第17話 小悪魔な美少女マリア

「今、家に入れなくて困ってるの。少しだけここにいさせて。ね、お願い」


 言われたことにも驚きましたが、その後の行動には仰天しました。

 僕の返事も待たずに、勝手に部屋の中に入って行くじゃありませんか。

 呆然と見送ってしまいましたが、慌ててドアを閉めて鍵をかけてから小悪魔の後を追います。ダメだこの子、早く何とかしないと!


「ちょっと困るよ。僕はこれから出かけるところなんだ」


「大丈夫よ。私が留守番しててあげるから」


「いや、出張だからしばらく家をあけるんだよ」


「それこそ好都合だわ。私が家にいて部屋が荒れないようにしてあげる」


 つ、強い。

 この自己中心的な考え方は、これまで付き合った女性たちを彷彿とさせます。

 こんな風に、これから星の数ほど男を泣かせるんでしょうね。

 いや、そんな先の話より、今この状況を打破しなくては。

 

「そもそも、どうして家に帰れないの?」


「私、誘拐されちゃいそうなの……」


 ゆ、誘拐ですってーーーっ!?

 そんな事件に僕を巻き込んでどうするんですか。

 素直に警察を呼んで対応してもらうべきしょ。

 僕がそう言うと、少女は困ってる事情を簡潔に伝えてきました。


「────実の父親が誘拐犯ですか……」


 妻と娘(この少女)に逃げられたDV男が追ってきたそうです。

 このアパート付近で見かけたので部屋を突き止められた可能性がある。

 だから、帰れないし他に行くあても無い。

 母親は所用で明後日まで帰ってこないそうです。


「ね、マリア良い子にしてるから、ここにいてもいいでしょ?」


 うわ、突然抱き着いてきた。しかも上目使いで媚びるような笑顔。

 これは落ちる。分かってても落ちちゃう。それほどの破壊力がある。

 断ったら人間失格の烙印を押されそうな罪悪感が凄いです。


「分かったよ。僕のいない間、好きに部屋にいていいから」


 間近で見たらハッと息を呑むような美少女は、僕を抱く両手に力を込めて、ありがとうとお礼を言った。正直、もっとこうしていたいけど時間がないです。

 マリアと名乗った少女を引き離し、机の上に置いてある財布を渡しました。


「このポケットに鍵が入ってるから使ってね。お金は1万円ぐらいしか入ってないけど、必要な時は使っていいから」


「分かったわ。何かあったら大事に使わせてもらう」


「じゃあ僕は、トイレに行ってからそのまま外へ出るから後は宜しくね」


「うん、あ、お兄さん、最後に名前を教えてもらえる」


「天篠兵露於(あましの へいろお)だよ」


「いってらっしゃい、ヘイロオ兄さん」


 その言葉と天使のような微笑みにドキッとさせられました。

 こんな挨拶をしてもらったのは、いつ以来だったかな……

 まだ知り合ったばかりのなに、別れの寂しさが急に沸き上がってくる。

 気付いたら僕は、無意識に返事をしていました。


「……いってきます、マリアちゃん」


 何故こんなことを言ったのか自分でも分かりません。

 でも、たぶん…………この子の名前を呼んでみたかったんだと思います。

 だってそれだけで、胸がちょっぴり熱くなりましたから。




「お待ちしてましたよ、ヘイローさん。地球では3日ぶりですね!」


 荷物を持ってトイレに入ると、30秒ほどで召喚されてトリカさんの部屋へ転移していました。ベルちゃんとミュウちゃんがキッチリ仕事してくれたようです。


「こんばんは、トリカさん。このタイミングですから、呼んでるのはもちろんアナベルですよね?」


 今回もスキル『フラグ破壊』の赤いビックリマークが出現してませんし。


「そうですよ! ヨダレを垂らして待ってますから早く行ってあげて下さい!」


 あぁ、そんなベルちゃんの姿が目に浮かびますねえ。

 ご褒美はちゃんと用意してますから、期待して待ってて下さい。


「それでは、送ってもらえますか」


「今回も功績ポイントを稼いできて下さい! 健闘をお祈りしてます!」


 もちろん功績ポイントをゲットしてレベルアップをするつもりですよ。

 そのために、セーラさんとセックス三昧しなければなりません。

 実はこの三日間、オナ禁してきました。やる気満々ですよ。ムフフフと嫌らしい笑みを浮かべながら、僕は黒い穴に吸い込まれて行きました。




「チョコパンとラムネきたーーーーーっ!!」


