第66話 男爵家の女領主にロックオンされました
「────シスター・プリティアは叙階を受けた修道女、つまり修道司祭だ」
知ってた。
こういう時って必ず逆目に出るってさすがにもう学習しましたよ。
だけど、それでも良いんです。
だって、村民が一番望んでいた教会の再建に大きな光が見えたんだから。
「シスター・プリティアに、教会の常任司祭に就いてもらうことはできないでしょうか? もちろん、孤児院には運営に支障がでないよう職員を増やします」
「妹次第だな。この視察旅行の間に口説いてみることだ」
わたしは別に構わんと院長からお許しが出ました。
「あの妹さんを口説き落す自信はないですけど、頑張ってみます」
「おじさん、もういっちゃうの?」
僕の膝の上でエレナが寂しそうな顔をしています。
「うん、でもまたすぐに会いに来るよ。それにもしかしたら、ずっと同じ町で暮らせるようになるかもしれないしね」
「ほんとぅ?」
「本当だよ。そのためにシスター・プリティアがこれから僕の町を見に来るんだ。エレナたちがちゃんと暮らして行けるかどうか確認しないとね」
「エレナもぉ、エレナもいきたぁい」
また首に抱き着いて頬をスリスリしながら甘えてくる幼女が尊い。
これは断れない。エンジェルの如く純真な子供の希望ですもん。
こんな天使のお願いを一蹴できるのなんて鋼の心臓を持ってる人だけでしょ。
つまり、そんな人間はこの世に存在しな────
「エレナ、我儘を言うのではない。シスター・プリティアが帰るまで待つのだ」
目の前に存在しました。
さすが、男前シスターですね。心臓に毛が生えてましたよ。
しかし、プリティアもいるんだからエレナを同行させても良いでしょうに。
もしかして、僕たちに迷惑をかけると遠慮してるんですかね。
「僕たちなら構いませんよ。むしろエレナにも町を見てもらたいですし」
「悪いが、まだそこまでお前たちのことを信用できない。現時点で当院の大切な子供を預けるわけには行かないな」
そりゃそうだ。
カメリア院長からすれば、僕たちはまだ得体の知れない人間ですもん。
「仰る通りですね。ちょっと性急に過ぎたようです────エレナ、遅くてもひと月以内に会いに来る。約束するから少しだけ待っててね」
「やくそく………うん、エレナまってる」
母親を待つことに絶望していた幼女が、待つと言ってくれました。
この約束は絶対に守らないと!
エレナの背中を優しく擦りながら固く決意をしていると、旅行カバンを手にしたプリティアが戻ってきました。
「準備が整いました。出発しましょう」
僕たちだけでなくカメリアとエレナも院長室を出て、玄関の外まで見送りに来てくれた。僕はエマさんに幌馬車から取って来てもらった銀貨1袋(約145万円)を子供たちのために役立てて欲しいと言って院長に手渡しました。
「感謝する。大切に使わせてもらおう。シスター・プリティアと少し話しがあるので先に馬車へ乗っていてもらえるか」
あ、教会の常任司祭のことを後押ししてくれるのかもしれない。
それは有難いと心で感謝しながら、エレナにお別れを告げて僕たちは幌馬車に乗り込みました。手を振る幼女が笑っていてくれたのが本当に嬉しかったです。
「………どうやら、追手の一味ではなさそうだな」
「ええ、本当にただのお人好しみたいですね」
「だが、万が一ということもある。視察中に可能な限り探りを入れてくれ」
「分かっています。貴方も私の不在時にドジを踏まないようにして下さいね」
「ご丁寧に置き土産までくれたからな。派手に動く必要がなくなった。お前が戻るまでジッとしているさ」
「銀貨1袋を縁もゆかりもない孤児院にポンと与えるなんて、やはりただの商人ではないですね………必ず私が化けの皮を剥いで後悔させてやります」
「フッ、お前はエレナのことであの男に逆恨みしてるんじゃないか?」
「は? 貴方どこかで頭でも打ったのではないですか(ゴゴゴゴゴ)」
「冗談だ。それより、現地での視察次第で移住を本格的に検討するぞ。ここはエリンに近すぎて悪目立ちが過ぎる」
「そうですね。あの男の町が静かで平穏な所だと良いのですが………」
まるで合わせ鏡のようにそっくりな双子は、同じタイミングでひとつうなずくと、それぞれの役割を果たしに赴くのだった。
「私を教会の常任司祭にするですって? 貴方気でも触れてるのですか」
同じ幌馬車に揺られ、船着き場で木造二階建てフェリーに乗り込み、眺めの良い二階席に座って持参した午後ティーを勧めて飲んでもらいまったりとしたところで、
良い頃合いだと教会の再建話を切り出したら、2秒で否定されました。
「いやでも、プリティアさんは修道司祭なんですよね……」
「私が双子だということをもう忘れてしまったのですか。町に着く前から先が思いやられてしまいますね」
「僕の母国では、双子は忌避されるどころか、むしろ持てはやされる傾向があったので、双子だからダメというこの国の常識は理解しにくいんですよ」
「よほど辺境にある未開の国のようですね。少なくともこの大陸にはそんな未熟で野蛮な国はありませんよ」
いやいやいや、双子は邪悪なんて迷信が常識になってる国の方がよっぽど野蛮な非文明国ですって。あぁ、ホント異世界はこれだから困りますよ。
