星の光さえ遮られ、合唱のような呻き声が余計に恐怖を煽ってきた。

 体を支えるために地面に突いた手が震えているのは、毒のせいだけではない。


(こいつらはすでに僕を敵だと認識している。間違いなく殺しにかかるだろう)


 当人たちにはそんな意思などないだろうに、命令のまま、邪神の生贄になるために。


(スカーレットの言う通り、足でも斬ってしまえばよかったのか。それとも、始めから殺すつもりでいれば)


 ローグティアに魔の影響を近付けまいとした。魔術のせいとはいえ、被害者である民間人を殺すのは外聞も悪い。無事に取り戻せるならばそうするべきだと考えて出した結論だ。

 しかしその望みを叶えるには、エルデュミオには力が足りなかった。それにスカーレットも巻き込んでいる。


(スカーレットは、まだちゃんと生きているだろうか)


 スカーレットは自分たちの実力で適う範囲を、エルデュミオよりも知っていたのだ。彼の進言を撥ね除け、判断を間違えたせいで死の危機に陥っている。


(あいつは丘を下っていく方向へ後退していた。そのまま町に戻ればいい)


 きちんと人数を揃えて対処すれば、どうとでもなるだろう。むしろそうするつもりで下がったのかもしれない。


(ただ殺すのに比べて、救うことの何と難しいことか。ああ、確かに僕は知らなかった)


 そして知ったときには遅いのだ。――いつも。

 知らず唇に苦笑いを浮かべて、緩慢に木人たちが手を振り上げるのを眺める。そしてそのまま最期を待つ、つもりだった。


「ぅう、あ。あぁー……」

「……?」


 元々彼らの動きは機敏とは言えない。だが今は更にぎこちなくなった。

 己の体が行おうとすることに反発するかのように、腕を上げ、僅かに下ろすという行為を繰り返している。


 ――殺したくないし、死にたくない。助かりたい。戻りたい。


 実際に声に出されたわけではない。だが全身で上げるその悲鳴を、エルデュミオは確かに聞いた。

 当たり前の人間としての意思が、彼らの中には残っている。魔術という圧倒的な力に押し込められながらも、意思一つで必死に抗う。

 その緩慢な動きは、彼らの抵抗の証だ。

 目の前で見せつけられた懸命さに、頭を殴られたような衝撃を受ける。


(……ああ。もちろん、僕も死にたくなどない)


 武の心得などなく、格段に弱い民間人でさえ、最後まで抗おうとしている。だというのに貴族である自分が早々に諦める姿を晒すというのは、エルデュミオの矜持が許さなかった。

 ふらつく体を叱咤して、立ち上がろうと足掻く。その縁に、先程背を強かにぶつけたものに爪を立ててしまった。

 冷え切った指先に、じわりと温もりが伝わってくる。心を癒すその温かさに首を傾け、自分が縋っている物を視認し、エルデュミオは息とともにその名を呟いた。


「ローグティア……」


 己が弱っているせいもあるだろう。大地に根を張り、泰然と佇むローグティアは、魔力に囲まれつつもその輝きには一切曇りがないように見える。

 触れた手の先から、力が流れ込んでくるように感じるほどだ。


(……い、や?)


 実際に、体に活力が戻ってきている気がする。

 そして気付いた。力の正体は純粋なるマナ。エルデュミオの体が取り込んでしまった有害なものを、マナが触れて無力化させていくのが分かる。


「……!」


 それはエルデュミオが望んだ力の形だ。ローグティアの宿すマナが、エルデュミオの意思に反応している。


 ――世界の全てはマナから生じ、マナが変質した現象に過ぎない。


「なら……」


 エルデュミオが自分自身に対して行ったように、この純粋なマナを使えば、ここにいる者たちにかかる魔力という現象も書き換えられるのではないか。

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