 ベルちゃん、ちょっと主語がおかしいよ。

 間違ってはいないけど、ちょっぴり傷ついたんだ。

 ニートの心はガラス細工のようにもろいから注意してほしいなぁ。


「エロオお兄さん、待ってました。お疲れ様です」


 あぁ、ミュウちゃんは賢いだけじゃなくて本当に優しいなぁ。

 僕にとっては、この村のオアシス的存在だよ。


「ミュウちゃんこそ、お疲れ様。召還を手伝ってくれてありがとうね」


 僕の言葉に、聡明な少女はニッコリと微笑む。

 破れた天井から差す陽の光を受けて輝く青い髪が綺麗だった。

 んんん……陽光があるってことは、こっちは昼間なんですか?

 地球と異世界の暦の違いか、時差の影響でしょうね。


「ベルちゃん、お昼はもう食べた?」


「ううん、まだだよ」

「じゃあ、朝ご飯は?」

「ちょっと前に食べた」


 ふむ、午後ではなく、午前中ということですか。

 まぁ、今はそれだけ分かればいいでしょう。


「そんなことより早く家に行こうよ! ママがプリプリして待ってるから!」


 僕からしたら準備で忙しいあっという間の3日間でしたが、セーラさんにとっては、気が気じゃない一日千秋の3日間だったみたいですね。

 そういうことなら、直ぐに安心させてあげましょう。

 そして、溜め込んだままの魔力をたっぷりと注入してあげますからね……




「ママー! エロオが帰ってきたよ! また美味しいもの持ってきたよ!」


 屋敷の玄関を突破する勢いで入っていったベルちゃんは、執務室の扉もバーンと開けて飛び込み、また大声で戦果を報告しました。

 少し遅れて僕とミュウちゃんも執務室に入っていきます。

 肉体交渉をした男の顔を見たセーラさんは、歓喜の表情で腰が浮き上がりかけましたが、グッと堪えて大机の椅子に座り直し平静さを装いました。


「お待ちしておりましたわ、エロオさん」


「お待たせしました。とても会いたかったですよ、セーラさん」


 お世辞ではなく、本音です。ずっとあの夜のことを考えてました。

 素直な想いが通じたのか、セーラさんはまんざらでもない笑顔を浮かべながら、立ち上がってソファーに座るよう勧めてくれます。

 そして、彼女自身も僕の対面のソファーへ腰をかけました。

 

「お約束通り、商品を仕入れてきて戴けたようですわね」


 背中からおろしたリュックサックと、大きめの手提げ鞄、前回と同じレジ袋を見たセーラさんは、ニッコリと上機嫌です。


「はい、今回はまだ小手調べといったところですが、それでも十分にご満足して頂けると自負しております。早速、ご確認されますか?」


「ええ、今ここで拝見させて戴きますわ」


「承知しました。と、その前に、キャシーさんとマルゴさんは、いらっしゃらないのですか?」


「あら、私としたことが……ベル、マルゴにお茶を淹れるように言ってから、キャシーを呼んで来なさい」


「分かった!」


「あ、お茶でしたら、また紅茶をお持ちしたので、人数分のティーカップだけご用意して頂ければ」


「あいよー!」


 駆け出すベルちゃんに注意すべきか迷ってる間に姿が見えなくなったので、セーラさんはフゥと溜息をついて娘が失礼しましたと表情で謝罪されました。

 そのヤンチャ少女が、1分としない内にキャシーの腕を掴んで戻ってくると、マルゴさんも直ぐにトレーを持って現れました。


 召喚される10分前まで冷蔵庫で冷やしていた午後ティーは、今回も好評です。

 メイドのマルゴさんにも飲んでもらいましたが、珍しい甘みとスッキリした味わいにウットリとされてました。

 場が和んだところで、僕は満を持してリュックからブツを取り出します。

 そう、この地では貴重品で今も大受けしていた、白くて甘い粉ですよ。


「砂糖を仕入れてきました。ほんの10キロほどですが」


 僕はドヤ顔で、1キロの砂糖袋を10個テーブルの上に積み上げました。


「あ、貴方は………何て…ことを────」


 それを驚愕の表情で見つめるセーラさんが、体と声を震わせています。

 やはりココでは、砂糖の価値はとてつもないものがあるのでしょう。

 しかし、続けられたセーラさんの言葉は想定外なものだったのです。


「このカーライル家を破滅させるつもりですかっ!?」

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