話が噛み合わなくて困ってしまった僕は、この幌馬車にいる中で唯一助けを求められそうな常識人のエドガーに、何とか言ってくれと目で訴えました。
んん……常識人てことはこの国の常識に染まってるから、むしろダメなのか。
こりゃ期待できないと見積もっていたら案の定、斜め上の意見が飛び出した。
「エロオ君が、シスター・プリティアを愛人にすればいいんじゃないか」
「ちょ、あなたまでエマさんみたいなことを言わないで下さいよ!」
ほら見ろ、塩シスターがこれまで以上に能面のような顔をしてるじゃないか。
「まぁ聞いてくれ。村の救世主である君が自分の愛人だと紹介すれば、たとえ双子でも村民たちは受け入れるだろう。表面上はな。そこから本当に慕われるか、敬われるかはシスター次第という訳さ」
なるほど。一理ありますね。
あまり自覚はないんですけど、僕があの村で救世主のような存在になっているのは事実です。その僕が愛人を村の司祭にすると言えば村民も嫌とは言えません。
その後どうなるかは、本当にプリティアの働き次第でしょう。
「あの……プリティアさん…そういう事情なので何とか僕の愛人にな────」
「清貧を誓った修道女の私が、金銭至上主義のブタである商人の愛人になると本気で思っているのですか! 侮辱にも程があります!」
ですよねー。
「エロオ君は確かに商人だが、君が思っているような人間じゃないと思うぞ」
おおっ、エドガーから援護射撃きました。もっと言ってやって下さい。
「そうですわね。稼いだお金を村のために使ってますし、贅沢をしてブクブク太ってる傲慢な商人とは明らかに一線を画してますわ」
えぇぇぇぇえええええええええええ。
どうしたんですか、ビアンカさん?
あなたが僕を擁護するなんて、一体何を企んでやがりますか。
あ、アレか………マイセンのティーセットかっ。
あれを僕からゲットするまでは味方でいてくれるんですね。
そういうことなら、素直に乗っからせてもらいましょう。
「お聞きの通り、僕は商人ですが決してお金が一番だなんて思っていません。人を幸せにするのは金ではなく愛です! クルーレの町ではその信念を実践していますので、それを見てからもう一度考えて下さい。ぜひお願いします!」
嘘は言ってません。
金より愛欲が好きですし、乾いた女体に愛と潤いと種を与え続けてます。
だから自信に満ちた顔で言い切りました。
「商人の言葉など眉唾そのものでしょう。貴方方が何を言おうと私はこの目で見たことしか信じません。話はそれからです」
取り付く島もナッシン。
んんん……でも、村の視察次第では考えるとも取れますね。
とにかく、まだ時間とチャンスはあります。
ここからどんどんアピールして塩シスターをものにしてやりましょう。
「おめでとう、エロオさん。あのセーラを僅かひと月の妊活で孕ませるなんて、噂通りの性獣でいらしたのねぇ。素晴らしい偉業ですわぁ」
エリンから水の魔法によるウォータージェット推進フェリーで河をさかのぼってモルザークに到着した僕たちは、まず修道院に行って怪我人ぞろいの移民12人を任せてきました。修道院は旅人や巡礼者の宿であると共に、怪我人や病人を癒す診療所なんだそうです。無論、先立つものは必要でした。
だから奮発して金貨3枚(約62万円)置いてきました。
変にケチるのは得策じゃないでしょうし、もともとロカトールに払うはずの金貨が6枚浮いてましたしね。
その後、ここモルザークを治める男爵家当主のセシルからディナーの招待を受けていたので、屋敷に向かいました。シスター・プリティアも誘ったのですが、拒否されて移民たちと一緒に修道院に残っています。
という訳で、今はセシルたちと晩餐会の真っ最中なのですが、ほろ酔いの女領主にデリケートな所を一突きされて返事に困っているところです。
「あ、ありがとうございます。しかし、さすがセシル様ですね、お耳が早い」
セーラさんの懐妊が発覚したのは僅か二日前。
なのにもう知ってるなんて一体どうやって………なんて分かりきってますよ。
あなたですね、マルテ。速攻でチクったのは。
ジロリとテーブルの斜め前に座る男爵家のお抱え商人を見ると、僕の視線などまったく気付く様子もなく、ご馳走に舌鼓を打ちまくっています。
「マルテに託されたセーラの手紙に書いてあったのよ────」
配下の商人を擁護するように、女領主は種明かしをしてくれました。
そういうことでしたか。マルテは無罪でしたか。メンゴメンゴ。
「────貴方、胸の贅肉タップリの大年増と毎日何発も種付けしてたそうね。望外の懐妊に浮かれまくってるみたいで、エロオさんとのノロケ話ばかり読まされちゃったわぁ。お陰でこっちは欲求不満で大変なのよぉ」
艶のあるスカイブルーの髪をかきあげながら、鮮やかなピンク色の長い舌で見せつけるように舌なめずりをするセシルに、ネットリと見つめられました。
こ、これはヤバイですね………ロックオンされてちゃってますよ。
この狙い撃ちからどうやって身をかわすか脳みそをフル回転させていると、これまでずっと聞き役に徹していた男爵家の次男エルマンが初めて口を開いた。
しかも、性格の良いボンボンという印象だったのにご乱心されました。
「母上! 御戯れが過ぎます。そんなに私が頼りないのですかっ!?」
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