第67話 後継者争いに巻き込まれました

「母上! 御戯れが過ぎます。そんなに私が頼りないのですかっ!?」


 ガタッとエルマンは席から立ち上がり、うつむいて怒りにプルプルと身を震わせると、母である男爵家当主をキッと睨んでから足早に食堂から去っていく。


 何ですかこの寸劇は?


 事情が分からない僕はただポカーンとしていましたが、モルザーク側の人間は事情を知っているらしく、困り顔で苦笑していました。

 母親のセシルとお抱え商人のマルテはもちろん、モルザークのギルドに在籍するエドガーとビアンカもやれやれという表情をしてますね。

 それに、なんとエマさんまで困った坊やだと訳知り顔をしてたり。


 僕だけ? 何も分かってないのは僕だけなの?


「ごめんさいね、エロオさん。当家は今、少々問題を抱えているのよ」


「そうでしたか。しかし、どうしてまた………」


 美魔女セシルが僕を誘惑したことにあそこまでキレたんでしょうね?

 この異世界の常識なら、男爵家当主の母親が夫以外に何人もの愛人を持ったりするのは当たり前のことのはず。あの過剰反応は変じゃないですか。

 16歳という多感な年頃だけでは説明がつかないと思うんですけど。


「ま、簡単に言ってしまえば、後継者問題ね」


 はぃぃぃいいいい?

 それと僕がどう繋がるというのか。

 仮にセシルが僕の子を孕んだとしてもただの庶子なんだから、嫡子エルマンのライバルにはならないでしょうに………何が何だか分からない。


「あらあら、異国から来たばかりのエロオさんはご存じないみたいね。マルテ、教えてさしあげて」


「承知しました。エロオ殿、当男爵家には跡取り娘がおりません────」


 あっ、そうだった。

 この国は、女系継承なのをスポーンと忘れてました。


「────現状ではエルマン様が嫁を迎えて次代の当主と男爵を兼ねることになるのですが、今現在、家中では対案が持ち上がっておるのです」


「対案……?」


「先代の姉君がエリン伯の叔父に嫁いでおるのですが、その孫娘シルヴィア様をモルザーク男爵家の次期当主として迎えるというものです」


「え、またどうしてそんなことを?」


「女系子孫だからです。貴族ともなると、それほど女系への拘りが強いのですよ」


 へぇ、そんなものですか。

 まぁ、地球でも男子直系にこだわる王侯貴族・上流家庭がたくさんありますからね。特に不思議なことでもないのかな………あっ、ということは!


「もしや、嫡子の男子より、庶子の女子の方が継承順位が上なんですか?」


「当然ですぞ。種はさほど重要視されません。御当主の畑から産まれた者が子々孫々と継承することが大事なのです」


「エルマン様が次代の当主となれば、その奥方が産んだ者が後継者になって直系女子の血筋が絶えてしまう……ということですね」


 あぁ、やっと何でエルマンが取り乱して立ち去ったのか分かりました。

 僕は34歳の女領主セーラさんを奇跡的に孕ませた竿師ですからね。

 そんな男が38歳の母親の愛人になったりしたら、また有り得ない懐妊が突発するかもしれない。それが、女子だったりしたら………


「そんなお家事情だから、エルマンはちょっと過敏になってるのよ」


 いや、だったらあんな風に息子の目の前で僕を誘惑しちゃダメでしょーが。

 まだ懲りずにバチンとウインクしてくるセシルさんの正気を疑いますよ。


「シルヴィア様とエルマン様がご結婚なされれば、全て丸く収まるんですが…」


 それだっ!!

 メチャクチャ単純明快なソリューションがあるじゃないですか。


「何故その素晴らしい解決案が採用されないのですか?」


「こ、こればっかりは、御本人様のお気持ちとしか………」


 マルテが盛大にきょどってお茶をにごしてます。

 突っ込んじゃいけないデリケートな場所だったようですね。メンゴメンゴ。


「シルヴィがデブスだからエルマンが嫌がってるのよ────」


 さすがセシル!

 誰にも言えないことをサラッと言ってのける。

 本当にシビれましたよ。憧れちゃいますよ。


「────貴方の婚約者と良い勝負だから、気持ちは分かるけどね」


 ズキュウウウウウウン!!

 えーっ、それ言う必要ありますぅ。

 そのキャシーの婚約者の僕にぃぃぃ。

 ホント生粋の貴族ってのは庶民なんてモブ扱いでタチが悪いですよ。

 油断したら、駒のように平気で死地に送り込まれそうです。


 今まさに、後継者争いに巻き込もうとしてますからね。


「僕はそのキャシーたちとクルーレの町で平穏に暮らしたいのです。男爵家の問題に触れるつもりはありませんので、平にご容赦を」


「あらあら、そんな冷たいことを言わないで頂戴。私はもぅあの二人にはいい加減ウンザリしてるのよ。貴族の務めを果たさずに勝手なことばかり言うのですもの。それなら、当主である私がとる道は一つでしょう?」


「………第三の継承者を作る、という道ですね」


「大当り。さすが、大年増のセーラの中に子種を放って命中させた竿師ね。その異常な命中率の子種を私にも注いでくれないかしら」


「そんなことをしたら僕は、エルマン派とシルヴィア派の両方から命を狙われてしまうじゃないですか!」


「あら、私にはそれだけの価値が無いとでも?」


 うぐぅ、そう言われたら返す言葉ないじゃないですかぁ。

 ホントに貴族ってのは自己チューすぎて草すら生えませんよ。

 それに、ぶっちゃけありますよ。危険を冒す価値があなたの肢体には。

 フェロモンが服を着て歩いてるような美魔女ですからね。くっそエロい。

 

