第65話 ママに愛されない幼女を救いました

「その通りです。僕なら、その子を救ってあげられますよ!」


 言語道断な僕の宣言にプリティアは口を半開きにしたまま絶句した。

 その隣では、僅かな希望を感じたエレナが上目遣いで僕を見ている。


「エ、エロオ殿、そんなことを言って大丈夫なのですか!?」

「若さゆえの暴走なのでは……」

「エロオがここまで言うなら何とかしてくれるはずさ。たぶんね…」

「うーん、さすがにこれは無茶だと思うが……まぁ、お手並み拝見だな」

「あの子をまた泣かせるような真似をしたら、わたくしが承知しませんわよ」


 またもや、皆さんのご意見ご心配、真にごもっとも!

 でもね、ここはエレナのために引けないんですよ。

 僕は右手をスッと上げて雑音をシャットアウトすると傷心の幼女を呼んだ。


「エレナ、こっちにおいで。僕とお話をしよう」


 プリティアのお尻の後ろからこちらを覗くようにしているエレナは、いかつい大人たちが僕の後ろに控えているのを見て怖気づいてしまう。


「大丈夫、この人たちはみんなエレナの味方だから怖くないよ」


「そ、そうですぞ! お嬢さん、安心してこちらにおいでなさい」


 普段、幼児と接することがないのか、自分が子供に恐れられてるなどまったく思いもしなかった面々は、急に作り笑顔をエレナに向けだした。

 それでやっとエレナも勇気が湧いたのか、おずおずと僕の前までやってくる。

 ソファーに座っている僕より顔の位置が低い。本当にまだ幼児なんだ。

 それなのに、ここまで心を傷つけるなんて………


 思わず怒りをあらわにして悪態をつきそうになるのをグッと堪えて笑う。


「初めまして、僕は商人のエロオだよ。商人って知ってる?」


「ものをうってる人でしょ」


「正解。ご褒美におクスリをあげよう。エレナの悩みが消える魔法の薬だよ」


「エレナがなやんでることがわかるの?」


「分かるよ。僕も子供の頃、エレナと同じことで悩んでたからね」


「ほ、ほんとぅ!?」


 幼女は生まれて初めて仲間に巡り合えたという希望に満ちた目で僕を見る。


「本当だよ。だから僕の話を最後まで我慢して聞いて欲しいんだ。そうすれば君はその悩みから解放されて幸せになれるよ。約束する」


「やくそくしてくれるの………じゃあエレナ、おじさんのお話きく」


 期待と恐れがない交ぜになった表情。

 分かるよ。僕が本当に君の理解者かどうか不安なんだよね。

 でも大丈夫。君の気持は手に取るように分かるから。


 僕は周囲を見渡しながら、この場にいる大人たちにも視線で告げた。

 途中で絶対に邪魔をせず、最後まで我慢して聞いていろと。


 さあエレナ、昔の僕が聞きたかった言葉を君に聞かせてあげよう。



「エレナのママはね────エレナのことを愛してないんだ」



「「「「「「 えっっっっっっっ!? 」」」」」」


 傷心の幼女にどんな話をして救うつもりなのかと注目していた院長たちから、どよめきが起こった。追い討ちしてどうするという批難めいた声色だ。

 もぉ、だから邪魔するなと注意したのに。

 もう一度、皆をひと睨みにしてからエレナの反応をうかがいます。


 僕は涙をこらえるブルーグレーの目と目で無言の会話をしました。


 君はママに愛されてないと感じていた、嫌われてると分かっていたよね。

 だけど、それを人に言われて認めることはまた別だ。

 うん、とても辛いよね。だから泣いてもいいんだよ。


「うぐぅぅぅ………グスン、グスン……」


「でもね、ママが愛してくれないのは、エレナのせいじゃないんだよ」


「え、エレナがわるい子だからじゃないの?」


「違うよ。エレナのママはね、子供を愛せない病気なんだ」


「ママがびょうきって………ほんとぅなの?」


「本当だよ。僕のママも同じ病気だったからね」


「えー、それでおじさんのママはどうなったの?」


「今も病気のままでずっと僕のことを嫌ってるよ」


「おじさん、かわいそう……グスン、グスン…」


「そうでもないんだ。子供を愛せない病気のママはたくさんいるんだって、ママが愛してくれない子供は他にもたくさんいたんだって後で分かったからね」


「エレナとおじさんだけじゃないんだ!?」


「そうだよ。僕たちの他にも一杯いる。エレナも僕も特別に悪い子なんかじゃないんだ。どこにでもいる普通の子供なんだよ」


「エレナほんとにフツーの子なの? だってほかの子も……シスターも…」


「ママがいない子や、ママに愛されてる子には分からないんだよ。そういう病気のママもいるってことが。だけど僕には分かる。エレナは普通の子供だよ」


 嘘じゃない本当だよと真っすぐにエレナの目を見て訴える。


 すると傷心の幼女は僕の言葉を信じてくれたようです。

 

「ありがとー、おじさん」


 そうお礼を言って微笑んでくれました。

 僕のほうこそ、分かってくれてありがとうとお礼を言いたい。

 だけど、まだですね。

 君の笑顔には、僅かにまだかげりがある。

 

 何をまだ心配しているのか僕にはちゃんと分かってますよ。


 何か言いたげな様子のエレナを膝の上に乗せてから教えてあげました。



「ママのことを嫌いでもいいんだよ」



「どうしてわかったの!?」


「そりゃあ、僕もママのことを大嫌いだったからさ」


「ママのことをスキになれないのはわるい子じゃないの?」


「違うよ。子供を愛さずに嫌って意地悪をするママは、好きになる必要なんてない。嫌いになって当たり前なんだ。エレナだけじゃない、みんなそうなんだよ」


 ママを好きになれない、という自分が最も罪悪感を覚えて誰にも、シスター・プリティアにすら言えなかったであろうことを、僕に理解してもらえた。


 これでエレナはずっと心に抱えていた悩みから完全に解放されたようです。


「ありがとー! おじさん、ほんとぅにありがとー!」


 首に抱き着いてきた幼女に全力で頬をスリスリされました。

 エレナの目から今度は嬉し涙がこぼれてうぇんうぇんと泣いてしまってます。

 だって幼女だもの。今は好きだけ泣いて喜ぶといいです。


「グスン、グフゥ、グスングスン……良かった、良かったですぞぉぉおおおお」


 お前が泣くんかーい!


