第16話 男女平等なんて、冗談言わないでよ
× × ×
「また女の子ばっかり……」
考古学研究会でも、お兄ちゃんはやっぱりモテていた。
毎度毎度、よくもまぁモテずにいられないモノだ。ここまで来ると、ワザとやってるとしか思えなくなってくる。
おまけに、大学生ともなるとお酒も相まってアプローチもかなり過激だ。
今日は、考古学研究会の新歓コンパ。部長を務めるお兄ちゃんは、両手に花を押し付けられるような形で、チビチビとハイボールを飲んでいた。
会は、既に半ば。盛り上がりは、今が絶頂といったところ。
「ミコちゃん、部長の妹なんだって?」
「はい」
「かわいいね、彼氏いる?」
「いません」
「へぇ、そうなんだ」
ちょっとイケてる感じの先輩たちが、ここぞとばかりに話しかけてくる。それを見たって、お兄ちゃんは助けてくれなくて。少し、悲しい気分になった。
というか、他の女の子のアプローチを躱すのに大変らしくて。酔っ払ったって、どうせお兄ちゃんが助けてくれると思ってるのか。どいつもこいつも、飲みまくってべったらべったら。
恐らく、お酒の前では得意の好感度コントロールも効かないのだろう。何なら、イケメンと一夜を過ごしたい程度に捉えている寂しがりな思考なのかもしれないし。
つまるところ、理性を信じるなんて方法はここでは下策らしい。大人に片足を突っ込んだ恋愛は、男も女もパワープレイになりがちなのかもしれない。
そんなの、許せるワケがないでしょうに。
「ねぇ、ミコちゃん」
「ダメです、コウがいるんですよ」
一瞬、その場の雰囲気が凍ったのが分かった。まぁ、このブラコン具合なら引かれたって何も不思議ではない。
「部長がいるって、どういうこと?」
「さて、どういう意味でしょうかね」
お兄ちゃん直伝の、困り眉で笑う誤魔化し。なるべく儚く見せるのが、この攻撃の
こうすれば、人間関係を壊さずに距離を取ることが出来る。人脈が大切だと教わっている以上、好き嫌いでゼロサムの関係を築くのは好ましくない。
それに、女ってやっぱりナメられてるというか。こういう時、どうしても下に見られてるというか。
分かっていても、暴力の可能性とか考えると怖いし。つまり、男もきっと無意識的にその逆を考えてるワケで。
だから、女として気を使わなきゃいけない状況というのは、どうしても存在してしまうのだ。
「そんなこと言わないでよ」
なのに、こっちが気を使ってるのを、本気で嫌がってるって受け取られない。それが、本当に嫌だ。
あなたがモテるっていうなら、フリか本音かくらいちゃんと分かりなさいよね。
「恥ずかしいですよ」
「でも、部長だって妹には彼氏くらい作って欲しいと思ってるんじゃないかな」
「そうだよ、そんなツンツンしないでさぁ」
太ももを触られて、私は思わず距離を取っていた。
どうやら、この人は四年生らしい。チャラチャラしてそうで、お兄ちゃんとは真逆の見た目だ。
別に、そういうのが悪いとは思わないけど。でも、好みじゃない。
「ダメです」
「そんなこと言わないでさ。ほら、コウもモテて忙しいみたいだし」
しつけぇな、こいつら。
「ちょっと、ほん――」
「やめてやってくれませんかね」
……いつの間にか、お兄ちゃんが隣にいた。
聞いたことのない、低い声だった。
「なんだよ、コウ。お前、久しぶりに飲み会来たと思ったら邪魔しやがって」
「飲み過ぎですよ。ミコが俺の妹だってこと、忘れてませんか?」
どうやら、お兄ちゃんの力は普通の男よりも強いらしい。手首を持たれた先輩は、余裕を浮かべながらも少し顔をしかめている。
……なるほど。
「シスコンか?」
「そんなところです」
すると、先輩はヘラヘラと笑いながら席を立って、遠くでお兄ちゃんの悪口を言い始めた。
それは、流石にみっともないよ。
「すまなかった、普段は悪い人じゃないんだ」
現行で、しかも敢えて聞こえるように悪口を言ってる人を庇うなんて、優しいを通り越してアホだ。
というか、私が言いたいのはそこじゃない。
「何よ、さっきまでハーレム楽しんでたクセに」
「彼女たちも、少し酒癖が悪いんだ。本当は、優しくていい子たちだよ」
「このサークル、みんな酒癖悪いの?」
「この時期は、研究や就活で特にストレス溜まりまくってるんだ。大目に見てあげてくれ」
どうやら、楽しんでるように見えたお兄ちゃんは、その実尽くしてあげてる側だったらしい。
確かに、見渡してみると私以外の新入生も絡まれまくっている。他にも、見るからにお酒が強そうなマッチョな男の人とか。まったく飲んでない、物静かな女の人も。
お兄ちゃんを含めたこの三人が、首脳部だってすぐに分かった。
まるで、ホストやホステスだ。
「そういうサークルなの?」
「飲み会では、たまにな」
「だから、いつもは来ないの?」
「いや、それは予定が合わないからだ」
「部長なのに、それでいいの?」
「働いてるの、知ってくれてるからな」
「ふぅん」
言いながら、私はテーブルの下でこっそり、お兄ちゃんの手を握っていた。
太ももの内側に触れられるのは、あの男を思い出して仕方ない。トラウマを刺激されて、震えてしまって仕方ない。
それに、気が付いたからだろう。お兄ちゃんが、何も触れないハズの手を振り払わずにいてくれたのは。
やっぱり、男ってズルいよ。
「同期とは話したのか?」
「ううん、自己紹介の後からずっと絡まれてたから」
「なら、話しておいで」
「うん」
「もう、怖くないか?」
「うん、大丈夫」
そして、私はお兄ちゃんがしてくれたように、女の先輩に絡まれて困っているように見えた男の子の隣に座った。
「あ、ありがとう。助かったよ」
「気にしないで、お互い様」
彼は、アオ君。ちょっと髪が長くて、かわいい感じの人。どこか頼りなさそうだけど、話しやすくていい人だった。
「よろしく、ミコさん」
「よろしく」
更に、先輩から開放された同期のスミレちゃんとオウギ君も仲間に入れて、私たち一年生はようやく知り合いになることが出来た。
「先輩たち、凄いね」
「ちょっと怖いかも」
「でも、ジョウジさんやコヨネさんも面倒見てくれてるし、大丈夫だろ」
オウギ君に言われて確認すると、確かにショウジ先輩とコヨネ先輩が、いそいそと酔っ払いどもの世話を焼いていた。さっき、私の直感が働いた二人のメンバーだ。
件のチャラい先輩は、いつの間にかお兄ちゃんに甘えている。どうやら、就活が上手く行ってないらしい。メソメソして、しまいには泣き出してしまった。
なんだ、お兄ちゃんに構って欲しくて私に絡んでたのか。
……それはそれでムカつく。
「まぁ、俺たちは俺たちで仲良くしようぜ」
「そうだね」
なんて紆余曲折を経て、考古学研究会の新歓コンパは終わりを迎えた。また今度、改めてお祝いしてくれるんだって。
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