 だけど、僕はまだ死にたくないし、死ねない理由もあるんです。故に却下。


「セシル様との情事には僕の命など比較にならない価値があります。ですが、僕には幸せにする責任がある人たちがいますし、今日も薄幸の幼女と再会の約束をしてきました。まだ死ぬわけにはいかないのです。どうか平にご容赦を」


「フン! まぁ宜しいですわ。戦後復興の大事な時にセーラとの仲を拗らせるわけにもいかないし、今回ばかりは諦めてあげるから感謝なさい!」


 これまでどんな時も余裕の笑みを絶やさなかったセシルが、怒り心頭といった表情で傲慢な台詞を吐き捨てると、挨拶もなしに食堂から退出していった……


 いやこれ、僕は何にも悪くないですよね?


 ホント貴族ってのは理不尽でしょーがない。

 しかし、この冷え冷えの空気はどうしたらいいんですか。

 マルテさん、何とかして下さいよ。

 男爵家お抱え商人に視線で助けを求めてみました。


「い、いや~、セシル様にスッパリと諦めてもらえて良かったですな!」


 何故だか芝居がかった大声でそんなことを言われました。

 まぁ、確かにその通りなんですけど、今後の取引とかにメッチャ影響があったりしませんかね。それはあなたも望むところじゃないでしょ。


「命拾いはしましたが、ガラス細工の取引に問題は出ませんかね」


「それは絶対にありませんぞ! ご当主様は公私の混同をされるようなお方ではありませんからな。それに、エロオ殿はもう忘れてしまわれたのですか?」


「え、何をでしょう……」


「あの腹黒ロカトールに、私がガラスペンを一手に扱っていると一芝居打ったではないですか! あれを嘘にされたら私共の立場がありませんぞ」


「あぁ、そうでしたね。では、今後もこれまで通りということで」


 いろいろ波風が立ちまくりましたが、男爵家との取引は継続となりました。

 その後、ホスト側がいなくなった晩餐を早々に切り上げた僕たちは、サクっと修道院に逆戻り。移民たちのことが心配だし、僕たちも修道院に泊まる予定なのです。

 それに、ずっと気になっている確認すべきことがあるんですよねえ。




「今回もダメですか………やっぱり、功績値は増えてませんね……」


 修道院の診療所へ行き、介護を受けている移民たちと合流した僕は、また一人ミドルヒールで怪我を治してあげました。

 もちろん、表向きはメローイエローを特級ポーションだと偽ってです。

 そして、ステータスを確認して、またガッカリしたところです。


 昼間に重傷者2人と中等傷者1人を治癒した時も、当然ステータスを確認しながらやったんですが、誰一人として功績値を上げてくれませんでした。

 レジーのような剣士のレアキャラじゃないとダメなのかもしれませんね。

 ふぅ、ま、増えないものはしゃーない。気を取り直していきましょう。


「リック、シスター・プリティアは何処にいるのかな?」


 最初に治癒した重傷者カイの兄に聞くと、もの凄い朗報が返ってきました。


「シスターなら、怪我人を3人も治癒してくれた後、礼拝堂に行かれました」


 えーっ、プリティアって治癒の奇跡が使えたんだ!

 

 そりゃそうか。修道司祭なんだから治癒が使えても当たり前でした。

 異世界で司祭といったらそれが普通ですもんね。

 これまたスポーンと忘れてましたよ。

 とにかく、あの塩シスターは村にとって欠くことのできない逸材!

 絶対にゲットして僕たちのために働いてもらわないと。


 でも、今日はもう休みましょう。働き過ぎました。SPも残4ですし。


「リック、僕たちも修道院に泊まる予定だったけど、事情が変わって男爵家お抱え商人のマルテの家に泊まることになった。明日の朝にここへ迎えに来るから、それまで皆のことを頼むよ」


「分かりました。シスターにも伝えておきます」


 よろしく、とリックに後を任せて僕たちは、宿へ向かいました。

 そうです、マルテの家じゃなくて宿屋です。

 エルマン派が暴走する可能性があるから、予定していた修道院を出て隠れ家的な宿屋に宿泊した方が良いとマルテに提案されたのです。


 エルマン派の密偵が探りを入れにくるかもしれないので、リックには偽の情報を伝えておきました。念のために。

 もともとモルザークで活動しているエドガーたちの案内で裏道を通り抜けて宿屋へ辿りつく。フロントに行くとマルテによって3部屋予約されてました。


 僕が真ん中の部屋で、エマさんとエドガー&ビアンカが両隣を固めます。

 僕が入る前に、護衛の女戦士が部屋の中をチェックしに入りました。

 しかし長いな────あ、やっと出てきた。でも困った顔をしてますね。


「エロオ、アンタにお客さんが来てるよ」


 えっ!?

 隠れ家的な宿屋の意味はどこいった………あぁ、マルテか。

 ここを知ってるのはあの人だけですもんね。

 

「アタシは扉の前で見張ってるから、ゆっくり相手をするといいさ」


 エマさんがポンと肩を叩いて笑顔を見せた。

 その気遣いとハードワークに礼を言ってから部屋に入りました。


 しかし、こんな時間にこんな場所で隠れて会う意味は何なんだろう?


 オイルランプが一つだけつけられた薄暗い部屋で、小テーブルの椅子に座った人影が立ち上がるのが見えました。


 あれ? このシルエットはマルテじゃない………えーっ、嘘でしょ!?



「エロオさぁん、ごめなさいねぇ。やっぱり子種をもらいに来ましたわぁ」

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