「シクシク、クスンクスン……母に恵まれぬ幼女に幸あれですわ……クスン」


 いつもツンツンな魔法使いまで!?


 後ろを振り返ってみると、そのビアンカの隣では、エドガーが天井を見上げて込み上げる涙が落ちないようにしてるのだけど、完全に失敗してました。

 その隣の女戦士エマさんは、こっちに背中を向けて肩を震わせてます。

 さらにその隣のヒゲの兵隊長は真っすぐに前を見つめて、両目から滝のような涙を流れるがままにしていました。


 まったく、いい年をした大人たちが何をやってるんでしょうねえ。


「これを使うといい────」


 対面のソファーに座っている院長がハンカチを差し出しています。

 それでやっと僕は、自分も泣いていることに気付きました。

 呆然とした表情でハンカチを受け取って目に押し当てます。

 

「────辛いことを思い出させてしまったようだな」


「………いえ、ただのもらい泣きですよ」


 少しの間、院長室には子供の泣き声と大人の嗚咽だけが響き渡った。


 僕は無意識の涙が干上がったところで、肝心の話を再開します。


「それより話を戻しますが、僕のいる町へ孤児たちと一緒に移住することを前向きに考えてもらえませんか?」


「わたしに異論はない。あとはシスター・プリティア次第だ」


 まだ院長室の扉の前に立っていたプリティアは、僕の膝の上に座っていつの間にか寝てしまっているエレナを見て悔しそうな、悲しそうな表情をしていた。

 僕と目が合うと、眉をひそめて両目をつぶり、ギリッと唇を噛む。


「………良いでしょう。私も孤児院の移転に賛同します。ただし、まずは貴方の町を視察させてもらいますよ。具体的な話はその後です」


「ありがとうございます! それで視察はいつ頃に来てもらえますか?」


「今から私も貴方方と共に町へ向かいます」


「えっ!?」


「何を慌てるのです。今来られては不味いことでもあるのですか?」


「いえ、急なことで少し驚いただけです。これから一緒に来てくれるなんて、むしろ有難いですよ。ぜひお願いします」


「では、旅の支度をしてきますので少々お待ちなさい」


 そう言ってプリティアは姿勢の良い歩き方で静かに院長室を出ていく。

 ふぅ、何とか良い方向に話が転びましたね。

 それも僕の膝の上で心安らかに眠っている幼女のおかげです。


「そんな安心しきったエレナの寝顔は初めて見る────」


 カメリア院長は自嘲めいた寂しげな笑みでそう漏らした。

 かける言葉が見つからない僕はただうなずくしかなかった。


「────ママがいない者には分からない、か………まさしくお前の言う通りだな。わたしとティアは双子ゆえに生まれてすぐ修道院に捨てられたので、母親のことなど何も分からないのだ」


「そうだったんですか……」


「そして双子ゆえに自分が母親になることもないだろう。だから母がどんなものか知らぬまま院長を続けるしかない。フッ、我ながら心許ないことだ」


 この異世界で双子がどれほど忌み嫌われているのか知らないので、迂闊なことは言えません。それに同情などこの男前なシスターには侮辱でしかな────


「だったらエロオに子種を仕込んでもらいなよ!」


 空気を読まない女戦士が大声を出し、良いこと言っただろとドヤ顔を見せる。


「ちょ……いきなり何を言ってるんですかっ?」


 せっかく孤児院の移転話が進み始めたのに、余計な波風を立ててご破算になったらどうしてくれるんです!


「ん、んん……あれぇ、わたしどうしたの……パパぁ?」


 ありゃりゃ、動揺して体を揺すったせいでエレナが起きちゃいましたね。

 しかも寝ぼけて僕をパパだと勘違いしちゃってますよ。


「エロオ殿がパパなら、当然これまで育ててきた院長がママですなぁ」


 くっ、マルテまで面白そうに乗っかってきた。

 遺憾、ここは速攻で別の話に切り替えなくては…………ハッ、そうだ!


「院長、お二人は修道院育ちという話ですが、お知り合いに修道司祭はおられませんか? 実は、教会の常任司祭が戦争中に引き上げてしまいまして、町に移住してくれる後任の司祭を探しているところなんです」


「ふむ、一人だけ心当たりがある」


「本当ですか! ぜひ紹介して下さい!」


「自己紹介ならさきほど済んだばかりだぞ────」


 えーっ、そうきましたか!

 

 今度はこちらが驚かしてやったぞと不敵に笑ってるカメリア院長さん、それでどっちですか。修道司祭なのは、あなたとプリティアのどっちなんですか……?


 できれば、あなたであって下さい。

 あの塩シスターだと村民受けが悪すぎます。


 という訳で来い、カメリア来い! お願いだからカメリアさん来て!!



「────シスター・プリティアは叙階を受けた修道女、つまり修道司祭だ」

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